俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

文字の大きさ
693 / 793
2章 バイト先で偶然出逢わない

2章24 木馬の胎の蟲 ④

しおりを挟む

 しばらくして、弥堂はダニーに呼ばれる。


「――起きろ、マッドドッグ。移動の時間だ」


 まるで囚人にでもかけるような言葉に反応して弥堂は眼を開けた。


 当然眠ってなどいないが、仮眠をとると言っておいたのでそれらしく振舞う。

 腕時計を見ると大体2時間くらい経過していて、眠ったフリをしながら数えていた時間とそうズレがないことを確認した。


 視線を上げると、ダニーが耳に手を当てながらなにやら英語で喋っている。

 イヤホンとマイクが一体になったものが顏に装着されていた。


「シズカ博士の部屋に行って何人かと合流してから15Fの本部に向かう」

「わかった」


 弥堂は指示に従って立ち上がった。


「それで通信をしているのか?」

「ん? あぁ、そうだ」


 ついでに今しがた気になったことを訊いてみるとアタリだったようだ。


「そういや、オマエの分の通信機もらってねェな」


 すると、今気が付いたといったようにダニーが顎を撫でて考える仕草を見せる。


「別に必要ない」

「そういうわけにもいかねェだろ?」

「ミラーが用意していなかったということは、俺には聞かせるつもりがないんだろ。余計なことをするとまた怒られるぞ」

「……それもそっか」

「それに。そもそも聞いたところで英語がわからん。意味ないだろ」

「ハハッ、そりゃそうだな」

「俺一人のためにいちいち日本語訳を通信に挿しこんだら他のヤツらが混乱するぞ。オマエもメンドくせえだろ?」

「あぁ、確かにゴメンだな。じゃあ、いっか」


 納得というよりは面倒だからといった風にダニーは申し出を引っ込めた。


<ふぅん……>

「行くぜ。着いてきな」

「了解」


 弥堂はダニーに返事をしてから念話に応える。


<なんだ?>
<え? なにが?>

<今なにか唸ってただろ>
<あー、うん。キミも他人に気を遣うこともあるんだって思って>

<なんのことだ?>
<や、ほら、今の通信機のこと。他の人の迷惑になるからって>

<あぁ……、別にそういうわけじゃない>


 妙なことにいちいち反応するんだなと思いながら、弥堂はウェアキャットに説明をする。


<一番の本音は『どうせ英語がわからないから意味がない』ということだ>


 それは半分嘘だ。


 言葉がわからないから意味がないとは確かに思っているが、それでも着けろと命じられた場合に都合が悪くなるのだ。

 今は着けていないが、エアリスとの通信に使うイヤホンを着けられなくなるからだ。

 だから適当なことを言って遠慮したのだ。


 普段からそういうものを使うわけではない弥堂にとっては、両耳を別々のイヤホンで塞いで戦闘をするなど冗談ではない。


<まぁ、うん。キミはそうだろうけど……>

<……? 何が言いたい?>

<いや、別に。うん、なんでもない>


 そんなわけはないだろうと弥堂は訝しむ。


(――そういえば……)


 どうせわからないからと弥堂自身は聞き流していたが、これまでに外国語で話しかけられた時の反応を思い出してみる。

 記憶の中に記録された全ての場面をザっと洗うと、該当するシーンが何回かあった。


(こいつ……、もしかして言葉がわかっているのか……?)


 よくよく思い出してみると今更になって気が付く。

 相手の言っていることがわかっているとしか思えない返しをしていた。


(なるほど……)


 弥堂に英語がわからなくとも、イヤホンから入ってくる“G.H.O.S.Tゴースト”の通信をウェアキャットは理解出来る。

 だから通信機を着けさせたがった。

 それならば今の態度も理解出来る。


 だが解せないこともある。


(何故それを言わない……?)


 複数の外国語を聴き取れる日本人が居たとしても別に不自然なことではない。

 それを言わないということは隠したいということだ。


(だが、何故?)


 その理由までは想像が出来ない。


 それを置いておいたとしても、もしもウェアキャットに“G.H.O.S.Tゴースト”の通信が翻訳できるのなら、弥堂にとってもメリットがないわけではない。

 可能なら自分も通信機を貰うべきかと考えて――


(――いや、駄目だ)


――すぐに思い直す。


 だが、それは“G.H.O.S.Tゴースト”の通信機のことだけではない。

 エアリスと通信する為のイヤホンもだ。


 ウェアキャットは弥堂と対面で会話を行っている者の言葉をモニターすることが出来る。

 それなら弥堂が装着したイヤホンから聴こえてくる声も聴くことが出来るのではないか。


 仮にそうだとしたら、非常にマズイことがある。


(エアリスと通信が出来ない)


