俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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1章 魔法少女とは出逢わない

1章44 Lacryma BASTA! ③

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 囚われの身となった弥堂へ近づき、彼を救い出そうと手を触れようとした瞬間――天井が弾けた。


「――サワルナァーーーッ!」


 天井の肉壁を突き破るようにして、少女の肉体を模ったアイヴィ=ミザリィが襲いかかってきた。


「――っ⁉」


 水無瀬は咄嗟に周囲に展開していた光の盾でその突進を受け止める。

 取りつくと同時に、髪の針を伸ばしてきて何度も盾を叩かれた。


「お願い……っ! 邪魔しないで……!」


 水無瀬は魔力を盾にこめて少女を押し返そうとするが、弥堂も近くにいるので無暗に力を放つことは躊躇ってしまう。


 アイヴィ=ミザリィが両手を盾につけて爪を立てる。

 血走った目で盾を激しく揺さぶってきた。

 少女のスカートの中から伸びて肉壁まで繋がるへその緒のような肉のケーブルがブラブラと揺れている。


 その動きを水無瀬が目にした時、肉壁から何かが追り出てきた。


 それは砲台のような肉の筒。見れば壁のあちこちから同じものが出現している。


「あれはなんだろう?」と水無瀬が思考するよりも早く、その筒の口から勢いよく水が放出された。


 水砲のように水無瀬を狙い撃つものではなく、その水はこの小部屋のような場所に溜まりだした。


 ゴミクズーの体内にぽっかりと空いたこの空間。

 然程広くもないこの場所はあっという間に水で埋まっていき、水無瀬もその水に飲まれる。


「――ぅぷっ⁉」


 突然のことに水無瀬はパニックを起こしそうになるが、その時に気を失った様子の弥堂が自分と同じく水に飲まれるのを見た。


 彼の前髪が水中でゆらりと揺れたのを認識した瞬間、彼女の瞳が強い輝きを放つ。


 水無瀬は足元に向けて魔法のステッキを向ける。


 一瞬で魔力を集中させると即座にフローラル・バスターを放った。


 その魔法の光線は水の中であることなどものともせずに突き抜け、肉壁に大穴を空けるとゴミクズーの躰の下の橋をもぶち抜いた。



「――うおぉぉぉっ⁉」


 橋の欄干に立っていたボラフは突然の轟音とともに崩壊をする橋にバランスを崩し慌てて飛び退く。

 ガラガラと崩れる橋の瓦礫と一緒にアイヴィ=ミザリィの巨体も轟音をたてて下の川へと落ちていった。


 大質量が水面に叩きつけられると派手に水飛沫を舞い上げる。


「ム、ムチャクチャしやがっ――」


 その水を浴びながらボラフが茫然と呟こうとすると、アイヴィ=ミザリィの躰がピンク色の光で弾けた。




「――けほっ……けほっ……」


 水の抜けた空間内で水無瀬は咽かえる。


 この部屋に満ちていた水は足元に空けた大穴から排出されて、大分水嵩は低くなっていた。


 視線を弥堂の方へ向けると、彼も水の中からは逃れられたようで安堵する。

 しかし、意識のない彼が僅かな時間とはいえ水に飲まれたことで、もしかしたら溺れてしまっているかもしれない。


 そのことが気に掛かって彼の元へと向かおうとすると、周囲の風景が傾く。


 水無瀬の魔法によって橋が破壊されたせいで、その橋に乗っていたゴミクズーが下の川へ落下を始めたため、上下左右が覚束なくなる。


 魔法で宙に浮かんでいる水無瀬がそれでバランスを崩すことはないが、彼女を取り込んでいるアイヴィ=ミザリィが下に落ちたことで体内の水無瀬は天井へと叩きつけられ、弥堂とは離されることとなった。


「――ぁぐっ⁉」


 特にダメージを受けたわけではないので、衝突のショックからはすぐに立ち直り弥堂の姿を探そうとする。


 大穴で床を消し飛ばしてからは肉壁から生えた筒からの放水は止まっていた。

 川から汲み上げた水を躰の再生の方に回したためであろう。

 しかし、川に落ちたことで今度は水無瀬が空けた大穴からこの小部屋のような場所にまた水が浸入してくることとなった。


 水無瀬は一度心配そうに弥堂を見遣り、そしてすぐにキッと天井に目を向けた。


 今度は上へ向けて魔法のステッキを構える。


「――ッ⁉ ヤ、ヤメ――」


 魔法のステッキの先端に創られた光の球に魔力が集中され、強い輝きを放つのを見てギョッとした少女が慌てて制止しようとするが、遅い。


「フローラル……っ、バスタァーーーッ!」


 今度は天井をぶち破り、上空へと大穴が空いた。


「――弥堂くんっ!」


 それを脱出経路とすることに決めた水無瀬は弥堂の元へと飛行魔法を加速させる。


「――アァァァッ!」「ワタサナイ」「ユルサナイ」「カエセ」


 その水無瀬へ、肉壁から続々と触手が伸び顏のない肉人形となって飛び掛かってくる。


「どいてっ……!」


 次々と魔法の盾に貼り付いてくる肉人形たちを引きずりながら水無瀬は突っこむ。


 弥堂の元へ辿り着く前に引き剥がそうと、その為の魔法球を創り出すことを考えた瞬間――足元の床と弥堂の背後から無数の肉の筒が現れ、その全ての砲口を水無瀬へと向けた。


「――うそっ⁉」


 そして一斉に水砲を放ち、足止めの肉人形諸共に、先程水無瀬が空けた上空の穴から彼女を外へと押し出した。


「わぷっ……っ」


 盾と飛行の魔法を強化し、空へと昇る放流から逃れた水無瀬はそのまま宙空へと留まる。張り付いていた肉人形たちはボロボロと川へと落ちていった。


 またも弥堂の奪還に失敗したことで焦燥に駆られた水無瀬は急いで敵の姿を確認する。


 元は巨大な球体だったアイヴィ=ミザリィは水無瀬が空けた大穴から裂けて肉が捲れあがっていた。

 川から急速に吸い上げた水でその損傷を修復し始めている。


「――っ⁉ もう一回……っ!」


 せっかく弥堂を見つけたというのにこれでは元の木阿弥だと、再び周囲に魔法を展開させ突撃の準備を始めると、肉の裂け目から人型のアイヴィ=ミザリィが弥堂を連れて外へ出てきた。


 また体内に這入り込まれて暴れられては敵わないと考えたのだろう、上空の水無瀬を激しい憎悪をこめた目で睨みつける。

 そしてこれまでにない程の大絶叫をあげた。


 それはここまでに何度かあったヒステリー行動とは違った。


 水無瀬と同じようにゴミクズーの巨体から魔力がオーラのように湧き立つ。

 川に突き立った触手が水を吸い上げる勢いもさらに増した。


 見た目にも変化があらわれる。

 髪と肉が絡み合って出来ていた巨体の色が変わっていく。

 髪は白く色が抜け落ち、逆に肉は黒く腐ったような色に変色していった。


 少女を模った肉人形がもう一度叫びをあげる。


 すると、川に突き立った触手のホースが上に伸びながら硬質化していき球体部分が上空へせり上がってきた。


 水無瀬が滞空している場所とほぼ同じ高さにまで上がってくると、丸いボディや周囲で蠢いていた触手も同様に硬質化する。

 修復の途中だった肉の裂け目は中途半端に開いたままで固まり、唇を90度回転させたようになった。


 体表に無数に貼り付けられた人面たちは一様に血の涙を流しながら苦悶の嘆きを呻く。

 唇の頂点に居る少女の肉人形も躰を変色させ赤い涙を溢していた。


「オマエ……。いいぜ、支配権をくれてやる。いくとこまでいっちまいな」


 ボラフの言葉と同時に周囲にも変化があらわれる。


 川原の草花が急速に枯れ、川は赤く染まり、夕暮れ前の空は青いままなのに辺りは暗くなる。

 元の色とモノクロを重ねたように周囲の風景がどこか破綻し終焉を思わせるような雰囲気に様変わりした。


「な、なに……、これ……?」


 水無瀬は茫然とその変貌を見届けるしかなかったが、アイヴィ=ミザリィが三度目の絶叫をあげたことでハッとし、視線をそちらへ戻した。


 今度の叫びはもはや人間のものとは程遠い。

 大きな獣のそれのような重さが周囲の全てを震わせた。


 最初に巨大化をした時ほどには見た目に大きな変化があったわけではない。

 しかし、アイヴィ=ミザリィが形振り構わず全てを投げ打ってきたのだと、何故か水無瀬には直感できた。


「あなた……、でもっ――」


 魔法のステッキをひとつ振って、突撃する為に周囲に展開させていた魔法球を正面に配置する。


「――私も負けないっ」


 より悍ましく、より悲惨に変貌を遂げた化け物に真っ直ぐ目を向ける。


「弥堂くんは絶対に助けてみせる……っ!」


 魔法少女ステラ・フィオーレと巨大ゴミクズーであるアイヴィ=ミザリィ。

 その戦いの最終局面を迎えたことを全員が認識した。
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