ある日突然タイムリープしてしまった社畜、自分の書いた物語が現実となった過去をやり直す。

智恵 理陀

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034 この物語の結末は。

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 体の中に球体があるイメージをして、外に引き出す。
 操る異能は、凛ちゃんのミスタースミスだ。
 凛ちゃんの大体の位置を思い返して、意識する。
 数秒間、自分でも驚くくらいに集中した。
 轟々と鼓膜を突く周囲の音などもはや気にもならなかった。

「はっ……文弥君、これは……」
「うまく、いったかな……」

 引き出す――感覚が、はっきりと感じた。
 俺の目の前に、ミスタースミスが現れた。

「やった……」
「特異、ですか……」
「そうだ、これは凛ちゃんの異能のミスタースミスだ。今は俺が操ってる、ミスタースミス、足場を作ってくれるか?」

 こくりと頷いた。
 ミスタースミスによって床が作られ、すぐさまに渡る。

「文弥!」
「ち、治世!?」

 もうとっくに脱出したと思ったが、待っていてくれたようだ。
 障害物となるものをどかして退路の確保をしていてくれていたのか、これはありがたい。
 俺達のいた場所は寸前のところで崩壊した、ほっと胸を撫で下ろすのも束の間、崩壊はまだ続いており、再び走るとした。

「わ、私のミスタースミス……」
「ごめん凛ちゃん、借りてるよ! もう返すね!」
「つべこべ言ってないで走る!」

 出口はすぐそこだ、治世が先行して扉を豪快に蹴破って飛び込んだ。
 非常階段に出られた。
 ここまでくればもう安全だろう。近くには消火器が置いてあり、凛ちゃんは室内に向けて消火器を放った。

「……いやあなんとかなったね!」
「何がなんとかなったよ、ギリギリだったじゃない。こんなの置いていけばよかったのに。というか特異、ちゃんと使えたのね」
「ええ、おかげさまで」
「そう、よかった。流石に他人の異能を使えるのは、すごいわね」
「ああ、まったくだよ」

 俺の考えた設定、すげー。

「おい、早く文弥から降りなさい」

 引っぺがすかのように、治世は委員長を強引に降ろした。

「あいたた~。こんなのとは酷いですね治世さん、委員長がいなくなるとクラスは大変ですよ~?」
「うるさい、ぶん殴るわよ」
「ありゃ。それだけはご勘弁を~」
「さあ、建物の損傷が酷いから崩壊の可能性を考慮して早いとこ出ようかっ」
「それもそうね、行きましょう」

 委員長の調子も戻ってきたようで、自分の足で立って――とはいえ治世にはまだ気まずさでもあるのか、俺の傍からは離れなかった。
 治世も治世で、委員長の怪我は異能で治せるはずなのに見て見ぬふりをしてやがる。意地悪してるなあ。

「文弥君、その……ありがとうございました。助けていただいて」
「どういたしまして」
「特異については、まあ……保留にしておきます」
「計画は破棄してくれると嬉しいな」
「装置のほうは新たに、もっとちゃんとしたものを調整しておきます」
「作る度にぶち壊してやるわ」

 治世がじろりと睨みをきかせた。
 今回の大失態によって委員長は暫く大人しくなるだろう。この物語がどれくらい続くのかは分からないが。

「いやしかしですね、今後また機会があれば是非とも協力してもらいたいです。今回は双方にちょっとした見解の相違や、私自身少し結果を求めて焦りすぎたのもありましたがどうかその辺はご理解ください」
「えっと……」
「勘違いなさらぬよう、私は穏健派ですので。今回はたまたま、ええ私がちょっと、暴走しちゃったというわけでして、てへへっ」
「てへへっ、じゃないけど」
「暴走といえば装置も暴走しちゃいましたね、あれも次回までには改善しておきます。今後とも良きお付き合いをしていただければと思います。今度異能教のパンフレットをお持ちしますね」
「結構です」
「ありゃっ」

 委員長、簡単に締めくくろうとしてるけどそうはいかないぞ。
 帰り道は床を破壊してしまったために瓦礫の上を渡っていく。下の階も中々に酷い状況だが炎は思ったよりも伸びていない。これなら問題なく避難できるが、崩壊の危険性もあるので速やかな行動を心掛けなければ。
 そんな中、委員長は何かを見つけてはささっと軽快な足取りで俺達から離れた。

