俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章16 出会いは突然⁉ ③

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 俺から向けられる視線から真剣味を感じ取ったのか、水無瀬はその場に一度しゃがんで抱いていた猫を地面に降ろして一度頭を撫でてやるとすぐに立ち上がり、姿勢を正してこちらを向いた。


 その佇まいからは今しがたまでの慌ただしさは失せており、堂々とした雰囲気が感じられた。



 ふん、やましいこと、咎められることなど何もないということか。

 いいだろう。その余裕がどこまで保てるか試してやる。



 訊きたいことの大枠はこいつらが勝手に喋っていた気もするが、補足情報として何を抑えておくべきか。

 黙っていても仕方がないのでそれは喋りながら考えることとする。


「――そうだな。一応、念のために訊いておくが、お前ここで何をしている?」


 水無瀬は俺の質問にすぐには答えず、余裕たっぷりに間を置いて――いや、待て。


 よく視るまでもなく彼女は尋常でない量の汗を顏から流し、目を泳がせていた。


 初手かよ。

 ワンパンで沈んでんじゃねーよ。

 あの余裕そうな態度はなんだったんだよ。


 真面目に相対している俺が馬鹿を見ている状況ではあるが、挙動不審になりながら立ち尽くす彼女を見て、ある種の発見というか、感心をしたような心持ちにもなる。


 水無瀬 愛苗。


 彼女のこういった性質は知っていたつもりではあるが、実は俺にはこの手のタイプの人間への知見や免疫といったものが全くなかった。


 なるほどな。

 正直で嘘が吐けなく、そして嘘を吐かない人間は、答えられないことを訊かれると黙るのか。


 少なくともここ5年かそれ以上の間、俺は嘘つきでない人間を一人も見たことがない。

 こんな奴がこの世に実在すると思ってもいなかったので、興味深いとまでは言わないが、どこか新鮮な気分だ。


 このまま彼女が音を上げて情報を吐くのが先か、それとも脱水症状でぶっ倒れるのが先かを見守っていてもいいのだが、それはあまりに時間効率が悪い。


 普段の彼女、例えば今日の昼休みの女どもとの会話劇の中での様子から鑑みるに、水無瀬自身から俺が満足するような説明が出てくることを期待する方が無理がある。


 仕方がない。


「――魔法少女」


 ポツリと、俺の口から出たその単語に彼女らはあからさまに狼狽えた。


 発汗が増え、目を泳がせる回数・速度も増す。


 嘘を覚えろ、とまでは言わないが、隠すなり誤魔化すなりもう少しやりようはあるだろうが。というか、やろうと思ってもこんな怪しい態度はとれるものではないだろうに。


 俺が呆れた眼を向けていると、彼女たちに動きが見える。


 水無瀬の足元に立つ猫が爪とぎでもするように彼女の足に前足をつける。

 その感触に気付いた水無瀬が目を向けると、猫は飼い主へと何やら目配せをする。

 猫の分際でバチッバチッと器用にウィンクを送った。


 そのアイコンタクトを受信した水無瀬は「うんうん」と頷き顔を上げる。

 そして何やら決意を感じさせる表情で俺を見た。


 眉を顰めた俺が「何のつもりだ」と問うよりも速く、彼女が動く。


「――ふ、フローラルメロディ! あなたのHeartをBurn Downっ!」


 バッバっと、水無瀬にしては俊敏な動作でおかしなポーズを決め、彼女は唐突に高らかに名乗りをあげた。


 これは恐らくアニメの『魔法少女プリティメロディ☆フローラルスパーク』の主人公こと『魔法少女フローラルメロディ』が、変身後に毎回行う名乗りとポーズだ。


 俺が所属する部活動の活動に必要だからと上司である廻夜めぐりや部長から命じられ、このプリメロシリーズの中でも特に『魔法少女フローラルメロディ』の作品を重点的に視聴させられていたため、一目でそれだと判断することができる。


 わかってしまった自分を俺は強く恥じた。


 こんな場所でこのような侮辱を受けるとは流石に予想していなかったため、唐突に自分は“プリメロ”であると言い出した頭の悪い同級生に無言で圧を与える報復行動にでる。


 というか、これは本当に子供向けの作品なのか?


