俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章19 starting the blooming! ③

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 ギュッと。


 大切な祈りをこめるようにペンダントを両手で握り願いを口にする。


「お願いっ! Blue wish!」


 その声に応えるように手の中の青い宝石が光を放ち、その輝きが強まるに連れて指の隙間から漏れる光が溢れ出した。


 水無瀬がその手を開くと首に掛けていたペンダントチェーンがひとりでに外れ、ペンダントが浮かび上がる。

 じゃあ、なんで首に掛けたんだよ。


 ペンダントを中心に水無瀬を護るようにシャボン玉のような光の膜が彼女を包み込む。

 そして宙に、宝石の中の種のような卵のような物が、まるで立体映像のように映し出された。

 種がゆっくりと回りだし、その下の水無瀬を包むシャボン玉もクルクルと回る。

 チラリと、悪の幹部の様子を窺うと、興味なさそうに親指の爪で他の指をほじくって汚れだか、垢だかをとっていた。


 一定まで輝きが高まると、水無瀬は掌の上で浮かぶペンダントトップにそっと口づけ、魔法の言葉を唱える。


amaアーマ i fioreフィオーレ!」


 種が弾け『世界』へ波紋が広がっていく。

 花嫁がブーケを投げるように水無瀬がその両腕をめいっぱい拡げると、放たれたペンダントが飛び出した。


 輝きが波紋のように広がり、それを浴びた水無瀬の衣服が光のシルエットとなる。


 こちらまで広がってきた波紋が俺の身体を通り抜けると、昨日も感じたピリッと静電気が走ったような感覚を覚える。


 そこら中を縦横無尽に駆け巡ったペンダントはやがて水無瀬の手元に戻ってくる。

 彼女はそれをはしッと摑まえ、右手で握って掲げた。


Seedlingシードリング the Starletスターレット――Fullフル Bloomingブルーミン!!」


 掛け声と同時にペンダントから強烈な光の柱が天へ立ち昇り、水無瀬を包んでいたシャボン玉が弾け、ついでに水無瀬の服も弾け飛んだ。

 なんでだよ。

 弾けた光の膜と服のその欠片の一つ一つが花びらとなり辺りに舞い踊る。

 ここは汚い路地裏だったはずなのに謎の空間が背景に展開され、今度は水無瀬のゆるい三つ編みおさげが一人でに解け、下着も弾け飛ぶ。

 脱ぐんじゃねえよ。

 往来で突然脱衣をした同級生の蛮行に瞠目していた俺だったが、あることに気付きハッとなり自身の身体を見下ろす。そして安堵の息を吐いた。

 彼女同様にあのおかしな光を浴びたので、俺も脱衣させられる可能性があると危惧したが、幸い着衣は乱れていなかった。


 謎の空間の中で目を閉じ宙を泳ぐ水無瀬に先程天に昇って行った光が落ちてくると、白とピンクのしましまの下着が装着された。


 さっきまでアスファルトのはずだったのに何故か土になった地面から、蔓のようなシルエットの光が伸びていき水無瀬の手足に絡まる。

 それがパシュッと弾けるとカフスやニーソックスに変化し、水無瀬は身体を抱いて隠すように丸めた。


 そのまま胎児のように空間を揺蕩っていた彼女が、その身体を弓なりに反らすと、首元から生えるように光が伸びていき衣服に為る。


 続いてまた地面からトグロを巻きながら伸びてきた蔓が宙に浮いていたペンダントに絡みつくとステッキに変化し、それとほぼ同時に解けていた水無瀬の髪もトグロを巻きながら天に向かって伸びていきピンクのツインテールに髪色も髪型も変わる。


