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2章 バイト先で偶然出逢わない
2章10 ドロドロのミスゲート! ⑥
しおりを挟むおぉ……、と多くの感嘆の息が漏れる。
この場に集まった人々の全ての視線が同じ場所へ向いている。
幾重にも重なった空気を震わせるその振動は低い音で、ほとんどが男子生徒の声だ。
彼らは皆、前のめりになりながらソコを注視している。
対照的に女子生徒たちは、視線こそ同じ場所に向けられてはいるものの、それには男子たち程の熱はなく、その温度は低い。
彼女らの目が口ほどにモノを言っている。
――『まぁ、知ってた』と。
弥堂もまた同じモノを視ていた。
勝ち誇ったような顏で自身のスカートをたくし上げる希咲の露出された下半身――
他の者たちと同様にソコを視ている。
ひどくくだらないものを見るような、白けた眼で。
その眼に映るのはいつかのような三角形ではなく、四角形に近い形状だ。
馬鹿々々しくなったので、弥堂は眼に送っていた魔力を切って【根源を覗く魔眼】を解除した。
魔眼を通さずに見ても目に映るものはやはり同じだ。
「ふふーん。悔しそうに何回も見て。そんなに残念だったわけ?」
先日、「パンツを見られた」と喚いてギャン泣きしていたギャルは、今日は余裕の態度で弥堂を見下してくる。
弥堂は視線を上げて、彼女のその顔を見た。
「短パン穿いてるし。もうあんたの変態アタックなんて効かないんだから!」
左手で自分のスカートを捲りながら、右手を口元に添えて高慢に勝ち誇る――
――そんな間抜けなポージングをする女子に向ける弥堂の眼はやはり白けたものだ。
「変態アタックなどしたことないが」
「してるから! いっつもパンツ攻撃してくんじゃん!」
「攻撃でもないんだが」
「信じるか! あんたこないだ言ってたじゃん! 『女なんてスカート捲れば追い払える』って」
「…………」
そういえば言ったかもなと思い当たるが、いちいちその記憶を再生までしようとは思わなかった。
「とーぜん! 対策済みよっ! ざーんねんでしたー! あんたのえっちな作戦なんて、ぜんぶお見通しなんだからねっ!」
弥堂が反論しなかったので、効いていると希咲は受け取ったようだ。
口元に添えていた手を振り上げてから勢いよく下ろし、ビシッと弥堂を指差す。
弥堂的にはむしろ希咲のパンツを見るたびにロクでもない目に遭うと思い込んでいるので、彼女が何故勝ち誇っているのかが理解出来ない。
ただ、口をきくのが億劫だったので特に反論はしなかった。
すると、ギャラリーのヒソヒソ話が聴こえてくる。
「まぁ、知ってた。って感じなんだよ」
「そりゃ、まぁ……。ここで普通に下着見せるとか意味わかんないしね」
早乙女と日下部さんだ。
「これにはさしもの弥堂くんもガッカリさを隠し得ないんだよ」
「そう? なんかダルそうにしてない? 興味なさそう」
「それもそれで女子的にはカチンとくるよね」
「いくらなんでもそれは理不尽じゃ……?」
「さて、ぬか喜びした他の男子のほえ面でも拝むんだよ」
「シュミ悪いって……。いや、『おぉ……』とか言っててキモかったけどさ……」
二人は周囲を性犯罪者へ向けるような目で見廻す。
鼻の下を伸ばしたマヌケどもが、どいつもこいつもションボリしているだろうと期待したが――
「――えっ……⁉」
「う、うわぁ……」
決してそのようなことはなく、男子たちは誰もが未だに希咲の下半身を食い入るようにガン見していた。
その中には不自然にも若干前屈みになっている者も少なくない。
「えっ? えっ……? な、なに……?」
彼らの視線に気づいた希咲も戸惑う。
もしかしてと危惧し、慌てて自身の下半身を確認する。
そしてホッと安堵した。
もしや短パンを穿き忘れていてパンツ丸出しになっているのかと懸念したがそんなことはなく、しっかりと学園指定の体操服の短パンを着用していた。
「ね、ねぇ……? あれ体操服だよ?」
「ウルセェッ! 今話しかけんな……ッ!」
恐る恐る早乙女が指摘するが、鮫島くんには血走った目で怒鳴られてしまう。
