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番じゃなかった
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「あははははー、変な声出しちゃって。何、デート? 俺はねぇ、デート。今彼女が化粧直しに行ってるんだ。女のトイレって長くてめんどくさいよね~?」
先日のことなどとっくの昔に忘れましたが何か? という顔で、小野塚が立っていた。
「……っ」
蒼は思わず後ずさって身構えるが、小野塚はケラケラと笑い、
「もうあんなことしないから安心して。正直、薬飲んでる子とやってもあまり気持ちよくないんだもん」
と、さりげなく蒼の匂いをくん、と嗅ぎながら小声で言った。その後「薬飲んでないオメガっことやるのが最っ高に気持ちいいんだよ? 知ってる?」などと、満面の笑顔で言い放つ。
「は、はぁ……」
(この人、マジで危ねぇ……)
蒼は本能でそう感じた。
「それに、君に手を出したら凛に怒られるしぃ。凛の家ってうちの本家筋だからおいたすると怒られちゃうんだよ」
「本家筋……ですか」
【本家】などという言葉を聞くと、家柄だとか格だとかそういう高尚な単語を思い出してしまう。やっぱり鳴海の家は由緒正しい名家なのだろうか、と蒼は思った。
「ところでオメガちゃん?」
「オメガちゃんじゃないです、俺には末永蒼、って名前がありますから」
蒼の頭をいいこいいこしながら、小野塚が尋ねる。何度手で払っても撫でられるので、終いには諦めて好きにさせておいた。
「んじゃ蒼ちゃん。蒼ちゃんは凛の運命の番なの?」
思わずドキリとした。今まで何度も鳴海が自分を運命の番だと女の子たちに言ってはきたが、他人からその質問をされたのは初めてだったからだ。何と言っていいのか迷ったが、小野塚は男であると同時に鳴海の親戚なので嘘をつく必要もないと思い、
「ち、違います。ただの友達、です」
と、本当のことを言った。
「だよねぇ、凛にはもう番いるし」
頷きながらの小野塚の言葉に、蒼の動きが止まった。心臓が嫌な感じで速い鼓動を刻み始めた。
「そ、そうなんですか?」
目を泳がせながら答える。手の平には脂汗がじっとりと浮かび始めた。小野塚の前で平静を装うので精一杯だ。
「だよ。去年の夏に出会った年上のオメガの女の子。ツーショの写メ見せてもらったけどめっちゃ可愛い。凛にはもったいない子だった。どうせなら俺の番にしたかったくらい。前々から番がいたのに、最近になって学校で噂が流れたりして、変だなぁなんて思ってたんだけどねぇ」
「へぇ~」
(……そっか、鳴海にはもう番の子がいるから俺のフェロモンに反応しなかったんだ)
先日病院からもらった本に書いてあったのを思い出した。
【オメガと番になったアルファは、他のオメガのフェロモンには反応しなくなる】
「何だ、そっか……」と、蒼は呟く。その時、
「恵斗! おまえこんなとこで何やってるんだ。また末永に変なことをしてたんじゃないだろうな?」
眉を吊り上げた鳴海が慌てたように近づいてきて、蒼を守るように二人の間に割り込んだ。
「ただお話ししてただけだよ~。ね、蒼ちゃん」
「うん……」
即座に答えるも、ぎこちなくなってしまう蒼。
「もしヒートの時に我慢出来なくなったら、俺のこといつでも呼んでくれていいからね、蒼ちゃん」
小野塚は鳴海をさっとかわしてから蒼の耳元で小声で呟き、電話番号を走り書きしたレシートを彼の手に握らせた。
「末永、大丈夫? 何もされなかった?」
小野塚が去った後、鳴海が末永の無事を確認するように目線を合わせた。