 足元が輝きショートブーツに変わると続いて、最後に腰元から光が伸びてきてヒラヒラフリフリのミニスカートに為った。

 なんでそこが最後なんだよ。


 そして頭、首、二の腕、腰、足と順番にキュピンっと耳障りな異音と共に光が弾けると装飾品が装着されていき、仕上げに胸元のリボンに大きな青いハート型の宝石が現れた。


 両腕を開いて横回転する彼女のもとに魔法のステッキがゆっくりと降りてくると、彼女はそれをはしッと手に取る。


 そして、ピュオーンとムカつく音を鳴らして一頻り空間を飛び回った水無瀬がビシッと宙に止まった。


「水のない世界に愛の花を咲かせましょう。魔法少女ステラ・フィオーレ!」


 何やら手足を一生懸命動かして魔法少女はビシッとポーズを決めた。


「一人で泣いてる子は、みんなみんな素敵なお花えがおに!」


 その宣戦布告なのかどうかよくわからない挑発を受けた悪の幹部は狼狽えたような仕草を見せた。


「グゥっ! しまった! 変身しただとぉっ!」


 嘘つくんじゃねえよ。てめぇ興味なさそうにしてたじゃねえか。


「だが! これだけで勝ったと思うなよ! さぁ、やれ! ゴミクズー! 魔法少女を倒すのだーー!」


 ボラフはバッと背後に飛び退くとゴミクズーに戦闘許可を出した。化けネズミがキュキュキュキュっとガラスを擦ったような威嚇の声を鳴らす。


「いきますっ!」


 それに応えた水無瀬も戦意を発する。


 何かに集中するように水無瀬が目を閉じると足元から優しく風が湧きあがる。

 ふわりとスカートが揺れ、左右のブーツに付いている小さな翼がふよふよと動くと足が地面から浮かび上がった。


「あわわわわっ⁉」


 そのまま宙に飛び出そうとした水無瀬だがすぐにバランスを崩し、地上から1mほどの高さにわたわたと留まる。


 そんな彼女の元にネズミがチチチチっと駆けていき、ガバっと背中に飛び掛かった。


「わわわっ⁉ ネズミさん、ダメっ! まだダメなの! まだ飛んでないのぉっ!」


 敵にそんなことを言ってどうする。


 化けネズミも俺と同意見のようで水無瀬を解放することなく引きずり降ろそうとしている。


 水無瀬もどうにか振り払おうと空中でジタジタとしていたが、やがて力負けしたのか大きくバランスを崩し、びたーんっと地面に張り付いた。

 そしてネズミはそんな彼女に覆いかぶさる。


「きゃーーーっ⁉」


 驚き暴れるが完全に上から抑えつけられており、ひっくり返すことは叶わない。

 続いてネズミは水無瀬の頭に齧り付いた。


「ひゃわーーーーっ⁉ いたいいたいいた……くないけど、痛い気がするーーっ⁉ やめてー! ガジガジしないでーっ!」


 水無瀬の頭頂部に前歯を突き立てているようだ。

 しかし、魔法の防御力のおかげなのかどうかは俺にはわからないが、彼女の慌てぶりとは裏腹にノーダメージのようである。


「ひゃぁーーーっ! メロちゃんたすけてーーっ!」

「マナっ! こうなったらゴリ押しっす!」


 相棒のアドバイスを受けた水無瀬は「むむむ……っ」と何かを溜めて「えいっ!」と気合を発すると、ぺかーっと全身から光を発し自身に圧し掛かるネズミを吹き飛ばした。


 ネズミはボテンっと地面に落ちるとコロコロと転がっていく。


「今っス! 今のうちに飛ぶんスよ!」

「う、うんっ!」


 すでに息切れを起こしている水無瀬はよろよろと立ち上がり、再度飛翔にチャレンジをする。


「マナ。そこの壁に摑まるといいッスよ! 手を付きながらゆっくり飛ぶッス」

「あ、そっか。そうだね。ありがとうメロちゃん!」


 水無瀬はリハビリ患者のような慎重さでペタペタと左右交互に壁に手を着けながら少しずつ高度を上げる。