「な、なんかキレられたんだよ……⁉」
「あー……、ま、そっか……。わからなくもないというか……」
その対応に早乙女はビックリするが、日下部さんはどこか納得の色を見せた。
この美景台学園の女子の体操服は短パンだ。
しかし、それはハッキリと半ズボンと言えるようなデザインではなく、どちらかというと陸上競技用のスパッツに近い。
すっぽりと包んだお尻にピッチリとフィットし、おまけに丈もかなり短い。
曲線美のポテンシャルをむしろ底上げしてくれるようなデザインだ。
さらに素材も薄く通気性に優れるが、下着のラインはかなり目立ってしまう。
そのため、この学園の女子たちの間では、体操服の上着は1サイズか2サイズ大きいものを選び、その長めのシャツで腰回りを隠して着るのが暗黙での慣習となっている。
運動をするたびにシャツの裾が揺れてそこからチラチラと見えるので、有識者たちの間での議論では「逆にエロい」ということで合意に至っていた。
もちろん、希咲が今自分でスカートを捲り上げて露出している股間周辺にも、その短パンはミラクルフィットしている。
男子たちはその部位に夢中だ。
彼らのその様子に嫌悪感を憶えた希咲は思わず左右の腿をピッチリと合わせて僅かに腰を引いてしまう。
すると、鼠径部のラインが微かに浮き出た。
男たちは目ん玉をかっ開いて、その薄い白の布地のさらに向こうにある真実の色を見極めようとしている。
他の女子たちはそんな男子たちに気味の悪いものを見るような目を向けているが、彼らは誰一人省みない。
今、この瞬間にこそ、本気を出すべきだと、自然とそう思えたのだ。
「な、ななななな、なに見てんのよっ!」
自分に集中した好色の目線に堪りかね、七海ちゃんはスカートからパッと手を放してガーっと怒鳴る。
変態たちを威嚇をするようにサイドテールをブンブンっと左右に振った。
希咲は彼らの視線から守るように今度は逆にギュッとスカートを押さえて、上半身を折るようにしながら後退る。
奇しくも彼女へ熱視線を向ける男子たちの多くも同じように若干前屈みの姿勢をとっている。そしてまた今も不自然に前屈みになる者が2名ほど増えた。
「どいつもこいつもキモすぎんだけど……っ! こっち見んなヘンタイども!」
希咲はセクハラを受けたと、男どもへの怒りを露わにする。
そんな彼女の態度に、自分で勝手にスカートを捲っておいてなんと理不尽な――
――ということには、ならない。
経緯や理由など必要ないのだ。
『見たら変態』『見たらアウト』――それが世の中のルールだ。
なので、女子たちはみな希咲の味方をする。
「男子マジきっしょ」
「必死すぎて引くんだけど」
自分を援護してくれる彼女らの罵倒に七海ちゃんはコクコクと頷く。
しかし男子たちは怯まない。
「ん?」
「なにが?」
「つーか、短パンだろ?」
「あぁ。短パンはまったく性的じゃない」
「つまり性的な目で見たりなんかしない」
「証明されてしまったな」
彼らはネタ合わせでもしていたかのようなコンビネーションで惚けた。
だが姿勢は若干前屈みのままだった。
その白々しさに希咲は色々な意味でカッと熱くなる。
「ウソつくなー! 目がキモかったのよ!」
自分がそう感じたのだから間違いないと、希咲は主張した。
周囲の女子たちも口々に「そうよそうよ」と同調する。
今のこの時代は『女がセクハラと感じたらセクハラ』という理論が有力となっている。
そして、世の男性たちはその理屈に抗うことが出来ずに、人目を忍びながら毎日をビクビクと暮らしている。
ここにいる彼らも普段はそうだ。
女子たちにこのように責められることにならぬよう慎ましく生活している。
しかし、今日のこの場では少々違った――
「――う、うおぉぉぉっ! ふざけんなぁ……ッ!」
「た、小鳥遊……!」
「よせっ!」
猛然と女子に怒鳴り返したのは小鳥遊くんだ。
彼は普段の軽薄な言動から雰囲気イケメン、偽イケメンなどと揶揄されている。
だが、そんな彼という人物に何も芯となるものがないのかというと、決してそうではない。
「お、俺は……、希咲っ……! おまえの……っ!」
「ダメだ! 小鳥遊っ!」
「動いたら死ぬぞッ!」
「な、なになに……? ちょっとコワイんだけど……⁉」
希咲に掴みかからんばかりの勢いで前に出ようとする彼を、友人である須藤くんと鮫島くんが必死に止めた。
小鳥遊くんは今、動けるような状態ではないからだ。
小鳥遊くんは女性のお尻に対して並々ならぬ関心を抱いている。
一見軽薄と見られがちな彼だが、ヒップラインの描くその曲線の究極を生涯を賭けて追い求めようと決めている。
先程希咲はスカートを捲り、その中を衆目に自ら晒した。
しかし、それは身体の前面だけだ。
お尻の専門家である小鳥遊くんは、女子の体操服が表現するヒップラインをこよなく愛していたのだ。
彼はどうしても見たかったのだ。
希咲のヒップラインと下着のラインを。
それが叶わなかったにも関わらず、まるで女性を性的に消費したかのような誹りを受け、彼は我慢ならなくなったのだ。
自分はまだ消費していなかったのに。自分も消費したかったのに、と。
「小鳥遊……、オマエちょっと座っとけって……」
「おぉ、そうだぜ。バレちまうぞ?」
須藤くんと鮫島くんは激昂状態の彼を宥め、少々無理矢理にでも彼を座らせる。
完全体となった彼をこれ以上立たせておくわけにはいかなかったからだ。
そのままでは彼の学園生活が終わってしまう。いくらなんでもそれは友人として偲びなかった。
すると、その場で不自然にも正座をした瞬間、小鳥遊くんはスッと真顔になり、凪いだ目で空を見つめ始めた。
女子たちはその様子に一層気持ち悪そうにした。
「は、はぁ……? 体育でいつも着てる短パンでしょ……? そんなのにここまで反応するとかマジキモイんだけど……っ」
希咲も同様に自身に向けられた男たちの劣情に嫌悪を露わにする。
女子たちもさらに男どもを詰った。
すると――
「――いい加減にしてくれっ!」
非情に強い非難の声があげられた。男子の声だ。
喚き合っていた生徒たちは男も女も自然とその声の方を向く。
そこには車椅子に座った男――
――法廷院 擁護だ。
「法廷院……」
そういえばこいつ居たんだっけと、自分で連れてきておいて失礼なことを考えながら、希咲は彼の援護に期待する。
だが――
「――希咲さん。キミは彼らに謝るべきだ」
「はぁっ⁉」
味方をすると言って参加してきた男の裏切りにビックリした七海ちゃんのサイドテールがぴゃーっと跳ね上がる。
すっかり蚊帳の外にされた弥堂は、そのサイドテールを括る白いシュシュをボーっと見ていた。
「なんであたしが謝んなきゃいけないのよ⁉」
希咲に怒鳴られても法廷院は動じない。
いつもはニヤニヤと厭味ったらしい笑みを浮かべているが、今はそれも鳴りを潜め、ただ静かに、ただ真剣な表情で希咲を見返した。
逆に希咲の方がその圧に尻ごんでしまう。
「……希咲さん。今回に関してはキミの配慮が足りないと思うんだ」
「は、配慮……? なによそれ……っ」
「女子がこんなに男子の目がある場所で、自分でスカートを捲るなんてしちゃいけないよ。ねぇ、本田君?」
「そ、そうですよ希咲さん。はしたないですよっ」
「ゔっ……、それは、それだったかもだけど……! でも体操服じゃん!」
彼らの指摘に、今にしてみると自分でもちょっとやりすぎだったかもと思え、希咲は勢いを弱める。
だが半月前には、自分のパンツを勝手に見てキャッキャと燥いでいた変態どもに言われるとどこか納得もいかなかった。
「……なるほど、ね。つまり、体操服だからセーフ。短パンだからセーフ。キミはそう主張したいのかい?」
「だ、だって、そうじゃん……。下着じゃないのに興奮するとかキモいじゃん……、意味わかんないし」
「おパンツだったらいいのか?」
「うっさい! いーわけないでしょ! あんたは黙ってて!」
放置されて暇だったので余計なチャチャを入れてみたら、弥堂は凄い勢いで怒られてしまう。
「なら、俺はもう帰ってもいいか?」
「いーわけないでしょ! こっちが終わったらあとで構ったげるから、ちょっと大人しくしてて!」
「…………」
自分からケンカを売ってきたくせに、そんな理不尽な命令をしてくる女子に弥堂は憤った。
