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化け物バックパッカーの願い事
しおりを挟む石階段の下で、子供の笑い声が聞こえてきた。
「なあ! かけっこしようぜ!!」
ひとりの小さな少年が、同い年の少年を誘う。
「うん! いいよ!!」
無邪気な声を放ち、ふたりは片足を後ろに下げた。
「いちについて……」「いちについて……」
「よーい……」「よーい……」「ヨーイ……」
「どんっ!!」「どんっ!!」「ドンッ!!」
3人は一斉に走り出した。ほぼ互角の勝負だ……ひとりを除いて。
そのひとりは、少年たちよりも背が高く、女性のような体格だった。黒いローブで姿を隠しており、その上から黒いバックパックを背負っている。
しかし、その走り方と少しだけ見える口からは、少女のような純粋さも感じられた。
石階段を上った先には、神社があった。
「やったー! 2番!!」「ちぇ、負けちゃった……」
ふたりの少年は息を切らしながらその場に座り込む。
その近くには、深呼吸するローブの少女がいた。
「お姉ちゃん、速いね!!」
「どこから来たの?」
「……」
ローブの少女は何も言わなかった。
「ねえ、どうして黙っているの?」
「ねえ、お顔見せてよ」
無邪気な声が、ローブの少女を取り囲む。
その時、息を切らしながら階段をゆっくりと上ってくる老人が現れた。
「ふう……ふう……お嬢さん……ふう……そろそろ……ふう……休ませて……ふう……」
この老人、顔が怖い。
服装は派手なサイケデリック柄のシャツに黄色のデニムジャケット、青色のデニムズボン、頭にはショッキングピンクのヘアバンドと、この時代にしてはある意味個性的。
その背中には黒く大きなバックパックを背負っている。俗に言うバックパッカーである。
「おじいちゃん、お姉ちゃんと知り合い?」
「どうして恥ずかしがっているの?」
無邪気なふたりは怖さを少しも見せずに老人に接する。
「ああ……まあ、ちょっとな。あのお姉ちゃんはちょっぴり怖がりだから、そっとしておくれ」
ふたりの子供は互いに顔を見合わせて、同時に首をかしげると階段を降りて行った。
「アリガトウ……オジイサン……」
「やれやれ……元気なのはいいが、せめて俺の年齢を考えてくれ」
少女はうなずいた。
そのローブの下には、口、そして青い触覚が見える。
全身が影のように黒く、女性のような体形に長く伸びた爪、髪は顔を覆い、上半身まで伸びている。そして目には、“眼球の代わりに目の穴から青い触覚が生えている”。時々、それは引っ込み、瞬きが終わるとまた出てくる。
彼女の正体は、まるで化け物……この世界では、“変異体”と呼ばれる存在だ。
神社にある水場……手水舎の前に、老人と変異体の少女が訪れた。
「さて、ここの水で清めるぞ」
「……ドウヤルノ?」
変異体の少女が戸惑っている隣で、老人は置かれていた柄杓を右手に持ち、水を汲む。
「お手本を見せよう」
老人は柄杓の水を左手にかけた。次に左手に柄杓を持ち変え、右手に水。再び右手に柄杓を持ち、左手に水を受け、口に浸ける。
「ここで忘れていけないのが、ちゃんと持ち手も洗うことだ」
老人は柄杓を縦にして持ち手に水をかけ、柄杓置きに置いた。
「これが正しい清め方だ」
「コレガ正シイ……清メ……」
「間違った清め方あああああっ!!」
突然、謎の声とともに老人が殴られた。
「いててて……突然殴りかかるな!」
「ワ……私ジャナイ……ケド……」
「確かにお嬢さんの声じゃなかったな。なら一体誰が……」
老人は頬を擦りながら周りを見渡すが、その拳の持ち主は見当たらない。
「オジイサン、上……」
「ん?」
変異体の少女が指した方向……手水舎の天井に、赤い生き物が張り付いている。黒目玉で鋭く老人を睨んでいた。
「……じいさん、怖くないの?」
「ああ、全然」「……ドコカデ聞イタ事ノアルセリフ」
変異体の少女はローブの下で触覚を出し入れさせていた。
