722 / 793
2章 バイト先で偶然出逢わない
2章28 戦場の獣 ③
しおりを挟むホテル16F――
「――それにしても、あれが魔術なんですねぇ……。私はじめて見ました」
「…………」
「何もないところから火が。どういう仕組みなんでしょうか……。私にも魔術の才能があればわかるのかなぁ……」
慎重に進む弥堂の後ろで、福市博士が独り言なのか弥堂に話しかけているのか、いまいち判別のつかないようなことをブツブツと言っている。
弥堂は嘆息し、一度足を止めて振り返った。
「おい、うるさいぞ」
「え? あ、声に出てました? 私、考え事に集中するとつい……」
どうやら独り言だったようだ。
しかし、それは弥堂にとってはどうでもいい。
「そんなことはいい。敵の待ち伏せがあるかもしれないから静かにしろ」
「待ち伏せ、ですか?」
目をパチクリとさせて首を傾げる彼女に溜め息を吐く。
「さっきの魔術師。通路の途中で隠れ潜んでいただろ」
「あ、はい。あれもどういう仕組みなんでしょうね? すごく興味があります」
「そういう話じゃない。その一つ上の18Fでは兵が巡回していた。17Fではそうじゃない。その違いがわからないのか?」
「えっと、どういうことでしょう?」
世紀の発明をした天才だからといって、全ての思慮が及ぶわけではないのだなと考えながら、弥堂は説明をする。
「15Fの本部を中心地とした場合、17Fまでが防衛拠点の範囲となる。だから17Fに見張りが居た。それより上では哨戒に切り替わっているということは、そこに防衛網のラインがある」
「あ、なるほど。そう考えるんですね。ということは……」
「この16Fには最終的な防衛戦力を配置している可能性が高い。ここを抜けられたら本丸なのだから」
「ふむふむ。すごいです。こういう戦闘というか戦場?にもちゃんとロジックがあるんですね。盲点でした」
「…………」
茶化しているわけではなく、本気で感心したような博士の様子を、弥堂は少し訝しむ。
「ということは私がブツブツ言っていると、アナタが危険になっちゃいますね。ごめんなさい、気をつけます……はむっ――」
博士は一人で結論を出して自発的におパンツを口に入れ直す。
「お前は自分がどの立ち位置にいると思ってるんだ?」
「――ぷぇっ……っと、え?」
弥堂は彼女の口からはみ出ているおパンツを指で摘まんで引っ張り出しながら、そう訊ねてみた。
「立ち位置、ですか……? よくわからないです。ごめんなさい」
「…………」
彼女は一応所属としてはアメリカ側のはずだ。
それが弥堂という日本の勢力に紛れて近寄ってきた単独の襲撃者に身柄を攫われている形に現在なっている。
最初こそキャーキャー喚いて、ピーピー泣き叫んでいたが、先程の17Fで魔術を見た以降は随分と落ち着いている。
研究者特有の好奇心なのかもしれないが、弥堂は少し違和感を持った。
彼女から見た弥堂は、自分を攫って味方を殺している人間――つまり、敵のはずだ。
それに対する言葉や態度は時間とともに馴れたものになっており、それだけではなく弥堂の身を案じるようなことまで言い始めた。
「お前は現状をどう思っているんだ?」
「え? 今ですか? その……、わけがわかりません」
「俺のことは何だと思ってるんだ?」
「えぇと……、一応2通り考えられるかなぁって……」
「へぇ」
弥堂は彼女の話に少し関心を持つ。
「1つは、私の身柄を攫って売り払う……、とか?」
「それだったらテロリストどもに味方しているな。正規のルートじゃ売れないだろうし」
「そうなんですよねぇ。テロリストの方々を思いっきり殺しちゃってますし……」
「もう一つは?」
「あ、はい。その……、王子様……、とか?」
「なんだと?」
全くの予想外な答えに弥堂は眉を寄せた。
「さっき、私があんなこと言っちゃったから……。連れだして自由にしてくれようとした、とか……」
「本気でそう思うのか?」
「いいえ」
弥堂が胡乱な瞳で問うと、福市博士は頭を振る。
「王子様にしては過激すぎますし。あんなに“G.H.O.S.T”の人を殺しちゃったら、ここを抜け出したとしてもお先真っ暗だなぁって……」
「結局どっちなんだ?」
「やっぱりわからないが答えになっちゃいますね」