『お前の心臓を焼き尽くす』とは、あまりに物騒すぎやしないのだろうか。


 だが待てよと、軽率に判断を下そうとする自分を諫める。


 例えばナマハゲという妖怪がいる。

 地方の伝承のようなものにあるあまりに有名な存在なので、今いちいち記録を取り出して思い出したりはしないが、要は『泣き止まねえと殺すぞ』と煩い子供を脅すために作られた神だ。


 ナマハゲに限らず地方にはそれぞれ育児や教育、また人々への戒めのためにこのような伝承が存在したりする。


 つまり、『お前の心臓を焼き尽くす』とは、『口で言ってる内に従わねえと殺すぞ』と相手に警告するための文言なのだろう。

 それを現代的かつ子供向けにいくらかマイルドにした結果、『あなたのHeartをBurn Downっ!』と伝承することになったのだろう。

『泣ぐ子はいねぇが』と大体同じ意味ということか。


 そう考えると、人をバカにしたような間抜けでコミカルなポーズも、パチッとかましてくるウィンクも、そこはかとなく脅迫感を減少させているような気がするし、英語が混じっているのでなんかグローバルな感じもして今の時代に沿っているような気がする。


 街で迷惑をかけてはいけないと子供に教えたいが、知性も品性も未だ人間に達していない獣に等しいガキどもに言って聞かせたところで無駄だ。

 野良犬に吠えるなと話しかけても無駄なのと同じように。


 だから、その生命を質にとって「つべこべ言わずに言うとおりにしないと殺すぞ」と脅す教育方法であり、また『好き放題にナメたマネをすると殺されても仕方ない』といった人々への戒めでもあるのだろう。

 結果的に他人に迷惑をかけない大人が完成すれば過程がどうあれ一緒だからな。


 なるほど、効率的だと感心する。



 泣ぐ子はナマハゲに殺され、そして街で悪さをする子は魔法少女に殺される。


 つまり、魔法少女とはナマハゲ、ということになる。



「――ナマハゲ……」

「えっ……?」


 考え過ぎたせいか、無意識に口から出ていたようだ。


「失敬。独り言だ」


 プリメロポーズのまま「なまはげ……?」と首を傾げる少女へ体裁を繕う。

……なんでこんなバカな恰好してるガキに俺が体裁を繕わねばならんのだ。


「えと……弥堂くん白目になってたけど大丈夫……?」

「うるさい黙れ」


 険を強めてジロリと視線を遣ると、ようやく水無瀬はプリメロポーズをやめてシュンと肩を縮めた。

 そのまま身体の前で手を組みもじもじと足を擦り合わせる。その頬は若干紅潮しているように見えた。

 彼女の足元に眼を向けると、黒猫も見ていられないとばかりに前足で顔を覆っている。


 どうやらこいつらにも恥ずかしいことをしているという認識はあるようで、木や石に話しかけるよりは難易度が低いことがわかり、俺は少し安堵した。


 てゆーか、今のはなんだったんだ。


 いくらなんでも、俺が言った『魔法少女』が前フリだと勘違いしたわけではないだろう。

 あれで誤魔化せるとでも思ったのか。どれだけ俺をナメているんだ。


 ダメだ、この件は流そう。


 このことについて深く考えると、また過去の屈辱リストから強烈なものを引っ張り出してこなければ俺はうっかりこいつを殺してしまうかもしれない。



 出来れば口数多く喋りたくはないが、彼女に任せていると碌に欲しい情報が得られないので、俺の方から訊いていかねばならない。


 しかし、希咲といい、こいつといい、何故こうも俺の効率を妨げるのだ。

 二人ともにそういう人間なのか、それともどちらかが悪影響を及ぼしている為に二人ともにグズグズとするのか。

 どちらかが居なくなればもう片方はまともになり、スッキリと話が進むようになるのではないかという可能性に思い当たる。


 いよいよとなれば――そんな状況がくるのかは不明だが――どちらかを消す必要性が出てくるかもしれない。それまでにどちらが不要なのかを決めておく必要があるなと、そんなことを考えながら水無瀬への詰問を再開する。


「――魔法少女」


 先程と同じ言葉を口に出すと、彼女らも先程と同じように肩を跳ねさせる。


「水無瀬 愛苗。貴様は魔法少女だな? 間違いないか?」


 なんだよこの質問。自分の口から出た言葉だとは俄かには信じたくない。


「えっと……あの、その…………」

「『YES』か『NO』で答えろ」


 またおかしな真似ごとをされる前に追い込んでおく。

 彼女は言葉に詰まり視線を飼い猫の方に逃がすが、猫は沈痛そうな面持ちで目を逸らした。


 なんで猫が沈痛そうな面持ちを出来るんだ? こいつの表情筋はどうなってんだ。気持ち悪ぃな。


 記憶の中に猫の表情筋についての記録がないかと俺が考えている内に観念をしたのか、水無瀬はおずおずと目を上げる。


「あの……はい。私は魔法少女です……」


「いい歳こいて何言ってんだ」と、反射的に彼女の頭を引っ叩きそうになったが、そもそもそう答えるのがわかっている上で質問をしたのは俺だったと寸でで留まる。


「そうか。では、質問を戻そう。水無瀬。お前はこんな場所で何をしている?」

「うっ――⁉ えっと……それは……」


 またも彼女は口ごもる。そしてそれもわかっていたことだ。


「言い辛いのなら俺が代わりに言ってやろう。お前は魔法少女で、“ゴミクズー”と呼ばれる化け物と戦っている。“ゴミクズー”は悪感情が魔物となって暴れまわり人間社会に被害を齎すものだ。そしてお前らはその被害を防ぐために戦っている。その活動は年単位に及ぶ長期的なものである」