いっそこの隙にバックレてしまいたくなるが、その後で下手に尾行されるとそちらの方が厄介だ。
彼女に謎の尾行スキルがある以上、一度見失ったらそれに気付けない可能性があるからだ。
面倒ではあるが、この場で決着をつけてしまいたいのは弥堂も同じだった。
弥堂は仕方なく、言われたとおりに大人しくすることにする。
苛立ちを紛らわせるために、彼女が以前にパンツを見られてギャン泣きしていた時の記憶を再生して溜飲を下げた。
そんな最低なことをされているとは露知らず、希咲は法廷院たちにクレームを入れる。
「てゆーか、あんたたちなんで裏切るわけ⁉」
「裏切る? 心外だなぁ。そんなことはないよ」
「あるでしょ! あたしの味方だって言ってたじゃん!」
「それは少々誤解がある。確かにキミの味方でもある。でも忘れたのかい? ボクたちは『弱者の剣』。ボクはいつだって『弱者』の味方なのさ。つまり、今この瞬間においては彼らの味方だよ」
「はぁ? なんでそうなんのよ……!」
「だってそうだろぉ――?」
法廷院は野次馬の男子たちの方へバッと腕を伸ばす。
「――彼らは『弱者男性』だからね……っ!」
高らかに宣言をするが、当然希咲には理解が出来ない。
「意味わかんない! なにが弱者なのよ! こいつら集団であたしにセクハラしてきたじゃん!」
「でも、希咲さん。今回はキミが自分でスカートを捲ったことが原因じゃないか。だってそうだろぉ?」
「そ、それは……、でも、短パンじゃん! そんなのヘンじゃん……っ!」
優しく諭すように罪を追及する法廷院に、希咲はあくまで『短パンだから恥ずかしくないもん!論』を主張した。
これには他の女子の反応はまちまちだった。
「ののかも『短パンはセーフ』だと思うなぁ」
「えぇ? そう? それでも恥ずかしくない?」
「それを言ったら体育の時どうなの? ってなっちゃわない?」
「あら、楓もそっち? 私はスカートを捲るとなると抵抗あるわね」
先程までのように一致団結で法廷院を責めるという構図にはならなかった。
「えぇ……? 結構みんな意見分かれるんだ……」
『水着だから恥ずかしくないもん』系女子の七海ちゃんはこの結果に戸惑う。
すると、我が意を得たりとばかりに法廷院が調子づいた。
これ見よがしな態度で呆れたように大きなため息を吐く。
「む。なによ、その態度」
「やれやれ……、まさかそこからとはね……。少々驚きを禁じ得ないよぉ」
「バカにしてんの⁉」
「いやいや、まさか。このボクがそんなことをするわけないじゃあないかぁ。ちゃあんと教えてあげるよ? 『無知』なキミに。真理というモノをねぇ。そうじゃないと『不公平』だからねぇ」
「なにを……」
「じゃあ、頼むよ。西野君」
「はい――」
反論をしようとする希咲の声を遮って法廷院は信頼できる同士の名を呼ぶ。
すると後方に控えていた西野がスッと前に出てくる。
本田ほどではないが女子に対してどこか及び腰だった彼が堂々と希咲の前に立つ。
先程の法廷院のように静かに、だが確かな何かを胸に秘めたような表情で、西野はクイっと眼鏡のブリッジを持ち上げた。
どこか意味深な彼の雰囲気に希咲はジリっと踵を下げる。
警戒をしながら西野の出かたを窺いつつ、何故自分で連れてきた味方たちと対決する構図になっているのかが理解出来ずに混乱する。
心中で「あたし今日何しに来たんだっけ?」と自分に疑問を抱いた。
その頃“待て”をされている弥堂は自身の知能を限りなく低下させて、舞い散る桜をただ眼に映していた。
すると、同様に暇を持て余したのかもしれない――待機中のメロから念話が入る。
《なぁ少年、オマエらいっつもこんなワケわかんないことしてんッスか?》
《……そのような事実はない》
《ジブンもしかしてピンチなのかと思ったんッスけど、ただ遊んでるだけだったんッスか?》
《……そのような事実はない》
そう答えたものの、ついうっかりとここ半月分の記憶を再生していまい、弥堂は少し自分の答えに自信がなくなった。
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