 俺の持つ知識では、飛ぶとは決してこのようなものではなかったはずだが、それを指摘する者は他にはいなかった。


 ゆっくりではあるが着実に高度を上げていく水無瀬の行動を、ゴミクズーは当然許すはずがない。

 再び駆け寄ってきたネズミは大きくジャンプし、水無瀬の下半身にしがみついた。


「ひゃーーーっ! 重いぃぃぃぃ……って⁉ だめぇっ! お尻齧っちゃだめぇーーーーっ!」


 尻に前歯を突き立てられた水無瀬は慌てて身を捩る。

 先程同様に何かしらの力が働いているおかげでネズミの歯が尻に突き刺さることはないようだが、水無瀬はすっかりと動揺し空中で暴れている。

 そのせいでズリ下がってきたネズミは落とされまいと彼女のスカートに爪を掛ける。


「あわわわわっ⁉ 脱げちゃうっ! スカート脱げちゃうっ!」


 さらにパニックになった彼女は空中で懸命に尻を振り、拘束を逃れようとする。


 魔法少女の服は脱げるのか。身体から生えてきたように見えたが、身体の一部というわけではないのだな。

 俺は何に役立つのかわからない知識を得た。


 そんな考察をしているうちに――


「へびゃ――っ⁉」


 べちゃっと、結構な勢いをつけて水無瀬はネズミ諸共に壁にぶつかった。

 玉砕覚悟の行動というわけではなく、彼女のことだから恐らくまた飛行魔法の操作を誤ったのだろう。


 しかし幸い。

 その甲斐あって、ネズミの前足は水無瀬のスカートから離れてズリズリと壁に身体を擦りながら落ちていった。


 水無瀬は顔を抑えながらも、どうにかコントロールを残すことに成功したようで空中に留まっている。


 そして彼女は涙目のままキョロキョロと周囲を見渡し、自身の真下でピョンコピョンコ跳ねるネズミに気が付くとハッとした。

 キッと表情を改めて手に持った魔法のステッキをゴミクズーへ向ける。



「いやぁー、一時はどうなることかと思ったッス!」


 チラリと横に眼を向けると、そんな暢気な声を出したネコ妖精が「やれやれ」と寄ってきていた。


「……ほうっておいていいのか?」

「ん? あぁ、だいじょうぶッス! もう勝ち確ッス!」

「…………」


 ここまでの流れを見ているととてもそうは考えられなかったが、まぁ、それでもこいつらは化け物の専門家だ。こうまで言い切るのならば、そういうものなのだろう。


「……訊いてもいいか?」

「あん? カレシなら今はいないッスよ?」


 念のため水無瀬から目を離さずに、言葉だけをネコに向ける。


「……ここは戦場なんだよな?」

「もちろんッス! あとジブン、フリーッス! つがいなしッス!」

「……何故戦場でいちいち裸になる?」

「ん? そんなこと言われてもジブンはネコさんッスから! 強いて言うならこのピチピチの毛皮が服と謂えなくもないッスね!」

「お前じゃない。水無瀬の話だ」

「はぇ?」


 やたらと自分は独身であると強調してくる我の強いネコに誤解を指摘してやると、ヤツは素っ頓狂な声をあげた。


「なに言ってんスか? マナならちゃんと服着てるじゃねーッスか。ぷりちーな魔法少女のコスチュームを」

「だから着替える時に全裸になってただろ」

「にゃんだとーーッス⁉」


 大袈裟に驚くネコの声が大きくて不快だったので俺は横目で睨みつけてやった。


「なななななんで見えてるんスか! ちゃんと謎の光で隠れてただろッス!」

「謎の光? 何を言っている。戦場で敵に出会ってから悠長に目の前で防具に着替えるだけでも致命傷レベルのグズだが、それを差し引いてもだ。公共の場で脱衣をするな。お前らは連日街を徘徊して露出するチャンスを窺っている変態なのか?」

