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1章 魔法少女とは出逢わない
1章30 nothing day ④
しおりを挟む体育館裏に現れたのは弥堂 優輝だ。
ここ最近昼休みに訪れるお馴染みの場所となりつつあるこの場所には本日は先客はいないようで無人となっている。
弥堂は所属する部活動の上司である部長の廻夜朝次に、プロフェッショナルな高校生たる者、『ひとり飯スポット』をいくつか持っているべきだと言いつけられている。
この体育館裏はその弥堂の『ひとり飯スポット』の内の一つである。
本来であれば連続して同じスポットを使用すれば、刺客を送りつけられたり、爆発物を仕掛けられたりするリスクが増すため、あまり推奨される行為ではないのだが、この場所はゴミの処理をするのに効率がいい為に結果的にヘビーローテーションすることになってしまっている。
この場にあるゴミの処理方法は主に二つ。
一つは目の前にある焼却炉だ。
確かこういった焼却炉の設置や使用には厳しい規制があったように記憶しているが、そのあたりをどう突破して敷地内に設置しているのかは弥堂にはわからない。
自分が処罰されなければ関係ないと特に興味を持っていないが、このやたらと高温でゴミを処理できるらしいご立派な焼却炉は便利なので、あるのならば使わせてもらおうと証拠隠滅の目的でよく利用していた。
もう一つのゴミ処理手段はつい先日に発見したもので、こちらは生ゴミ専用となる。
今日はこちらを使うつもりだ。
焼却炉から離れて茂みに近づき、木の根元の草むらをジッと見る。
学園内には棲みついてしまった野良猫がおり、その猫と先週の金曜日の昼休みにここで遭遇した際に水無瀬から貰った弁当の処理をさせたのだ。
今日もここに居るのなら同じように弁当を処理させようという腹づもりではあるものの、生憎弥堂には猫の呼び出し方などはわからない。
適当に脅かしてやれば出てくるか逃げ出すかして気配を見つけられるだろうと、草むらに足を突っこんでガサガサと音をたてて揺らしてやる。
「…………」
しかし、特になにかが飛び出してくるようなこともないし、自分がたてたもの以外の音も聴こえることはなかった。
「いないのか」
呟きなのか、呼び声なのか、指向性の曖昧な声は誰もいない校舎の外れでポツリと外気に溶ける。
別に博愛精神を持ち合わせているわけでもない弥堂としてはどうしてもあの猫に餌を与えたかったわけではない。居ないのなら居ないで焼却炉を使うだけだと切り替える。
最後にこれをして出てこなければと目の前の木にガンっと粗野に蹴りを入れた。
すると、小さく「ニャッ」と声を漏らして枝の上から白い猫が落ちてくる。
白猫は空中でクルっと体勢を変えると四本の足で地面に着地をした。
特に危なげないように弥堂には見えたが、弥堂の方に驚いたような目を向けてジリジリと後退った。
「チッ」
弥堂は舌を鳴らす。
猫を呼ぶ時の仕草ではなく、ただの不快感を示す舌打ちだ。
弥堂は猫という生物が嫌いだった。
人間に取り入ることで長い年月を生き永らえてきた浅ましい種であると、軽蔑さえしているかもしれない。
特に先週希咲の起こしたトラブルに巻き込まれて、『こいつ猫っぽいな』と、ちょっと思った時から嫌いになった。嫌い歴数日である。
だが、それはそれとして生ゴミ処理機としては便利なので、そこに居るのであれば利用するだけだ。
弥堂は卑しき白い毛玉をジッと見る。
「……?」
何か違和感を覚えた。
(……先週見た時はもっと毛並みが汚かったような気がする。それにもう少し痩せていなかったか……?)
