透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第七章 魔法学園ヴァルフェミオン

224 ヴァルフェミオンの理事たち

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「サリア殿、失礼します」

 ノックされた後、扉がゆっくりと開かれる。ヴァルフェミオンの地下研究所に設けられたサリアの執務室に、ウォーレスが尋ねてきたのだった。
 ゆったりとした大きい執務用のチェアに座り、サリアは背を向けたまま尋ねる。

「進捗は?」
「概ね滞りなく。あの元宮廷魔導師や森の賢者も、大人しいモノですよ」
「そう」

 肩をすくめるウォーレスに対し、サリアは興味なさげな口調で頷いた。
 後ろを向いているため、彼女の表情は伺えない。それに対してウォーレスは何を思ったのか、ニヤリと笑みを浮かべながら両手を広げ出した。

「――もうすぐ遂行されますな。我々二人だけの理事によるミッションが!」
「えぇ、そうね」

 後ろを向いたまま、サリアが答えた。

「あの方々の意志を受け継いだからには、なんとしてでも成功させるわ」

 サリアの言う『あの方々』とは、ヴァルフェミオンの前理事たちのことを指す。
 そもそもヴァルフェミオンの理事は、表向きはウォーレスやサリアを含む数人で構成されているとなっているが、実際は二人しかいない。
 すなわち、ウォーレスとサリアだけなのだ。
 他の理事たちは既に他界している。しかし亡くなった本人たちの願いにより、それは公になっていない。
 故にヴァルフェミオンの理事会メンバーは、今も二人と数人の合わさった人数で構成されている形なのである。
 しかしながら、ウォーレスはそれを快く思っていなかった。

「サリア殿……いい加減、亡霊にこだわるのはバカバカしいと思いませんか?」

 まるで子供を諭すような口調で、ウォーレスは進言する。実際、年齢差で言えば親子ぐらい離れているため、その光景だけ見れば割と自然なほうであった。

「時代は常に進化し続けていくモノです! 過去を捨てろとは言いませんが、縋り続けるのもよろしくない。それが考えを停滞させることになれば――」
「ウォーレスさん」

 サリアの声が、ウォーレスの言葉を止める。決して大きくなく、そして荒げてもいない淡々としたその声は、何故か彼の耳に鋭く刺し込むように入ってきた。
 キィ、と小さな軋む音を立てながら、サリアが椅子を回転させてくる。
 その動きが、何故かウォーレスの中で緊張を走らせる。まるで舞台の上で演じるかの如く掲げられた両手は、ゆっくりと降ろされ、だらんと垂れ下がっていく。
 あちこちに跳ねた癖のある黒髪。そこから覗き出る鋭い目が、ウォーレスの背筋を震わせる。
 怒ってはいない。しかしながら笑顔でもない。
 そんな読み取れない表情で、サリアはウォーレスを見上げてきた。

「計画は既に遂行中です。もはや後戻りは不可能――それを壊すおつもりで?」
「いえ、滅相もございませんが……」
「ならばグダグダと言うこともないでしょう」
「しかしですね……」
「何か?」
「……いえ」

 サリアの眼力に、ウォーレスは押し負けてしまった。そして無意識に、腕を垂れ下げさせたまま拳を握り締める。
 屈辱だった。こんな小娘に好き放題言われてしまうなど、と。
 そもそも魔法も使えない彼女が、ヴァルフェミオンの理事に選ばれていること自体が意味不明としか思えず、ウォーレスも幾度となくその理由を確かめようとしたことがあったが、満足のいく回答は得られなかった。
 更に『前』理事たちは、こぞってサリアを理事会のトップに選び、サリアもそれを快く引き受けた。
 それが全然納得できていないウォーレスは、苛立ちを募らせる。

(大体、おかしな話にも程がある! 魔導師の名家の当主を長年務めていた経験を持つ私こそが、ヴァルフェミオンの理事長に相応しいハズだろうに!)

