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2章 バイト先で偶然出逢わない
2章24 木馬の胎の蟲 ④
しおりを挟むしばらくして、弥堂はダニーに呼ばれる。
「――起きろ、マッドドッグ。移動の時間だ」
まるで囚人にでもかけるような言葉に反応して弥堂は眼を開けた。
当然眠ってなどいないが、仮眠をとると言っておいたのでそれらしく振舞う。
腕時計を見ると大体2時間くらい経過していて、眠ったフリをしながら数えていた時間とそうズレがないことを確認した。
視線を上げると、ダニーが耳に手を当てながらなにやら英語で喋っている。
イヤホンとマイクが一体になったものが顏に装着されていた。
「シズカ博士の部屋に行って何人かと合流してから15Fの本部に向かう」
「わかった」
弥堂は指示に従って立ち上がった。
「それで通信をしているのか?」
「ん? あぁ、そうだ」
ついでに今しがた気になったことを訊いてみるとアタリだったようだ。
「そういや、オマエの分の通信機もらってねェな」
すると、今気が付いたといったようにダニーが顎を撫でて考える仕草を見せる。
「別に必要ない」
「そういうわけにもいかねェだろ?」
「ミラーが用意していなかったということは、俺には聞かせるつもりがないんだろ。余計なことをするとまた怒られるぞ」
「……それもそっか」
「それに。そもそも聞いたところで英語がわからん。意味ないだろ」
「ハハッ、そりゃそうだな」
「俺一人のためにいちいち日本語訳を通信に挿しこんだら他のヤツらが混乱するぞ。オマエもメンドくせえだろ?」
「あぁ、確かにゴメンだな。じゃあ、いっか」
納得というよりは面倒だからといった風にダニーは申し出を引っ込めた。
<ふぅん……>
「行くぜ。着いてきな」
「了解」
弥堂はダニーに返事をしてから念話に応える。
<なんだ?>
<え? なにが?>
<今なにか唸ってただろ>
<あー、うん。キミも他人に気を遣うこともあるんだって思って>
<なんのことだ?>
<や、ほら、今の通信機のこと。他の人の迷惑になるからって>
<あぁ……、別にそういうわけじゃない>
妙なことにいちいち反応するんだなと思いながら、弥堂はウェアキャットに説明をする。
<一番の本音は『どうせ英語がわからないから意味がない』ということだ>
それは半分嘘だ。
言葉がわからないから意味がないとは確かに思っているが、それでも着けろと命じられた場合に都合が悪くなるのだ。
今は着けていないが、エアリスとの通信に使うイヤホンを着けられなくなるからだ。
だから適当なことを言って遠慮したのだ。
普段からそういうものを使うわけではない弥堂にとっては、両耳を別々のイヤホンで塞いで戦闘をするなど冗談ではない。
<まぁ、うん。キミはそうだろうけど……>
<……? 何が言いたい?>
<いや、別に。うん、なんでもない>
そんなわけはないだろうと弥堂は訝しむ。
(――そういえば……)
どうせわからないからと弥堂自身は聞き流していたが、これまでに外国語で話しかけられた時の反応を思い出してみる。
記憶の中に記録された全ての場面をザっと洗うと、該当するシーンが何回かあった。
(こいつ……、もしかして言葉がわかっているのか……?)
よくよく思い出してみると今更になって気が付く。
相手の言っていることがわかっているとしか思えない返しをしていた。
(なるほど……)
弥堂に英語がわからなくとも、イヤホンから入ってくる“G.H.O.S.T”の通信をウェアキャットは理解出来る。
だから通信機を着けさせたがった。
それならば今の態度も理解出来る。
だが解せないこともある。
(何故それを言わない……?)
複数の外国語を聴き取れる日本人が居たとしても別に不自然なことではない。
それを言わないということは隠したいということだ。
(だが、何故?)
