俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章16 出会いは突然⁉ ②

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「――水無瀬」


「――ひゃわーーーーーっ⁉」
「――ひゃにゃーーーーっ⁉」


 背後から声をかけると、一人と一匹は両手と両前足を上に伸ばし奇声をあげながら跳び上がった。

 そのまま水無瀬は粟を食ったようにアワアワ言いながらジタジタと奇っ怪な踊りをし、彼女の相棒の猫は水無瀬の顏の横でクルクルと空中を走り回る。


 驚きすぎだろと、思わず呆れた眼を向けそうになるがそれよりも、この期に及んでまだ背後を確認しようともしないヤツらの体たらくに俺は苛立つ。


 そうこうしていると、クルクル回る猫のしっぽが水無瀬の顔面を打った。


「ふにゃっ――⁉」


 ぺしっと間の抜けた音から大した威力ではないと傍から見ている俺にもわかるが、痛みよりも驚きが勝ったのだろう、水無瀬はバランスを崩して前のめりに転んだ。

 べちゃっ、ふぎゃっ、と先程の焼き増しの光景を見せられた。


 なんで前に倒れるんだよ。

 前方から顔を打たれて驚いたなら、尻もちをつくか背後に倒れるならまだしもわかるが、やはり猫が言っていたように乳が重いせいで重心が前に傾いているのだろうか。

 そういやこいつ猫背だしなと、そんな余計な思考はすぐに消える。


 先程同様、路地裏の汚いアスファルトに顔面を押し付け、後方へ尻を突き上げるような姿勢をとる彼女の制服スカートが捲れ上がる。


 露わになったのは青と白の縞々のおぱんつに包まれたケツだ。


 俺は戯言のような思考を打ち切り、眼を細めて尖らせた視線をそのケツに突き刺す。


(……どういうことだ?)