猫はこちらと目を合わせながら怯えたようにプルプルとしている。先週はもっと懐っこく、弥堂を見るなり餌をねだって擦り寄ってきたはずだ。
(既に誰かに餌をもらって腹が空いていないのか、それとも――)
先週に見た猫の映像を詳細に思い出そうと記憶の中から記録を探しつつ、眼に力をこめて白猫を視ようと――
ヴヴヴッ――とスマホが震える。
メールの着信だ。
弥堂は猫への関心を失くし着信した内容を確認する。
優先順位が更新された。
手早く弁当を取り出し逆さまにして地面にぶちまける。
内容物が地面に接触すると猫はビクっと震え、そして落ちた物を目を丸く開いて見ている。
猫の感情など弥堂にはわからないが、食い物は欲しいが人間を警戒している、そんなところであろうと判断した。
「おい。これをどうするかはお前の好きにしろ。よくわからない物を口に入れるのはお奨めしないが、お前の自由だ。当然、自己責任でもあるがな」
伝わるはずのない意思を一方的に猫にぶつけても、猫はただジッと地面の食べ物を見ているだけだ。
弥堂は興味を失くす。
猫がどうするかなど確認をする必要がないと、踵を返した。
急いで向かう場所がある。
部室棟の方へ歩いて行った。
ネコはその後ろ姿が見えなくなるまでジッと見ていた。
部室棟と部室棟の隙間のスペースは狭い路地裏のようになっている。
人通りも少なく薄暗い。
そのため、よく不良生徒などの溜まり場にもなっている場所だ。
弥堂は部室棟に入るなり壁に仕込んだ(無許可)隠し扉を開けてガムテープを取り出す。布製のガムテープだ。
ほぼ立ち止まらずにそれを回収しすぐに二階に上がる。
二階の通路を進んで一つの部屋の前で止まる。
去年まではとある格闘技系の部活が部室に使っていた部屋で、今学期からは空き部屋となっている。
戸に取り付けられた弥堂の胸の高さほどの曇りガラスの窓にガムテープを貼り付けると肘でガラスを打つ。
クシュッと僅かにくぐもった音が鳴る。
弥堂はペリペリとガムテープを剥がし、空いた窓の穴から腕を突っこんで鍵を開けた。
仕事上の付き合いがある『プロの下着泥棒』を名乗る男から習った空き巣の技術だ。
音に気を付けながらゆっくりと戸を開け、部屋の中へ進入する。
足音に注意しながら窓際まで歩を進め、窓と窓の間にある壁に身を潜める。
壁に背をつけながら窓の外を覗き階下に目的の姿を見つけると、窓の鍵を外し少しだけ窓を開けた。
持ち主のいなくなった部室の中に外の声が入ってくる。
「――もうマジ時間損したぁ~っ!」
「だからやめようって言ったじゃんか」
「えぇー、樹里ひどいぃー。もっと強く止めてよぉ」
「ムチャ言うなよ……、それに本当に強く止めたら香奈不機嫌になんじゃん」
「そんなことないよぉ~」
声の主は先程教室で対峙しかけた白黒ギャルコンビだ。
苛立ったような様子の寝室と、呆れたような調子の結音が何かを話しており、その二人の会話の隙間に毒にも薬にもならなそうな数人の男の合いの手が聴こえてくる。
「つーか、トイレで待ち伏せなんかしてどうするつもりだったんだよ」
「えー? そんなの決まってんじゃ~ん?」
「七海が帰ってきた後のこと考えてんのか?」
「ちょっとキツめにお仕置きしとけば内緒にしてくれるでしょ?」
「……やるなら一人の時だ。二人だと口止めが緩くなる」
「わぉ。樹里ってば悪いんだぁ~。水無瀬ちゃんかわいそぉ~」
「アタシはそもそもやるなっつってんだけどな……」
「えぇ~、べつにいいじゃぁ~ん。もっと気楽に楽しもうよぉ~」
嘆息する結音を寝室が茶化すと、周囲の男たちから同調するだけの無責任な笑い声があがる。
「そもそもよ、水無瀬みたいな子狙ってどうすんだよ。七海みてぇな“パギャル”ならわかるけどさ、あんな“フツー”の子シメてもこっちがダセェじゃん」
「樹里ってば相変わらず七海にはキビシーね。うける」
「……アイツは見た目だけでよ、魂がギャルじゃねえんだよ。ああいう男の気を惹けるとこだけにギャルっぽさを利用する女は、アタシ嫌いなんだっつーの」
「キャハハッ。直球すぎぃ」
「本気でやんならよ、七海にケンカ売ろうぜ。その方がカッコイイじゃん」