 今回メロの念話が使えないので、スマホを使った一般的な方法でエアリスと通信を行っていた。

 肉体を持たないエアリス自身は肉声での発声が出来ないので、間に読み上げソフトを噛ませているが、その声をウェアキャットに聴かれてしまうことになる。


 “G.H.O.S.Tゴースト”の方は別にどうでもいいが、エアリスの存在がバレるのはマズイ。

 それはメリットを大きく上回るデメリットだ。


 先程下半身露出をして、ウェアキャットの反応からこちらの映像を見えているのかどうかを確認した。

 あの時、トイレの個室に入ってそれを行い、もしもウェアキャットが反射的にテレパシーの通信を切ってしまうことがあったら、その隙にエアリスと繋がっているイヤホンを着け直すことも出来た。


 それをしなかったことに何か強い理由があったわけではない。

 ただ面倒だっただけだ。


 だが――

 もしも、それをやってしまっていたら、非常にマズイことになるところだった。


(運がよかったな)


 回避できたのはただそれだけのことだ。


(いや、待て……。違う――)


――思い出す。

 ウェアキャットとテレパシーを繋いだ後に、既にエアリスとの通信はしてしまっていた。

 車の中で。


(どっちだ……?)


 もしも弥堂が装着したイヤホンからの音声をキャッチすることが可能なら、あの時点でエアリスの存在に気が付かれたことになる。

 しかし、ウェアキャットにそんな素振りは見えなかった。


 出来ないのか、それとも気付いていないフリなのか――


(試すか……?)


 そう考えかけてやめる。

 リスクの割に得られるものがないように思えた。


(どういう理屈だ?)


 仮にイヤホンの音を聴き取れていないのだとしたら、聴き取れているものとの差はどこにあるのだろうか。

 弥堂の五感を共有しているのではなく、盗聴器のように周辺の音を拾っているのだろうか。

 メロの魔法がそのへんのことがどうなっているかもそういえば弥堂は知らなかった。


 ちなみに、会話が出来る念話は繋いでいないが、現在もメロの魔法による視界の共有は行われている。

 なので、弥堂くんの弥堂くんを共有された聖女さまとネコさんは、愛苗ちゃんの病室で大興奮していたが、そんなことは弥堂には知る由もない。

 知ったところでどうでもいいことだ。


 これ以上はどっちも確かめようもないので、そこで思考を打ち切った。

 イヤホンのことに言及されたくもないので、通信機のこともそのままナシにしておく。


 そんなことよりも――


(――こいつ、マジで邪魔だな……)


 弥堂はウェアキャットに対する苛立ちを募らせながら、ダニーの後に続いて歩いた。



 廊下に出て部屋を一つ越えると、そこはすぐに福市 穏佳ふくいち しずか博士を匿う部屋になる。

 その部屋の前では数名のスーツを着た男たちが待機している。


 彼らの監視する前で、ダニーは部屋のドアをノックした。


 ドアはすぐに開き、僅かな隙間から白人の男が鋭い眼を覗かせた。


“いよォ、ケイン。オレだぜ”

“……インディア1、入れ”


 弥堂にはわからない言葉で挨拶をしながらダニーは気さくに手を上げる。

 それを迎えたケインは表情を変えずにドアを完全に開けた。


“なんだよ、ツレねェなブラザー”

“とっくに作戦中だぞ。ダニー”


 ダニーが無愛想なケインを弄ると、彼は嘆息混じりに答える。

 真面目というかお堅い人物のようだ。

 ミラー指揮官がどちらを重用するかは考えるまでもない。


<うわぁ、なんかSPって感じだね。映画みたい>

「…………」


 弥堂は黙ってダニーの後に続いた。


「初めマシテ、マッドドッグ。アルファ1、ケインだ。ヨロシク頼ム」


 ダニーやミラーほど流暢ではないが、彼も日本語を話せるようだ。

 弥堂は差し出された右手を握る。


「よろしくアルファ1。変わった名前だな」

「ナンダッテ?」


 博士に近い位置に張り付いている人物であるのなら友好的にしておこうと考え、弥堂は珍しく世間話のようなものを振った。

 だが、慣れないことはするものではないのだろう。

 逆に相手の表情を不可解そうに歪ませることになった。


<ちょ、ちょっと! それ名前じゃないって!>
<あ? じゃあなんだ?>

<コードネーム?みたいなのじゃないの? アルファチームの1番目の人、みたいな? キミの本名は狂犬なの?って聞いてるようなもんだって>
<あぁ、そういうことなのか>