「んむぅ……」

 彼女の行き先は、瓦礫に埋もれかけていた――ラトタタへ。

「ラトタタ、大丈夫ですか、手を貸しますよ」
「ぐぅ……死ぬとこだったぜえ」
「今のうちに息の根を止めておいたほうがいいかしら」

 治世は指の骨を鳴らして敵意をあらわにしていた。
 物語的には終盤の山場を過ぎたから戦闘には発展しないかな? どうだろう、見守ろうか。

「あっ、こいつら……!」
「装置は壊れてしまいました、今は戦うより退きますよ」
「壊れただとぉ?」
「特異は手に入れられませんでしたが良いデータは得られましたよ。さあ、行きましょう。それでは皆さん、今日はこの辺で。またお会いしましょ~!」
「お、おい、こら! 敵を前にして逃げんのかよぉ! あたしはまだやれんぞぉ! かかってこいやぁ!」
「あ?」
「治世! 落ち着いて!」

 ラトタタよ、あんまり刺激しないでおくれ。

「教徒の皆さーん、近くにおりましたらお手をお貸しくださーい!」

 彼女を強引に引っ張ってはその場を去ろうとする委員長。
 物陰からは教徒が数人やってきては暴れるラトタタを神輿のように持ち上げて出口へと向かっていった。
 こっちももう怒涛の展開にへとへとだ、戦わずに済むならそれに越した事はない。

「……ふん、しらけたわ。帰りましょう」
「そうしよっか」

 ようやくして騒動の終息が訪れ、外に出るや俺と凛ちゃんは美耶子さんに捕まっては長い説教を受ける羽目になった。
 異能教の拠点に突っ込んで人質の奪還だなんて、我ながら思い返すと無茶をしたものだ。体が若いと心も若くなっていくものだね、以前の俺ならばビビってたかもしれない。
 ちなみに美耶子さんとブギーの戦いだが、ひらひらと舞い降りる原稿がどのようにして戦いが終わったのかを教えてくれた。


 --------------------

 ブギーに二撃、三撃と加えていくがダメージを受けている様子が見受けられなかった。
 美耶子は冷静に考える。ブギーの図体からしてそれなりの防御力はあるとしても、自身も異能を乗せての攻撃、少しも怯まないとなれば、相手も異能を発動させている、と。
 攻撃の無効化――と、思ったがのろいブギーの右ストレートを左腕で軽く受けた時、異変に気付いた。
「うぐっ……!」
 骨が軋むほどの、予想以上の威力。これもまた、ブギーの異能だと、察する。攻撃を吸収し、自身の攻撃に乗せる能力ではなかろうかと推測を立てた。
 すぐさまに体勢を立て直して攻撃を加えるがやはりダメージを受けている様子は見られない。
 だが、これはいい機会だと、美耶子は笑みを零した。
 彼女の異能は生身の人間に全力で振るう事はない。もしも振るえば大抵を殺してしまうだろう。
 しかしこいつは違う、何度殴っても怯まないのならば、思い切りやれる。
「楽しいねえ!」
 彼女の全身の筋肉が一回り膨張し、引き締まる。女性とは思えぬその体躯。
 ブギーも思わず一瞬動きが止まった。
「全力で防御しなよ、死なない程度に死ぬほど殴ってやる!」
 その鋭い殺意に、ブギーは両腕を盾のようにして構える。
 連打される攻撃――異能によってダメージは受けないものの、それは限界がある。
 ある程度受けて蓄積されたダメージは、放出しないと無効化しきれなくなる。
 それを分かっての事なのか、美耶子の連撃は要するに、正しい判断だった。
「ぐぅ……!」
「効いたかあ? 効いたなあ、効いたさね!」
 ブギーの異能では無効化しきれなくなったために、蓄積ダメージを放出すべく攻撃に転じた。
 拳でしか蓄積ダメージは放出できない、その弱点を感覚で察知してなのか、美耶子はブギーの拳は掠る事すら避け――交差する右腕。
 カウンター攻撃を、見事に決める。美耶子に軍配が上がった。
 両者、一度距離を取った。
 美耶子はその間に煙草に火をつけて一服をする。ブギーの攻略は、もうほぼ出来ている。
 互いの勝敗を決めるのはもはや異能ではなく、戦闘経験と戦闘技術だ。
「まだやるかい? これから、本気で――」
 異能に頼ってきたブギーは戦闘技術が劣る。
 自身より頭二つ分低い女性でありながらも、対峙して分かる彼女の強さ。しかもまだ余力を十分に残しているときた。
 言葉による揺さぶりでもないのは、彼女の雰囲気から分かる。このままでは負けるかもしれない――と、ブギーは思った。
「ヴヴ……」
 その瞬間、後方の建物から爆音が響き渡り、背中に衝撃が伝わった。
「おわっ、なんだいなんだい」
「ヴォ……」
 後ろを一瞥するブギー。
 建物に火の手が上がっている。
 中にはラトタタもいる――ここは、一度戦闘から離脱するとした。
「ふー……こっちは様子見しようかねえ」
 美耶子は追ってこない。
 勝負のほうはお預けだが、内心では負けた気分のブギーは次こそはと美耶子の顔をはっきりと脳内に刻み込んだ。