その理由までは想像が出来ない。
それを置いておいたとしても、もしもウェアキャットに“G.H.O.S.T”の通信が翻訳できるのなら、弥堂にとってもメリットがないわけではない。
可能なら自分も通信機を貰うべきかと考えて――
(――いや、駄目だ)
――すぐに思い直す。
だが、それは“G.H.O.S.T”の通信機のことだけではない。
エアリスと通信する為のイヤホンもだ。
ウェアキャットは弥堂と対面で会話を行っている者の言葉をモニターすることが出来る。
それなら弥堂が装着したイヤホンから聴こえてくる声も聴くことが出来るのではないか。
仮にそうだとしたら、非常にマズイことがある。
(エアリスと通信が出来ない)
今回メロの念話が使えないので、スマホを使った一般的な方法でエアリスと通信を行っていた。
肉体を持たないエアリス自身は肉声での発声が出来ないので、間に読み上げソフトを噛ませているが、その声をウェアキャットに聴かれてしまうことになる。
“G.H.O.S.T”の方は別にどうでもいいが、エアリスの存在がバレるのはマズイ。
それはメリットを大きく上回るデメリットだ。
先程下半身露出をして、ウェアキャットの反応からこちらの映像を見えているのかどうかを確認した。
あの時、トイレの個室に入ってそれを行い、もしもウェアキャットが反射的にテレパシーの通信を切ってしまうことがあったら、その隙にエアリスと繋がっているイヤホンを着け直すことも出来た。
それをしなかったことに何か強い理由があったわけではない。
ただ面倒だっただけだ。
だが――
もしも、それをやってしまっていたら、非常にマズイことになるところだった。
(運がよかったな)
回避できたのはただそれだけのことだ。
(いや、待て……。違う――)
――思い出す。
ウェアキャットとテレパシーを繋いだ後に、既にエアリスとの通信はしてしまっていた。
車の中で。
(どっちだ……?)
もしも弥堂が装着したイヤホンからの音声をキャッチすることが可能なら、あの時点でエアリスの存在に気が付かれたことになる。
しかし、ウェアキャットにそんな素振りは見えなかった。
出来ないのか、それとも気付いていないフリなのか――
(試すか……?)
そう考えかけてやめる。
リスクの割に得られるものがないように思えた。
(どういう理屈だ?)
仮にイヤホンの音を聴き取れていないのだとしたら、聴き取れているものとの差はどこにあるのだろうか。
弥堂の五感を共有しているのではなく、盗聴器のように周辺の音を拾っているのだろうか。
メロの魔法がそのへんのことがどうなっているかもそういえば弥堂は知らなかった。
ちなみに、会話が出来る念話は繋いでいないが、現在もメロの魔法による視界の共有は行われている。
なので、弥堂くんの弥堂くんを共有された聖女さまとネコさんは、愛苗ちゃんの病室で大興奮していたが、そんなことは弥堂には知る由もない。
知ったところでどうでもいいことだ。
これ以上はどっちも確かめようもないので、そこで思考を打ち切った。
イヤホンのことに言及されたくもないので、通信機のこともそのままナシにしておく。
そんなことよりも――
(――こいつ、マジで邪魔だな……)
弥堂はウェアキャットに対する苛立ちを募らせながら、ダニーの後に続いて歩いた。
廊下に出て部屋を一つ越えると、そこはすぐに福市 穏佳博士を匿う部屋になる。
その部屋の前では数名のスーツを着た男たちが待機している。
彼らの監視する前で、ダニーは部屋のドアをノックした。
ドアはすぐに開き、僅かな隙間から白人の男が鋭い眼を覗かせた。
“いよォ、ケイン。オレだぜ”
“……インディア1、入れ”
弥堂にはわからない言葉で挨拶をしながらダニーは気さくに手を上げる。
それを迎えたケインは表情を変えずにドアを完全に開けた。
“なんだよ、ツレねェなブラザー”
“とっくに作戦中だぞ。ダニー”
