俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章28 こちらはどちら、そちらはどちら ⑤

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 寝静まっていく住宅地の道路をトボトボと一匹のネコが歩く。


 毛並みの黒い彼女は、今そうしているように羽を隠してしまえば、夜闇に溶けるちっぽけで存在感のないただの黒猫と変わらない。

 ただの黒猫と同じように四つ足を動かして目的地へ進む。


「結局言えなかったッスね……」


 そう口に出しそうになって慌てて噤み、心中で留めた。


 先程の愛苗の部屋での出来事。


――アイツとは、


 言いかけて止めた、口に出来なかったその先の言葉を思う。


――友達をやめた方がいい。


 そう言いたくて、言うべきで、だが言えなかった。


 自分以外の、ちゃんとしたニンゲンの友達が愛苗に出来ていることはとてもいいことだし、何も含みはなしにメロとしてもとても嬉しいことだ。


 ちょっと前のことを考えれば、彼女に友達が出来ているなんてとても考えられないことだったので、歓迎すべきことなのだ。


 日々彼女から聞く、学校でお友達と仲良くお話できた、だとか。


 ななみちゃんと一緒に楽しく遊べた、だとか。


 彼女から聞かされるそれらの話はメロにとってもとても喜ばしい話だった。


 だから、少しくらい素行の悪いニンゲンだったとしても、悪意なく彼女と仲良くしてくれるのなら別に構わないと、そう考えてはいる。



 だが――



(――アレはダメだ)



 あのニンゲンの眼を思い出してゾッと毛を逆立てる。


 アレはきっと違うモノだ。


 ニンゲンではない自分にもそれくらいはわかる。


 アレは絶対に関わってはいけないニンゲンだと。



 電灯に照らされない闇の中を選んで、目立たぬように新商店街の方向へ進む。



 アレは異常なモノだ。


 初めて遭った時には疑心を抱き、そして今日の出来事で確信した。


(絶対に普通じゃないッス……)


 あんなニンゲンがいるはずがない。



 メロがニンゲンというものと身近に接するようになったのは、愛苗と出会って彼女と共に過ごすようになってからだが、今まであんなニンゲンは一度も見たことがなかった。


 今日のショッピングモールで、結界を張る前にゴミクズーが人の多い場所で現れ、その時その場に居合わせたニンゲン達はパニックを起こして阿鼻叫喚となった。


 それが普通なのだ。


『俺が信じようが信じまいが目の前で起こっている現象は変わらんだろう。だったらとっととそういうものだと割り切って先に進めた方が効率がいい』


 あのニンゲンはそう言っていた。


 その時は自分も、そんなニンゲンもいるかもしれないと軽く流した。

 だが、そんなわけはない。


 普通のニンゲンでは到底知り得ない魔法を使う少女に出会って。

 普通の動物とはかけ離れたゴミクズーという化け物と遭遇して。

 さらにそれ以上の超常な存在であるボラフやアスと対峙をして。

 ましてやそれらと敵対をしようだなんて普通であるはずがない。


 あのニンゲンは異常だ。


 魔法少女である愛苗やそのパートナーである自分、それに化け物であるゴミクズーにそれを使役する怪人のボラフやアス。

 これらの戦いの中に入って来たあの男は間違いなくただのニンゲンであるはずなのに、魔法を使うわけでもなく異常な言動で存在として格上であるはずの自分たちと渡り合ってみせる。

 そんな弥堂 優輝というニンゲンがメロは恐くて仕方がなかった。


(魔力があるわけでもないのに、どうしてあんなことが……)


