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神の旋律
落日の廃城/2
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あちこち抜け落ちた石畳を歩いてゆくと、道は右に大きくカーブをした下り坂へと続いていた。
他の建物の影になり、その先にどんな景色が広がっているか眺められなかったが、ふたりがカーブへ差し掛かると、血のような真っ赤な月が空を堂々と侵食していた。
星々は息を潜め、月を背にして、丸いケーキにろうそくを立てたような、城の影が切り絵のようにくっきりと遠くに浮かび上がっている。
そこへと続く道は、両側が絶望の淵へと手招きする断崖絶壁。くねくねと蛇行を描きながら、城へと伸びている。
「ここね」
リョウカが言うと、深い藪の中から、カラスがカーカーと一斉に飛び立ち、赤い目を光らせながら待ち構える。亡骸に落ちようものならば、すぐさま餌食として、肉を食いちぎってやろうと。
もう夜明けの時間でもおかしくないはずなのに、朝はどこへいったのか、見渡す限り夜ばかり。いつの間にか異世界へ迷い込んだようで、古城にいる悪魔を倒さないと、平常な世界へとは戻れないのだろう。
拳銃――フロンティアとピースメーカーをそれぞれ手にして、切り立った崖の上の道を、警戒態勢で慎重に進み始めた。
*
悪魔一匹出てこない。不気味なほど、何事もなく城の堀へとやってきた。干上がっているわけでもなく、真っ赤な血のように横殴りに、月明かりの反射が川面になびいている。
「跳ね橋が上がったまま……。そうよね。戸締りはするわよね」
ずいぶん几帳面に廃城となったようで、城と外をつなぐ、堀の上を渡す大きな橋が斜めに引き上がったままだった。
「しょうがないわね」
跳ね橋を止めている鎖を銃弾で吹き飛ばそうと、リョウカは照準を構え、ピースメーカーのトリガーに手をかける。
その時だった、城の奥から破滅へと導くような、脳にこびりつくようなパイプオルガンの音色が突風をともなって吹き荒れたのは。
「何っ!?」
「っ……」
拳銃を持ったままの腕で、リョウカは顔を覆い、レンは反射的に閉じたまぶたの裏で、怒りがふつふつと湧き上がった。
俺の美的センスを総動員した服と髪型をどうしてくれるのだと、言わんばかりに。橋が降りているのなら、今すぐいって問い詰めてやりたいところである。
だが彼の怒りはすぐに引いた。単なる雑音、爆音と思えたが、それはきちんと旋律を奏でていた。
「バッハ 小フーガ ト短調……」
ヴァイオリンとバッハが関係するのかと思っていた、抜け落ちた記憶と。だが、この曲はパイプオルガンだけだ。そうなると、バッハに意味があったのか。
車輪の回る音が地響きのようなうなりをゴーゴーと上げ、跳ね橋が城側から降りてきて、ガシャンと鉄の鎖が歪むと、手招きするように、堀を渡る橋ができあがった。
当てがはずれて、リョウカは拳銃をしまいながら、乱れてしまったブラウンの長い髪を手で夜風にほつれさせた。
「音楽好きの悪魔ってことかしら?」
蔦が絡まっているわけでもなく、壁が崩れ落ちているわけでもなく、堀が枯れているわけでもなく、今でも誰かが住んでいそうな城を、レンはしばらく見上げていた。
しかしやがて、あの先走りで、自分と違って落ち着きのない女が入っていった立派な両開きの扉に手をかけた。
城に中に入ると、壁の燭台に炎が灯っていた。ここにくることを予期していたような、奥へと導くあかりの列。廊下は右と真正面に分かれていたが、右手は暗闇ばかり。
悪魔退治。放置して帰るわけにはいかない。くまなく探すのなら、どこから行っても同じだ。しかし、広い城内で、どこに悪魔がいるかも聞かされていない。あの女も知らないのだろう。
それなのに、明かりのついている廊下を何の疑いもなく進んでいる。無謀を通り越して、無駄死にである。
揺れ動くブラウンの髪を前にして、レンはバカにしたように鼻で笑う。
「お前を行く手の毒味にしてやる。ありがたく思え」
女が落ちたら落ちた。何かで串刺しにされたら、自分は避けるということだ。