 客観的に見れば、むしろそれが普通と言える。ウォーレスの考えていることは、決して間違ってなどいない。
 では何故、彼は前理事長たちから選ばれなかったのか――それには、サリアの事情が大きく関係しているのだった。

「しかしながら……アレですな。私は未だに信じられませんよ」

 気持ちを切り替えることを装いながら、ウォーレスは切り出した。

「魔物も魔法も存在せず、この世界には存在しない乗り物が当たり前のように多数も存在している世界があるなどとは……確か、地球と言いましたかな?」
「――えぇ。それが何か?」

 サリアは少しだけ顔をしかめる。しかしそれを気にすることなく、ウォーレスは笑みを浮かべた。

「前理事長たちもその世界から来たとのことですが……果たしてそれは、本当のことなのでしょうかねぇ?」
「本当ですよ」

 放たれた即答に、ウォーレスは思わず呆気に取られてしまう。そこに畳みかけるかの如く、サリアは続けてきた。

「あの方々は私と同じ、地球の日本から召喚されてきた人たちです」

 そう――これこそが理事会の大きな『裏』であった。
 過去にシュトル王国が行った異世界召喚による『被害者たち』こそが、ヴァルフェミオンの理事会メンバーだったのだ。
 残してきた家族はもう生きていないだろうと思われるくらい、本人たちが高齢となってしまっても、決して元の世界へ戻ることを諦めようとしなかった。
 だが、流石に寿命には勝てず、サリア以外の理事たちの命は尽きてしまった。
 故に理事の人数は、必然的に残った二人だけとなった。

「まぁ別に、私もそのことを疑うつもりは、毛頭ありませんがね」

 ウォーレスは再び肩をすくめながら首を左右に振る。それに対してサリアは、冷たい表情を崩すどころか、さらに目をスッと細くしてきた。

「……その割には随分と信じていないようですが?」
「残念ながら、私はその世界をこの目で見たことがないものでして」
「実際に見なければ信用しない、ですか……なんとも学者らしい言葉ですね」
「お褒めに与り光栄です」

 寒々しくも白々しいやり取りを交わす二人の間に、感情そのものが込められている様子もなかった。
 実際、ウォーレスもサリアに対して、まともにやり合うつもりはなかった。
 彼からしてみれば、単なる利用価値のある相手でしかないからだ。
 しかしそれは、サリアも同じ考えだったりする。
 魔法の名家であるウォーレスは、魔法関連の伝手をたくさん持っている。研究するにあたっては非常に『使える』存在ということもあって、前理事たちが生前に特別指名をしたのだった。
 有り体に言えば『利用するだけ利用してポイ』程度の存在でしかない。しかしそれはウォーレスも気づいており、それを承知で立場を得たのだ。
 それだけ彼も、大きな野望を抱いているということだ。
 そしてそのためならば、なんでも利用するしなんでも切り捨てる――たとえそれが血を分けた人物であろうとも。

「別に、信じられないのであれば、それはそれで構いませんよ」

 呟くようにサリアが切り出した。

「私たちは元々、相容れない者同士だった。利害が一致しそうだから手を組んでいるだけの話。互いが互いの目的に全く干渉しなくとも、ミッションの遂行に問題が起きることはなかった――そうでしょう?」
「……えぇ、確かに」

 それはそれで正しいため、ウォーレスも素直に頷いた。そしてとある壁の方向に視線を向けながら、ニヤリと笑みを浮かべる。

「神竜の力を利用できる一歩手前まで来た……私にとってはそれが全てです」

 そしてウォーレスは、改めてサリアに向けて姿勢を正した。

「長々と余計なことを話してしまってすみません。これで失礼します」
「えぇ。また何かありましたら、すぐに報告してください」
「分かりました。それでは」

 ウォーレスは一礼し、踵を返して部屋から出ていく。一人残されたサリアは、深いため息をつきながらソファーに身を沈めた。

「利用価値があるとはいえ、あのオジサンの相手するのもしんどいわー」

 あぁ~、と情けない声を上げるサリア。もはや数十秒前まで見せていた、引き締まった表情は完全に砕けていた。
 これがサリアの本当の素顔なのか――それは本人ですら分かっていなかった。

(なんだかなぁ……あたしもあのお爺ちゃん転移者たちを利用して、元の世界へ帰ろうとしていただけだったはずなんだけどねぇ)

 今でも、それが本心であることは確かだと思っていた。
 しかし神竜の存在や、魔力スポットにおける様々な可能性など、研究が少しでも進んだ際に見せていた老人たちの笑顔が――あの希望に満ちた明るい表情が、時折頭の中に浮かんできてしまう。
 その度にサリアは、モヤモヤとした気持ちに見舞われるのだ。
 最初は無理やり振り払っていたが、今となっては少しだけ思うこともある。

「私もまだ、人としての気持ちを失ってはいなかったのかしらね」

 空を仰いで呟きながら、サリアはこれまでの出来事に想いを馳せた。

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