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2章 バイト先で偶然出逢わない
2章26 福市 穏佳 ⑤
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15Fフロア。
本部隣の尋問室を出た弥堂は廊下を歩いている。
<――ちょっと! ねぇ、ちょっと……ッ!>
すると、すぐに脳内に喧しい声が届いた。
ウェアキャットからのテレパシーだ。
<なんだ?>
弥堂は平淡な返事を返す。
<なんだって……、その……>
だが、勢いよく呼びかけてきた割にウェアキャットはどこか口籠ったような様子だ。
弥堂は面倒だとばかりに嘆息する。
<言いたいことをさっさと言え。非効率だ。どうせ見てたんだろ?>
<えっ>
半分はカマかけのようなものだったが、ウェアキャットの驚いたような反応が答えを物語っていた。
そして、ウェアキャットの方も、そこを誤魔化していたら話が出来ないと判断し切り替えた。
<キミなにやってんの⁉>
<なんのことだ>
<わかってるだろ! さっきのムチャクチャだよ!>
<その前に嘘を吐いて覗き見していたことを謝れ>
<うっさい! それは後で謝ってあげるから、さっさと答えてよ! 効率が悪い>
<酷い言い草だな>
弥堂は効率を優先して礼を蔑ろにする現代人を心中で軽蔑する。
しかし、話が出来ないのも事実なので相手に合わせてやることにした。
<それで?>
<だから何やってんのって!>
<具体的でないな。スパイの捜索のことか?>
<そう……、だけど……っ! やり方っていうか、やりすぎっていうか……。いきなりあんな……>
しらばっくれることも出来たが、余計な会話が増えそうなので弥堂は自分から本題に誘導する。
すると、ウェアキャットは先程の弥堂の悪辣で残虐な行為を思い出したのか、語尾が萎んでいく。
<やりすぎなんてものはない。まだそんなことを言っているのか>
<だって、あんなの拷問じゃないか……っ!>
<だからどうした>
<どうしたって、普通に考えてよ。あんな酷いことしちゃダメだろ⁉>
<普通だと? ズレているのはお前の方だ>
<えっ――>
認識の合わない相手に早くも辟易としながら弥堂は説明する。
<『普通に』考えろ。あんな近くに、あれだけの数の敵のスパイが紛れてたんだぞ>
<それは、そうかもしんないけど……>
<あれらを野放しにしていたら、事が起こった時に突然銃口を向けてくる。その時にそいつらをどうする? 当然殺すだろ>
<…………>
<先に殺すか、後で殺すかの違いでしかない。だが、後で殺す場合、自分や味方が殺される可能性が高い。だったら先に殺すだろ。どうせ殺すものを痛めつけたからって何だと言うんだ>
<でも……>
<それとも何か? そんなの関係なく無条件で酷いことをしてはいけないと? その結果味方や護衛対象が死ぬことになっても、人道を優先するべきだとお前は言うのか?>
<そうは、言ってない……けど>
<いい加減認識を改めろ。何事も起こらずに平和なままで終わるわけがない。スパイが実際に居た。それが全てだ>
<…………>
ウェアキャットは反論が出来ない。
弥堂の行いが非道なものであることは事実だが、スパイが居たということもまた事実だ。
それを野放しにしたらどうなるかという弥堂の言葉は正しいように聞こえた。
それにも反論をしたくなる気持ちはあった。
だが同時に――
この場が互いに非道な行為をぶつけ合う場であること。
自身がそういう場の常識にアジャスト出来ていないということ。
――その自覚があった為に、効果的な言葉が思いつかなかった。
<……本当にスパイなの?>
せめてもの足掻きのような質問をする。
<あぁ>
弥堂は当然のことだと断言した。
<それが……、キミの目の、ギフトなの……?>