ダニーが無愛想なケインを弄ると、彼は嘆息混じりに答える。
真面目というかお堅い人物のようだ。
ミラー指揮官がどちらを重用するかは考えるまでもない。
<うわぁ、なんかSPって感じだね。映画みたい>
「…………」
弥堂は黙ってダニーの後に続いた。
「初めマシテ、マッドドッグ。アルファ1、ケインだ。ヨロシク頼ム」
ダニーやミラーほど流暢ではないが、彼も日本語を話せるようだ。
弥堂は差し出された右手を握る。
「よろしくアルファ1。変わった名前だな」
「ナンダッテ?」
博士に近い位置に張り付いている人物であるのなら友好的にしておこうと考え、弥堂は珍しく世間話のようなものを振った。
だが、慣れないことはするものではないのだろう。
逆に相手の表情を不可解そうに歪ませることになった。
<ちょ、ちょっと! それ名前じゃないって!>
<あ? じゃあなんだ?>
<コードネーム?みたいなのじゃないの? アルファチームの1番目の人、みたいな? キミの本名は狂犬なの?って聞いてるようなもんだって>
<あぁ、そういうことなのか>
開幕のコミュニケーションエラーに「これはいけない!」と、ウェアキャットが慌ててフォローしてくる。
<映画とかでよくあるじゃん>
<知らねえよ>
<キミ余計なこと言わない方がいいって>
<うるさい黙れ>
親切なアドバイスに罵倒を返し、弥堂はケインへ向けて口を開き直した。
「すまない。ジョークだ。よろしくケイン」
「あ、あぁ……」
適当に取り繕ってみるが相手の反応は芳しくない。
<ほらぁ……、絶対に動じないベテランSPさんって感じだったのに、3秒でこんなに困惑させて……>
<黙ってろ>
いちいち茶々を入れるなと一蹴するが、残念ながらウェアキャットの指摘の方が正しい。
ケインは握手をしながら目を泳がせ、フォローを求めるようにダニーの方を見た。
“シュールだろ? そいつ”
“シュールというか、まぁ……”
“さっきもよ、待機室でいきなりチンコ出しやがったんだよ。オレぁビックリしたね”
“……作戦中に不謹慎な真似は慎め。オマエたちはいつもふざけすぎだ”
“えっ⁉ オレが怒られんの⁉”
ケインは嫌悪感を露わにしながら弥堂の手を離す。
そのままダニーと英語で何やらやり取りをしているが、弥堂は関心を示さなかった。
<なにを言われてるかとか気になんないの?>
<気にしたところで今すぐ英語が話せるようになるわけじゃない。意味がないだろ>
<それはそうだけど、そうじゃなくってさ……>
<どうでもいい>
<キミって英語わかんないの?>
<見てりゃわかるだろ。俺にわかる外国語はない>
<ふぅん……>
それ自体は嘘ではない。
日本語の他に異世界語がわかるが、それは外国語ではない。
そういう屁理屈だ。
そんな綱渡り的なやりとりをウェアキャットとしていると、その間にダニーとケインの会話も進んでいる。
“私以外に3名同行する”
“外で待機してた連中だな?”
“そうだ。その間はブラボーチームが警備に付く”
“オーケーだ。博士にコイツを紹介しても?”
“構わない”
「オイ、マッドドッグ」
ダニーに呼ばれて弥堂は彼らに近づく。
「シズカ博士にオマエを紹介する」
「あぁ」
弥堂は義務的に返事をする。
関心がなかったからだ。
義務的にダニーの後を追い、廊下を進んで少し広めの部屋に入った。
部屋の真ん中あたり――窓から離れた位置に置かれたテーブルで、一人のスーツ姿の女性が座っている。
何時間か前に下のラウンジで見た福市 穏佳だ。
“賢者の石”などという厄物を創り出した女性。
弥堂が迷い込んだ異世界でなら、災厄の魔女とでも呼ばれて異端認定を受けるだろう。
当然、裁判の余地もなく処刑が確定する。
そんな人物――
ようやく今回の事件の最も中心的な人物と弥堂は邂逅することになった。
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