「だ、大丈夫だよ。ほんとに話してただけだから! ありがとう、気にしてくれて」
その時蒼は鳴海の目を見ることが出来なかった。
気がついたら、自宅の自分の部屋にいた。あの後、鳴海と一緒にどこへ行き、どんなことを話したのか、何一つ覚えていなかった。
『凛にはもう番いるし』
『去年の夏に出会った年上のオメガの女の子』
小野塚から聞かされた言葉が、耳にこびりついて離れない。何度も何度も頭の中で繰り返されている。そしてしばらく経ってから、
(どうして俺、こんなにショックを受けているんだろう……)
自分の気持ちの状況に対し、ようやく疑問を投げかけることが出来た。
(友達に番がいたところで、別にいいよな)
実際、凪から今の彼女と既に番になっている、と聞かされた時も「すげぇな、もう結婚相手がいるのかぁ」くらいにしか思わなかったし、それを凪が自分にもちゃんと報告してくれたことが嬉しいと思った。
(そうだよ『鳴海、おまえ、もう番がいるんだってな、すげぇな! おめでと!』って言えばいいのに)
けれど、ほぼ同じ内容なのに相手が鳴海となると、どうしてこんなにも自分の心に重くのしかかるのか。
校医の榊から、自分がオメガであると聞かされ、更に運命の番が側にいる可能性を示唆された時、真っ先に思い浮かんだのは、紛うことなき鳴海の姿だった。
病院からもらった本を読んでいた夜、自分は頭の中で何を思っていただろうか。
『運命の番、鳴海かも……知れない』
何度も頭に浮かべては、その度に打ち消していた。
そんなはずないのに、叶うはずもないのに、心の片隅でそう願っていた。
今考えると、こんなに滑稽なことはない。
やっと気づいた。
「そっかぁ……俺、鳴海のことが好きになってたんだな……」
気づいた時にはもう遅かった――いや、遅かったわけではない。そもそも、スタート地点にすら立てなかったのだから。
自分の馬鹿さ加減に、蒼の両の目から雫が滴り落ちた。
「……い、蒼!」
登校中、充が呼んでいるのに気づいたのは、名前を呼ばれて五回目の頃だったらしい。イライラし始めた充に、蒼は目を瞬かせた。
「あ、ごめん……何? 充」
「おまえ、どしたの?」
「何でもない」
明らかに前日とテンションが違うので、充が訝しみ、蒼を問い詰めようとしている。
「どう考えても何かあったとしか思えないんだけど。……俺にも言えないこと?」
蒼の顔を覗き込み、何かを聞き出そうとしている充だが、蒼は見るからに痛々しげな笑顔を作り、
「いいなぁ、と思ってた子にフラれたんだよ。傷を抉るな」
さらりとそう言った。
(嘘はついてない……よ、な)
「ふーん……おまえ、今までフラれてもここまで落ち込むことなんてなかったのにな?」
「ぐっ……」
(充が相変わらず鋭すぎて怖ぇ……)
「――ところで蒼、昨日ケーキビュッフェ行ったんだろ? どうだった?」
「……え? あ? うん、超美味しかった! もう一回行きたい! 今度一緒に行く?」
「俺、彼女と行く予定だからパス」
「あーっそ。仲がよくていいな!」
学校へ着いてもどこかぼんやりとしてしまい、凪にも涼真にも心配されてしまった。遠くの席から、鳴海が時々こちらを見ていたことにも気づいていたのだが、とてもではないが彼の顔を見ることが出来なかった。
(もう、俺なんかが鳴海を誘ったりしない方がいい……よ、な)
自分が友人としてではなく恋愛感情で見られていると知ったら、おそらく鳴海はもう蒼をあんな笑顔では見てくれなくなるだろう。そんな蔑まれた目で見られるくらいなら、自分から離れてしまった方がマシだと思った。そもそも鳴海とは大したつきあいではなく、ここ何ヶ月かの時間の一部を分け合っただけの仲だ。離れたところでさほど変には思われないだろう。
