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第四章 本当の親子
134 立ち上がる姉妹
しおりを挟む「メイベル様、ご安心くださいませ。此度の対策につきましては、この爺やがすぐにお立ていたしますぞ!」
「まずは背中の手当てからですよ。ホントにすぐ無茶するんですから」
屋敷のメイドに肩を借りた状態の老執事。背中のダメージはまだ残っているが、強気な笑みを浮かべられるほどの元気さはあるようだった。
それだけでも大丈夫そうだということが分かり、メイベルは安心する。
「ありがとう。よろしくお願いね」
「お任せください――たた!」
老執事が威勢のいい返事をした瞬間、背中に鈍い痛みが襲い掛かる。それを目の当たりにしたメイドは、これ見よがしに深いため息をついた。
「言わんこっちゃないんだから……さっさと行きますよ」
「面目ない。こうなったら借りは必ず返して――」
「分かりましたから!」
遂にメイドに一喝され、老執事はようやく口を閉じたらしく、静かになった。そしてそのままゆっくりと部屋を出ていき、メイベルはため息をつきながらも小さな笑みを浮かべる。
爺やこと老執事には、できれば休んでほしいと思っていた。
しかしそれは無理だろうとも思ってはいたのだ。
これは自分の失態だから、責任を取らせてほしい――そんな気持ちを強く胸に抱いているからだと。
なんやかんやで彼は、フェリックスのことを可愛がっていたのだ。
どんなに情けない姿を披露しようが、どれだけ激しく怒鳴り散らそうが、決して彼のことを見捨てようとせず、陰からずっと見守ってきた。
――フェリックスは、腹に一物抱えている可能性が否めません。
老執事はそれとなく感じており、メイベルにも伝えていた。その上で彼を信じたいという気持ちを強く働かせていたのだった。
できることなら自分の手で、彼の中にある闇を取り除けてあげたらと。
それが叶わなかった老執事の気持ちは、考えても考えきれないと、メイベルは思っていたのだった。
(結局、私も爺やも……皆揃って『甘かった』ということなのかもね)
セアラだけを責められないと、メイベルは苦笑する。その時、傍からブツブツと呟く声が聞こえてきた。
「これは、何かの間違いじゃないのかしら? きっとそうに決まってるのよ」
その声に振り向くと、脱力したセアラが口を小さく動かしていた。
もはや怒りを募らせることすら億劫になってくる。呆れと気合いの両方を込めたわざとらしいレベルの大きなため息をつき、メイベルは言う。
「いつまで塞ぎ込んでるの? もう目を逸らせるような段階でもないよ!」
強めに、そして大きめな声を出す。決して怒鳴るほどではないが、その声は室内に大きく響き渡る。
目の前にいたセアラには特によく届いており、すぐに視線が向けられた。
それをしっかりと確認したところで、メイベルは顔を近づける。
「いーい、お母さん? この事態に陥ったのは、間違いなくこの屋敷の関係者全員の責任だからね! お母さんは勿論、この私も含めてだよ!」
「メ、メイベル……」
セアラが呟くように娘の名前を呼ぶ。それに返事をすることなく、メイベルは母親から顔を離し、腰に手を当てながら胸を張って立ち尽くす。
「それを胸に受けとめて、これからの対策を立てる。私たちのすべきことは、まずそこからだよ」
「――メイベルさんの言うとおりです」
ユグラシアが頷きながら、優しい声で言った。
「彼の怪しさに気づかなかったのは、もうこの際仕方がありません。過去の失敗を追及するよりも、先のことを考えるほうが大事ですよ」
「ユグラシア様……はい。確かにそうですね」
セアラの体からようやく小さな震えが消えた。そして自分から娘を見上げる。
「メイベルもゴメンなさい」
「いいから。ほら、もういい加減に立ってってば」
そして娘に手を貸してもらう形で、セアラは立ち上がった。その際にバランスを崩してよろけてしまい、思わずメイベルに抱き着く形をとってしまう。
メイベルは特に嬉しがることもなく、何やってるのよと文句を言い放つ。それに対してセアラは、仕方ないじゃないと顔を赤くしながら、ブツブツと言い訳を始めるのだった。
ある意味で、いつもの母親の姿に戻ったことで、メイベルも安心する。
こうなってしまったのは、本当に自分の責任でもあると、前々から心の中でずっと抱いていたのだ。
(お母さんのアリシアに対する想いの強さ……マジで読み違えちゃったからね)
これについては、メイベルも当てが外れた形であった。
心の奥底でどこか期待していたのだ。なんやかんやで実の親子となれば、通じ合える部分もあるのではと。
しかしそれも、所詮は淡いものでしかなかった。
二人が対面した瞬間、セアラは目に涙を浮かべながらも嬉しそうにしていた。
それに対してアリシアは、ほんの少し驚いた様子を見せただけである。少なくとも会えて嬉しいとか、そういう感情はないとしか思えなかった。
まさに『自分が知らない他人』との出会いを、素直に表現しただけ。
メイベルは後悔していた。少し考えれば分かることだった。むしろアリシアの反応が普通なのだと。
(これ以上、変な方向に拗らせないためにも、ちゃんと決着をつけさせないと!)
