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2章 バイト先で偶然出逢わない
2章21 GET READY FOR … ⑧
しおりを挟む声を掛けられたことで、初めて男たちの存在に気が付いたようで、愛苗は慌ててペコリと頭を下げる。
「こんにちはっ! はじめまして! みな……じゃなくて、びとう 愛苗ですっ! 2年B組……でした……っ!」
どうやら新しいプロフィールにまだ慣れていないようで、自己紹介はカミカミになってしまった。
「ホホホ、元気な挨拶だね。素晴らしい」
しかし、老紳士はそのたどたどしい“ごあいさつ”に相好を崩した。
「ありがとうございますっ」
「うむ。ワタシの友人がね、よく言っているよ。挨拶は大事だと」
「はい。私もお母さんに教わりました」
「そうかね。いいお母さんだね」
「えへへ」
お母さんをホメられた愛苗ちゃんもご機嫌になった。
「ワタシは友人には“伯爵”と呼ばれているよ。こっちは工場長の里見君だ」
「はい! 伯爵さん、工場長さん、よろしくお願いします!」
元気いっぱいにもう一度ペコリとする少女に、おじいちゃんもオジさんもニッコニコだ。
知らない人と“なかよし”になれて、愛苗ちゃんもニッコニコだ。
しかし、それでは済ませられない人もいる。
「あの……、アナタたちは……?」
この病院で勤務するナースのリンカさんだ。
どう見ても通院患者に見えない二名の男に不審げな目を向ける。
この中庭は入院患者用の憩いのスペースで、外部から来た人間は滅多に来ないのだ。
「ふむ……」
「へぇ……」
男二人は小さく感嘆を漏らす。
メロは気が付いた。
彼らの目線がジロリとリンカさんの生足のふとももを撫でたことに。
「なに、実はね、友人の見舞いに来たのだよ」
「お見舞い、ですか……?」
そして伯爵は当たり障りのない話をする。
だがメロは見逃さなかった。
さりげない動作で伯爵の手が、拾ったストッキングをスッと懐に隠したのを。
「そうなんだ。殺しても死なないような男なのだがね。いい機会だからたまには弱っている顔でも見てやろうと思ったのだよ。まぁ、友人とはいっても息子くらいの歳だがね」
「はぁ……、よかったらご案内しましょうか?」
「いや、それには及ばないよ。そろそろ次の予定がある。そうだね? 工場長」
リンカさんの申し出をやんわりと断りつつ伯爵は横へ目を遣る。
すると、工場長がわざとらしく袖を捲って腕時計を見せてきた。
「伯爵。そろそろ出ないと会議に間に合いません」
「ほぉ、会議か。今日はどんな提案を聞かせてくれるんだね?」
「ふふふ……、今回は自信がありますよ。先程素晴らしいインスピレーションを感じましたので……」
「それは楽しみだ。実はこのワタシも先ほど素晴らしいアイディアを得たよ。では行こう――」
男たちは白々しいほどに矢継ぎ早なやり取りをし、この場を辞そうとする。
「それではレディたち。我々は失礼させていただく」
「あ、はい。さようなら」
伯爵はシルクハットを取ってエレガントに一礼をし、そして愛苗に目を向ける。
「ときに、お嬢さん」
「はい?」
「キミのところのワンちゃんに伝言を頼みたいのだが」
「え? あの、私ネコさんは一緒ですけど、ワンちゃんは……」
「おや? そうなのかね?」
どこか芝居がかった仕草で小首を傾げる伯爵へ、愛苗はメロを抱っこして見せてやる。
「メロちゃんっていうんです。ずっと“おともだち”なのっ」
「ホホホ、それは素晴らしい。お互い大事にしあうんだよ?」
「はい! ありがとうございます」
「じゃあ、キミでも、メロお嬢ちゃんでもいい。ヤツに伝えてくれ」
「やつ……? なんて言えばいいんですか?」
話が掴めないままで愛苗が尋ねると伯爵は肩を竦めておどけた。
