透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第一章 色無しの魔物使い

041 魔物たちと過ごす少年の日常

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「にゃふー♪」
「ぴゅいぴゅいぴゅぴゅーい♪」
「モフー」

 森の魔物たちが、こぞって安らぎの表情を浮かべている。人々に害をなすと言われている存在とは思えない姿となっていた。
 そしてそのきっかけを作り出した張本人も、また――

「ふぅ……まったり」

 思わず声に出してしまうほど、魔物たちに埋もれて感じる心地良さを、全力で満喫していたのだった。
 もはや森の中で見せるマキトの光景としては、殆ど普通と化しているほどだ。
 少なくとも毎度のように付き添っているアリシアは、もはやそれしきのことでは驚きなどしない。

「相変わらず幸せそうにしてるわよねぇ」

 アリシアが苦笑する。近くの適当な大木を背もたれにして座る姿もまた、ここ数日で作り上げられた日常的な姿となっていた。
 魔物に埋もれる――普通ならば緊急事態を思い浮かべるものだが、それすらも想像させないほど、魔物たちからの敵意も全く出ていない。逆に何もなさ過ぎて周りが戸惑うほどだったりもする。
 しかしそれも最初のうちだけであった。
 ヒトも魔物も慣れる生き物である――アリシアはなんとなくそう思っていた。

「キュウキュウ、キューッ」
「モフー、モフモフ」

 ロップルも森の魔物たちとすっかり打ち解けたらしい。最初はマキトの頭の上から離れようともしていなかったが、この数日で自分から森の魔物に話しかけ、一緒に遊ぶようにもなった。

(なんかまるで、小さな子供の成長を見守っているみたいね)

 そんなことを考えながら、アリシアは苦笑する。
 その時――

「ぴゅーい♪」
「おっと」

 一匹のスライムが、マキトの頭の上に飛び乗った。ちょうどロップルが魔物たちとのお喋りに夢中となっており、その場所がフリースペースとなっていたのだ。
 マキトも少し驚く程度で、どうということはない様子であった。
 しかし――それを見過ごせない者もいた。

「……キュウゥーッ!」

 そう、ロップルである。マキトの頭の上でスライムがくつろぐのを見た瞬間、切り株に座るマキト目掛けて飛び出していき、軽やかな動きで彼の頭の上までぴょんぴょんと飛んでいく。
 そしてスライムをマキトの頭の上から引き剥がし、一緒に地面に落ちた。

「――ぴゅいぴゅい!」
「キュウーッ!」

 なにするんだよと抗議するスライムに、ロップルがそれはこっちのセリフだと言わんばかりに文句の鳴き声を出す。
 もはやアリシアでさえ、ラティに通訳してもらわなくとも分かるレベルだった。

「ぴゅいっ!」
「キュウキュウキュウーッ!!」

 スライムとロップルは取っ組み合いを始めてしまう。周りの魔物たちも、いいぞいいぞーと囃し立てる。ラティがあたふたしながら宥めようとするが、まるで効果が見られない。
 一方でマキトは、しょうがないなーという感じの苦笑を浮かべるばかりで、ラティのように止めようとはしていなかった。
 ただ、魔物同士の喧嘩を見守っているだけ――アリシアにはそう見えた。
 やがてマキトから魔物たちも離れ、ロップルとスライムの取っ組み合いのほうに集中し出したところで、ラティが彼に近づき問いかける。

「マスター」
「んー?」
「アレ、止めなくていいのですか?」
「まだ大丈夫だろ」

 不安そうにしているラティに対し、マキトはあっけらかんとしていた。

「ケンカなんて普通によくあることだよ。無理に止めるよりも、やりたいだけやらせたほうがいい――って、ずっと前に教えてもらったんだ」
「誰にですか?」
「先生」
「……せんせい?」

 マキトの答えにラティがきょとんと首をかしげる。

「何の先生さんだったのですか?」
「さぁね。なんか気がついたらそう呼んでいただけだったし」
「……マスターの言ってること、よく分からないのです」
「だろうな。俺もそう思う」

 にししと笑うマキト。しかし誤魔化している様子でもなかった。
 その『先生』なる人物が、彼にとってどのような存在なのか――それをアリシアは全く知らない。
 そもそも彼が前に暮らしていた環境を、あまり深く聞いたこともなかった。
 理由は至極単純。聞く必要性がないような気がしたのだ。
 マキトは完全にこの世界に馴染んできている。もはや元の世界に未練のみの字すら抱いていないようだった。
 そう見せかけているだけで、実は無理をしているのではとも思った。
 夜中にこっそり泣いているんじゃないか。元の世界に帰れない寂しさを、魔物たちを相手にすることで紛らわせているだけなんじゃないか、と。
 しかし見ている限り、全くその様子がない。
 本当に魔物たちと一緒にいるのが楽しいからそうしているだけ――そんな感情が表情となって表れているのだ。
 ついでに言えば、夜中に泣くどころか、一度寝たら朝まで気持ち良さそうに眠り続けている。むしろこの世界に来た時に比べると、感情が豊かとなり、明るさが増しているほどであった。
 これはもう認識するしかないと、アリシアは思った。
 マキトはこの世界が居場所になっていると。今が楽しくて仕方がないのだと。
 果たしてマキトの過去に、一体何があったのか――それが全く気にならないと言えば嘘にはなる。
 しかしアリシアは、それを無理に知ろうとは思っていなかった。

(考えれば考えるほど頭がゴチャゴチャしちゃうし、なにより知ったところで、私に得られるモノはあるのかと言われると、これが正直全くないのよねぇ)

 過去は過去に過ぎない。大事なのは『今』だ。
 暇さえあれば魔物とじゃれ合う、魔物使いの適性を持つ不思議な男の子――それだけ知っていれば、今は十分なのではないかとアリシアは思う。

(にしても……マキトって、魔物ちゃんに関しては色々と考えてるみたいね)

 マキトは基本的に、興味がないことには無関心である。それ自体は個性の一つだと思ったので、特に追及はしていない。
 しかし魔物に関しては、全くもって話は別だということが分かった。
 人々には無関心そのものだが、魔物に対しては興味津々。そのギャップの激しさもまた、マキトという男の子を象徴する個性――そう思えていた。

(まぁ、ある意味で、魔物使いらしい気もするけど)

 アリシアはそう思いながら、小さな笑みを浮かべた。
 視線の先にいる魔物使いの少年は、いつのまにか喧嘩を終えていたロップルとスライムを抱きかかえ、心から幸せそうな笑顔を浮かべていた。


 ◇ ◇ ◇


 そしてもう一人――マキトたちの楽しそうな姿を、陰から見守る者がいた。
 その者は音もなく立ち去り、そのまま森の中を移動する。やがて一本の道に出て歩き続け、そこに辿り着くのだった。

「やぁ。お墓参りですか――ユグラシアさん」
「……ディオンさん」

 ユグラシアと呼ばれた女性がゆっくりと振り返る。一目見たら誰もが息を飲むほどの美貌を前に、ディオンは平然としつつ、クスッと笑みを浮かべる。
 そして彼女の目の前にある墓標に視線を向けた。

「数日前の一件は、さぞかし驚かれたことでしょう。あなたの御友人が眠る墓で、何かが起こったのではないかと……」
「えぇ。あの時は焦ったわ」

 ユグラシアも墓標を見つめながら、微笑を浮かべる。

「――ここに現れたという例の男の子は、どうしているかしら?」
「元気にやってますよ。今日も魔物たちと一緒に、楽しく遊んでいました。アリシアちゃんとも、仲良くやっているみたいです」
「そう……」

 ユグラシアが呟きながら頷く。そこには何かしらの意味が込められているように感じられたが、今はそれをスルーすることにディオンは決める。
 尋ねてきた目的を果たす――彼にとって、それのほうが大事だったからだ。

「これは、オフレコでお願いしたいんですが――」

 ディオンは表情を引き締め、意を決したように切り出した。

「その少年は、どうやら違う世界からきたようなんです。普通に考えれば異世界召喚という形でしょう。しかしチョロッと調べたところ、それを行った痕跡は、どこを探してもありませんでした」
「もし本当に行われていたとしたら、むしろ痕跡はあって然るべきよね」
「えぇ。大量の犠牲者を出す儀式の痕跡を、跡形もなく消すなど不可能ですから」
「確かに」

 肩をすくめるディオンに、ユグラシアも納得の意を示す。そこから導き出される結論は、自ずと一つしか出てこなかった。

「つまり例の男の子は、異世界召喚とは別の何かによって来たことになるわね」
「しかも降り立った場所はここ――あなたの御友人が眠る墓の前だった点も、見過ごせないかと」

 それはユグラシアも気になっていたところであった。ディオンもそれを察しつつ話を続ける。

「少年の年齢までは確認しておりませんが、恐らく十代前半ぐらいでしょう。ってことはつまり、十年前となれば――」
「そうね」

 遮るようにユグラシアは呟いた。

「恐らく私の予想も、あなたの言わんとしていることと同じよ。確証がない以上、なんとも言えないのだけれどね」

 ユグラシアは小さな笑みを浮かべ、踵を返して歩き出す。

「その男の子宛に、招待状を一筆したためるわ。届けてもらいたいから、後で神殿のほうに来てもらえるかしら?」
「何でしたら、俺が代わりに書きますよ。ユグラシアさんもお忙しいでしょう?」
「別にそんなことはないけれど……じゃあ折角だからお願いしようかしら」
「えぇ。万事お任せください!」
「封蝋もしっかりとね」
「勿論です」

 力強く頷きを返したディオンに、ユグラシアもよろしくねという笑みを浮かべ、そのまま背を向けてゆっくりと立ち去っていく。
 それを見届けたディオンは、改めて神妙な表情を浮かべる。

「確かに確証はないんだが……多分、当たってるとは思うんだがねぇ」

 ディオンは呟きながら、墓標をジッと見つめた。

「確かに感じ取れたんだよなぁ――マキト君にエルフ族の血が流れているのを」

 その瞬間、風に吹かれる森の木の葉が、大きな音をかき鳴らすのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
いつも読んでいただきありがとうございます。
今回で第一章が終了し、次回からは第二章を開始します。
第二章からは、旧作にはいなかった新しいヒロインが登場します。
お楽しみくださいませw

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