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1章
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今年の四月には桜が満開だった桜並木も、今ではすっかり緑へと様変わりした。
土から出るのが早すぎた蝉の声が、ひとつふたつ聞こえている。木々の隙間から朝の陽射しがまっすぐ射し込んでいる、いつもの通学路。
のんびりと歩く高校生たちの笑い声と足音で賑わう並木道を、椿叶太は猛烈な勢いで駆け抜けていた。
ヤバいヤバいヤバい。ヤバすぎるって!
叶太は家を出る時からずっと手に持ったスマホをチラッと見た。
現在時刻の八時が表示される。さっき見た時より二分進んでいて、焦りからヒエッと変な声が出た。
タイムリミットまであと五分。ここから普通に歩いたら、職員室まで十分はかかるところだ。無事間に合うかどうかは、この後の自分の走りにかかっている。
「どうか間に合ってくれ~!」
一人全速力で走りながら、叶太は夏晴れの空に向かって懇願した。
登校時間の十分前。八時五分までに職員室に日誌を取りにいかなければ、明日も日直をさせられる。日替わりであるはずの日直当番なのに、今日も間に合わなかったら明日で連続四日目を迎えてしまう。
後ろの席に座る寺嶋は「叶太がずっと日直やりゃーいいじゃん」と笑うけど、さすがに毎朝全力ダッシュはもう嫌だ。余裕をぶっこいている寺嶋に早く次の当番を回してやりたい。
こっちは背中で跳ねるリュックの重みに鞭打たれながら真剣に走っているっていうのに、同じ学校のやつらは慌ただしい自分の姿を、物珍しそうにちらちらと見ては笑っている。
ああ、もうクソ。なんかもう全部バカらしくなってきた。
汗だくの中走っていると、背中から軽快な自転車のベルがチリンと響いた。
叶太を追い越した自転車が、数メートル先でキュッとブレーキを鳴らして停まる。叶太が着ているものと同じ――紺の制服ズボンと半袖ワイシャツを着た男が、顔だけ後ろに向けてこちらを見た。
「はよ」
声をかけてきたのは幼なじみの五十嵐青だ。
淡褐色の瞳を囲む形のいい切れ長の目。スッと通った鼻筋。薄すぎない唇の先に続くのは、シャープな顎と男らしい筋が入った細身の首だ。額にかかった前髪はなぜか野暮ったく見えず、ちょっと影がある風に見えるから世の中は理不尽だと思う。
青は尻ポケットからスマホを出したかと思うと、片手でこちらに向けてきた。スマホからカシャッとシャッター音が鳴り響く。
叶太は「は?」と眉間にしわを寄せた。今こいつ写真撮ったよな?
「やば、めっちゃブスに撮れたわ」
青はクスクスと笑いながらスマホをこちらに向け、撮ったばかりの写真を見せてくる。
青のスマホに映っていたのは、ゲッソリした叶太の丸顔だ。一重に見える奥二重と小さな鼻、そして唇はなんて平均的な日本人顔を造り上げているんだろうか。
汗をかいているせいで前髪が額にペットリと張りつき、何日も風呂に入っていない人みたいだ。おまけに染めなくても明るい茶髪が、汗に濡れて虫の羽根みたいにテカっている。
青の失礼すぎる言動に、叶太のこめかみにピキッと血管が浮く。
「お、ま、え、な~! 朝から現実突き付けてくんじゃねーよ!」
「あ、自覚してたんだ、今の自分の顔」
「もう一度言ってみろ?」
「あ、自覚してたんだ、今の自分の――」
「二回言わなくていい! 本気にすんな!」
青はうんざりした顔で「めんどくせーな、どっちだよ」と、耳を小指でほじる真似をする。なんて舐め腐った態度なんだ。
今年の四月には桜が満開だった桜並木も、今ではすっかり緑へと様変わりした。
土から出るのが早すぎた蝉の声が、ひとつふたつ聞こえている。木々の隙間から朝の陽射しがまっすぐ射し込んでいる、いつもの通学路。
のんびりと歩く高校生たちの笑い声と足音で賑わう並木道を、椿叶太は猛烈な勢いで駆け抜けていた。
ヤバいヤバいヤバい。ヤバすぎるって!
叶太は家を出る時からずっと手に持ったスマホをチラッと見た。
現在時刻の八時が表示される。さっき見た時より二分進んでいて、焦りからヒエッと変な声が出た。
タイムリミットまであと五分。ここから普通に歩いたら、職員室まで十分はかかるところだ。無事間に合うかどうかは、この後の自分の走りにかかっている。
「どうか間に合ってくれ~!」
一人全速力で走りながら、叶太は夏晴れの空に向かって懇願した。
登校時間の十分前。八時五分までに職員室に日誌を取りにいかなければ、明日も日直をさせられる。日替わりであるはずの日直当番なのに、今日も間に合わなかったら明日で連続四日目を迎えてしまう。
後ろの席に座る寺嶋は「叶太がずっと日直やりゃーいいじゃん」と笑うけど、さすがに毎朝全力ダッシュはもう嫌だ。余裕をぶっこいている寺嶋に早く次の当番を回してやりたい。
こっちは背中で跳ねるリュックの重みに鞭打たれながら真剣に走っているっていうのに、同じ学校のやつらは慌ただしい自分の姿を、物珍しそうにちらちらと見ては笑っている。
ああ、もうクソ。なんかもう全部バカらしくなってきた。
汗だくの中走っていると、背中から軽快な自転車のベルがチリンと響いた。
叶太を追い越した自転車が、数メートル先でキュッとブレーキを鳴らして停まる。叶太が着ているものと同じ――紺の制服ズボンと半袖ワイシャツを着た男が、顔だけ後ろに向けてこちらを見た。
「はよ」
声をかけてきたのは幼なじみの五十嵐青だ。
淡褐色の瞳を囲む形のいい切れ長の目。スッと通った鼻筋。薄すぎない唇の先に続くのは、シャープな顎と男らしい筋が入った細身の首だ。額にかかった前髪はなぜか野暮ったく見えず、ちょっと影がある風に見えるから世の中は理不尽だと思う。
青は尻ポケットからスマホを出したかと思うと、片手でこちらに向けてきた。スマホからカシャッとシャッター音が鳴り響く。
叶太は「は?」と眉間にしわを寄せた。今こいつ写真撮ったよな?
「やば、めっちゃブスに撮れたわ」
青はクスクスと笑いながらスマホをこちらに向け、撮ったばかりの写真を見せてくる。
青のスマホに映っていたのは、ゲッソリした叶太の丸顔だ。一重に見える奥二重と小さな鼻、そして唇はなんて平均的な日本人顔を造り上げているんだろうか。
汗をかいているせいで前髪が額にペットリと張りつき、何日も風呂に入っていない人みたいだ。おまけに染めなくても明るい茶髪が、汗に濡れて虫の羽根みたいにテカっている。
青の失礼すぎる言動に、叶太のこめかみにピキッと血管が浮く。
「お、ま、え、な~! 朝から現実突き付けてくんじゃねーよ!」
「あ、自覚してたんだ、今の自分の顔」
「もう一度言ってみろ?」
「あ、自覚してたんだ、今の自分の――」
「二回言わなくていい! 本気にすんな!」
青はうんざりした顔で「めんどくせーな、どっちだよ」と、耳を小指でほじる真似をする。なんて舐め腐った態度なんだ。
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