「参った! 肝心の伝言を考えてなかったよ! だが、まぁ、言葉はシンプルでいいだろう……、常にね。こう伝えてくれ――」
手に持ったシルクハットを被り直すと一瞬伯爵の目元が見えなくなる。
ずっと紳士然としていた老人の口元がニヤリと獰猛に歯を剥いた。
「――生きろ、と……!」
伯爵はバッと身を翻し、タキシードの尾を靡かせながら歩き出す。
工場長もその後に続いた。
愛苗は慌ててその背に声をかける。
「あ、あのっ! 誰に言えばいいんですか……⁉」
伯爵は振り返らずに、コミカルな仕草でステッキを振ってみせる。
「誰でも構わないよ。キミが伝えるべきだと思った相手に、そう言ってやってくれたまえ――」
「え……」
その意図は最後までわからないまま、二人の男は離れていってしまった。
「な、なんか強烈な人たちだったね……」
「はい……」
表現に困ったリンカさんのコメントに愛苗も生返事しか出来ない。
「あ、そういえば……」
「うん?」
思い出すことがあり、愛苗はクルっとリンカさんの方へ顔を向ける。
「さっき何か言いかけてませんでした?」
「あー……」
メロを追う直前のことだ。
リンカさんは困ったような苦笑いで、小さくなった男たちの背をもう一度見る。
「最近ね? 夜に不審な影を見るって言ってる患者さんが多くって」
「ふしん……」
「ああいうヤツらのことね」
「で、でも、やさしそうでしたよ?」
「ダメダメ。知らない男は全部痴漢だって思うくらいがちょうどいいの。女の子はそれくらいの警戒感でやっていかなきゃ」
「はぁ……」
「まぁ、それが言いたかったのよ。夜とかに知らない人が病室に来ても絶対に入れちゃダメよ?」
「はぁい」
「さ、そろそろワタシたちも戻りましょう?」
リンカさんに促され、愛苗たちもこの場を離れて行く。
踵を返す際、愛苗は振り返って先程の男たちの歩いて行った方を見た。
クンクンとその鼻が動く。
「愛苗ちゃん?」
「ううん、なんでもないですっ」
「なにか気になったの?」
「えっと、なんか“ふしぎ”だなぁーって」
「あはは、まぁ、不思議は不思議ね……」
今度こそ病棟への道を戻る。
「今言った注意をさ、ホントはさっきお兄さんに言おうと思ったのよ」
「ユウくんに?」
「そう。そしたらこれよ」
リンカさんは愛苗ちゃんに自身の生足を示唆する。
「あれ? ストッキング……」
「またアイツに破かれちゃって……」
「ユ、ユウくんがゴメンなさい」
「愛苗ちゃんはいいのよ。ったくさ? 痴漢の注意を伝えようとした相手に痴漢されるとは思わないじゃん?」
「ユウくんこないだもリンカさんのビリビリにしちゃって……。私『だめだよー?』って言ったんですけど……」
「そういう性癖なのかな? 気をつけてね?」
「あの、ユウくん悪気はないんですっ! ただ女の子のぱんつが好きみたいで……っ! あ、でも最近はブラジャーも好きになったみたいですっ! でも好きなだけで悪気はないんです……っ!」
「それは悪気がないじゃ済まないんじゃ……」
「ななみちゃんも、ユウくんがいっつもぱんつ見てくるって怒ってて……。だからユウくんに『私のでガマンしてね?』って言ったんですけど。多分私のぱんつは子供っぽいから好きじゃないのかも……。だから今度テカテカぱんつにしようと思いました……!」
「あ、あの、愛苗ちゃん……?」
取り留めのない話をしながら彼女らが離れて行くと、その場には誰も居なくなった。
よく晴れた空でお日様だけが街全体を見下ろしている。
「――伯爵。よろしかったので?」
「ん? 何がかね? 里見君」
中庭を離れ病院正面の駐車場へ二人は向かっている。
背後の女性たちからある程度離れたところで、工場長は伯爵に声をかけた。
「お見舞いが途中だったのでは?」
「あぁ、構わないよ」
伯爵はニヒルに笑い、口髭を撫でる。