<ギフトだからそういうものだ――という風に受け入れられないのなら、理屈でも説明してやる>
<え?>
弥堂は一定の感情と歩調を意識しながら続ける。
<スパイ認定を受けたヤツらの態度を思い出せ>
<態度……?>
<あいつら抵抗をしなかっただろ>
<どういうこと?>
ウェアキャットは先程能力を通して見たものを思い出しながら眉を顰めた。
弥堂はわかりやすいように例え話を出すことにした。
<仮にお前がスパイでないとする>
<仮じゃないし>
<そうすると俺とお前は仲間だということになる>
<なるっていうか仲間じゃん>
<いちいち口答えをするな。なんだお前は。スパイか>
<違うし>
弥堂は茶々を入れられているように受け止めて苛立つ。
ウェアキャットもウェアキャットでちょっとした弥堂の言い回しが気に喰わずに癪に障った。
<いきなり仲間から、大した証拠もなくスパイ呼ばわりをされたら、その時お前はどうする?>
<どうって、否定するけど>
<そうして、だが碌に話も聞いてもらえずに信じてもらえなかったら? 無茶な理屈でスパイ認定を強められたら?>
<あ、ムチャクチャ言ってる自覚はあったんだ>
<うるさい。いいから答えろ>
<えっと……、怒る……? かな>
実際の状況を想像しながらウェアキャットが答えると、弥堂は頷く。
<そうだ。その上で一方的に不当な暴力を受けたら?>
<そりゃ抵抗するっていうか、やり返しちゃうかも>
<そうだな。俺もそうする。で。あいつらはどうだった?>
<どうって……、あっ――>
そこでウェアキャットは弥堂の言った、スパイ容疑を受けた者たちの態度を思い出した。
<無茶苦茶な扱いをされているのに、あいつらは潔白を訴えこそすれ、碌に抵抗をしなかっただろ。それは何故だ?>
<何故って……>
<下手に歯向かうと他の隊員の銃口が自分に向くかもしれないと、そう思っているからだ>
<でも、それって……>
弥堂は反論をされる前に続きを被せる。
<やましいことがあるからだ。だから疑いを晴らすことを優先する。抵抗をすると余計に疑われるという無意識な思い込みがあるからだ。スパイは大体そうだ>
<…………>
<普通に考えて。仲間内でおかしな奴が一人で「こいつはスパイだ」と言い出したとしても。そいつを黙らせればそれで済むだろ? 他の仲間まですぐに揃って自分を疑ってくると思うか? 仮にそうなっても、スパイでないなら説明すればわかってもらえると思うだろ? 普段の自分の友人や仲間を想像して考えてみろ>
<それは、うん……>
<あの時、周りの隊員たちも俺に懐疑的だった。スパイでなく、本当に“G.H.O.S.T”の仲間であるなら――不当な扱いを受ける自分に仲間が一斉に銃口を向けるとは普通は考えない。なのにそう思わないのは何故か。自覚があるからだ。自分が敵であるという自覚が。反論はあるか?>
<そう言われると、確かに……>
<スパイなどという卑劣なネズミはみんなそうだ。「お前はスパイだろ」と言われても、名誉を傷つけられたと即座に怒りを表したりはしない。ヘラヘラと卑屈な笑みを浮かべて、「自分は無害だ」とアピールをしてくる。だが、いよいよまで追い詰められた時に豹変する。さっき見ただろ>
<う、うん……>
<というわけで。スパイであるという答えが合っていたから、スパイであると認定した方法――つまり俺のギフトも正しいということになる。話は以上だ>
<うん……。うん? うーん……>
概ね納得した様子のウェアキャットだったが、最後の理屈にはまだ首を傾げるものがあった。
とはいえ、大部分に関して弥堂の言うことを否定出来るものがない。
彼らがスパイだという点。
弥堂にスパイを見破るギフトがある点。
そこに関しては受け入れざるを得なかった。
なので、他の気に懸かったことを聞くことにする。
<それはわかったけど。ていうかさ>