苦笑いを浮かべた彼女に弥堂は少し呆れの気持ちを抱いた。
「先行きが見えない割には随分とリラックスしてきているようだが?」
「…………」
そう問うと博士はスンっと真顔になり、そして遠い目をする。
「だって、もう10人ですよ……。目の前で10人も人が殺されたんです……。慣れたわけじゃないけど、一周回ってというか、峠を越えたというか……。ハハッ……」
結論は言語化出来ないまま彼女は乾いた笑いをした。
弥堂は何でもないことのように肩を竦める。
「それならよかった」
「え?」
「これからその10倍近く殺らなければならない。その度に喚かれたら鬱陶しいからな」
「じょ、冗談ですよね……?」
博士は思わず弥堂の眼を見上げる。
暗闇の中で僅かに蒼銀の光を灯すその瞳には、ユーモアなどカケラも感じられない。
博士は先程の自分の発言を思い出してハッとした。
「こんなことをしたらここを出ても先がない……。あ……、だから、目撃者を……?」
『皆殺し』という言葉を口にするのは躊躇し視線で問うと、弥堂はコクリと頷く。
博士は絶望した。
「あ、あぁ……、そんなの……。例えアナタが勝てたとしても、それまで私生きていられるんでしょうか……?」
プルプルと涙目で肩を震わせる彼女を視て、弥堂は先程感じた違和感をさらに強めた。
福市博士の口から出てくるのは、最初からここまで――全て自らの身の安全を案じるものばかりだ。
殺人自体を非難こそすれ、アメリカや“G.H.O.S.T”の人間を殺したことに対する怒りや恨み言などは一切ない。
(アメリカへの帰属意識がないのか?)
もしくは、アメリカに関係なく、自分がどこかに属しているという感覚が希薄なのかもしれない。
異世界で会った研究者たちの中にも、『研究さえ出来ればどこでも構わない』という価値観の者は一定数いた。
それに、研究者ではないが、弥堂自身もそれは同じだ。
(そんなものか)
帰属意識や仲間意識などは置いておいても――
戦いに無縁な一般人が突然こんな戦場に放り込まれれば、他のことには頭が回らず、自分の身の安全第一になるのは普通のことだ。
そして正しい思考でもある。
弥堂はそこで彼女に関心を失くす。
会う前と会ったばかりのイメージ、話してみて愛苗と似た境遇だと思ったこと。
そこからさらに印象が変わった。
だが、その程度のことだ。
彼女の人格にはやはり関心がなく、最後まで生きていてくれさえすれば、どんな人間性だろうとどうでもいい。
その上、こうして気を落ち着けてパニックを起こさないでいてくれるのならば。
それは弥堂にとって――
(――都合がいい)
弥堂は博士から目線を切って、通路の先にある角を視る。
あの角を曲がった通路を進んだ先にある次の曲がり角が15Fに繋がる階段がある場所のはずだ。
“G.H.O.S.T”の目線に立った場合、この先は絶対に通すわけにはいかない場所ということになる。
曲がり角の空間を魔眼で視る。
人は其処に存在するだけで情報を撒き散らす。
物音を立てたり、声を発したりしなくとも。
息を吸ったり吐いたり、周囲の空気の流れを遮ったり。
少なからず『世界』に影響を与える。
影響力を発するということは、周囲の霊子に干渉をするということだ。
もしもそこの角の向こうに誰かが居るのならば、存在をするということで齎した影響による霊子運動が起きているはずだ。
弥堂の両眼の【根源を覗く魔眼】にその情報は――
――映らない。
もしかしたら映っているのかもしれない。
ただ弥堂にその情報処理能力がないだけかもしれない。
だけど、何かあるように感じられる。
眼に映る異変は認められないが、この先に防衛戦力を置いているはずだというバイアスがかかっているだけかもしれない。
いずれにせよ、用心するに越したことはない。
「あの……?」
立ち止まったまま何もない宙空を睨む弥堂を博士が訝しむ。
弥堂は彼女の腕をとって引き寄せた。
「あ、あの、下着ですか……? それなら今――」
「――いや、必要ない」
自発的にパンツを咥えようとする博士の手から、弥堂はやんわりとした手つきでそれを奪い取り、自分のスーツのポケットに仕舞う。
博士はそのポッケをジッと見た。
「ちょっとお前にも協力してもらうぞ」
「え?」