 正確には魔力は生物である以上はどんな生き物にもある。

 しかし、それを以て超常の現象を起こすには一定以上の量が必要になる。

 あのニンゲンにはそれがない。

 どう見てもそこらの一般的なニンゲンと大して変わらない程度の魔力しか持っていない。


 あのニンゲンが行使している攻撃方法はただの手足を使ったものに過ぎない。


 一つだけよくわからないのは催眠だ。


 何をどうやったのかはわからないが、愛苗をおかしくしたアレは魔法ではない。


 だが、どんな手段だったとしても、アレは到底許容できるものではない。


 あんなことは何度も起こさせるべきではないし、もしかしたらもう二度とさせてはいけないものかもしれない。



 だから、あのニンゲンには関わって欲しくない。

 アレは敵でも味方でも近くに置いておいてはいけないモノだ。


 だから――


――友達をやめるように、と。


 そのように言おうとして、言うべきで、言わなくてはいけなくて、しかし言えなかった。



 地面を見つめながらトボトボと前足を伸ばしてゆっくり歩く。



 自分はいつもこうだ。


 やるべきこと、やらなければいけないことがあって、それがわかっていても出来ない。


 目先の相手の顔色が変わることを恐れて決断を、実行を先送りにする。


 先々を考えたら、どう考えてもそうした方がいいとわかりきっていたとしても、今目の前にいる愛苗が悲しむことを恐れ、嫌われることを恐れ、何も言えない。

 大事なことは何も言えず、誤魔化すために巫山戯る。

 何の役にも立たないクズだ。


 このままでは絶対にいけない。


 あのニンゲンが関わること。

 特にあの催眠とかいうのは二度とやらせてはならない。

 あれのせいで進んでしまった。


 だが、元を辿れば総ては――


(――ジブンのせいッス……)


 今が幸せで、今が楽しくて。


 ゆったりと時間が進むその今を少しでも壊したくなくて、失いたくなくて。


 まだ大丈夫と、目を逸らし、目先の楽を啜っている内に確実にそれは近づいてくる。


 それまでの時間がどれだけ長かったとしても、いつかは必ず辿り着いてしまう。


 こんな風に。



 足を止めて顏を上げると目的地にしていた空地に辿り着いてしまっていた。


 嫌でも望まなくても歩いていれば必ず目的地に辿り着いてしまう。


 いつまでも足を止めていたいのに。


 停滞したままぬるま湯に浸かり続けることが出来たら。



 それは叶わない。



 生きている以上必ず生命は消費され続け、何をしても何をしなくても必ずそこへ辿り着く。

 望んでも望まなくても。



(なんとか、しなきゃ……っ!)


 手を握り心中でそう強く願い、メロは空き地に足を踏み入れた。




 シャワーを終えてダイニングに戻る。


 暗い部屋の中では点けっぱなしのテレビだけが光源になっていた。

 現在放送されているのはローカル局のニュースバラエティだ。

 弥堂はそちらにチラリと目を遣る。

 画面左に並んでいる『本日のトピックス』と書かれたリストには大したニュースはなかった。


 雑にバスタオルで頭を掻き回しながらチャンネルを変える。

 変えた先は大手民放局のチャンネルだ。

 こちらもニュースをやっている。


 原稿を読み上げるキャスターの声を聞き流しながらスマホを操作して夕方以降のニュースを流し見る。特に目立った出来事はない。


 ないものは仕方ないとスマホをテーブルに放り投げる。


 希咲のせいで真っ二つに割れたテーブルをガムテープでグルグル巻きにして無理矢理固定しているのだが、そのガムテープがいい感じにクッションの役割を果たしており安心してスマホを投げられるため、弥堂は若干このテーブルを気に入ってきていた。


 バスタオルを床に放って用意していた適当な服に着替える。


 テレビからはもう何ヶ月間も続いている聞き飽きた政治家の不正問題についての何も進展のない話が流れてきている。
 特段緊急性のあるようなニュースはなにもないようだ。


 いくつかチャンネルを回しているとスマホが鳴る。


 途端に嫌な予感がして眉を顰めるが、鳴ったのは普段使いしている物とは別のスマホだ。

 実はこちらの方が最初に所持したスマホで、普段学園などで使っているのは学園に編入してから契約して増やした2台目のスマホとなる。


 通知を確認してみると華蓮からのメッセージのようだ。


 特に考えもせずにedgeのアプリを操作して、『あぁ。俺もたのしみにしているよ。』と乾いた瞳で文章を作成し返信をする。


 店を出る前に約束させられた水曜日に家に来いという件について念押しをされたのだ。

 弥堂としては一応行くという風に聞こえなくもないニュアンスの返事をしたかもしれないが、水曜日は当日に急に大事な用件が出来て行けなくなる予定になっている。

 だから、約束をした段階では行く意思があったという証拠を残す為にこのような前向きな姿勢の文章を返したのだ。


 こちらのスマホは華蓮の家で厄介になっていた時に、連絡用にと彼女から買い与えられたものだ。月々の使用料は今でも彼女が払っている。自分で払えるのだが払わせてくれないのだ。