<まだあるのか。なんだ?>
<なんていうか――キミさ、やたら慣れてない……?>
<なんのことだ>
<なんのって……>
しかし、そこでもウェアキャットは口ごもる。
その態度に弥堂はまた苛立ちを感じた。
<先に言ってから聞きたいことを考えるな>
<そういうわけじゃないんだけど>
<だったら早く言え。俺は忙しくなる>
そう咳かすとウェアキャットは少し逡巡し、それからようやく言葉にした。
<……なんかさ。女の人>
<は?>
<それも年上の人。なんか扱いが手馴れてるっていうか……>
<お前はなんの話をしている>
<さっきのお姉さんだよ。ミラーさん>
<意味がわからんな>
思ってもみないことを言われた弥堂は眉間を歪める。
<いや、だってさ。なんか仲良くなるというか、取り入るというか、早くない? そんな気がしたんだけど>
<気がしただけなら気のせいだ>
<気のせいじゃないし>
<お前は散々俺をコミュ障扱いしてただろ。だからそんなわけはない>
<だからヘンだって言ってんの!>
弥堂が言い逃れようとすると、ウェアキャットの勢いが俄かに増す。
<マジでわけわかんないんだけど、結局あの人言いなりにしてたじゃん!>
<そのような事実はない>
<あるし! 思えば所長――都紀子さんもさ。ヒドイこと言われたりしてるのに何かすっごくキミに甘い気がするし!>
<それは彼女の性格だろう。俺のせいではない>
<さっきもさぁ。最初は下手? っていうか、相手にわざとマウントとらせるみたいだったのに。なんか相手の弱みみたいなの見つけたあたりからグイグイ近づいて、そんで仲良くなったら急にオラつき始めたじゃん。そっから言いなりだったじゃん!>
<彼女は自立した大人の女性だ。そんなわけはない>
<そんなわけあるから! 外から見てるとマジでキモかったから! 手とか握っちゃってさ! なにあれ? あんなのチャラ男じゃん! カス男じゃん! ナンパしてきて外では丁寧に声かけて来たくせに、カラオケとか密室で二人きりになった途端に態度デカくなるみたいな!>
<そういう経験でもあるのか?>
<あるわけないし!>
<じゃあ考え過ぎだ。思い込みで言いがかりをつけるな>
<……でも怒んないんだね?>
<……そんなわけない。腸が煮えくりかえっているし、遺憾の意を表明する。仲間を疑うのか?>
<へぇ……>
弥堂は思わずスッと眼を逸らして、自身の疑惑を晴らそうとした。
ウェアキャットは増々疑いを深める。
<なにが仲間だよ。ソッコーで裏切ったくせに>
<裏切る? なんのことだ>
<裏切ったじゃん! “G.H.O.S.T”の仲間になるって!>
<裏切ってない>
<キミは日本人で日本の清祓課に雇われただろ? 裏切りじゃん!>
<日本とアメリカは敵じゃない。だから裏切りにはならない>
<そんなのヘリクツじゃん!>
<うるせえな……>
同僚の出世を妬み足を引っ張ってこようとする敗北者に弥堂は怒りを覚えた。
<貴様誰に口をきいている>
<はぁ⁉>
<日本の小役人のパシリ風情がナメた口をきくな。俺のケツモチは世界一のアメリカ合衆国だぞ。身の程を弁えろ。もう一度核をぶちこまれたいか>
<え? なにそのマウントの取り方。すでにアメリカ人気取りだし。核なんかキミの自由に出来るわけないでしょ>
ついに開き直った裏切者にウェアキャットは呆れを見せる。
<ていうか、さっきの佐藤さんに言い付けるからね>
<好きにしろ。俺が依頼を受けたのは博士の護衛だ。日本や清祓課の味方をすることじゃない>
<スパイのこととかはとりあえず納得するけど。キミのその、やることさえやれば他のことは何しても許されるみたいなのは絶対おかしいからね>
<好きに考えろ。お前に興味がない>
<なんでこんなクズに女の人がいいように……。マジマッドドッグなんだけど……>
