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1章 魔法少女とは出逢わない
1章78 弥堂 優輝 ⑬
しおりを挟むエルフィーネを死なせて1年と少しが経った頃、ついに魔族の大攻勢が本格化した。
ほぼ全軍を出してきたのではないかと思われるほどの魔族の軍勢に最前線の人間側の防衛ラインはあっさりと破られる。魔族軍は進行上にある街や周辺の小国を喰い潰しながらグレッドガルド皇国の首都へ真っ直ぐ南下してきていた。
この間の期間、俺は魔族の国にやったように周辺の国に這入り込んで要人っぽい奴を適当に殺しまくった。俺も何度も死んだが、目撃者を確実に消すことで運よく『死に戻り』はまだバレずに済んでいる。
そしてこの期間、グレッドガルドと教会の関係者だけは狙わなかった。
俺の頭ではロクな策謀など思いつかないが、出来ることだけをやる。
いよいよ各国の戦力を集結させてグレッドガルドの首都で防衛戦を展開しようかという頃、俺もそこへと戻った。
俺のしたことがどれくらい意味があるのかは俺自身にもわからなかったが、いつかと同じように首脳陣の集まる会議場へ乗り込んだ時、奴らの顔を見て手応えを感じる。
ルビアが死んだ戦場から戻った時と似たような状況だったが、あの時とは雰囲気がまるで違った。
これから各国力を合わせて戦おうという時なのに、そこに居る者たちの顔に浮かぶのは強い猜疑心だった。
様々な国で起こった暗殺事件。
内乱なのか、他国の仕業なのか、魔族の工作なのか。
不自然に被害のなかった教会とグレッドガルド皇国。
この会議室に居る者の中に仕掛け人が居るのではないか――
――そう疑う者もまた同様に疑われている。
どう見ても一致団結など望める雰囲気ではない。
どうやら俺は運がよかったようだ。
ちなみにこの時も俺の指名手配は解かれていない。
刺客は各団体から絶え間なく送られてきていた。
その指名手配犯がこの場に現れたことで場は騒然となる。
数年前と似たような構図だが、まるで違う空気だ。
ただ一つだけ、セラスフィリアだけはあの時と同じように俺の顔を見てギョッとしていた。
イカレ女の態度を訝しむ間もなく、すぐに俺へと殺気が向けられるが、先を制して魔族の勢いを削ぐ策があると発言する。
首脳陣は疑いと困惑に揺れ、やがて各人の視線はセラスフィリアに向けられた。
俺の行いのせいでイカレ女は大分求心力を失ったが、それでもこの場の主導権はまだ彼女が握っているようだ。
それも当然だ。
度重なる暗殺事件で各国の情勢は揺らいでいる。
疑わしくともこの局面ではグレッドガルドの軍事力に頼るしかない。
それに、この国には召喚システムがある。
これを魔族に破壊されれば人類の希望は絶たれる。思うことはあれど、どのみちこのグレッドガルド皇都を守るしかないのだ。
ここまでは思い通り。
あとはセラスフィリアが俺の話を聞くかどうかだ。
それに関しては自信がなかったが、イカレ女は殺気立つ兵や騎士に剣を下ろさせ、割とすんなりと俺に発言を許した。
彼女の立場と俺のやったことを考えれば即座に処刑されてもおかしくなかったが、話くらいは聞いてくれるようだ。
俺を殺してすぐに代わりを召喚となっても不思議ではなかった。
なにせもう俺の無能ぶりは他国にもバレていた。
だからリンスレットが遺した密偵たちに、俺が魔族の国に単身で乗り込んであちらの要人を殺しまくったことを流布させていた。
俺が何かしらの力に目覚めたと誤解させるように。
どうやらその賭けに勝ったようなので、俺は馬鹿どもに秘策を授けてやる。
秘策とはいっても内容は非常にシンプルなものだ。
この皇都まで魔族の軍が抜けてくるためには進路上にある大森林を抜けなくてはならない。奴らの性格上迂回してくることはありえない。だから大森林の間道を使うだろう。