弥堂は言いながら彼女の胸元に手を伸ばし、博士の着ているブラウスを左右に力尽くでガバっと開いた。
だが――
「――わっ、わわわ……っ⁉」
博士は少し驚いた様子を見せただけで、突然ブラジャーが露わになり「キャーッ!」と大声で叫ぶようなことにはならなかった。
それもそのはず。
弥堂は彼女の胸をジッと視る。
「そ、そうやって見られると少し恥ずかしい、です……っ」
極めて一般的な女性である博士は、下着の上に直接ブラウスを着ることはなく、きちんとキャミソールを着用していた。
その為、そこまで大袈裟なことにはならなかった。
「あぁ……、ボタンいくつかとれちゃってます……。もう、ダメですよ? こんなことしちゃ」
弥堂は、年上のお姉さんに子供のイタズラを注意するように叱られてしまい、思い通りにならなかったことも相まってイラっとした。
「え――」
弥堂はグイっとキャミソールの胸元を掴んで伸ばし、そして下から上に向かってそれをナイフで斬り裂いた。
布の裂け目から黒いブラジャーが露出し、そして――
「キャアアァァァァーッ⁉」
――今度こそ女性の大きな悲鳴が廊下に響き渡った。
その瞬間、角の向こうに、弥堂は動揺の気配を感じた。
「あ、ああ、あぶないですっ! 離してくださいっ!」
どうやら下着を見られたことよりも、顏のすぐ近くにナイフを近付けられたことに恐怖を感じて彼女は叫んだようだった。
涙目で抗議する彼女を、弥堂は――
「――金が貰えなくなるからせいぜい死ぬなよ」
「え――?」
――その角の向こうへと投げ入れた。
「ええぇぇぇぇ……っ⁉」
あんまりな出来事に、宙を飛びながら博士は驚きの声を叫ぶ。
その彼女の目に、角の向こうの通路の奥――
――そこの様相が映った。
5、6人ほどの武装した隊員が、待ち構えるようにしてライフルを構えている。
そして――
――その銃口が一斉に、自由落下中の不自由な自分へと向けられた。
「ひっ――」
彼女の喉が吸った息と漏れる悲鳴で詰まった。
その様子を魔眼に映した瞬間――
「【falso héroe】――」
――弥堂はこの『世界』から自分を失くした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ダンジョン冒険者にラブコメはいらない(多分)~正体を隠して普通の生活を送る男子高生、実は最近注目の高ランク冒険者だった~
エース皇命
ファンタジー
学校では正体を隠し、普通の男子高校生を演じている黒瀬才斗。実は仕事でダンジョンに潜っている、最近話題のAランク冒険者だった。
そんな黒瀬の通う高校に突如転校してきた白桃楓香。初対面なのにも関わらず、なぜかいきなり黒瀬に抱きつくという奇行に出る。
「才斗くん、これからよろしくお願いしますねっ」
なんと白桃は黒瀬の直属の部下として派遣された冒険者であり、以後、同じ家で生活を共にし、ダンジョンでの仕事も一緒にすることになるという。
これは、上級冒険者の黒瀬と、美少女転校生の純愛ラブコメディ――ではなく、ちゃんとしたダンジョン・ファンタジー(多分)。
※小説家になろう、カクヨムでも連載しています。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
異世界帰りのハーレム王
ぬんまる兄貴
ファンタジー
俺、飯田雷丸。どこにでもいる普通の高校生……だったはずが、気づいたら異世界に召喚されて魔王を倒してた。すごいだろ?いや、自分でもびっくりしてる。異世界で魔王討伐なんて人生のピークじゃねぇか?でも、そのピークのまま現実世界に帰ってきたわけだ。
で、戻ってきたら、日常生活が平和に戻ると思うだろ?甘かったねぇ。何か知らんけど、妖怪とか悪魔とか幽霊とか、そんなのが普通に見えるようになっちまったんだよ!なんだこれ、チート能力の延長線上か?それとも人生ハードモードのお知らせか?
異世界で魔王を倒した俺が、今度は地球で恋と戦いとボールを転がす!最高にアツいハーレムバトル、開幕!
異世界帰りのハーレム王
朝7:00/夜21:00に各サイトで毎日更新中!
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる