俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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2章 バイト先で偶然出逢わない

2章25 ジャスティン・ミラー ⑦

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 尋問室。


 本来はホテルの客室の一つであるその部屋の中。

 唯一の部屋の出口であるドアの両脇に二人の男が立っている。


 万が一尋問を受けている者が追い込まれて逃亡を図った際に、その逃げ道を塞ぐのが彼らの役目だ。


 ドアを背にして左側に立つのは若い男だ。

 弥堂よりも年若いまだ少年と言ってもいい年頃。


 彼は乱れた呼気が口から漏れないように必死に抑えながら、ゆっくりと鼻息にして体内から逃がしている。


 身体的な不調ではない。

 精神的な変調からくる身体の影響だ。


 スパイを発見し追い詰める側であるはずの彼――シェキルはまるで自身が追い込まれたかのように動揺していた。


 シェキルと、ドアを挟んだ彼の右側に立つ長身のブラジル人のフェリペは、今回の作戦に参加する為に日本に来た傭兵団の一員だ。

 弥堂と希咲がデート中に遭遇したイタリア人のアレックスの仲間であり、今回の作戦では福市博士と“賢者の石アムリタ”を狙う側――

――つまり、“G.H.O.S.Tゴースト”や“清祓課せいばつか”にとっての敵側の人間である。


 つい最近大規模な事故があったらしく、忙しなく外から復興用の物資や人員が運び込まれる美景新港から密入国し、そして既に潜入済みのスパイの手引きによって、現地合流の武装隊員として彼らは“G.H.O.S.Tゴースト”に這入りこんだ。