俺が提案したのはそこに伏兵を忍ばせて奇襲をかけることだ。
何の面白味もないアイデア。
だから、そこに一つ肉づけをする。
エルフの協力を取り付けてあると――
その言葉にまた会議室は騒然とする。
当然疑いの目を向けられた。
俺は一人の人物をここに通させる。
部屋に入ってきたのはエルフの男だ。
エルフは人類の敵対勢力だ。その姿を見てまた剣に手を掛ける者が居た。
面倒なことになる前に、こいつはエルフの使者だと説明する。
俺に視線で促されエルフの男は前に進み出て、胸元からペンダントを出して見せた。
これは森にいるエルフたちが必ず身に着けている物で、人間でいう十字架のような物だ。
ちなみに、この場には俺一人で侵入するのがやっとだったので、この男は事前に密偵を通してルナリナにコンタクトを取り、予め忍び込ませていた。
どうやら本物の森エルフだと連中は信じたようだ。
エルフの男は説明する。
エルフも魔族とは敵対している。国境で人間と戦争している分には勝手にやっていろというスタンスだが、自分たちの棲み処である大森林の近くを通るのなら話は変わる。
魔族もエルフには元々の信仰の違いで敵対心を持っているので、何もせずにエルフの住処の横を素通りするわけがない。
だから、この一戦に限り人間に手を貸すと――
その話に希望を抱く者、疑いを持つ者、反応は様々だった。
だが、関係ない。
どうせ決めるのはセラスフィリアだ。
俺は彼女へ真っ直ぐに眼を向ける。
セラスフィリアは、彼女には珍しく長考をして、それから俺へ問いかけた。
「なんのために、こんなことをしたの?」と――
その問いの意味は他国の人間には正確には伝わらない。
セラスフィリアにはわかっている。俺にはこの国と教会の為に戦う理由がないことを。
俺は答える。
「戦争を終わらせるためだ」と――
セラスフィリアはまた考える。
俺は二つの十字架を取り出してそれを掲げる。
そして、
「俺にそう命令したのはお前だ。俺の目的はずっとそれだけだ。俺のせいで死んだヤツらの代わりにそれを叶えたい。神に誓う」
そう続けた。
セラスフィリアはまた少し考えて、そして俺の言葉を受け入れた。
俺は二つの十字架を仕舞う。
正直セラスフィリアが俺を信用するかは賭けだった。それもかなり分の悪い賭け。
どうやら俺は運がよかったようだ。
エルフと連動する伏兵部隊は各国の精鋭たちで編成することに決まり、それに俺も参加することになった。
そしてこの場は解散となる。
エルフの使者はこの報せを森に伝えるべくすぐに発つ。
俺はセラスフィリアに呼び出されたが、大事な協力者の見送りをしてから部屋に伺う旨を伝えてこの場を辞す。
協力はするがエルフの男は俺以外の人間を信用していないから余計なことをするなと釘を刺す。この世界の人間でない俺だけが例外だと。
ここでエルフに臍を曲げられては敵わないので、誰も俺たちに監視をつけられない。
俺はエルフの使者と共に皇都の外まで出る。
するとエルフが俺に懇願してきた。
「もう行っていいのか?」と。
俺は快く頷いてやる。
そしてエルフが背を向けたところで彼の首を聖剣で切り飛ばした。
死体をバラバラに解体してズタ袋に突っ込む。
長耳を切り落として顔を念入りに潰し、そして無人の馬に括りつけて馬の尻を蹴り飛ばす。
馬は大森林とは逆の方向へ走って行った。
時間は飛んで作戦前夜――
俺は大森林に各国の精鋭部隊と潜んでいた。
魔族たちは明日にはここを通る。
エルフたちは慣れ合うつもりはないので、戦いが始まったら参戦することになっている。
「いよいよ、だな……」
焚火を挟んだ向こうから、一人の騎士が俺にそう話しかけてきた。
若い男だ。
以前にエルフィーネやシャロと一緒に他国の仕事を手伝った時に親交を結んだ人物で、ジルクフリードほどではないが若くして才能のある騎士だ。
ベイルという名前で、こいつも貴族だが気さくないいヤツだ。それほど長く共に過ごしたわけではなかったが、俺とは友人のような関係だった。
今回の作戦にあたって、何かと不審に思われる俺を庇って上手く伏兵部隊を纏めてくれていた。
「必ず、この戦争を終わらせような……!」
「あぁ、頼りにしている」
意思の強い目を向けてくるベイルに俺も口の端を上げて頷いた。
戦争を終わらせる。
それに関して俺に噓はない。
そして次の日、森を抜けようとする魔族軍へ奇襲を仕掛けて少しした頃――
「ユーキ……、なんで……?」
昨夜とは打って変わって、呆然とした目で彼は俺を見た。
人間の部隊が魔族に仕掛けたらエルフが参戦する。
しかし、エルフたちの持つ弓から放たれた矢が狙った的は魔族ではなく、人間だった。
「悪いなベイル」
お前と一緒に戦うのは嫌いではないが、それよりもお前にはここで死んでもらった方が、戦争を終わらせるためには効率がいいんだ。
俺が裏切ったことを彼が理解するよりも先に、死角から飛んできた矢がベイルの肩に刺さる。そしてその隙に背後から迫った魔族が彼の首を飛ばした。
森の間道は混沌の戦場と為った。
俺がエルフの協力を取り付けたというのは嘘だ。
使者として用意した男はエルフなどではない。
スラムでコソ泥をしていたハーフエルフだ。
適当に脅して演じさせていたのだ。
それだけではなく、俺は潜伏中の期間にエルフにも暗殺を仕掛けていたのだ。
そしてこの時に俺が魔族に混ざってここを通ると密偵を使ってエルフにリークさせた。
エルフたちの認識では人間を裏切った召喚者が魔族に与して自分たちを襲ってきたこと――そういうことになっている。
それでこの場に来てみたら人間の軍まで現れていて、人間にも魔族にも自分たちのテリトリーを荒らされたと勘違いし、エルフも全方向に怒り狂っていた。
三勢力がそれぞれ、自分たち以外の種族が結託して自分たちを襲っていると誤認して混乱のまま殺し合う。
俺は『世界』から自分を引き剥がしてこの場を逃れ、人間を最優先で狙い、その戦力を削っていく。特に“神意執行者”を狙って殺す。
卑怯極まりない所業。
いくらなんでもそんなことをするわけがない――その思い込みの隙をつく。さらに、殺しても死なないというルール破りをする。
そうする以外に俺には勝ち目がない。
人間の部隊は全滅し、痛手を負ったエルフは森の奥に退散する。
それなりに戦力を削られた魔族は強行軍で森を抜けていった。
皇都へ向かう連中へ背を向け、俺は奴らがここまで来た道を逆に辿っていく。
俺が向かうのは魔族の国だ。
この伏兵部隊には各国の高名な“神意執行者”たちが多く組み込まれていた。
それを皆殺しにしてやった。
皇都の防衛は厳しいものになるだろう。
人間とエルフが組んだと勘違いをした魔族たちは怒り狂っている。
簡単には引き下がらないはずだ。
グレッドガルド皇都を舞台に総力戦となると予想される。
俺はその間に手薄になった魔族の国へ侵入し、魔王の首を狙うのだ。
これで、この戦争は終わる。
俺が魔王の首を獲る。
たとえそれが出来なくても、主力を削られた連合軍は魔族の攻勢を抑えられずに敗け、その結果グレッドガルドは滅ぼされることだろう。
戦いとは誰かと誰かが争うことで成立する。
それはどちらか片方が滅びれば終わる。
滅びるのはどちらでも構わない。
人間か魔族、そのどちらかのトップの首を落とせば、疲弊した軍は瓦解するはずだ。
魔王殺害に成功すれば、国を出てきた魔族の軍は勢いを失くすだろうし、仮にそれが失敗してもセラスフィリアが死ねば、人間の方も戦争を継続することは難しくなるだろう。