 開幕のコミュニケーションエラーに「これはいけない!」と、ウェアキャットが慌ててフォローしてくる。

<映画とかでよくあるじゃん>
<知らねえよ>

<キミ余計なこと言わない方がいいって>
<うるさい黙れ>


 親切なアドバイスに罵倒を返し、弥堂はケインへ向けて口を開き直した。


「すまない。ジョークだ。よろしくケイン」

「あ、あぁ……」


 適当に取り繕ってみるが相手の反応は芳しくない。


<ほらぁ……、絶対に動じないベテランSPさんって感じだったのに、3秒でこんなに困惑させて……>

<黙ってろ>


 いちいち茶々を入れるなと一蹴するが、残念ながらウェアキャットの指摘の方が正しい。

 ケインは握手をしながら目を泳がせ、フォローを求めるようにダニーの方を見た。


“シュールだろ? そいつ”

“シュールというか、まぁ……”

“さっきもよ、待機室でいきなりチンコ出しやがったんだよ。オレぁビックリしたね”

“……作戦中に不謹慎な真似は慎め。オマエたちはいつもふざけすぎだ”

“えっ⁉ オレが怒られんの⁉”


 ケインは嫌悪感を露わにしながら弥堂の手を離す。

 そのままダニーと英語で何やらやり取りをしているが、弥堂は関心を示さなかった。


<なにを言われてるかとか気になんないの?>
<気にしたところで今すぐ英語が話せるようになるわけじゃない。意味がないだろ>

<それはそうだけど、そうじゃなくってさ……>
<どうでもいい>

<キミって英語わかんないの?>
<見てりゃわかるだろ。俺にわかる外国語はない>

<ふぅん……>


 それ自体は嘘ではない。

 日本語の他に異世界語がわかるが、それは外国語ではない。

 そういう屁理屈だ。


 そんな綱渡り的なやりとりをウェアキャットとしていると、その間にダニーとケインの会話も進んでいる。


“私以外に3名同行する”
“外で待機してた連中だな?”

“そうだ。その間はブラボーチームが警備に付く”
“オーケーだ。博士にコイツを紹介しても?”

“構わない”
「オイ、マッドドッグ」


 ダニーに呼ばれて弥堂は彼らに近づく。


「シズカ博士にオマエを紹介する」

「あぁ」


 弥堂は義務的に返事をする。

 関心がなかったからだ。

 義務的にダニーの後を追い、廊下を進んで少し広めの部屋に入った。


 部屋の真ん中あたり――窓から離れた位置に置かれたテーブルで、一人のスーツ姿の女性が座っている。

 何時間か前に下のラウンジで見た福市 穏佳ふくいち しずかだ。


 “賢者の石アムリタ”などという厄物を創り出した女性。

 弥堂が迷い込んだ異世界でなら、災厄の魔女とでも呼ばれて異端認定を受けるだろう。

 当然、裁判の余地もなく処刑が確定する。


 そんな人物――


 ようやく今回の事件の最も中心的な人物と弥堂は邂逅することになった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

異世界帰りのハーレム王

ぬんまる兄貴
ファンタジー
俺、飯田雷丸。どこにでもいる普通の高校生……だったはずが、気づいたら異世界に召喚されて魔王を倒してた。すごいだろ?いや、自分でもびっくりしてる。異世界で魔王討伐なんて人生のピークじゃねぇか?でも、そのピークのまま現実世界に帰ってきたわけだ。 で、戻ってきたら、日常生活が平和に戻ると思うだろ?甘かったねぇ。何か知らんけど、妖怪とか悪魔とか幽霊とか、そんなのが普通に見えるようになっちまったんだよ!なんだこれ、チート能力の延長線上か?それとも人生ハードモードのお知らせか? 異世界で魔王を倒した俺が、今度は地球で恋と戦いとボールを転がす!最高にアツいハーレムバトル、開幕! 異世界帰りのハーレム王 朝7:00/夜21:00に各サイトで毎日更新中!

ダンジョン冒険者にラブコメはいらない(多分)~正体を隠して普通の生活を送る男子高生、実は最近注目の高ランク冒険者だった~

エース皇命
ファンタジー
 学校では正体を隠し、普通の男子高校生を演じている黒瀬才斗。実は仕事でダンジョンに潜っている、最近話題のAランク冒険者だった。  そんな黒瀬の通う高校に突如転校してきた白桃楓香。初対面なのにも関わらず、なぜかいきなり黒瀬に抱きつくという奇行に出る。 「才斗くん、これからよろしくお願いしますねっ」  なんと白桃は黒瀬の直属の部下として派遣された冒険者であり、以後、同じ家で生活を共にし、ダンジョンでの仕事も一緒にすることになるという。  これは、上級冒険者の黒瀬と、美少女転校生の純愛ラブコメディ――ではなく、ちゃんとしたダンジョン・ファンタジー(多分)。 ※小説家になろう、カクヨムでも連載しています。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

処理中です...