少し前の生活に戻るだけだ。鳴海と友達になる前の自分に――ただ、ほんの少しの心の痛みと、オメガとなった自分の身体だけは、なかったことにすることは出来ないけれど。
それから蒼はひたすら前を向いて過ごした。充と凪と涼真と、それからクラスの友達たちと賑やかな毎日を送った。
鳴海とは必要以上に接触しなかった。当たり障りのない会話のみし、週末にどこかへ誘ったりなどもちろんしなかった。逆に鳴海が何度か誘いのメールをくれたが、何だかんだと理由をつけて断っている。
【もしかして、俺のこと避けてる?】
こんな文面が送られてきたが、
【違うよ。最近ちょっと忙しいから。ごめん、また今度誘って】
と返した。
蒼はぷつり、と携帯電話の電源を落とし、机の上に乱暴に放り投げた。その後に自分自身をベッドの上に乱暴に放り投げた。
「は……」
目の奥が痛くて鼻の奥がツンとしてくる。こみ上げてくるものを押さえるように、蒼は腕で目を覆った。
番の噂が少し落ち着いた頃から、鳴海はまた以前のように女子に囲まれ始めた。曰く【遠くの番より近くの女子】作戦なんだとか。同じ学校に番がいない美形アルファはこういう事態になることがままあるそうだ。
(いくら好きになっても無駄なのにな……一生懸命になっても、所詮は番には勝てないんだ)
蒼はあれからアルファとオメガの関係性について書かれた書物をいくつか読んだ。いろんな見解が記されていたのだが、どれにも共通して書かれていたのは、
【運命の番と結ばれたアルファが他のオメガ、若しくはベータに心を奪われる可能性はほぼゼロである】
ということだ。
蒼はほぅ、と息をついた。その時、頭を軽い刺激が襲った。充が蒼にげんこつを乗せていたのだ。
「蒼、おまえ何、物欲しそうに見てるんだよ」
「な、何でもないよ」
ふるふるとかぶりを振る蒼。充は彼がそれまで見つめていた方向に目をやり、
「前と逆だな」
と、肩をすくめて言った。
「何が?」
「少し前は、鳴海が今の蒼みたいな目をしておまえを見てることが多かったよな」
「そう……だったっけ?」
「最近、鳴海と出かけたりしてないのか?」
「う、うん。ちょっとね」
「ケンカでもしたか」
「そんなわけあるかよ。ケンカするほど仲なんてよくないし」
自分で言って悲しくなった。そう、自分は鳴海についてほとんど知らないのだ。充とはつきあいも長い分、いろんなことを知っているのに。
蒼は窓の外に顔を向ける。空にはうろこ雲が浮かんでおり、それを囲む水色は抜けるようにきれいだ。蒼はそれを眺めながら、
「充……想像妊娠、って知ってる?」
充に尋ねた。
「お、まえ……いきなりエグい話題出すな。一応、ざっくりとは知ってるけどさ」
充が眉をひそめるのを尻目に、蒼はぽつりぽつりと語る。
「アクオメガの中にはさ、運命の番が現れなくても覚醒しちゃう人もいるんだってさ。この間本で読んだんだけど」
番のフェロモン等に誘発されなくともオメガ覚醒するパターンとしては、オメガ因子異常反応が挙げられる。オメガ因子が【運命の番と出会った】と思い込んでしまい、勝手に呼応してしまう状態を言う。つまりは、想像妊娠と同じ原理なわけである。但し、想像妊娠は実際には妊娠していない状態を指すのに対し、この場合は実際にオメガ覚醒してしまうことを言う。
アクオメガである人物が、人を好きになった時にごくごくまれに引き起こされる異常反応なのである。
「俺、異常だったのかな……別に好きな女の子なんていなかったのにな」
目の焦点を合わせないまま、蒼が呟いた。
「馬鹿、おまえが異常なわけあるか」