「えぇー。だって、それやったら紅月くんに嫌われちゃうじゃぁ~ん」
「まぁ、そりゃそうだけどさ……」
中々に物騒な相談をしているようだった。
(へぇ……)
それを聞いた弥堂は内心で感心をしていた。
感心をした相手はこの二人ではなく、希咲 七海だ。
自分の留守中に水無瀬 愛苗を狙ってくる奴がいるかもしれない。
そしてそれを防いで欲しい。
金曜日の放課後に彼女と交わした三つの約束の一つだが、弥堂としては正直あまり真に受けていなかった。
何をおおげさな、過保護なと、内心で見下していたのだが、どうやら希咲の予測が正しかったようだ。
まさか、彼女が不在になった初日からこれとは。
やはり、無能な自分の見立てよりも、優秀な人間の言うことの方が正解になりやすい。
弥堂としてはこのようなことが起こるとは全く思っていなかったが、それでも希咲の考えに従うことを優先して行動をとった。
弥堂のしたことは二つ。
ひとつは、水無瀬を教室に最も近いトイレとは別のトイレに連れて行ったこと。
もうひとつは、先に教室を出たあの二人の位置をY’sに指示して特定させたことだ。
前者は当座の防衛、後者はその後の攻勢の為だ。
早乙女も気付いていたようだが、先に教室を出たあの二人の女の様子から念のため、2年B組の教室から向かうトイレとしては普通は選択しない場所のトイレに水無瀬を連れて行った。
彼女をガードしながらY'sへとメールで連絡をする。
そして、弥堂からメールで指示を受けたY’sが学園の警備用ドローンと監視カメラの映像をハックして居場所を特定し、弥堂にそれを報せたという流れになる。
先週に自身の所属する部活動の構成員の中に、学園の警備用のシステムに不正にアクセスをし、それを悪用している者がいると発覚した際には、この不祥事を隠蔽せねばと考えた。
だが、それはそれとして便利な技術が使えるのならば活用しないと勿体ないし、万が一バレた場合には実行した者を足切りすればいいと、今回は仕事に導入をしてみた。
仕事とは希咲との3つの約束。
本日の4月20日の間、水無瀬 愛苗を甘やかす。
希咲が不在の間、水無瀬 愛苗を学園で護衛する。
希咲から水無瀬の件で連絡があった場合は応じる。
この3つの事柄であり、それに対する報酬は希咲にもこちらの仕事を手伝わせることだ。
受けた際には、希咲が過保護なだけでどうせ何も起こらないと高を括っていたが、蓋を開けてみれば初日からこの有様だ。
(ホントめんどくせぇ女だな、ふざけんなよあいつ……)
胸中で現在バカンス中であろう彼女への恨み言を吐く。
恐らく希咲とはこれからも事あるごとに『こう』なのだろうなと、何となくそう考えた。
『こう』なるのは、お互いの立ち位置、思想、目的、など。
他にも多くある様々な要因があるのだろうが、単純な話、きっと彼女とは相性が悪いのだろう。それも最悪と称するレベルで。
ただそれだけの話だと諦めて切り替え、外の様子に意識を戻す。
「――ねぇ~。アンタたちなんとかしてよぉ。七海のことぉ~」
「い、いや……、さすがに希咲は……なぁ?」
「あ、あぁ。なんつーか、ちょっと……な?」
「お、おぉ。キビシイかなって、仁義的に?」
「なにそれぇー。もしかしてビビってんのぉ? うわぁ、ダサ」
「べっ、別にビビってはねえよ……、なぁ?」
「あ、あぁ。それよりも付き合いとか、な?」
「お、おぉ。ヒルコくんらに悪いしよぉ……」
「えぇ~? ホントにぃー?」
「よせよ香奈。どうせこいつらじゃ七海に勝てるわけねえだろ」
結音が冷たく突き放すと男どもは尚もモゴモゴと言い訳をする。
「実際問題よ、オレらマサトくんとヒルコくんと仲良くしてっしよ……」
「あぁ。こないだもヒルコくんには、ケンカ手伝ってもらったしな……」
「てかよ、あれも元は香奈がもってきたモメ事だろ? ヒルコくんそれで停学くらっちまってっしよ……。なのに希咲襲うのはさすがに不義理だろ」
「なにそれぇ。ウチが悪いってゆーのっ?」
「い、いや、そうは言ってねえけどよ……」
「オマエらなんかアヤシーな? なんか顔色悪くね?」
「な、なに言ってんだよ樹里……っ。そんなことねーよ……」