 --------------------


 流石美耶子さんだ。
 あのブギーと正面から戦って追い返すとはね。
 けれど強く設定しすぎたかもしれない、ブギーもそれなりに強いほうなんだけど両者の間には大きな差があったように感じられる。
 そんな分析をしつつも頭にげんこつを食らってまだ美耶子さんに叱られている最中ではあるのだが。
 叱りに叱り終えて、最後に美耶子さんは、言ってくれた。

「治世を助けてくれて、ありがとう」

 喜びが、全身を駆け巡ったね。
 今日一日の苦労も、全て吹き飛ぶほどだった。無茶をした甲斐があったよ。
 ……っと、そうだ。
 忘れないうちに、と。

「治世、これこれ。スマホ返しておくよ」
「……待ち受けの画面、見た?」
「あ、うん。いやー……君ってなんだかんだで俺の事好きすぎかぁ?」
「お゛ぁ゛ぁ゛ー!」
「いでふっ!?」

 今日一番の痛みが俺の頬に走り、治世はそのまま卒倒した。
 主人公的に、そういう弄りをする場面ではなかったようだ。
 主人公って……大変だ、本当に。





 何はともあれ。
 登場人物は誰一人として命を落とす者はおらず、先輩の狙っていた悲劇も回避できた。
 俺は無事に自宅へと帰宅して、そのままベッドへと倒れこんだ。
 長い一日だった……本当に、長い一日だった。
 疲労感はあるけれど、それよりも達成感で満たされていて気分は悪くない。
 一眠りついていると体を揺さぶられて何事かと飛び起きたが、灯花が夕食できたから食べようと起こしにきただけだった。
 そこそこ眠れていたが、疲れはまだ全然取れていない。
 その後は、自室で窓の外をただただ眺めていた。
 ……というより待っていた、先輩を。
 俺の書いた物語は一巻分ほどの尺で続きは書いていない、構想は頭の中にあるけど。
 とりあえずではあるが、物語は終わろうとしている。
 先輩の用意した悲劇は成立しなかった。それでも物語は無事に収まりそうだ。
 ふと過ぎった疑問がある。
 ――もしかしたら……このまま物語が終わったら、他の登場人物も消えて現実が元に戻ったりするのだろうか。
 ……それは嫌だな。
 あの生活には戻りたくないなあ……。
 それにふと浮かぶ治世の顔。
 ああ、そうか。
 ああ、そうだ。
 今は主人公として振舞うのも大変だしクラスメイトも今までとは違う接し方もしてくる上に特異を求めてやってくる敵もいる。
 前よりも普通の暮らしとは程遠くて、時には命の危機すら抱くほどに大変な生活だ。
 けれども……以前よりもそれは明らかに、それはとても、それは確かに、それはそれは……とても充実している。
 朝起こしてくれる妹もできたし母さんも料理上手になった、田中君という友達もできて、今や一緒に登下校してくれる幼馴染もいる。
 俺の考えた治世とは性格が違うけど、あれはあれで……良いね。むしろ悪くないかな、ヒロインの性格、変更してもいいかも。
 ――明日には、現実は元通りになっているかもしれない。
 嫌だなあ、元に戻るのは、絶対に嫌だ。
 ふとスマホが振動した、画面を見てみると治世の名前が表示されており、俺はすぐに電話に出た。