 学園に編入した際に使い分けをする為に増台した形になる。


 古い方のスマホには、当時の弥堂がチンピラのような生活をしていた為に、ロクでもない者たちの連絡先ばかりが溜まってしまった。学園生活の中でこの中身が何らかの形で誰かに見られるようなことがあれは大変不都合がある。

 そのような理由から真っ新な端末を用意したのだが、結局どのみち悪いことばかりをしているうちに中身は大して変わらないものとなってきて、今では2台持つ意味を本人もあまり感じなくなってしまっていた。


 そもそもメールにせよチャットにせよメッセージにせよ。

 弥堂はこういったものを好まない。


 自分の発言が相手のもとに記録として残ることに生理的な嫌悪感があるからだ。

 しかし、自分の手元に言質を残すことも出来るので、便利さを人質にとられ渋々利用している。


 基本的にヤバイ仕事をする時は電話を使うことが多いので、古い方のスマホでメッセージのやりとりをする相手も、今ではほぼ華蓮だけになっている。


 その彼女へ送ったメッセージに既読がつき、すぐにハートのスタンプが返ってくる。


 彼女はあまり余計な連絡をしないし、一回のやりとりも余計に長引かせたりもしない。

 恐らく弥堂がこういったコミュニケーションを好まないことを知っていて気を遣ってくれているのだろう。

 ありがたいことだ。



 そう思った矢先に『ぺぽ~ん』と再びスマホの通知が鳴る。


 まだ何かあるのかと手を伸ばすが、通知ランプが点灯しているのは今しがた使っていたスマホではなく、普段使い用の2台目のスマホだ。


 今鳴ったのはedgeのメッセージ着信を知らせる通知音で、edgeの主な利用用途は風紀委員会の連絡だ。しかし日付が変わるようなこんな時間にその連絡が回ってくることなどない。

 ということは――


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:おきてる?』


 ポップアップされたその文字列を視て、弥堂は一度スマホを置き天井を見上げた。


 別に驚くようなことではない。

 風紀委員関連以外でこのIDを知っているのはこの女だけだ。

 この2台目のスマホのメッセージ機能はほぼ希咲 七海専用になってしまったのだ。

 1台目も2台目も大して変わらないのならそろそろ1台にまとめるべきかと考える。

 ただし、注意しなければならないのは、華蓮さんと違ってこの女はこちらのことを慮ってなどはくれないということだ。


 さてどうするかと、なんと返すべきか、そもそも返信するべきかしないべきか、この時間なら寝ていたという言い訳が成立するな、などと考えながらチャット画面を表示させると、その途端――


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あ』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:おきてんね』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:はやく返事しなさいよ』


 プッ、プッ、プッと矢次早にメッセージが増える。


(――しまった)


 弥堂は唇を噛む。


 そういえば既読機能とかいうゴミ機能がこれにはあるのだった。それをすっかりと失念していた自身の手落ちを強く恥じる。

 だが、それにしてもこんな機能は『世界』に存在していてはいけないと強くそう思う。


(これを最初に考え付いたヤツは頭がイカれている……)


 弥堂は顔も名前も知らない何処かの技術者を強く軽蔑した。


 しかし、存在してしまっている以上は『世界』が許しているのだし、こうなってしまってはもはや諦める他ない。


 それにしても、こいつは既読がつくまで画面を見張っていたのだろうかと思うと首筋にプツプツと鳥肌が立つ。それを無視して希咲への返事を送る。


『なんのようだ。ななみん。』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:それやめろっつってんだろ なんでしょっぱなから挑発してくんの⁉』

『うるさい。なんのようだ。』


 何故この女はこんなに攻撃的なのだと画面の向こうの世界の何処かに居る彼女を軽蔑する。


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あした』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ガッコいく?』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:いくでしょ?』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ちゃんといきなさいよ』