「そ、そうだぜ。別に何も隠してなんか……」
彼らは口々に、これはあくまで男気の問題なのであって戦闘力の問題なのではないと主張した。
「えぇーっ! なにそれぇ、つまんなぁ~いっ! ねぇ、“サータリィ”……、アンタもおんなしこと言うのぉ?」
一人会話に加わらずに外方を向いていた男子が、寝室に水を向けられ口を開く。
「ん? おぉ、よくわかんねえけど七海だろ? ヨユーだよ」
「お、おいっ、“サータリィ”……っ!」
「やめとけよ……っ!」
「“サータリ”くん、ヤベェって……っ!」
「あん? なんだってんだよ、オメーら」
楽観的に請け負おうとすると何故か仲間たちが止めようとしてくる。酷く焦ったような様子の彼らの態度に怪訝な顔をする。
そしてそんな彼をさらに寝室が怪訝な目で見る。
「てゆーか、なんでこっち見ないの……?」
不審げに問われて「あぁ、そんなことか」と肩を竦める彼の身体は皆の方を向いているが、顔だけはずっと右に向けている。
「いやよぉ、わかんねぇけど首が痛ぇんだよ……」
「寝違えたん?」
「どうなんだろな。なんかよぉ、金曜の夕方くらいから急に痛くなったんだよ」
「ふぅ~ん」
「右向いてねぇと痛ぇからずっとそっち向けてんじゃん? したらよ、数学の小テストの時によ、カンニングしてるって誤解されてよぉ……。数学っていやぁ権藤さんじゃん? おもくそブン殴られてよぉ……、そしたら首がこのまんま動かなくなったんだよ」
「うぇぇ、ウチあのセンセきらぁい……、マッチョすぎてキモイんだもん」
「……つか、なんでこのガッコのセンセってフツーに殴ってくんだよ……、昭和かよ……」
男らしすぎる男性教師に女子生徒二名は嫌悪感を表明する。
「な、なぁ、“サータリ”くん。希咲にケンカ売るのはやめようぜ……?」
「あ? なんでだよ“ヒデェ”? 女ごときに俺が負けっと思ってんのか?」
「い、いや、そうじゃ、そうじゃねえよ。ただ……、な? 女なんかとケンカすんのってダセェじゃん……?」
「なんだよ、“コーイチィ”。珍しいな、オメーまでそんな……」
「ほ、ほらさ? 勝ち負けじゃなくってヒルコくんの顔を立てようぜってオレら話してたんだよ」
どうやら先週希咲にぶっ飛ばされたことが、記憶から抜け落ちているらしい猿渡くんを仲間たちが宥める。彼らはしっかりと記憶に残っているのでバッチリとビビり散らかしていた。
「まぁ、安心しろよ? なにもぶん殴ってどうこうしようって話じゃあねえ。アイツ顔いいしよ、もったいねえだろ?」
「はぁ? じゃあなんで『ヨユー』とかって言ったの?」
「なにも殴りっこするばっかじゃあ芸がねえだろ? 要はアイツを大人しくさせりゃあいいんだろ?」
「そうだけど……、なんかいい考えでもあんのぉ?」
「へへっ、モチロンだぜっ!」
よく聞いてくれたとばかりに二カッとした笑顔を明後日の方向へ向ける男に、女子たちからはわずかながらも期待を込めた視線が返ってくる。
「アイツをよ、オレの女にしちまうんだよ!」
「はぁ?」
「前に合コンした時によ、言ってたんだよ。アイツ、マサトくんと付き合ってねえって。でもよ、みんな付き合ってるって思ってるよな? てことはよ、オレにだけそれ言ったってことだろ? つまりオレに気があんだよ! ぜってぇイケるわ!」
「うわ……キショ……」
「男子ってこうやって勘違いすんのか……、いや、勘違いしてるからこんなイカれた考えになんのか……? とりまキモいわ」
一瞬で期待は消え失せ、ゴミを見る目に変わった。
「つーことでよ、合コン頼むな! 七海呼んでくれよ!」
「……あー、はいはい。今度ねぇー」
来るわけねーだろと二人は思ったが、相手は日本語が通じない可能性が高いので適当に合わせてバックレることを決めた。
「まぁ、よっ! 七海のヤツがどうしてもこのオレとケンカがしてぇってんなら、その時はいつでもヤってやっけどよ! とりあえずは平和的に? 合コンからだな!」
「さすがぜ、“サータリ”くんっ!」
「とりあえずそっちは時間かかりそうだからさー。んじゃ、アンタ弥堂狙ってよ。あいつマジうざいわ」
ガハハハっと笑う男たちの声が止む。
彼らは一瞬真顔になった。