「「なななななんでそれをーーっ⁉」」


 ボンクラコンビは声と動作を合わせてびっくり仰天した。


「どうした? どこか間違っている所があったら指摘しろ」

「え、えっと……えっと……」


 水無瀬はしどろもどろになるが――


「クッ、下がるッス、マナ!」

「メロちゃん⁉」


 飼い猫が彼女の前に進み出て警告を発する。


「普通のニンゲンはそんなこと知らねーはずッス! こいつきっと“ゴミクズー”の手下ッスよ!」

「えっ? “ゴミクズー”さんに手下っているの?」

「えっ? いや、知らねえッスけど?」

「えっ? じゃあ、なんで手下って言ったの……?」

「えっ? いや、なんか……雰囲気で……?」


 猫の癖に雰囲気で喋んじゃねーよ。

 向きあって首を傾げ合う彼女らが脱線をする前に話の主導権を奪い返す。


「特に反論はないようだから、先程の件は真実であると認めたと、とりあえずはそう見做した上でさらに質問をさせてもらおう。いいな?」

「えと、その……はい……」

「質問はとりあえず3つだ。一つ目は、ちょうど今話に上がったな。組織のことについて訊かせてもらおう」

「組織……?」

「そうだ。“ゴミクズー”とはなんだ?」

「えっと、悪い感情がカタチを――」

「――そうじゃない。あれらは自然発生する災害のようなものなのか? それとも何者かが意図的に生みだして何かしらの目的のもとに仕掛けてくるものなのか? どっちだ?」

「えーーっと…………どうなんだろう……?」


 なんで知らねえんだよ。お前は何と戦ってるんだ。


「あの、弥堂くんゴメンね。質問にまだ答えれてないんだけど、私も訊きたいことがあって……」

「なんだ?」

「弥堂くんは“ゴミクズー”さんを知ってるの……?」

「さっき見た」

「え?」

「デカいネズミの化け物だ。お前がさっき殺害した」

「サツガイっ⁉」


 何故か水無瀬は大袈裟に驚く。


「サ、サツガイなんてしてないよ! あれは浄化したの!」

「……浄化か」

「うん。そうだよ。苦しんでる悪い心や気持ちを魔法でスッキリさせてあげるの!」

「…………」


 水無瀬の顔を視る。


 眼球の動き、発汗、表情筋の緊張具合、唇の滑らかさや口内の唾液の分泌量。

 外から視てわかる限りのそれらの情報を取り入れる。


 恐らくこいつは真実を言っている。


 自分が真実だと思っていることを俺に話している。


「そうか。興味深い話だが、その件は今はいい。俺のした質問に答えろ」

「あ、うん。ゴメンね。ありがとう」

「……マナぁ。こいつ超ジコチューじゃないッスか? なんかエラそーだし。アレッスか? オレサマってヤツッスか?」

「え? そんなことないよ? 弥堂くんはいつも自分がお話するより人のお話をたくさん聞いてくれてちゃんとよく考えてくれる優しい子だよっ。私のお話も最後までゆっくり聞いてくれるの!」


 俺は戦慄する。


 普段の俺と言えば喋る必要がなければ口を開かず、答える必要性を感じなければ誰に何を言われようと無視をする。

 こいつまさか、俺の口数が少なかったり無視したりしてるのを、トロくさい自分が話し終えるまで待っていてくれているとでも解釈してたのか?

 ということは、冷たくあしらっても全くめげていないのではなく、ただ単に通じていなかっただけとでもいうのか?

 バカな……。


 思わず見たこともないような化け物に遭遇した驚愕を表情に出しそうになり、俺はギリギリのところで自制した。


 こんな怪物から俺はまともに話を聞き出せるのか?

 だが、やらねばならない。


 悲壮感などはない。

 そんな段階はとっくに通り過ぎている。


 過去に済ませた覚悟は記録からいつでも取り出せる。


 やると決めたことは必ずやる。

 そのための手段は問わない。


 俺は水無瀬 愛苗という強大な敵へ真っ直ぐに視線を射かけた。
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