口ぶりとは裏腹にやはり納得がいかないとウェアキャットがブツブツと艶いていると――
「――オイ! マッドドッグ! 待ってクレ……ッ!」
弥堂の背後からそう声をかけながら走ってくる者が現れる。
武装した“G.H.O.S.T”の隊員が二人だ。
「アンタらは?」
弥堂は足を止めて、彼らの方を視る。
「ジャスティンの命令ダ。オマエのサポートをスルように言わレタ。問題ないカ?」
「あぁ。スパイを見つけたら連行してくれるヤツが居るのは助かるよ」
「オレはコナーだ」
「そうか。よろしくコナー」
弥堂は特にゴネるようなことはせずに彼らを受け入れた。
簡単な挨拶だけ交わしてすぐにまた歩き出す。
二人の隊員は慌てて後を着いてきた。
「ドコへ行く?」
「一旦20Fへ向かう」
「エレベーターはモウ通りすぎたゾ?」
「階段で行く。道中でネズミ狩りだ」
「ソ、ソウカ……」
必要情報を言葉少なに伝えると無言になる。
戸惑いと疑いの視線が後頭部に刺さるのを感じるが、弥堂は何も思わない。
“――ん? よォ、コナーじゃないか”
やがて、廊下の反対側から歩いてきた男が英語で話しかけてくる。
弥堂はその男を視る。
黒人の隊員だ。
コナーが答えた。
“あぁ、ウィリー。これから面談か?”
“そうだ。というか何か騒がしくないか? 何かあったのか?”
“それは……”
コナーは弥堂に視線を向け、言葉を選ぶ。
“すまない。任務中で急ぎなんだ。悪いが本部で聞いてもらえるか?”
“そうか。別に構わない。それじゃあな”
“あぁ――”
無難に濁したところで、ウィリーという隊員と弥堂たちは擦れ違った。
道を違えたその瞬間――
“――ガッ⁉”
弥堂は突如身体をクルっと翻して、擦れ違ったウィリーの首に肘を打ち込む。
“なっ――⁉”
驚くコナーともう一人の隊員を無視して、弥堂は倒れたウィリーの顔面を何度も蹴りつけた。
数秒ほど続いた暴行が止まると、血塗れになったウィリーは白目を剥いていた。
「マ、マッドドッグ……、ナニを……」
「スパイだ――」
「――え……?」
固まるコナーに弥堂は冷酷な眼で告げる。
「こいつもスパイだ。連れていけ」
「エ? ダ、ダガ……ッ」
「早くしろ。それともスパイを連行できない理由がお前には何かあるのか?」
「イ、イヤ……」
動揺しながらコナーはもう一人の隊員に目配せをする。
彼も動揺しながら頷き、そして倒れたウィリーを担いで、来た道を引き返していった。
「行くぞ」
「…………」
茫然とするコナーに一方的に告げて弥堂は歩みを再開する。
<――ね、ねぇ……っ! 今の人もスパイなの?>
<そうだ>
慌てたウェアキャットの念話が届く。
<ほ、ほんとうに……?>
<あぁ。もちろん――>
弥堂はあくまで変わらず冷淡に返す。
<――そんなの当たり前だろ>
<…………>
一体この先どうなってしまうのか。
ウェアキャットは大きな不安を感じた。
この後、数時間をかけて弥堂はホテル中からスパイを検挙する。
その数は数十人にも昇った。
本部隣の尋問室を出た弥堂は廊下を歩いている。
<――ちょっと! ねぇ、ちょっと……ッ!>
すると、すぐに脳内に喧しい声が届いた。
ウェアキャットからのテレパシーだ。
<なんだ?>
弥堂は平淡な返事を返す。
<なんだって……、その……>
だが、勢いよく呼びかけてきた割にウェアキャットはどこか口籠ったような様子だ。
弥堂は面倒だとばかりに嘆息する。
<言いたいことをさっさと言え。非効率だ。どうせ見てたんだろ?>
<えっ>
半分はカマかけのようなものだったが、ウェアキャットの驚いたような反応が答えを物語っていた。
そして、ウェアキャットの方も、そこを誤魔化していたら話が出来ないと判断し切り替えた。
<キミなにやってんの⁉>
<なんのことだ>
<わかってるだろ! さっきのムチャクチャだよ!>
<その前に嘘を吐いて覗き見していたことを謝れ>