渋い表情をした充がぼそりと返す。蒼は瞳を潤ませて俯き、充の袖口を握った。
「なぁ充……俺、どうしてオメガになっちゃったんだろう……」
鳴海と友達になったあの日から、四ヶ月が経とうとしていた。
先日のことなどとっくの昔に忘れましたが何か? という顔で、小野塚が立っていた。
「……っ」
蒼は思わず後ずさって身構えるが、小野塚はケラケラと笑い、
「もうあんなことしないから安心して。正直、薬飲んでる子とやってもあまり気持ちよくないんだもん」
と、さりげなく蒼の匂いをくん、と嗅ぎながら小声で言った。その後「薬飲んでないオメガっことやるのが最っ高に気持ちいいんだよ? 知ってる?」などと、満面の笑顔で言い放つ。
「は、はぁ……」
(この人、マジで危ねぇ……)
蒼は本能でそう感じた。
「それに、君に手を出したら凛に怒られるしぃ。凛の家ってうちの本家筋だからおいたすると怒られちゃうんだよ」
「本家筋……ですか」
【本家】などという言葉を聞くと、家柄だとか格だとかそういう高尚な単語を思い出してしまう。やっぱり鳴海の家は由緒正しい名家なのだろうか、と蒼は思った。
「ところでオメガちゃん?」
「オメガちゃんじゃないです、俺には末永蒼、って名前がありますから」
蒼の頭をいいこいいこしながら、小野塚が尋ねる。何度手で払っても撫でられるので、終いには諦めて好きにさせておいた。
「んじゃ蒼ちゃん。蒼ちゃんは凛の運命の番なの?」
思わずドキリとした。今まで何度も鳴海が自分を運命の番だと女の子たちに言ってはきたが、他人からその質問をされたのは初めてだったからだ。何と言っていいのか迷ったが、小野塚は男であると同時に鳴海の親戚なので嘘をつく必要もないと思い、
「ち、違います。ただの友達、です」
と、本当のことを言った。
「だよねぇ、凛にはもう番いるし」
頷きながらの小野塚の言葉に、蒼の動きが止まった。心臓が嫌な感じで速い鼓動を刻み始めた。
「そ、そうなんですか?」
目を泳がせながら答える。手の平には脂汗がじっとりと浮かび始めた。小野塚の前で平静を装うので精一杯だ。
「だよ。去年の夏に出会った年上のオメガの女の子。ツーショの写メ見せてもらったけどめっちゃ可愛い。凛にはもったいない子だった。どうせなら俺の番にしたかったくらい。前々から番がいたのに、最近になって学校で噂が流れたりして、変だなぁなんて思ってたんだけどねぇ」
「へぇ~」
(……そっか、鳴海にはもう番の子がいるから俺のフェロモンに反応しなかったんだ)
先日病院からもらった本に書いてあったのを思い出した。
【オメガと番になったアルファは、他のオメガのフェロモンには反応しなくなる】
「何だ、そっか……」と、蒼は呟く。その時、
「恵斗! おまえこんなとこで何やってるんだ。また末永に変なことをしてたんじゃないだろうな?」
眉を吊り上げた鳴海が慌てたように近づいてきて、蒼を守るように二人の間に割り込んだ。
「ただお話ししてただけだよ~。ね、蒼ちゃん」
「うん……」
即座に答えるも、ぎこちなくなってしまう蒼。
「もしヒートの時に我慢出来なくなったら、俺のこといつでも呼んでくれていいからね、蒼ちゃん」
小野塚は鳴海をさっとかわしてから蒼の耳元で小声で呟き、電話番号を走り書きしたレシートを彼の手に握らせた。
「末永、大丈夫? 何もされなかった?」
小野塚が去った後、鳴海が末永の無事を確認するように目線を合わせた。
「だ、大丈夫だよ。ほんとに話してただけだから! ありがとう、気にしてくれて」
その時蒼は鳴海の目を見ることが出来なかった。
