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第六章 神獣カーバンクル
208 四匹目の仲間
しおりを挟むまさかのカミングアウトに、マキトたちも驚きを隠せなかった。
しかしカーバンクルの笑顔は至って自然そのものであり、とてもふざけているようにも思えない。
だからこそマキトは、戸惑わずにいられなかった。
「テイムって……本当にいいのか? サリアのことを気にかけてただろ?」
それこそが、一番懸念していることだった。カーバンクルがサリアに対して、並みならぬ想いを抱いていることは、もはや考えるまでもない。
まさか、カーバンクルのほうから乗り気になるとは、思ってもみなかったのだ。
「いや、そりゃあ確かに、サリアのことは今でも大切だけどよ――」
マキトの腕の中で、カーバンクルは照れくさそうに笑う。
「でもそれは、オレの心の中での話なんだ。サリアと一緒にいた時間は、もう今の時間じゃねぇってことくらい、分かっているつもりさ」
カーバンクルがニッと笑いながら、マキトを見上げてくる。そこには確かな意志が宿っていた。
「オレはここから、新しい一歩を踏み出さなきゃならねぇ。そのためにオレは、マキトと一緒にいることを選ぶぜ。オマエらと一緒にいるのも楽しいしな」
「カーバンクル、お前……」
小さな神獣が真剣に出した答えが、マキトの心を貫く。楽しそうに遊びながらここまで考えていたのかと、改めて驚かされる。
「――ん。いいと思う」
そこにノーラが、笑みを浮かべて頷いてきた。
「気持ちは凄く伝わってきた。ノーラは大歓迎する」
「わたしたちもなのです♪」
「キュウッ!」
『かんげーいかんげーい、だいかーんげーい♪』
ラティたちも笑顔で賛成を示している。これであとは、マキトの返事次第という形となった。
マキトは思わず苦笑しつつ、改めてカーバンクルと視線を合わせた。
「カーバンクル、俺もお前のことをテイムしたい。一緒に来てくれるか?」
「おうさ! 望むところだぜっ!」
「じゃあ決定だな」
そしてマキトは、カーバンクルの額と自身の額をくっ付ける。
実のところ、心の中では成功するかどうか不安だった。いくら聖霊を司る魔物をテイムできるとはいえ、相手は神獣なのだ。霊獣とは明らかに違うだろう。
もしかしたらテイムに失敗するのではと思っていた。
しかし――
「わぁ、成功したのです♪」
ラティの嬉しそうな声が、全てを物語っていた。マキトが目を開けると、そこには予想どおりのカーバンクルの姿があった。
額にしっかりと、テイムの印が刻み込まれた状態で。
「どうやらマスターは、神獣さんも簡単にテイムできるみたいなのです」
「ん。そうみたい」
ノーラも頷いてこそいるが、心の奥底では驚いていた。彼女もまた、マキトと同じことを考えていたのだ。
ロップルとフォレオも、新しい仲間が増えたことを喜んでいる。
そんな中、カーバンクルのつぶらな瞳が、マキトにまっすぐと向けられていた。
「なぁ『あるじ』よぉ。オレにも新しい名前を付けてくれねーか? いつまでもカーバンクルなんて呼ばれ方すんの嫌だからよ」
「あぁ、分かった……ってゆーか、あるじって何よ?」
全く新しい呼ばれ方に、マキトは妙なくすぐったさを覚える。てっきりラティたちと同じ呼び方をしてくると思っていた。
するとカーバンクルは、ニッコリと笑いながら言う。
「ラティたちはマスターって呼んでて、それと同じじゃつまんねーだろ? だからオレは『あるじ』って呼ぶぜ!」
「あぁ、そーゆーこと。まぁ別になんでもいいけどな」
「そんなことより、名前早く付けてくれよ!」
「分かった分かった。えっと、そうだなぁ――」
数秒ほど空を仰ぎながら考える。そしてマキトの中に、一つの名前が浮かぶ。
「リウ――今日からお前の名前は『リウ』にしよう」
「お、いいなぁ、それ! 気に入ったぜ♪」
カーバンクルことリウも、嬉しそうな表情で受け入れる。そのことにひとまずの安心を得つつ、マキトは改めて言った。
「リウ、これからもよろしくな」
「こちらこそだぜ、あるじ!」
マキトとリウがニッコリと笑い合う。それを見守るノーラや魔物たちの姿が、なんとも平和で穏やかな空気を生み出していた。
このまま、のんびりとした時間が流れてくれればと思うほどに。
「――ちょっと待ってくれ! 何、僕の前で勝手なことをしてるんだよ!?」
しかしそれは、すぐさま打ち砕かれてしまった。
