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化け物バックパッカー、川の岸辺でキャンプをする。【後編】
しおりを挟む水しぶきを上げて、
無邪気に遊ぶ、3匹の龍、そしてバックパックを背負っていないタビアゲハ。
その川の岸辺で、龍の母親は正座をするように地に魚の部位を付けて、子どもたちを見守っていた。
そこに、乾いた服を着た坂春がやって来た。服を着替えていたのだろうか。
坂春が龍の母親の隣に座ると、母親は深くお辞儀した。
「息子たちがご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」
礼儀正しくも、決して無感情ではない清らかな声。
坂春は「いえ、お気になさらずに」と首を横に振り、子どもたちに目線を向ける。
「それにしても、元気なお子様ですな」
「ええ。普段は外に出ないので、はしゃいでしまっているんです」
母親も子どもたちの水遊びを再び見守り始めた。
「コッチダヨー!」
「絶対ニ捕マラナイモンネ!」
「鬼サンコチラ! 鬼サンコチラ!」
3匹の龍は、タビアゲハの前で水面を飛び跳ねていた。
タビアゲハは彼らを捕まえようと手を伸ばすが、龍たちはするりと交していく。
「……エイッ!!」
ついにタビアゲハは、両手をあげて飛びかかった。
3匹の龍はそれぞれ別方向にかわす。
大きな水しぶきを上げて、タビアゲハは豪快に水につかった。
体の前半分を川の水につけたまま、浮かぶタビアゲハ。
心配になった1匹の龍が近寄ってくる。
「オ姉チャン……ダイジョウブ?」
「……タッチ」「エッ」
水から顔を上げたタビアゲハは、近づいてきた龍に手を触れた。
「ワーイ、今度ハオ兄チャンガ鬼ダア!」「チャント10数エテネ-!」
他の2匹の龍たち、および立ち上がったタビアゲハは、
鬼役となった1匹の龍たちから逃げ始めた。
この光景に、坂春は腹をかかえて、母親は口に手を当てて笑った。
「ところで、先ほど普段は外に出ないとおっしゃっていましたが、普段はどこかに隠れているということですか?」
遊ぶ子どもたちを横目に、坂春は先ほどの会話を続けた。
「はい。変異体の巣と呼ばれる集落で、他の変異体たちと身を寄せ合って暮らしています」
「今日はなにか用事があってこちらへ?」
「用事ではないのですが……毎年、秋の始めに“主人”の下で一晩だけ過ごすことにしているのです」
「主人?」
「この辺りに紅葉を咲かせている森の変異体、そのすべてが私の主人であり、あの子たちの父親なのです」
坂春が崖の上に立つ紅葉の木を見ると、納得したようにうなずいた……のだが、何かに気がついたように眉をひそめていた。
「なるほど、周りの目を気にせず子どもたちが遊ぶことが出来たのも、彼のおかげということですな」
「そうです。本当ならばずっと家族で過ごしたいのですが、子供たちのことを考えると、他の人との関わりを持ってほしいから変異体の巣で暮らしているのです」
「……やっぱり、申し訳ないことをした」
「え?」
突然うつむいた坂春に、母親は目を丸くした。
「申し訳ないこととは……?」
「実は、俺とあの子……タビアゲハは、川の岸辺でキャンプをしようと思って今日はここに訪れたのですが……」
川の音は、静かながらも印象づけられる。
集中して聞くと、坂春と母親の声だけでなく、子どもたちの声すら蚊帳の外になる。
「そういうことなら、だいじょうぶですよ。私も同じようなことをしていましたから」
笑みを浮かべる母親に、坂春は顔を上げ、安堵して息をはく。
「それならよかった。天罰が下ってもおかしくないことですからな」
「それは言い過ぎですよ。主人はあくまで変異体という化け物になった、元人間ですから」
思い込みの緊張から解き放たれたように、坂春は肩の力を抜いた。
「しかし、それとは別に気になることがありましてな……」
「どうなさいましたか?」
「俺とタビアゲハはただ近くの橋を通りかかった、赤の他人だ。そんな俺たちを、なぜ受け入れてくれたのでしょうな?」
その疑問には、母親でも答えを口にするまで間があった。
「それは私にもわからないのですが……主人は非常に耳がよくて、気に入ったものは私たちに見せるほど、好奇心があるのです。おそらく、橋を通りかかったあなたたちに、興味を持ったのではないでしょうか」
母親の考察を聞いて、坂春は側にあったタビアゲハのバックパックを見た。
そして、3匹の龍とともに、びしょぬれのローブで舞うタビアゲハを見つめた。
空に星空が現れ始めたころ、
光を照らしていた太陽は既に沈んでおり、
代わりに、川の岸辺に光があった。
「アノアト、ドウナッタノカハ分カラナイケド……キット、2人ハ雲ニナッタンダト思ウ」
電気ランタンを前にして、タビアゲハは3匹の龍に語りかけていた。
「スゴイ! 本当ニソンナコトガアッタノ!?」
「アノ2人、幸セニナッタンダヨネ?」
「オ姉チャンッテ、イロンナトコロヲ旅シテイルンダネ……イイナア」
人魚座りをしているタビアゲハに3匹の龍が集まっている。
その隣には龍たちの母親が先ほどと同じように座っており、ランタンを挟んだ向かい側には坂春がバックパックの中からなにかを取りだそうとしていた。
長く話していたのか、タビアゲハは大きく背伸びをして、大きな息をはきながら力を抜いた。
そして、3匹の輝く瞳を見て、指先で自分の頬をなでた。
「モシカシテ……モット聞キタイノ?」
「ウン」「ウン」「ウン」
「……チョットダケ休マセテ」
3匹の龍は一瞬だけつまらなそうにうつむいたが、その内の1匹はすぐに顔を上げた。
「後デ聞カセテネ!」
他の2匹も顔を上げてうなずくと、3匹は飛び上がり、そばにいた母親の膝元に着地した。
「……オジイチャン、何ヲ食ベテイルノ?」
1匹の龍が、坂春の持っているものに注目した。
「これか? 焼き芋だ。昼飯の残りだけどな」
坂春は手に持っている焼き芋を包んだアルミホイルを外し、口に入れた。
「焼キ芋ッテ焼カナイト作レナインダヨネ? ドウヤッテ焼イタノ?」
タビアゲハの質問に、坂春はバックパックの隣に置いてあった箱を指差した。
「これは保温ボックスと言うんだ。この中に熱い食べ物をいれておくと、その温度を保ったまま保存できる」
解説を終え、坂春はもう一口食べる。
ゴクリ
唾を飲み込み、母親は静かに手を上げた。
「あの……坂春さん、厚かましいようですが……私もいただいてよろしいでしょうか?」
龍の母親の手に、アルミホイルに包まれた焼き芋が渡された。
母親は、アルミホイルを丁寧に剥がしていく。
中から、茶色いサツマイモの皮が見える。
それを口に入れ、前歯をサツマイモの皮に当てる。
「ネエオジイチャン、コノ焼キ芋、ドウヤッテ作ッタノ?」
「……おまえ達の父親が作ったんだ。服を着替えるついでに俺も食べたが、後で申し訳ないことをしたと思ったな。まあ、きっと許してもらえるだろう」
燃やした紅葉で暖められた温もりが、口の中に広がった。
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