気がついたら、自宅の自分の部屋にいた。あの後、鳴海と一緒にどこへ行き、どんなことを話したのか、何一つ覚えていなかった。
『凛にはもう番いるし』
『去年の夏に出会った年上のオメガの女の子』
小野塚から聞かされた言葉が、耳にこびりついて離れない。何度も何度も頭の中で繰り返されている。そしてしばらく経ってから、
(どうして俺、こんなにショックを受けているんだろう……)
自分の気持ちの状況に対し、ようやく疑問を投げかけることが出来た。
(友達に番がいたところで、別にいいよな)
実際、凪から今の彼女と既に番になっている、と聞かされた時も「すげぇな、もう結婚相手がいるのかぁ」くらいにしか思わなかったし、それを凪が自分にもちゃんと報告してくれたことが嬉しいと思った。
(そうだよ『鳴海、おまえ、もう番がいるんだってな、すげぇな! おめでと!』って言えばいいのに)
けれど、ほぼ同じ内容なのに相手が鳴海となると、どうしてこんなにも自分の心に重くのしかかるのか。
校医の榊から、自分がオメガであると聞かされ、更に運命の番が側にいる可能性を示唆された時、真っ先に思い浮かんだのは、紛うことなき鳴海の姿だった。
病院からもらった本を読んでいた夜、自分は頭の中で何を思っていただろうか。
『運命の番、鳴海かも……知れない』
何度も頭に浮かべては、その度に打ち消していた。
そんなはずないのに、叶うはずもないのに、心の片隅でそう願っていた。
今考えると、こんなに滑稽なことはない。
やっと気づいた。
「そっかぁ……俺、鳴海のことが好きになってたんだな……」
気づいた時にはもう遅かった――いや、遅かったわけではない。そもそも、スタート地点にすら立てなかったのだから。
自分の馬鹿さ加減に、蒼の両の目から雫が滴り落ちた。
「……い、蒼!」
登校中、充が呼んでいるのに気づいたのは、名前を呼ばれて五回目の頃だったらしい。イライラし始めた充に、蒼は目を瞬かせた。
「あ、ごめん……何? 充」
「おまえ、どしたの?」
「何でもない」
明らかに前日とテンションが違うので、充が訝しみ、蒼を問い詰めようとしている。
「どう考えても何かあったとしか思えないんだけど。……俺にも言えないこと?」
蒼の顔を覗き込み、何かを聞き出そうとしている充だが、蒼は見るからに痛々しげな笑顔を作り、
「いいなぁ、と思ってた子にフラれたんだよ。傷を抉るな」
さらりとそう言った。
(嘘はついてない……よ、な)
「ふーん……おまえ、今までフラれてもここまで落ち込むことなんてなかったのにな?」
「ぐっ……」
(充が相変わらず鋭すぎて怖ぇ……)
「――ところで蒼、昨日ケーキビュッフェ行ったんだろ? どうだった?」
「……え? あ? うん、超美味しかった! もう一回行きたい! 今度一緒に行く?」
「俺、彼女と行く予定だからパス」
「あーっそ。仲がよくていいな!」
学校へ着いてもどこかぼんやりとしてしまい、凪にも涼真にも心配されてしまった。遠くの席から、鳴海が時々こちらを見ていたことにも気づいていたのだが、とてもではないが彼の顔を見ることが出来なかった。
(もう、俺なんかが鳴海を誘ったりしない方がいい……よ、な)
自分が友人としてではなく恋愛感情で見られていると知ったら、おそらく鳴海はもう蒼をあんな笑顔では見てくれなくなるだろう。そんな蔑まれた目で見られるくらいなら、自分から離れてしまった方がマシだと思った。そもそも鳴海とは大したつきあいではなく、ここ何ヶ月かの時間の一部を分け合っただけの仲だ。離れたところでさほど変には思われないだろう。
少し前の生活に戻るだけだ。鳴海と友達になる前の自分に――ただ、ほんの少しの心の痛みと、オメガとなった自分の身体だけは、なかったことにすることは出来ないけれど。