たとえお互いが満足いかない結果になったとしても、答えは答え――有耶無耶で終わらせるよりかは絶対にマシだと、メイベルは思っていた。
そのためにも、一刻も早くマキトを探し、助け出さなければならない。
この事態を収めてこそ、二人の問題は先に進めるのだと、メイベルは改めて表情を引き締める。
一方、アリシアはというと――
(なーんかセアラさん見てても、全然なんとも思わなくなっちゃったなぁ)
実の母親だと紹介され、ずっと戸惑っていた。しかし今は、彼女に対して何の感情もないことに気づいたのである。
端的に言えば、どうでも良くなったのかもしれない。あんまりかもしれないが、むしろ好都合ではないかとアリシアは思う。
おかげでこの状況に、より集中することができるからだ。
『ますたーとらてぃ、だいじょうぶかなぁ?』
視線を下ろしてみると、不安そうにしているフォレオの姿が目に入る。
アリシアは小さな笑みを浮かべ、そっと手を伸ばした。
「大丈夫よ」
フォレオを抱きかかえながら、アリシアは優しく語り掛ける。
「マキトとラティなら、きっと無事にいるわ。絶対に私たちの手で助けようね」
『……うん』
突然の行為に驚くフォレオだったが、アリシアの優しい笑みを見て、すぐさま落ち着きを取り戻しつつ頷く。
そしてアリシアは、ロップルを抱きしめるノーラに近づき、優しく頭を撫でた。
「ん。やめて。くすぐったい」
「ふふっ、いいから少し撫でられてなさい♪」
離れようとするノーラだったが、アリシアは片手で器用に抱き寄せ、そのまま後ろ頭を優しく櫛を入れるように撫で下ろす。
なんやかんやで気持ちいいらしく、ノーラも本気で離れようとはしていない。
「マキトならきっと大丈夫だよ」
もう何度か繰り返してきたような言葉であったが、アリシアには少しだけ思い当たる節があった。
「ロップルたちについているテイムの印が、いい証拠になると思うわ」
「……どーゆーこと?」
「キュウ?」
ノーラとロップルが同時に首をコテンと傾げてくる。その仕草に可愛らしさを感じてならなかったが、抱きしめたい気持ちをグッとこらえてアリシアは続ける。
「テイムの印がついてるってことは、その魔物とマスターとなる人が、しっかりと繋がっているってことでしょ?」
「……あ、そっか」
ここでノーラも、ようやくアリシアの言いたいことが分かった。
「マキトが生きているから印がある。ロップルたちの印が消えるときは、マキトの命が消えてなくなったとき」
「そう。だからロップルたちに印が付いている限り、マキトは無事でいる」
「ん!」
ニッコリと笑うアリシアに、ノーラも力強く頷いた。ロップルとフォレオにも、希望が見えてきたかのような笑みが浮かぶ。
ようやくノーラたちも、いつもの調子が戻ってきているようだった。
その姿にアリシアもひっそりと安心していると――
「流石おねーちゃんってところだね♪」
メイベルが、からかい交じりの笑みとともに、ポンと肩に手を置いてくる。
「あっという間にノーラちゃんたちを元気づけちゃうんだもん」
「もう。どうでもいいじゃない」
「確かにね」
軽口を叩きながらも笑顔を浮かべるアリシアとメイベル。この二人もまた、いつもの様子に戻りつつあった。
「――失礼します」
ノックの音とともに女性の声が聞こえてきた。メイベルが返事をすると、メイドがお辞儀をしながら入ってくる。
「執事長が調べ上げた資料をお持ちしました。お役に立てればとのことです」
「ありがとう。下がってちょうだい」
「はっ」
メイベルに資料を手渡したメイドは、再びお辞儀をして退出する。受け取った資料を見てみると、そこには有力な情報が記載されていた。
「この短時間で手当てを受けながら……流石は爺やってところね」
思わず吹き出しながら、メイベルは資料をパラパラとめくる。そしてニヤリと笑みを浮かべながら、アリシアたちに視線を向けた。
「皆、今から作戦会議をするよ。マキト君とラティちゃんを助け出す!」
メイベルの掛け声に、アリシアたちが力強く頷いた。そして三人の少女たちと二匹の魔物たちでソファーに腰かけ、黙々と話し合いを進めていく。
この部屋の主であるはずのセアラは、完全に蚊帳の外と化してしまっていた。
「アリシア……それにメイベルも……」
真剣な表情で語り合う娘たち。もはやセアラのことなど一瞥すらしない。それも意図的ではなく、本当に自然な形でのことだった。
それが分かるだけに、セアラは自然と落ち込んでしまう。
「私……ダメダメですね」
「ここで下を向いているようでは、それこそ過去と同じ結果になりますよ?」
肩にポンと手を置きながら、優しく励ましてくるユグラシア。その声にセアラは涙が出そうになり、しばらくそれをこらえるのに苦労する羽目となった。
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