俺は魔族の都への進路上の各所に密偵たちに馬を用意させていた。
その馬に強行軍をさせ、何頭も乗り潰しては替えてと繰り返しながら休まずに走る。
過労や睡眠不足も飢えも、死ねば治る。
自殺を繰り返しながら先を急いだ。
そして到着した魔族の首都には、拍子抜けするほど簡単に侵入することが出来た。
というより、魔族の侵攻軍がほぼ全軍だったのではと表現したが、本当にそうだったようで、首都はもぬけの殻だった。
非戦闘員の魔族やここで暮らす人間たちは普段通りの生活をしているように見えるが、軍人の姿が全くない。
いくらなんでも本当に全兵力を動員するなんてことがありえるのかと不審に思う。
しかしここまで来て、俺ももはや引き返す道はない。
俺は単身、魔王の居城への侵入を試みた。
以前にここで暗殺騒ぎを起こした時には気付かなかったが、街の様子にも違和感を持った。
ここには魔族に迎合した人間が居ることは知っていたが、彼らは特に虐げられている様子もなく、普通に共生しているように見える。
それとは別に、外からここに来て商売をしている人間の姿もある。
まるで平和な国のように見えてしまった。
おかしいのは城の中もそうだった。
わずかな使用人が働いているだけで、ここにも軍人の姿が無い。
どうせ魔王の元にも辿りつけずに俺は死ぬだろうなと、そう思っていた。
しかしその予想は裏切られ、ほとんど誰にも遭わずに城内を進めてしまう。
グレッドガルドの会議室に侵入した時の方がよほど苦労したくらいだ。
そして俺はいよいよ目的地に着く。
この首都に入ってから一人も殺さずに。
一つの窓の前に立つ。
この窓の下にある部屋が魔王の寝室だ。
先に重要そうな部屋を回ってみたがどこにも魔王の姿がなかったので、おそらくここに居るはずだ。
この先に敵が――
人類の宿敵であり、この戦争の元凶の一人が居る。
あと一人――
あと一人殺せば、戦いが終わる。
ルビアが、エルフィーネが、彼女らが望んだものが叶えられる。
奇襲を仕掛けて返り討ちに遭い、そして死に戻って不意を討つ。
いつも通りにやるだけ。
それしか出来ないことをただやるだけ。
各種“刻印魔術”を起動する。
俺は窓の外へ飛び降り、下の階の窓を蹴破って部屋に侵入した。
聖剣を抜きながら床を転がりベッドの上に人影を確かめる。
そして自分を『世界』から引き剥がす。
「falso――」
いつも通りにその言葉を口にしようとして、俺は固まった。
ベッドの上には、上体を起こして膝まで布団をかけて座る男が居る。
黒髪で、肌や、耳、顔つきに、骨格など、俺とよく似た特徴。
魔族ではない。
人間だが、この世界に居る人間とも少し違う。
俺が生まれ育った場所でよく見た外見の特徴。
その姿を見て、俺は思わず動きを止めてしまった。
その男は、派手に窓を破壊して侵入してきた俺に何も反応をしない。
ベッドに座ったままで、どこかへ虚ろな目を向けている。
その黒い瞳には何も映ってはいない。
だが、俺のことは一応認知してはいるようで、ようやくゆっくりと視線を向けてきた。
男の唇が緩慢に動く。
「よく来たな。✕✕――」
若い声。
だが、それが枯れたような、疲れ切った声のように、俺には聴こえた。
そしてそれ以上に驚いたのは、その言葉は――彼の発音した言語はこの世界のものではなかったことだ。
もう5年か6年か――
それくらいぶりに聴いた、日本語。
「お前は……、誰だ……?」
俺の口から出たのはこの世界の言葉だ。
咄嗟に日本語を思い出せなくて、同じ言語で返せなかった。
俺は激しく動揺していた。
その男は――
魔王と思われるその人物は、どう見ても俺と同じ日本人にしか視えなかった――
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