 俺が目の前で転んだクラスメイトを放置して浮かび上がった疑問に考えを巡らせている内に、猫が慌てて救出に向かった。


「マ、マナぁーーっ! だ、大丈夫っスか⁉」

「う、うえぇ……鼻すりむいたぁ……。いたいよぅ……」


 情けない声のわりにすぐに体を起こした彼女は、擦りむいて赤くなった鼻の頭を指差して飼い猫に強調する。

 猫は労わるようにその傷を舐めた。


「カワイソウに……イタイのイタイのペロペローッス!」

「わぁ。メロちゃん、くすぐっ――たくないっ⁉ いたいっ! ザラザラするっ!」

「ヘヘっ。ジブン、ネコッスから」

「にゃー?」

「ニャニャニャーッス!」


 皮膚が破けて出血するようなことはなく、軽い打ち身程度で赤くなっていただけのようだ。

 負傷をすることになった一連の出来事のことはもう忘れているのか、彼女たちは向かい合って首を左右に振ってリズムを合わせながら「ニャンニャン」言い合っている。

 俺は水無瀬の後ろ頭を引っ叩いた。


「おい、水無瀬」

「――あいたぁーーっ⁉」


 ここまで至ってようやく彼女は頭を抑えながら振り向いた。


「弥堂くん、なんでぶつのぉ……って! びっ、びびびびびびとーくん⁉ なんでぇっ⁉」

「…………」


 いつものように彼女を無視するつもりはなかったのだが、何を答えるべきか、何から答えるべきかわからず、すぐには言葉が出てこなかった。

 こいつのらのボンクラ加減に引きずり込まれているようでとても不快だとも感じ、真面目に考えるのが面倒くさくなってとりあえず無言で水無瀬を視た。


「び、びとーくん、なんで……っ、いつからここに――って、どっ、どどどどどどうしよう、メロちゃん⁉」

「お、落ち着くッスよ、マナっ! まだ慌てるような時間じゃねぇーッス! まだ……きっとまだワンチャンあるッスよ! だから――はぅあっッス⁉」


 水無瀬を宥めようとしていた黒猫だが、俺がジーっと自分を視ていることに気付くとハッとなる。

 そして目線を左右に泳がせ顏から汗をダラダラと流し始める。


 なんでだよ。

 お前らの汗腺は肉球にしかねえだろうが。


 しかしよく視てみると、ヤツの手から汁が零れるようにボトボトと液体が漏れている。

 あれは汗なのか……? 気持ち悪ぃなこいつ。


 俺が心中で自分とは違う別の生物を蔑んでいると、やがて猫はなにやら必死な様子で飼い主と思われる水無瀬へ何かを訴えだした。


「ニャニャっ! ニャニャニャっニャニャニャっニャニャニャスッスニャ!(マナっ! ここは上手く誤魔化すッスよ!)」

「え? なぁに? メロちゃん、ネコさんごっこは後にしようよ。今は弥堂くんに見つかっちゃって大変なんだよ?」


 水無瀬の言うことは尤もなのだろうが、そもそも俺の目の前で相談すんじゃねえよ。


「ニャニャニャーっ! ニャニャン、ニャニャッスニャニャ! ニャニャッニャンニャっニャニャニャニャっニャベーッス!(だからーっ! ジブン、ネコッスから! 喋ってんのバレたらニャベーッス!)」

「ニャベーの?」

「ニャベーんス!」

「そっか、うん。わかったよ!」

「わかってくれたッスか!」


 どう意思の疎通が出来たのかは俺にはわからんが、彼女たちの間では何かしらの折り合いがついたらしい。

「うんうん」と頷いて納得の姿勢を見せた水無瀬は、改めて俺の方へ顔を向けてしっかりと目を合わせてくる。


「あのね、弥堂くん。これはニャベーの!」
「アホーーーーッス⁉」

「…………そうか。それは、ニャベーな……」


 重苦しい気分でどうにか言葉を返した。


「アホっ! アホっ! マナのアホーッス!」

「いたっ、いたいよメロちゃん! しっぽでペチペチしないでーっ!」


 この頃には俺はもう声をかけたことを後悔していた。

 自業自得といえばそうなのかもしれんが。


 運がいいか悪いかという問題以前に、こんな所に這入って来たのも、こいつらを無視して立ち去らなかったのも全て自分自身の過失だ。

 それを認めて受け入れるにはもうあと何年か歳を重ねる必要がありそうではあるが、だが実際のところ見てしまった以上放置をすることも出来ない。


 じゃあ知らなければよかったのかというと、そういう話でもない。


 俺自身が今日学園でクズどもに伝えたように『知らないこと、気付かないことは罪』だ。


 スパイの身とは謂え、風紀委員として活動をしている以上は『知らない』では済まない。


『学園の生徒』の中に『魔法少女』がいて、それが『外部勢力』と『対立』をしていて、放課後に『戦闘行為を含んだ活動』をしている。そしてその正体は『水無瀬 愛苗』である。

 これらは俺にとって非常に有益な情報であり、知らないことが不利益になる情報だ。


 なのに、それらを得たことに一切の高揚はなく、さらに詳しく聴取をすることに酷く億劫な気分になる。

 俺と同じ『世界』の住人だとはとても考えらないような振舞いをする目の前の一人と一匹から話を聞き出すのには、とても我慢を強いられるのだろうし、どうせまともな返答などでてこないだろうという諦めもある。

 出来ればこのまま来た道を戻って速やかに帰宅したい。


 だが、そういうわけにもいかない。


 まだ確定情報ではないが、ヤツらの口ぶりから考察をすると、今回の戦闘は偶発的に起こった遭遇戦などではなく、例のネズミ――“ゴミクズー”と言ったか?――ああいった化け物が複数存在しており、そして彼女らはそれを捜索し、殺してまわっている。