<うっさい! それは後で謝ってあげるから、さっさと答えてよ! 効率が悪い>
<酷い言い草だな>
弥堂は効率を優先して礼を蔑ろにする現代人を心中で軽蔑する。
しかし、話が出来ないのも事実なので相手に合わせてやることにした。
<それで?>
<だから何やってんのって!>
<具体的でないな。スパイの捜索のことか?>
<そう……、だけど……っ! やり方っていうか、やりすぎっていうか……。いきなりあんな……>
しらばっくれることも出来たが、余計な会話が増えそうなので弥堂は自分から本題に誘導する。
すると、ウェアキャットは先程の弥堂の悪辣で残虐な行為を思い出したのか、語尾が萎んでいく。
<やりすぎなんてものはない。まだそんなことを言っているのか>
<だって、あんなの拷問じゃないか……っ!>
<だからどうした>
<どうしたって、普通に考えてよ。あんな酷いことしちゃダメだろ⁉>
<普通だと? ズレているのはお前の方だ>
<えっ――>
認識の合わない相手に早くも辟易としながら弥堂は説明する。
<『普通に』考えろ。あんな近くに、あれだけの数の敵のスパイが紛れてたんだぞ>
<それは、そうかもしんないけど……>
<あれらを野放しにしていたら、事が起こった時に突然銃口を向けてくる。その時にそいつらをどうする? 当然殺すだろ>
<…………>
<先に殺すか、後で殺すかの違いでしかない。だが、後で殺す場合、自分や味方が殺される可能性が高い。だったら先に殺すだろ。どうせ殺すものを痛めつけたからって何だと言うんだ>
<でも……>
<それとも何か? そんなの関係なく無条件で酷いことをしてはいけないと? その結果味方や護衛対象が死ぬことになっても、人道を優先するべきだとお前は言うのか?>
<そうは、言ってない……けど>
<いい加減認識を改めろ。何事も起こらずに平和なままで終わるわけがない。スパイが実際に居た。それが全てだ>
<…………>
ウェアキャットは反論が出来ない。
弥堂の行いが非道なものであることは事実だが、スパイが居たということもまた事実だ。
それを野放しにしたらどうなるかという弥堂の言葉は正しいように聞こえた。
それにも反論をしたくなる気持ちはあった。
だが同時に――
この場が互いに非道な行為をぶつけ合う場であること。
自身がそういう場の常識にアジャスト出来ていないということ。
――その自覚があった為に、効果的な言葉が思いつかなかった。
<……本当にスパイなの?>
せめてもの足掻きのような質問をする。
<あぁ>
弥堂は当然のことだと断言した。
<それが……、キミの目の、ギフトなの……?>
<ギフトだからそういうものだ――という風に受け入れられないのなら、理屈でも説明してやる>
<え?>
弥堂は一定の感情と歩調を意識しながら続ける。
<スパイ認定を受けたヤツらの態度を思い出せ>
<態度……?>
<あいつら抵抗をしなかっただろ>
<どういうこと?>
ウェアキャットは先程能力を通して見たものを思い出しながら眉を顰めた。
弥堂はわかりやすいように例え話を出すことにした。
<仮にお前がスパイでないとする>
<仮じゃないし>
<そうすると俺とお前は仲間だということになる>
<なるっていうか仲間じゃん>
<いちいち口答えをするな。なんだお前は。スパイか>
<違うし>
弥堂は茶々を入れられているように受け止めて苛立つ。
ウェアキャットもウェアキャットでちょっとした弥堂の言い回しが気に喰わずに癪に障った。
<いきなり仲間から、大した証拠もなくスパイ呼ばわりをされたら、その時お前はどうする?>
<どうって、否定するけど>
<そうして、だが碌に話も聞いてもらえずに信じてもらえなかったら? 無茶な理屈でスパイ認定を強められたら?>
<あ、ムチャクチャ言ってる自覚はあったんだ>
<うるさい。いいから答えろ>