「彼が病室に居ないのが悪い。土産は置いてきたし構わんだろう。生きていればいつかまた会える」
「そうですか」
工場長も弁えているのか、それ以上は言わなかった。
代わりに話題を変える。
「それにしても危なかったですね。また通報されてしまうところでした」
「危なくなどはないよ。決してね。何故ならワタシは紳士だ。己の行動に何も恥じることはない。例え目の前に立つ者が警官だろうと裁判官だろうとも、それは変わらない。紳士とはそういうモノだ」
「……そうですね」
工場長は伯爵のスーツの内ポケットの位置へ目線を遣ってから、しかし肯定の意を示した。
彼は弁えた男だからだ。
だから話題を変える。
「というか、本当に急にどうしたんですか?」
「なにがだね? キミはいつも話題があちこちに転がるな」
「失礼しました。突然中庭に行かれましたので。その作品のニオイを感じたからという理由だけだったんですか?」
尋ねながら工場長は伯爵の胸に向ける視線を粘着いたモノに変える。
「……まったく、キミは仕方のない男だな」
呆れたように言いながら伯爵はスーツの上から自身の胸を撫でた。
『これは渡せない』という意思表示だ。
「工場長。キミはこの作品に何を見たかね?」
「……そうですね。二十代半ばの若い女性。とても健康的で、仕事に汗をしている。しかしその仕事に少しストレスを感じている。そんな背景を見ました」
「グッド。しかし、それではまだ70点だよ」
「なんと……」
自らの品評に自信のあった工場長は驚きに目を開く。
「キミはまだ女性に夢を見過ぎている。見下せと言っているのではない。ただ、あるがままを認めるんだ。そうして受け入れる懐の深さが無ければ、男は決して紳士足り得ない……」
「と、言いますと?」
「もっと奥まで目を向けたまえ。若くて健康的な女性の汗。ならばその奥には必ず存在する……、男の影がね……ッ!」
「そ、それは……っ⁉」
ハッとする工場長に伯爵は鋭い目を向けた。
「見たくないものから目を逸らせば、人は見るべきものを見落としてしまう。全ては己の心の強さ次第だ」
「くっ……⁉」
「キミの品評は70点だ。キミが評価しなかった30点部分、それは血のニオイだ。若く美しい果実の周りに仄かに薫った生臭い血のニオイだよ」
「は、伯爵……⁉ それではあの女性は今……⁉」
反射的にバッと背後を振り返った工場長の問いに伯爵は静かに首を左右に振り、そしてステッキでポカリと彼の頭を打った。
戒めだ。
「違う。あの血は彼女のモノではない。言っただろう? 奥に居る男の影と」
「で、では……っ! 誰なんです⁉ 一体あの果実の向こうにどんな男が……っ⁉」
「…………」
今度は血走った目で息を荒らげながら工場長は縋ってくる。
そんな彼を伯爵は冷たく見下ろした。
「まったく、キミは仕方ない男だね。そして難儀な男だ……」
「ハハハ、どうにもそっちにも目がなくって……」
「フフ、正体までは教えないよ。ワタシの友人だからね」
「え?」
意外そうな顔をする工場長から目を切り、伯爵は前を向く。
「見舞いに来た友人には会えなかったが、別の友人には会えた。間接的にではあるが奇遇にもね」
「その友人の……?」
「いや、正確にはヤツの血でもない。もっと古い、ここではないどこかで流された数多の血さ。夥しくも悍ましい、過去から引き摺ってきた血痕……」
伯爵はニヤリと歯を剥き、親しみと悪意を混在させたような笑みを浮かべる。
「あのニオイはね……、血の味を覚えた狂犬の吐息だよ――」
それ以上の言葉はなく、二人は粛々と立ち去る。
やがて駐車場まで辿り着くと、『里見縫製工場』と記された軽バンに乗り込んで病院を出て行った。
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