 そのように考えるのが妥当だ。


 サバイバル部部員としての俺。

 風紀委員としての俺。

 そしてただの俺。


 複数の立場の弥堂 優輝にとって『魔法少女・水無瀬 愛苗』の存在は不利益になる可能性がある。

 唯一、水無瀬 愛苗のクラスメイトとしての弥堂 優輝にとっては、どうでもよく、関係のないことであるが、多数決で詳細を把握する方向に決議される。


……なにが『魔法少女・水無瀬 愛苗』だ。

 なんなんだこの頭の悪い字面は。

 ナメやがってクソが。


 非常に面倒ではあるが、しかし俺の気分などどうでもいい。

 何を感じて、何を考えて、何を思っていようとも、それらとは別にやるべきことはやらなければならない。


「おい、お前ら。いい加減にしろよ」


 再度、俺に声をかけられたボンクラコンビはハッとする。


「ゴ、ゴメンね、弥堂くん。ほったらかしにしちゃって。さみしかったよね……?」

「わ、悪気はなかったんス。だから落ち込むなよッス。ほら、だいじょうぶっスか? 肉球揉むッスか?」


 ビキっと――口の端が吊ったのを自覚する。

 冷静であろうと努めながら、頬に肉球を圧し当ててくる猫へジロリと眼を向ける。


「ヒ――っ⁉」


 喋ってんじゃねえよテメェ。誤魔化すんじゃなかったのか? もう忘れたのかグズめ。


 そのような俺の思いが通じたのかは定かではないが、近い距離で眼が合った猫はプルプルと震えながら後退し、飼い主の胸の中へ逃げ込んでいった。


「わっ⁉ どうしたのメロちゃん⁉」

「恐かったッス! ジブン、めっちゃ恐かったッス!」

「恐くないよぉ。弥堂くんは優しい子だよ?」

「いーや、ジブンにはわかるッス! ありゃ確実に2.3人殺ってる目っス!」

「弥堂くんはそんなことしないよぅ」

「騙されちゃダメ――って、ちょっと待ったッス! 弥堂くん⁉ あれが弥堂くんッスか⁉」

「え? うん、そうだよ、同じクラスで隣の席の弥堂 優輝くんだよ」

「ニャんだとーーーッス⁉」


 水無瀬から俺を紹介された黒猫は何故か驚いた様子を見せる。


「どうかしたの? メロちゃん」

「どうもこうもねぇーッスよ! 弥堂くんは大人しい子って言ってたじゃねーッスか! 草食系は⁉ 可愛い系は⁉ どう見たってサイコ系じゃねぇーッスか!」

「メロちゃん! そんなこと言っちゃダメだよ! び、弥堂くんゴメンね? メロちゃんはネコさんだから間違えちゃったの……」

「ネコさんだからわかるッス! コイツは小動物とか虐待する系男子ッス! 絶対ショタの時に公園でアリの巣にションベンぶちこんだり、蝶の羽もいだり、クモの足を一本ずつ引き千切ったりとかしてたッス! そういうヤツッス!」

「メロちゃん! めっ!」


 水無瀬は飼い猫に強く注意を与え胸にギュッと抱く。すると猫の頭部は胸肉に埋め込まれとりあえず猫は黙った。


「あの、弥堂くん。メロちゃんがゴメンね?」

「どうでもいい。それよりも俺の話をさせてくれないか?」

「え? あ、うん。もちろんいいよ? どうぞ」

「あぁ。それでは――」


 ようやく切り出せると思ったが、水無瀬の胸に埋まったケダモノがなにやら藻掻いている。

 はぁ、と溜め息をひとつ。


「――その前に。放してやれ」

「え?」

「死ぬぞ。そいつ」

「しぬ……? って! あっ――⁉」


 下がった俺の目線を追って彼女は自分のペットだか相棒だかの容態に気付き、慌てて手を離す。


「ぷはぁっ――⁉ し、しぬかと思ったッス!」

「ゴメンね、メロちゃん!」

「なぁに、気にすることはねぇーッスよ。そのおっぱいの中で死ねるんならネコ冥利に尽きるってもんッス!」

「ねこみょーり……?」


 パンっと、手を叩く。

 また彼女らが何か始める前にこちらに注意を向けさせた。


 緊張感や危機感などまったく感じられない二組の目玉からの視線を受け止めて、俺までこいつらの雰囲気に当てられそうで、抵抗の意思を繋ぐために気怠さを溜め息にして吐きだす。


 さて、何から訊き出していくか。
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