それから蒼はひたすら前を向いて過ごした。充と凪と涼真と、それからクラスの友達たちと賑やかな毎日を送った。
鳴海とは必要以上に接触しなかった。当たり障りのない会話のみし、週末にどこかへ誘ったりなどもちろんしなかった。逆に鳴海が何度か誘いのメールをくれたが、何だかんだと理由をつけて断っている。
【もしかして、俺のこと避けてる?】
こんな文面が送られてきたが、
【違うよ。最近ちょっと忙しいから。ごめん、また今度誘って】
と返した。
蒼はぷつり、と携帯電話の電源を落とし、机の上に乱暴に放り投げた。その後に自分自身をベッドの上に乱暴に放り投げた。
「は……」
目の奥が痛くて鼻の奥がツンとしてくる。こみ上げてくるものを押さえるように、蒼は腕で目を覆った。
番の噂が少し落ち着いた頃から、鳴海はまた以前のように女子に囲まれ始めた。曰く【遠くの番より近くの女子】作戦なんだとか。同じ学校に番がいない美形アルファはこういう事態になることがままあるそうだ。
(いくら好きになっても無駄なのにな……一生懸命になっても、所詮は番には勝てないんだ)
蒼はあれからアルファとオメガの関係性について書かれた書物をいくつか読んだ。いろんな見解が記されていたのだが、どれにも共通して書かれていたのは、
【運命の番と結ばれたアルファが他のオメガ、若しくはベータに心を奪われる可能性はほぼゼロである】
ということだ。
蒼はほぅ、と息をついた。その時、頭を軽い刺激が襲った。充が蒼にげんこつを乗せていたのだ。
「蒼、おまえ何、物欲しそうに見てるんだよ」
「な、何でもないよ」
ふるふるとかぶりを振る蒼。充は彼がそれまで見つめていた方向に目をやり、
「前と逆だな」
と、肩をすくめて言った。
「何が?」
「少し前は、鳴海が今の蒼みたいな目をしておまえを見てることが多かったよな」
「そう……だったっけ?」
「最近、鳴海と出かけたりしてないのか?」
「う、うん。ちょっとね」
「ケンカでもしたか」
「そんなわけあるかよ。ケンカするほど仲なんてよくないし」
自分で言って悲しくなった。そう、自分は鳴海についてほとんど知らないのだ。充とはつきあいも長い分、いろんなことを知っているのに。
蒼は窓の外に顔を向ける。空にはうろこ雲が浮かんでおり、それを囲む水色は抜けるようにきれいだ。蒼はそれを眺めながら、
「充……想像妊娠、って知ってる?」
充に尋ねた。
「お、まえ……いきなりエグい話題出すな。一応、ざっくりとは知ってるけどさ」
充が眉をひそめるのを尻目に、蒼はぽつりぽつりと語る。
「アクオメガの中にはさ、運命の番が現れなくても覚醒しちゃう人もいるんだってさ。この間本で読んだんだけど」
番のフェロモン等に誘発されなくともオメガ覚醒するパターンとしては、オメガ因子異常反応が挙げられる。オメガ因子が【運命の番と出会った】と思い込んでしまい、勝手に呼応してしまう状態を言う。つまりは、想像妊娠と同じ原理なわけである。但し、想像妊娠は実際には妊娠していない状態を指すのに対し、この場合は実際にオメガ覚醒してしまうことを言う。
アクオメガである人物が、人を好きになった時にごくごくまれに引き起こされる異常反応なのである。
「俺、異常だったのかな……別に好きな女の子なんていなかったのにな」
目の焦点を合わせないまま、蒼が呟いた。
「馬鹿、おまえが異常なわけあるか」
渋い表情をした充がぼそりと返す。蒼は瞳を潤ませて俯き、充の袖口を握った。
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