「……あ、あぁ、ビトウ……、ビトウ、ね……っ、うん……」
「あ、あいつ、チョーシこいてんよな」
「あ、あの野郎のせいでこないだっから先輩一人不登校になっちまったしなっ」
「お、おぉ。ゆ、許せねえよなっ……?」
「ま、まぁ? 風紀委員たって所詮はシャバ僧だし? オレは全然キョーミねえけど? あの野郎がどうしてもこのオレとタイマン張りてえってんなら? そん時はいつでもヤってやっけどよ?」
「さ、さすがだぜ、“サータリくん”……っ!」
「で、でも、ヒルコくんもアイツのことムカつくって言ってたしな……?」
「お、おぉ。勝手にヤっちまうとヒルコくんの顔に泥塗っちまうよな?」
「あ、あーー、マジかーー。それはよくねえよな? と、とりあえずヒルコくんの停学空けまで待たなきゃだな?」
まるで事前に口裏を合わせていたかのような連携で弥堂の件を保留にした彼らに女子からのシラーっとした視線が刺さる。
「もういいっ……。んじゃさ、水無瀬ちゃんイってよ。あの子ならアンタたちでも大丈夫でしょ?」
「おい、香奈っ」
「あん? みなせ……?」
「あー、水無瀬さんかぁ」
「なんだよ? 知ってんのかよ“ヒデェ”」
「おぉ、“サータリ”くん。希咲のダチだよ」
「可愛いよな、水無瀬さん」
「おっぱいもデカいしよ」
「マジかよ! おっぱいデケェのかよ! よしやるか!」
「そうそう。おっぱいおっきぃよぉ~。ってことで、よろぉ~」
「……アタシは知らねえかんな」
結音の呆れた声は男たちの下品な笑い声に飲み込まれた。
(さて、こんなところか)
大体状況は掴めた。
あとはここからどうするかを決める必要がある。
今すぐ窓から飛び降りてそのまま全員を制圧することも出来る。
だが、奴らはまだ何もしていない。大した罪状を作れない。
罪がないということは罰を与えることが出来ないので、今後の行動を制限するための枷を嵌められないということだ。
それに希咲からは、襲撃があったら守れと言われている。事前にその芽を探し出して引き抜けとは言われていない。
(それくらいはサービスでやってやってもいいんだが……)
しかし、再発を防げないのでは意味がないし、自身にかかるコストも重くなる。下手に軽い注意や制裁で済ませてしまって、希咲が返ってくるまでずっと水無瀬から目を離せなくなるような事態には陥りたくない。
予防をしろとまでは約束をしていないが、『いざそうなったら、風紀委員として出来る限りのことをしろ』と希咲は言った。
(厳密に条件と定義を決めておくべきだったな)
どちらにとっても、どうとでも解釈を拡大出来てしまう。
今、弥堂が最も優先させたいのは、風紀委員の活動を隠れ蓑にして街で新種のクスリの出所を探ることだ。
ここ数日、その仕事の邪魔をしてきた水無瀬の魔法少女活動にすらこれ以上は関わりたくないと考えていたところで、これだ。
まるで水無瀬を無視出来ないように、希咲によって先回りをされた上に段々と外堀を埋められていくようで気分が悪い。
だが、呆けていれば連日水無瀬への対応に追われるハメにもなりかねないし、約束を放棄して実際に事が起こったら責任を追及されるハメにもなりそうだ。
舌打ちが出そうになるのを自制する。
業腹ではあるが、この件はしっかりと対応をして、しっかりとした決着を付けるべきだろう。
弥堂は壁から離れ廊下に出る。
(そのためには――)
奴らを泳がせ確定的な故意を起こさせ、その決定的な場面を抑える必要がある。そしてその一度で致命的な罰を与え、破滅的な未来に追い込んでやる必要がある。
それが最も効率的だ。
それにしても面倒なことになったと、部室棟の出口へ向かいながら、その原因となる人物の顔を脳裡に浮かべ憎々しく考える。
その人物とは、今しがた悪だくみをしていた彼ら彼女らではなく、希咲 七海だ。
ここに至って思うのは、やはり彼女とは本当に相性が悪いのだろうということだ。
きっと『世界』がそのように自分と彼女をデザインしている。
それならば仕方がないと考え、今後の自分の行動の決定条件を修正した。
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