 なんのつもりだと眉を歪める。


『関係ないだろ。母ちゃんかお前は。』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:誰があんたのママよ』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あとカンケーあるし!』

『ねえよ』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あるっ!』


 溜息を吐く。


(なんなんだろうな。こいつは……)


 ズケズケとモノを言ってくるくせに会話がいつも遠回りな気がする。


(水無瀬とはまた違った効率の悪さだな)


 希咲 七海という少女について考えているとまた新たにメッセージが新着する。


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:うそつき』


 なんのことだと首を傾げようとして思い至る。


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:やくそく』

『わかってる』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:うそ』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ぜったい忘れてた』


 そういえば明日は彼女と交わした約束を果たす日だったなと思い出す。


 チッと舌打ちが出た。


 この土日で大分情勢が変わった。

 こんなくだらない案件に関わっている暇はない。


 それをわざわざこんな風に前日の夜に念押しをしてきやがって、と。

 これじゃバックレられねえじゃねえか、と。


 そんな理不尽な怒りを感じているとどんどんとメッセージが送られてくる。


『@_nanamin_o^._.^o_773nn:うそつき』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:記憶力いいって言ってたくせに』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:わすれてんじゃん』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:やくそくしたのに』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:うそつき』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:うそつきうそつき』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:うそつきうそつきうそつき』


 ビキっと口が引き攣る。


『うるさい。忘れてないっていってるだろ』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:言ってない』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:『わかってる』って言っただけ』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:↑みろ ばか』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:やっぱ記憶力よくないじゃん』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:なに約束したかいってみろ ばか』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ばか』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ばかばか』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ばかばかばか』


 口の端が吊りあがり今度はコメカミが引き攣る。


 なんて嫌な女なんだ。


 ちょっと約束を守る気をなくしていただけで何故こんなにも非難されなければならないと、弥堂は憤る。


(なんでコイツこんなにムカつくんだ……)


 と考え、すぐに答えに行き着く。


(そうか――)


 ギロリとスマホのディスプレイを睨みつける。


(――お前が俺の敵か)


 ようやく見つけたと、百年の怨敵に出会ったようなノリで返信文章を作成する。


『うそつきでもばかでもない。記憶も抜け落ちてなどいない。俺は一度記憶したことは忘れないと何度言わせる。きおくりょくがないのもわすれっぽいのもお前だばかめ明日見做せを甘やかせばいのだろうそれくらいおぼえてるかくごしろ俺があいつをあまやかしきってもう二度とおまえのことなど思い出さないくらいにあまやかしてやってMTRしてやるその時なって公開するがいい』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:わ』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:びっくりした』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:長文きもい』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:句読点どうした』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:よみづらい!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:いみわかんない!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あと』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:こないだあたしが返したお金』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ちゃんとお財布にしまったの?』

『かんけいねいだろ』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ある!』

『ねえよ』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:うるさい! ちゃんとしまったの⁉』

『さいふなんかねえって言っただろうが』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あっそ』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:じゃあいい』

『なんなんだ』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:いいってゆってんじゃん!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:しつこい!』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:とにかく』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:あした ちゃんとやってよね』

『@_nanamin_o^._.^o_773nn:ばかっ!』

『うるせえぶす』


 やはり言い合いでは勝てないので、ルール無用の前時代的暴言を打ち込んですぐさまトドメの『他人を激怒させるスタンプ』を2つお見舞いした。


 ぺぽぺぽ連続で鳴り続ける通知を端末の電源を切ることで無理矢理黙らせてからスマホをテーブルに投げつける。

 ついでに、聞きたいニュースなど一つも出てこない役立たずのテレビも電源を切って黙らせた。


 もうやることはないと寝室に向かう道すがら、八つ当たりでダイニングテーブルの足を蹴りつけるとその威力がガムテープの粘着力を上回りテーブルがゴシャァっと崩れ落ちる。


 ガターン、バタバタ……っと何やら階下から聴こえてくる物音を聞き流して寝室の戸を閉めた。


 最悪の気分で日曜日が終わり明日からはまた学園生活が始まる。

 あるいは、続く。

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