<えっと……、怒る……? かな>
実際の状況を想像しながらウェアキャットが答えると、弥堂は頷く。
<そうだ。その上で一方的に不当な暴力を受けたら?>
<そりゃ抵抗するっていうか、やり返しちゃうかも>
<そうだな。俺もそうする。で。あいつらはどうだった?>
<どうって……、あっ――>
そこでウェアキャットは弥堂の言った、スパイ容疑を受けた者たちの態度を思い出した。
<無茶苦茶な扱いをされているのに、あいつらは潔白を訴えこそすれ、碌に抵抗をしなかっただろ。それは何故だ?>
<何故って……>
<下手に歯向かうと他の隊員の銃口が自分に向くかもしれないと、そう思っているからだ>
<でも、それって……>
弥堂は反論をされる前に続きを被せる。
<やましいことがあるからだ。だから疑いを晴らすことを優先する。抵抗をすると余計に疑われるという無意識な思い込みがあるからだ。スパイは大体そうだ>
<…………>
<普通に考えて。仲間内でおかしな奴が一人で「こいつはスパイだ」と言い出したとしても。そいつを黙らせればそれで済むだろ? 他の仲間まですぐに揃って自分を疑ってくると思うか? 仮にそうなっても、スパイでないなら説明すればわかってもらえると思うだろ? 普段の自分の友人や仲間を想像して考えてみろ>
<それは、うん……>
<あの時、周りの隊員たちも俺に懐疑的だった。スパイでなく、本当に“G.H.O.S.T”の仲間であるなら――不当な扱いを受ける自分に仲間が一斉に銃口を向けるとは普通は考えない。なのにそう思わないのは何故か。自覚があるからだ。自分が敵であるという自覚が。反論はあるか?>
<そう言われると、確かに……>
<スパイなどという卑劣なネズミはみんなそうだ。「お前はスパイだろ」と言われても、名誉を傷つけられたと即座に怒りを表したりはしない。ヘラヘラと卑屈な笑みを浮かべて、「自分は無害だ」とアピールをしてくる。だが、いよいよまで追い詰められた時に豹変する。さっき見ただろ>
<う、うん……>
<というわけで。スパイであるという答えが合っていたから、スパイであると認定した方法――つまり俺のギフトも正しいということになる。話は以上だ>
<うん……。うん? うーん……>
概ね納得した様子のウェアキャットだったが、最後の理屈にはまだ首を傾げるものがあった。
とはいえ、大部分に関して弥堂の言うことを否定出来るものがない。
彼らがスパイだという点。
弥堂にスパイを見破るギフトがある点。
そこに関しては受け入れざるを得なかった。
なので、他の気に懸かったことを聞くことにする。
<それはわかったけど。ていうかさ>
<まだあるのか。なんだ?>
<なんていうか――キミさ、やたら慣れてない……?>
<なんのことだ>
<なんのって……>
しかし、そこでもウェアキャットは口ごもる。
その態度に弥堂はまた苛立ちを感じた。
<先に言ってから聞きたいことを考えるな>
<そういうわけじゃないんだけど>
<だったら早く言え。俺は忙しくなる>
そう咳かすとウェアキャットは少し逡巡し、それからようやく言葉にした。
<……なんかさ。女の人>
<は?>
<それも年上の人。なんか扱いが手馴れてるっていうか……>
<お前はなんの話をしている>
<さっきのお姉さんだよ。ミラーさん>
<意味がわからんな>
思ってもみないことを言われた弥堂は眉間を歪める。
<いや、だってさ。なんか仲良くなるというか、取り入るというか、早くない? そんな気がしたんだけど>
<気がしただけなら気のせいだ>
<気のせいじゃないし>
<お前は散々俺をコミュ障扱いしてただろ。だからそんなわけはない>
<だからヘンだって言ってんの!>
弥堂が言い逃れようとすると、ウェアキャットの勢いが俄かに増す。
<マジでわけわかんないんだけど、結局あの人言いなりにしてたじゃん!>
<そのような事実はない>