 そこまでは上手くいっていた。

 彼らの中の作戦参謀であるダリオの立てたプラン通りで、実に簡単な仕事だった。


 なのに――


《――フェリペ……》


 シェキルは顔を部屋の中央に向けたままで、僅かに目玉を右に動かす。

 その目線の先にいる一回り程年上で長身のフェリペも声に反応して同様に目玉だけを左に動かした。


《――聞いてないぜ……。サイコメトリーなんて……っ》


 そこに込められた感情や動揺の大きさとは裏腹に、すぐ隣のフェリペにもハッキリとは聞き取れないような声量で唇を動かす。

 フェリペはその唇の動きを読むことで音の不十分さを補い、意味のあるイタリア語として理解する。

 そして同様のやり方で言葉をシェキルに返す。


《奇遇だな。オレも同じことを言おうと思ってたぜ》

《茶化すなよ。どうすんだ……?》


 “G.H.O.S.Tゴースト”の指揮官であるジャスティーヌ・ミラーの“異能ギフト”――サイコメトリー。

 彼らはその情報を知らされていなかった。

 なので、それを目の当たりにして激しく動揺していた。


《オレたちは大丈夫だよな……?》

《どうかな……》


 不安げにシェキルが問う。

 フェリペはスキンヘッドに浮かんだ汗が顔に垂れてこないように意識しながら答えた。


 彼らのことは先に潜入済みのスパイによって『身元確認済み』として情報処理がされている。

 元々の“G.H.O.S.Tゴースト”の作戦では現在の“ポートパークホテル美景”ではなく、“ホテルニューポート美景”が福市博士の滞在先になるはずだった。

 そのようにリークされていた。


 だが、それが当日の時間ギリギリになって突如現在地に変更されたのだ。

 “ホテルニューポート美景”には予め別動隊が潜伏していた。

 そのため、突然の変更に焦りはしたが、“G.H.O.S.Tゴースト”潜入班の自分たちは無事に這入りこめたので、まだどうにかなると安堵をした。


 しかしそれも束の間、このホテルに入ってから全隊員の再調査が始まったのだ。

 作戦成功の為の糸を繋げたと思っていたが、それは勘違いだった。


 これではまるで本隊と分断されて孤立したスパイを、一人ずつ丁寧に潰していく為にこうしたようではないか。


《――やってくれるぜ……、あの金髪ネエちゃん……ッ》


 フェリペは怒りと焦りが音を発しないように歯を噛む。


《……次はオレたちか?》

《だろうな》


 変わりゆく状況に焦りながらこのまま部隊を離れて隠れるべきかと相談していたところ、彼ら二人は尋問中の見張りと護衛を命じられた。

 そうして入室したら始まったのがマッドドッグを名乗る日本のエージェントの尋問である。


《クソ……ッ》

《やめとけ》


 悔し気にシェキルが背後のドアに意識を向けると、フェリペが冷静に止める。

 彼ら二人がドアを守っているが、そのドアの裏側――廊下にも武装した隊員が配置されている。


 その隊員たちは既に再調査を終えている。

 つまり、そっちが本命の信頼できる門番だ。


《逃げたら即座に撃たれる》

《だ、だけど、このままじゃあ……ッ》


 動揺を強くするシェキルへフェリペは視線を強めた。


《抜けるヒントはもらった》

《え……?》


 そして目線を部屋の中央――尋問官であるミラーの手を握りながら顔色一つ変えずに言葉を交わしている日本人へと向けた。


《聞こえてただろ? サイコメトリーって言っても思考の全てを読むわけじゃあねェ……ッ》

《あ、あぁ……ッ》


 わざわざ目の前で種明かしをしてくれていた。

 少々不自然ではあるが、それだけ自信があるのだろう。

 どうせ何度も繰り返せば炙り出せるとミラーが言っていた。

 それは事実だろう。

 しかし――


《――一回だ》


 まだ逃げ道はあるとフェリペは自身の後輩であり、同じ傭兵団の子供でもあるシェキルへ言う。


《感情を読むって言ってたろ? 可能な限り何を聞かれても平静を保つんだ……ッ》

《そ、それでイケんのか……?》

《やるしかねェ。いつも戦場でオレらがやってることだろ? やれるな? シェキル》

《や、やれる……ッ》

《万が一バレたら、わかってるな?》

《……わかってる》


 もう一度シェキルへ目線を戻すと彼は苦さを噛み潰したような顏で頷いた。


《オマエがバレたらオレはオマエを見捨てる。オマエもオレを見捨てろ》

《わかってるよ……ッ》

《見捨てて生き残って情報を持ち帰り他の仲間たちを逃がす。“傭兵団ラ・ベスティア”を生かす。それがオレらのルールだ》

《しつけェよ。オレだって“bambo”じゃあねェ……ッ》

《1回だ。この1回を抜ければチャンスはある……ッ》


 それはフェリペ自身にも言い聞かせる言葉だった。


 だがそれとは真逆に、生存や無事を強く願うのではなく、自身のことをどこか他人事のように俯瞰する。

 自分という心は自分の肉体を見下ろすだけの目だ。

 そうして残してきた肉体をマシーンとするのだ。

 それが戦場で平静を保つコツであり、そこへ身を置く彼らのような傭兵の流儀だった。


(クソ……ッ)


 “オカルトこっち”分野では後進とはいえ、相手は世界一の軍事力の保有国。

 ここまで上手くいきすぎていたせいで少々ナメていたことを認める。

 認めて、それを外へ追いやり、平静を保とうとする。


(ここにはアレックスたちも潜んでいるはずだ……ッ!)


 最初の尋問を潜り抜け、その後に身を晦まし、このホテル内のどこかに隠れているはずの自分たちのリーダーと合流する。

 この広いホテルで通信もなしでは簡単なことではないが、不可能ではない。

 どうにか身を隠しながら――


「――やろうか?」

(――――ッ⁉)


――そこまでを考えたところでポツリと聞こえた日本語に、フェリペもシェキルも肩を跳ねさせそうになった。

 喋ったのは尋問を受けている最中の日本人だ。


(な、なんだ……? なにを言った……?)


 少し意識を外していたせいできちんと聞き取れなかったが、酷い悪寒が奔った。


(ま、まさかバレたのか……⁉)


 内心で焦りを浮かべたが、しかしそうではないようだ。


 日本人はミラーから1枚の白紙を受け取った。

 なにか占いかなにかでスパイを捜してみるようなことを言っている。


(なにが占いだ……ッ)


 そんなものは眉唾だ――とは言い切れない。

 なにせここはオカルトの現場。

 あの男は自分を魔術師だと言った。

 だが、フェリペもシェキルも魔術師ではない。

 魔術師に何が出来て何が出来ないのか、正確にそれを知ることはない。


 日本人の男はよくわからないことを言いながら、部屋の奥に居た隊員にペンを要求した。

 どうやらただちに追い詰められるようなことではないらしい。


(だが、どうする……?)


 ミラーのサイコメトリー尋問も脅威だが、あれは彼女に目の前に立たれない限りは安全だ。

 だが、何処に隠れていても発見される――そんな類の能力が組み合わさったらこの上なく脅威だ。

 あの日本人の能力は未知だが、もしもそんなことが出来るのなら自分たちにはもう逃げ場はない。


 いっそのこと背後のドアをぶち破って強行突破をするべきか。

 戦意を悟られぬように床に目線を向けてそんなことを考える。

 その時――


“――あ……?”


 床を見つめるフェリペの視界に何かがコロコロと転がってきた。

 それは一本のボールペンだった。

 それがフェリペの靴の爪先に当たる。


「――悪い」


 声に反応して視線を上げると、椅子に座りながら日本人の男がこちらを振り向いていた。

 その男は眉を下げて少し情けなく見えるような顔をした。


「手元が狂っちまった。すまないが拾ってもらえるか?」

「ア? アァ……」


 あんな表情をする男だったろうかと少し戸惑いながら、フェリペはもう一度ボールペンを見た。

 あの男を見たのはまだ“二度目”だ。

 声を聴いたのは今回が初めて。

 どんな人間なのかなど正確には知れない。


 日本人の男はゆっくりと席を立って隙だらけの姿勢で歩いてくる。

 どうも自分たちがスパイだとバレたわけではなさそうだ。


「いいダロウ――」


 今は怪しまれないようにするべきだと判断し、フェリペは頼まれた通りに腰を折って床に落ちたボールペンを拾ってやる。

 それを指で摘まむと同時に、視界に日本人の靴が床を踏むのが映った。


「ほラ、受けとレ――」


 言いながら顔を上げた瞬間――


 部屋の中が強烈な白光で塗りつぶされ、フェリペの視界はそれ一色となった――


(――スタングレネード……⁉)


 視界は潰され、周囲の状況や無事もわからないまま前後不覚に陥った――
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