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第一章 色無しの魔物使い
036 踊る妖精
しおりを挟む――ずどどどどおぉーーんっ!!
森の中を凄まじい爆発音が、立て続けに響き渡る。しかしマキトや魔物たちに一切の被害は出ていない。
ボロボロになりつつあるのは、侵入者ことブルースたちのほうであった。
「はあああぁぁーーーっ!」
――どごぉんっ!
ラティはもう誰にも止められない。止めようとするほうが危険だ。それを無意識ながらに感じたマキトたちは、ただ遠巻きに見守っていた。
「グ、グルワァーッ!」
「おい、テメェどこへ行くんだよ!?」
遅れて加勢にやってきたダリルとアースリザード。しかしアースリザードは、ラティの勢いに怖気づいてしまい、そのままどこかへ走り出してしまう。
「グルルルワッ、グルグルグルワアァーーッ!」
「今日限りで野生に戻る、だそうですよ」
「な、なんだとぉっ!?」
軽く鼻で笑いながら告げるラティに、ダリルは目を見開く。今のラティの見た目は完全にヒトの女性だが、中身は妖精に変わりはない。従ってアースリザードの声もしっかりと聞き取れるのだった。
「くそぉ! 折角この俺様が苦労してテイムしたっていうのに……レッドリザードといいアイツといい、ナマイキにも程があるぞ! こんちくしょおぉーーっ!」
悔しそうに地団駄を踏むダリル。二匹の魔物が出て行った原因に、自然と自身を除外しているのが、なんとも彼らしいと言えるのかもしれない。
たとえどんな魔物使いであろうとも、一度テイムした魔物が出て行くことは、そうそうあることではない。これは魔物使いの間でも基本中の基本なのだ。
無論、ダリルもそれを知ってこそいたが、自分の都合のいいように曲解しているのも確かであった。それを本当の意味で理解しない限りは、いくらテイムしても同じことが繰り返されてしまう。
ダリルはいつ、そのことを理解するのか――それを知る者は誰もいない。
「凄いな……完全にラティが押してるや」
マキトが素直に感心していると、長老スライムもプルッと体を震わせる。
「うむ。これぞまさに、形勢逆転というヤツじゃな」
満足そうに頷いている間にも、ラティはブルースたちを相手に踊り続けていた。魔力のオーラを纏い、華麗に飛び回るその姿は、まるで『舞』だった。
マキトたちは思わず見惚れていた。
言い換えれば、完膚なきまでに油断してしまっていた。
故に――
「もらったぁ!」
薄れていた警戒心の隙を突かれ、フェアリーシップが奪われてしまった。
慌ててマキトが振り向くと、ただれた顔でニヤリと笑うエルトンが、暴れるフェアリーシップを乱暴に抱きしめていた。
「所詮はこの程度か。油断大敵って言葉を勉強し直すんだな」
まんまとしてやられたことに加え、エルトンの顔がまるで別人のように変わり果ててしまっており、二重の意味で驚きを隠せない。
「エ、エルトンなのか? その顔は一体……あぁいや、とにかくよくやったぞ」
流石のブルースも戸惑っていたが、ひとまずフェアリーシップを再び手にできたことを喜ぶことにした。
ラティもそれに気づいて動き出そうとするが――
「動くな!」
すかさずエルトンはナイフを取り出し、フェアリーシップに突きつける。
「コイツの命は惜しいだろう? そのまま大人しくすることだ」
「くっ――!」
ラティは悔しそうに歯をギリッと噛み締めながら、動きを止める。マキトたちも動くに動けなくなってしまった。
それを見たブルースは、勝ち誇ったかのように大声で笑い出す。
「いいぞエルトン。流石は俺たちの参謀役だな、ハハッ!」
「ったく、遅すぎなのよ。もうちょっと早くやってほしかったわね!」
「すまんすまん」
「もう……」
ドナも文句をつけつつ笑みを浮かべ、エルトンもニヤッと笑う。そして傍で座り込んでいるダリルに視線を向けた。
「お前も無様だな。もう少しくらいやってくれるヤツだと思ってたんだが?」