「誰が『ヒミツの魔法レッスン~魔法よりもナイショな恥ずかしいコト。魔法少女の私が露出調教により魔法でも叶えられない悦びを知ってしまって~』ッスかぁ⁉」

「そんなことは一言も言っていないが」


 興奮した様子でネコがくってかかってくる。


「なんでオマエ見えてるんスか! 魔法の光でガードは完璧だったはずッス! 地上波でだっていけたはずッスよ!」

「見えるものは視える。確かにやたらと光っていたがそこまでの光量だったか? 普通に透けて視えるぞ」

「このやろーッス! タダ見しやがったなぁー! ふざけんなオマエ! サブスクしろ! BDを買えッスーーー!」

「何の話だ」

「この男子高校生め! 世界の理を! 魔法の力を! 性欲のみで一点突破してきやがって!」

「意味のわからんことを――おい、やめろ。触るな」


 肉球でペタペタと顔面に触れてくるネコをどけると、ちょうど状況が動いたようだ。


 ステッキをゴミクズーに向けて構えていた水無瀬が何かを念じると、杖の先にピンク色の光の玉が生まれる。


 水無瀬は「むむむ……っ」とターゲットを視線で捉え――


Seminareセミナーレっ!」


 その言葉をトリガーに光弾を放った。


 杖の先を離れたサッカーボールほどの大きさの光球は勢いよく――……よくはないな、それなりの速度と勢いで地上へと向かい、ネズミから2mほど離れた位置に着弾した。


 威力だけはあるのか、地面に小規模なクレーターが出来上がり、水無瀬とネズミはその破壊跡をジッと見詰める。

 そしてネズミは上空の水無瀬に向かってピョンコピョンコと届かないジャンプを再開し、水無瀬も何事もなかったかのようにまた杖の先に光弾を創り出した。


 この様子は…………まさかこいつ、これがいつものことなんじゃねえだろうな……。


 恐らく俺の予想は間違っていない。


 水無瀬の放った次弾も掠りもせずに外れた。


「…………おい」

「いやぁー、今日も疲れたッスねぇ」

「おい」

「ジブン、ネコさんだからそろそろ眠く――ん? なんッスか? 少年」


 俺は苛立ち、隣で毛繕いを始めたネコ擬きに声をかけた。


「当たってないぞ」

「そッスね」

「まだ勝っていないのに寛いでいていいのか?」

「んーー? まぁ、そのうち当たるッスよ」


 まるで他人事のような魔法少女のマスコットの口ぶりに俺が閉口しているともう一体会話に参加してくる。


「ちぃーっす、うっすぅ、お疲れーッす」

「うぃ~、おつかれーッス」


 ヨタヨタと歩いて寄ってきた悪の幹部が居酒屋バイトの大学生のような挨拶をすると、ネコも同じように返した。

 友達かよ、お前ら。


「あ~~、だりぃ……。今週も疲れたぜぇ……」


 覇気のないことを言いながらボラフは腰回りを探ってタバコを取り出した。


「よう、ニイチャン。オメェーもプクイチすっか?」

「……結構だ」


 三日月型の口に一本咥え、タバコのパッケージをこちらへ向けてくる悪の幹部の勧めを俺は辞謝した。


 タバコを咥えながら太ももや尻をポンポンと叩いているボラフへ俺は尋ねる。


「……おい、悪の幹部」

「ん? なんだよ」

「ここは戦場ではないのか?」

「あん? そんなの決まってんだろ。戦場だよ。オマエみたいなパンピーはもう来ちゃダメだぜ?」


 当たり前のように返ってきた回答に俺は頭痛を覚える。


「何故変身中に襲わない?」

「は?」

「さっきお前らの目の前であのガキが悠長に着替えてただろうが。なんで奇襲しない?」

「なに言ってんだオマエ?」


 ボラフは何を言われているのかわからないといった風に、三日月型の目を丸め首を傾げる。


「魔法少女の変身中に攻撃しちゃダメだろ。オマエ馬鹿じゃねーの。なぁ?」

「おうッス。変身中はダメッスよ。そんなの反則ッス」

「だよな? いくらなんでもそりゃあズリィーだろ」

「…………お前は悪の幹部じゃないのか?」

「ん? おぉ、そうだぜ。つーかよ、わりぃ。そんなことよりよ。オメェさ、ライター持ってねえ?」

「悪いこと言うもんじゃねえッスよ、少年。魔法少女はそういうんじゃねえんス」

「……………………そうか」


 人外生命体2体が意見を一致させて否定してきたので、俺はとりあえず返事を絞り出した。


 そういうものなら仕方ないと自分を納得させながらボラフに100円ライターを渡してやった。


 奴は上機嫌で礼を言いタバコに火を点ける。


 モワァっと吐き出した煙が宙を漂い、その靄の向こうではまた魔法少女が魔法を外し付近の建物を損壊させた。


「つかよ、奇襲しろったって変身なんて一瞬じゃん? それ狙うなんてダリィよ」

「そッスよ。一瞬のことなのにそんなにワーワー言うなッス。どんだけJKの生着替え見たいんスか」

「……一瞬? たっぷり1分くらいやってただろうが」

「は? 一瞬だぜ?」

「なに言ってんスか?」


 まるで俺が頭のおかしいことを言っているかのように振舞う2体の反応に疑念が浮かび、俺は腕時計を確認する。


「――バカな」



 俺は何を言えばいいのか、何を思えばいいのかわからずに、ついに思考を手放した。


 魔法少女だの、ネコ妖精だの、悪の幹部だの、ゴミクズーだの。


 これらの超常的な存在たちの前では、俺のような普通の高校生に出来ることなど精々が黒目を眼窩の裏に逃がすことくらいだ。


 そんな選択は当然するべきではないのだが、酷くどうでもいい気分になってきて、タバコを1本もらっておけばよかったかと惜しむ。

 悪の幹部にライターを借りパクされたが、そんなこともどうでもよかった。
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