<あるし! 思えば所長――都紀子さんもさ。ヒドイこと言われたりしてるのに何かすっごくキミに甘い気がするし!>
<それは彼女の性格だろう。俺のせいではない>
<さっきもさぁ。最初は下手? っていうか、相手にわざとマウントとらせるみたいだったのに。なんか相手の弱みみたいなの見つけたあたりからグイグイ近づいて、そんで仲良くなったら急にオラつき始めたじゃん。そっから言いなりだったじゃん!>
<彼女は自立した大人の女性だ。そんなわけはない>
<そんなわけあるから! 外から見てるとマジでキモかったから! 手とか握っちゃってさ! なにあれ? あんなのチャラ男じゃん! カス男じゃん! ナンパしてきて外では丁寧に声かけて来たくせに、カラオケとか密室で二人きりになった途端に態度デカくなるみたいな!>
<そういう経験でもあるのか?>
<あるわけないし!>
<じゃあ考え過ぎだ。思い込みで言いがかりをつけるな>
<……でも怒んないんだね?>
<……そんなわけない。腸が煮えくりかえっているし、遺憾の意を表明する。仲間を疑うのか?>
<へぇ……>
弥堂は思わずスッと眼を逸らして、自身の疑惑を晴らそうとした。
ウェアキャットは増々疑いを深める。
<なにが仲間だよ。ソッコーで裏切ったくせに>
<裏切る? なんのことだ>
<裏切ったじゃん! “G.H.O.S.T”の仲間になるって!>
<裏切ってない>
<キミは日本人で日本の清祓課に雇われただろ? 裏切りじゃん!>
<日本とアメリカは敵じゃない。だから裏切りにはならない>
<そんなのヘリクツじゃん!>
<うるせえな……>
同僚の出世を妬み足を引っ張ってこようとする敗北者に弥堂は怒りを覚えた。
<貴様誰に口をきいている>
<はぁ⁉>
<日本の小役人のパシリ風情がナメた口をきくな。俺のケツモチは世界一のアメリカ合衆国だぞ。身の程を弁えろ。もう一度核をぶちこまれたいか>
<え? なにそのマウントの取り方。すでにアメリカ人気取りだし。核なんかキミの自由に出来るわけないでしょ>
ついに開き直った裏切者にウェアキャットは呆れを見せる。
<ていうか、さっきの佐藤さんに言い付けるからね>
<好きにしろ。俺が依頼を受けたのは博士の護衛だ。日本や清祓課の味方をすることじゃない>
<スパイのこととかはとりあえず納得するけど。キミのその、やることさえやれば他のことは何しても許されるみたいなのは絶対おかしいからね>
<好きに考えろ。お前に興味がない>
<なんでこんなクズに女の人がいいように……。マジマッドドッグなんだけど……>
口ぶりとは裏腹にやはり納得がいかないとウェアキャットがブツブツと艶いていると――
「――オイ! マッドドッグ! 待ってクレ……ッ!」
弥堂の背後からそう声をかけながら走ってくる者が現れる。
武装した“G.H.O.S.T”の隊員が二人だ。
「アンタらは?」
弥堂は足を止めて、彼らの方を視る。
「ジャスティンの命令ダ。オマエのサポートをスルように言わレタ。問題ないカ?」
「あぁ。スパイを見つけたら連行してくれるヤツが居るのは助かるよ」
「オレはコナーだ」
「そうか。よろしくコナー」
弥堂は特にゴネるようなことはせずに彼らを受け入れた。
簡単な挨拶だけ交わしてすぐにまた歩き出す。
二人の隊員は慌てて後を着いてきた。
「ドコへ行く?」
「一旦20Fへ向かう」
「エレベーターはモウ通りすぎたゾ?」
「階段で行く。道中でネズミ狩りだ」
「ソ、ソウカ……」
必要情報を言葉少なに伝えると無言になる。
戸惑いと疑いの視線が後頭部に刺さるのを感じるが、弥堂は何も思わない。
“――ん? よォ、コナーじゃないか”
やがて、廊下の反対側から歩いてきた男が英語で話しかけてくる。
弥堂はその男を視る。
黒人の隊員だ。
コナーが答えた。
“あぁ、ウィリー。これから面談か?”