そうやって、リョウカを囮にして、レンがあとを追い、廊下の角までやってきた。上へと登る階段を、ブーツのかかとで木の軋む音を鳴らし、遠ざかってゆく。
他の建物の影になり、その先にどんな景色が広がっているか眺められなかったが、ふたりがカーブへ差し掛かると、血のような真っ赤な月が空を堂々と侵食していた。
星々は息を潜め、月を背にして、丸いケーキにろうそくを立てたような、城の影が切り絵のようにくっきりと遠くに浮かび上がっている。
そこへと続く道は、両側が絶望の淵へと手招きする断崖絶壁。くねくねと蛇行を描きながら、城へと伸びている。
「ここね」
リョウカが言うと、深い藪の中から、カラスがカーカーと一斉に飛び立ち、赤い目を光らせながら待ち構える。亡骸に落ちようものならば、すぐさま餌食として、肉を食いちぎってやろうと。
もう夜明けの時間でもおかしくないはずなのに、朝はどこへいったのか、見渡す限り夜ばかり。いつの間にか異世界へ迷い込んだようで、古城にいる悪魔を倒さないと、平常な世界へとは戻れないのだろう。
拳銃――フロンティアとピースメーカーをそれぞれ手にして、切り立った崖の上の道を、警戒態勢で慎重に進み始めた。
*
悪魔一匹出てこない。不気味なほど、何事もなく城の堀へとやってきた。干上がっているわけでもなく、真っ赤な血のように横殴りに、月明かりの反射が川面になびいている。
「跳ね橋が上がったまま……。そうよね。戸締りはするわよね」
ずいぶん几帳面に廃城となったようで、城と外をつなぐ、堀の上を渡す大きな橋が斜めに引き上がったままだった。
「しょうがないわね」
跳ね橋を止めている鎖を銃弾で吹き飛ばそうと、リョウカは照準を構え、ピースメーカーのトリガーに手をかける。
その時だった、城の奥から破滅へと導くような、脳にこびりつくようなパイプオルガンの音色が突風をともなって吹き荒れたのは。
「何っ!?」
「っ……」
拳銃を持ったままの腕で、リョウカは顔を覆い、レンは反射的に閉じたまぶたの裏で、怒りがふつふつと湧き上がった。
俺の美的センスを総動員した服と髪型をどうしてくれるのだと、言わんばかりに。橋が降りているのなら、今すぐいって問い詰めてやりたいところである。
だが彼の怒りはすぐに引いた。単なる雑音、爆音と思えたが、それはきちんと旋律を奏でていた。
「バッハ 小フーガ ト短調……」
ヴァイオリンとバッハが関係するのかと思っていた、抜け落ちた記憶と。だが、この曲はパイプオルガンだけだ。そうなると、バッハに意味があったのか。
車輪の回る音が地響きのようなうなりをゴーゴーと上げ、跳ね橋が城側から降りてきて、ガシャンと鉄の鎖が歪むと、手招きするように、堀を渡る橋ができあがった。
当てがはずれて、リョウカは拳銃をしまいながら、乱れてしまったブラウンの長い髪を手で夜風にほつれさせた。
「音楽好きの悪魔ってことかしら?」
蔦が絡まっているわけでもなく、壁が崩れ落ちているわけでもなく、堀が枯れているわけでもなく、今でも誰かが住んでいそうな城を、レンはしばらく見上げていた。
しかしやがて、あの先走りで、自分と違って落ち着きのない女が入っていった立派な両開きの扉に手をかけた。
城に中に入ると、壁の燭台に炎が灯っていた。ここにくることを予期していたような、奥へと導くあかりの列。廊下は右と真正面に分かれていたが、右手は暗闇ばかり。
悪魔退治。放置して帰るわけにはいかない。くまなく探すのなら、どこから行っても同じだ。しかし、広い城内で、どこに悪魔がいるかも聞かされていない。あの女も知らないのだろう。
それなのに、明かりのついている廊下を何の疑いもなく進んでいる。無謀を通り越して、無駄死にである。
揺れ動くブラウンの髪を前にして、レンはバカにしたように鼻で笑う。
「お前を行く手の毒味にしてやる。ありがたく思え」
女が落ちたら落ちた。何かで串刺しにされたら、自分は避けるということだ。
そうやって、リョウカを囮にして、レンがあとを追い、廊下の角までやってきた。上へと登る階段を、ブーツのかかとで木の軋む音を鳴らし、遠ざかってゆく。
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