「もしもし?」
『私よ』
「あ、ああ。どうしたの?」

 少し、緊張する。

『そっちは大丈夫? 異変はない?』
「大丈夫だよ。いやー嬉しいね、心配してくれるなんて。やっぱり君、俺の事――」
『あ?』
「なんでもございません」

 すごい。電話越しでも威圧感が伝わってくる。

『……まだ油断はできないから、気を緩めないで。何かあったらすぐに連絡、分かった?』
「分かったよ」

 なんだかお母さんみたいだな。

『なんだかお母さんみたいだなとか思ってないわよね?』
「いいえ全然!」
『まあいいわ。用件は……それだけだから』
「そ、そう……。あの、治世っ」
『何よ』
「んと……」
『何もないのなら切るわよ、じゃあまた明日』
「あ、うん……」

 切ってしまった。
 もしも君が明日には消えてしまうのなら話すのもこれで最後、そう思ったのに何を話せばいいのか、肝心なところで言葉が出てこなかった。

「また明日、か……」

 …………いや、まあ、まだ消えると決まったわけじゃないし。
 でも、もやもやするよ。

「兄ちゃん、ゲームしよー」
「おぉ……やろうか」
「なんか、元気ないねー。ボンバーさが明らかにないよ。今日は何かあったの?」
「何もないよ、気のせい気のせい」

 色々な事がありすぎた一日だった。
 そんな今日を締めくくるのは、妹とのゲーム。
 楽しいひと時ではあったが、やはりもやもやは晴れない。


 明くる日。
 目覚まし時計の音が深い眠りから俺を引き上げてきた。
 一日では疲労は完全には取れないな、まだ少しだるい。
 ……ん? 目覚まし時計の音で起きたのか俺は。
 灯花の目覚ましダイブではなく、こんな単調なデジタル音で。
 現実が変化してしまってからの朝は音が鳴る前に灯花が起こしてくれるもんだから暫くこのデジタル音は聞かなかった。
 でも、現実は元には戻ってない……のかな? 高校時代の自室だ。

 ……まさか、登場人物だけ消えたとかいうオチだったりする?

 一階へ行き、まだ半分眠っている思考の中で歯磨きと洗顔を済ませた。

「静かだな……」

 食卓は朝の静謐の一部と化していた。
 灯花の姿は……ない。
 母さんもいないけど、消えたわけではあるまい。
 奥の部屋でごそごそ物音が聞こえる。現実が元に戻って、母さんも元通りになったのだとしたら、大体朝は機嫌が悪く怒声が飛んでくるから避けておこう。
 テーブルには昼飯代と思しき千円札が一枚、弁当はやはり無いのだな。
 朝食も用意されておらず、しかしこれが俺の、本来の過去の日常なのだ。
 ……ああ、元に戻っただけさ。
 コンビニで軽く何か買っていこう。そんでもって、先輩を探してみよう。

「……残ったのは、疲労感だけか」

 退屈な日常に元通りだ。
 灯花がいるといないとでは、こうも我が家の朝は静かだとはな。
 味気ない日常に俺は溜息をついて靴を履いた。
 独りぼっちの登校と、独りぼっちの学校生活の始まりか。
 まあ、ちょっとした夢を見せてもらって、悪くなかったよ。

「……文芸部、再建頑張るか」

 行ってきますの挨拶は小さめで、俺は玄関の扉を開けた。
 雲一つない青空――あの日、日常が変わってしまった時と同じ、いい天気だ。

「――おはよう」
「おは……えっ?」

 ふと。
 空から視線を戻すと、丁度俺の前に誰かがやってきた。
 誰か? 誰かだって? そんなの、分かりきってるじゃないか。

「ち、治世?」
「何よ、まるで幽霊でも見るかのようなその目は」
「ど、どうして……」
「どうして? いつもの事じゃない、私がお前を迎えに行くのは。それに昨日の今日でまだ油断できないのよ? 分かってるの? まったく、危機感が足りないわね」
「あ、あれぇ……?」

 治世が、普通に、目の前に、いる。
 でも灯花がいないのは、どういう事なんだ?

「そういえば灯花とさっきすれ違ったわ、今日は日直だって言ってたわね」
「そ、そういう事ね~?」
「文弥ー、お弁当忘れてる! テーブルに置いてた千円は昼食代じゃないわよー!」
「そっちも、そういう事ねえ……?」
「どういう事よ」

 母さんも……元には戻っていない。
 残念ながらというよりこれは喜ばしい、俺は弁当を受け取って千円を母さんに渡した。

「ほら、行くわよ」
「そ、そうだね。行こうか!」

 どうやら、この物語の結末はまだ訪れないらしい。



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