完全に素で忘れていたマキトは、そういえばと思いながら振り向くと、凄まじい形相で睨みつけてくるメガネの少年に、表情を引きつらせる。
一方、ノーラたちはというと――
「む……少しは空気を読むべき」
「全くなのですよ。マスターとリウの邪魔をするなんて」
「キュウッ!」
『なにさまだよってかんじだよねー!』
憤慨しながら冷たい視線をカミロに送っていた。しかし当の本人の視線は、完全にマキトとリウにしか向けられていない。
「そのカーバンクルは僕が狙ってたんだぞ! 何をちゃっかり横取りしてくれちゃってるのさ!?」
「いや、横取りって何だよ? そもそもリウは嫌がってただろ」
「これから僕が説得して、友達になる予定だったのに……」
「決めつけてんじゃねぇってんだよな。誰がオマエと友達になるかってんだ」
「もし落第したら、僕は実家からも追放されてしまう」
「そんなの知ったこっちゃないのですよ」
「あぁっ! 折角ここまで頑張ってきたのに、僕はなんて不幸なんだ!」
「ん。もはや全く意味が分からない」
マキトたちが次々と冷静に言葉を返していくも、カミロの耳にはまるで届いていない様子であった。
跪いて頭を抱えて唸る彼に対し、マキトたちは顔を見合わせる。
やはりもう、このままこっそり帰ってしまおうかと。
しかし――
「こうなったら仕方がない……この手だけは使いたくなかったんだけどねぇ!」
カミロがユラリと立ち上がる。今度は何をする気だと、マキトは呆れ果てた表情を浮かべていた。
しかしすぐさま、その表情は驚きに変わる。
彼のメガネの奥から見える目が、ギラリと鋭く光っていたからだ。
「カーバンクルを僕に渡せ。痛い目にあいたくなければな」
カミロの両手に大量の魔力が宿る。それが何を意味しているのか、もはやマキトたちには考えるまでもなかった。
「上手くいかないからって脅しはないだろうに……」
「それだけ切羽詰まってる証拠なのです」
「ん。短絡的もいいところ」
マキトに続いて、ラティとノーラもため息をつく。少なくとも慌てている様子は全くない。
そしてロップルとフォレオは、怯えるどころか好戦的な態度を見せていた。
「キュウキュウ!」
『ますたー、どうする? ぼくたちでやっつけちゃう?』
「いや、もうちょっとだけ様子を見よう」
下手なことをして被害を大きくしたくないと、マキトは思っていた。
(あの魔法が撃ち込まれても、こっちにはロップルがいるからな)
少なくとも一発を防ぐことは可能だ。仮に立て続けに放たれたとしても、ラティやフォレオの力があれば、対抗できるだろうと目論んでいる。
それは魔物たちも心得ており、いつでも動き出せるよう身構えていた。
「――随分と落ち着いているようだねぇ? でもあまり、僕のことをナメないほうがいいと思うよ?」
そこにカミロが、魔力を集めながら自信満々な笑みを向けてくる。
「ヴァルフェミオンで鍛えた僕の魔法に、キミたちみたいな子供が太刀打ちできるとは到底思えないんだよね。悪いことは言わないからさぁ、ここは素直に僕の言うことを聞いたほうが、身のためだと思うんだけど?」
ニヤリと笑うその姿に、マキトたちは顔をしかめる。あからさまに見下してきていると思ったのだ。
実際、それは間違っていない。
カミロから見れば、年下で力のない子供でしかないマキトたちが相手ならば、少し魔法で脅かせば従ってくれるだろうと――そんなことを目論んでいた。
確かに目の前で構築されていく魔法の大きさは、普通に凄いと言えるだろう。
しかし――
「ん。実にくだらない」
ノーラが片手で魔法を解き放つ。その魔弾が、カミロの構築している魔力にぶつかった瞬間、大きな塊が一瞬にして粉々に散ってしまった。
「なっ! バ、バカな! 僕の溜め込んだ魔力が……」
カミロが唖然としながら周囲を見渡す。自分の魔法に自信があっただけに、この展開は想定外もいいところであった。
そして視線を、正面にいるマキトたちのほうに戻そうとした瞬間――
ぼぉんっ――と、彼の足元の地面に、魔力が撃ち込まれる。
「ひぃっ!」
驚いて尻餅をついてしまい、カミロは恐る恐る視線を上げる。ノーラが右手の人差し指を突き出し、そこに魔力を浮かばせていた。
「ん。この程度でノーラたちを脅しているつもり?」
無表情から放たれる言葉に、カミロは絶望に満ちた表情を浮かべるのだった。
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