“そうだ。というか何か騒がしくないか? 何かあったのか?”
“それは……”
コナーは弥堂に視線を向け、言葉を選ぶ。
“すまない。任務中で急ぎなんだ。悪いが本部で聞いてもらえるか?”
“そうか。別に構わない。それじゃあな”
“あぁ――”
無難に濁したところで、ウィリーという隊員と弥堂たちは擦れ違った。
道を違えたその瞬間――
“――ガッ⁉”
弥堂は突如身体をクルっと翻して、擦れ違ったウィリーの首に肘を打ち込む。
“なっ――⁉”
驚くコナーともう一人の隊員を無視して、弥堂は倒れたウィリーの顔面を何度も蹴りつけた。
数秒ほど続いた暴行が止まると、血塗れになったウィリーは白目を剥いていた。
「マ、マッドドッグ……、ナニを……」
「スパイだ――」
「――え……?」
固まるコナーに弥堂は冷酷な眼で告げる。
「こいつもスパイだ。連れていけ」
「エ? ダ、ダガ……ッ」
「早くしろ。それともスパイを連行できない理由がお前には何かあるのか?」
「イ、イヤ……」
動揺しながらコナーはもう一人の隊員に目配せをする。
彼も動揺しながら頷き、そして倒れたウィリーを担いで、来た道を引き返していった。
「行くぞ」
「…………」
茫然とするコナーに一方的に告げて弥堂は歩みを再開する。
<――ね、ねぇ……っ! 今の人もスパイなの?>
<そうだ>
慌てたウェアキャットの念話が届く。
<ほ、ほんとうに……?>
<あぁ。もちろん――>
弥堂はあくまで変わらず冷淡に返す。
<――そんなの当たり前だろ>
<…………>
一体この先どうなってしまうのか。
ウェアキャットは大きな不安を感じた。
この後、数時間をかけて弥堂はホテル中からスパイを検挙する。
その数は数十人にも昇った。
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*ヤンデレ要素あり
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ダンジョン冒険者にラブコメはいらない(多分)~正体を隠して普通の生活を送る男子高生、実は最近注目の高ランク冒険者だった~
エース皇命
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学校では正体を隠し、普通の男子高校生を演じている黒瀬才斗。実は仕事でダンジョンに潜っている、最近話題のAランク冒険者だった。
そんな黒瀬の通う高校に突如転校してきた白桃楓香。初対面なのにも関わらず、なぜかいきなり黒瀬に抱きつくという奇行に出る。
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なんと白桃は黒瀬の直属の部下として派遣された冒険者であり、以後、同じ家で生活を共にし、ダンジョンでの仕事も一緒にすることになるという。
これは、上級冒険者の黒瀬と、美少女転校生の純愛ラブコメディ――ではなく、ちゃんとしたダンジョン・ファンタジー(多分)。
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むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
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顔は普通、性格も地味。
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異世界帰りのハーレム王
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俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
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朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
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帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
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