「それなら、ちょっと言わせてよ」
赤い生き物は天井から手を離し、柄杓置きに着地した。
赤い生き物は小さなキツネのようなシルエットをしているが、手足、そして首から上は人間の少女そのものだった。
体格と比べると頭が多少大きいが。
「珍しい……あたしを見ても怖がらないなんて」
「“突然変異症”によって変形した部分には、人間の肉眼で見ると恐怖の感情を引き起こす。俺はそれに耐性が……」
「そんなことよりも……じいさん、なにあの清め方!?」
渋く語っていた老人のことばを遮るように、キツネの変異体は指をさして怒鳴った。老人はただキョトンと眉を上げるだけ。
「なにって……普通にやっただけだが」
「とぼけないでよ! そんなやり方、わざとでしょ!?」
「?」
「もういいわ、そこのお姉ちゃん、あたしが教えてあげる」
キツネの変異体は小さい腕で柄杓を持ち、変異体の少女の隣に立った。
変異体の少女はキツネの変異体のマネをした。口を清めるところまでは老人と一緒。そこから左手に水をかけてから、柄杓を縦にした。
「ほら、ちゃんと口をつけた左手を洗わないと……」
老人の目は死んでいた。
「……もしかして、本当に知らなくて、ショック受けてる?」
「ソウミタイ」
変異体の少女が老人の目に手をかざしても、反応しなかった。
老人が立ち直った後、3人は賽銭箱の前に立っていた。
一斉に礼をし、老人が財布から一円玉を取りだし、賽銭箱の中に入れる。
次に屋根から垂れているヒモを老人が揺らすと、上に付いてある鈴がなる。
その音を聞いて3人は2回ほど礼をした後、手を合わせた。
パン パン
手をたたく音が二回響き渡る
3人は瞳を閉じ、沈黙。
しばらくして、3人はもう一礼をしてから、移動した。
「じいさん、どんな願い事をしたの?」
手水舎に戻ってくると、キツネの変異体は興味深そうに老人の顔を見た。
「……特に考えていなかったな」
「……よくあるけど、もったいないわね。お姉ちゃんは?」
「旅ガ……続ケラレマスヨウニ……」
「旅……そっか、旅しているんだ。だったらあたしもお姉ちゃんの無事を願うよ」
「……アナタハドンナ願イ事シタノ?」
「……」
変異体の少女から目を一瞬だけ逸らすキツネの変異体。
「……あたしはね、神様をぶん殴りたいって願った」
「……」「……」
「あたしね、ここの住職の娘だったの。人間だったころはよく友達と階段でかけっこしていた……だけど、この姿になって友達に見られた時……友達は泣き叫んで逃げて行った。お父さんも似た反応だった」
「……ソレナノニ、ドウシテココニ?」
「他に行くところがなかったから。この場所も嫌いな訳ではなかったからね。それに……あたしはこの神社に神様が居るって信じている。もしも目の前に現れたら、まっさきにこの手でぶん殴ってやりたい。そして言ってやるの、どうしてこんな姿にしたのってね」
「どうしてこんな姿にしたの……か。あんたの願いがかなったな」
「……?」
突然の老人の言葉に、キツネの変異体は目を見開いた。
「おっと、もうそろそろ行かないとな。お嬢さん、階段を降りるぞ」
老人と変異体の少女が立ち去った後、キツネの変異体はその場に座り込んでいた。
「願いがかなった……あたし、神様殴ったっけ?」
その後ろから人間が近づいてきた。
服装から見て、住職だった。
「……オジイサン、ウソツイタ?」
石階段を下る途中、変異体の少女は老人に尋ねた。
「あの子の願いがかなったと言ったことか?」
「ウウン……願イ事ヲ考エテイナカッタッテ言葉。アノ時ノオジイサン、真剣ナ顔ダッタカラ」
「……顔を見たということは、お嬢さん、ウソをついておったな」
老人の思わぬ反撃に、変異体の少女はクスクスと笑った。
「私、他人ニ願イ事ヲシタコトナイ……願イ事ハ、私ノ中デシテタカラ」
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