「う、うるせぇんだよ! 今回はたまたま調子が悪かっただけだ!」
「そうかい。じゃあ、そういうことにしておいてやるよ」
「ぐぬぬ……」
拳をギュッと握り締めながら、ダリルがエルトンを睨みつける。言い返したくても言い返せない――そんな惨めな気持ちが込み上がっていた。
完全にブルースたちが空気を作り上げる姿を、マキトたちは悔しそうに睨む。
「どうすればいいんだ……」
マキトの口から無意識に漏れ出た。それはアリシアたちも、心の中で抱いていた言葉だった。
そしてフェアリーシップも、なんとか逃れるべく、ジタバタともがき出す。
「キュ、キュウ~!」
「おっと、お前も暴れないほうがいいぞ? 大人しくしないヤツは嫌いだからな」
エルトンがナイフを近づけると、フェアリーシップも恐怖が押し寄せたのか、あっという間に大人しくなる。
もはやブルースたちに盾突く者はいない――そんな状況が出来上がった。
「フッ、勝ったな」
「ようやくね」
ブルースとドナが満足そうに笑い合う。
「手こずらせてくれたが、まぁ最後はこんなもんだろう」
エルトンがナイフをちらつかせたまま、改めて周囲を見渡した。
「クソッ、次は必ず俺様の大活躍を見せてやるぜ!」
そしてダリルは、悔しそうに地面を拳で叩く。しかしチームとしては勝利したという気持ちは抱いていた。
それはブルースたちも同じであった。
これもまた、大きな油断の一つであることに気づく素振りすらない。
だからこそエルトンは見逃してしまったのだった。
「ピィーッ!」
鳴き声とともに放たれた、大きな炎の塊を。
「ぐわあっ!?」
ぼぉん、という爆発音とともに、エルトンの顔が黒い煙でおおわれる。
突然の衝撃により、抱きかかえていたフェアリーシップとナイフを無造作に放り捨ててしまった。
フェアリーシップは自由を取り戻し、即座にマキトたちの元へ戻っていく。
「キュウッ!」
「おぉ、大丈夫だったか? 怖かっただろ?」
再びマキトに抱きかかえられたフェアリーシップは、もう離さないぞと言わんばかりにギュッとしがみつく。
その温もりを両腕でしっかりと味わいながら、何が起こったのかを見渡す。
「――あれは!」
木の上に、それを見つけた。
赤いスライムが不敵な笑みを浮かべ、見下ろしてきているのを。
またしても助太刀されたことが発覚した。まさにその姿は救世主そのもの。やたら格好良く見えてならない。
そして次なる行動を、赤いスライムは起こすのだった。
「ピィーッ!」
思いっきり鳴き声を上げた瞬間、ブルースたちの上から粘液が降り注ぐ。エルトンが受けたのと同じ、強酸性の類であった。
故に――
「ぎゃああぁっ! 何なんだ、これはあぁーっ!!」
「焦げる、頭が焦げちゃうぅーっ!」
「うわぁっ! 止めろ! 頼むから止めてくれえぇぇーーっ!」
ブルース、ドナ、ダリルがそれぞれ少しでも粘液から逃れようとのたうち回る。そしてエルトンはというと――
「あああぁぁーーっ! か、顔が……顔があぁーーっ!!」
既に追加攻撃を仕掛けずとも、ひたすらゴロゴロと地面を転がっていた。粘液でダメージを負った顔に、炎の塊の直撃を受けたのだ。その衝撃が計り知れないのは言うまでもない。
「よし、今のうちに逃げよう!」
マキトの掛け声に、ラティやアリシアたちも頷き動き出す。
しかし――
「させるかああぁーーーっ!」
怒り狂ったドナが、無我夢中で魔法を打ち放つ。力も魔力も目いっぱい込めた、まさにやけくその巨大魔法――それが一直線にマキトへと迫っていく。
「えっ……?」
フェアリーシップを抱きかかえたマキトは、振り返ることしかできず――
「マスタぁーーっ!!」
――ずどおおおぉぉーーーんっ!!
ラティの叫び声も空しく、凄まじい大爆発に呑み込まれてしまうのだった。
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