俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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2章 バイト先で偶然出逢わない

2章28 戦場の獣 ③

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 ホテル16F――


「――それにしても、あれが魔術なんですねぇ……。私はじめて見ました」

「…………」

「何もないところから火が。どういう仕組みなんでしょうか……。私にも魔術の才能があればわかるのかなぁ……」


 慎重に進む弥堂の後ろで、福市博士が独り言なのか弥堂に話しかけているのか、いまいち判別のつかないようなことをブツブツと言っている。

 弥堂は嘆息し、一度足を止めて振り返った。


「おい、うるさいぞ」

「え? あ、声に出てました? 私、考え事に集中するとつい……」


 どうやら独り言だったようだ。

 しかし、それは弥堂にとってはどうでもいい。


「そんなことはいい。敵の待ち伏せがあるかもしれないから静かにしろ」

「待ち伏せ、ですか?」


 目をパチクリとさせて首を傾げる彼女に溜め息を吐く。


「さっきの魔術師。通路の途中で隠れ潜んでいただろ」

「あ、はい。あれもどういう仕組みなんでしょうね? すごく興味があります」

「そういう話じゃない。その一つ上の18Fでは兵が巡回していた。17Fではそうじゃない。その違いがわからないのか?」

「えっと、どういうことでしょう?」


 世紀の発明をした天才だからといって、全ての思慮が及ぶわけではないのだなと考えながら、弥堂は説明をする。


「15Fの本部を中心地とした場合、17Fまでが防衛拠点の範囲となる。だから17Fに見張りが居た。それより上では哨戒に切り替わっているということは、そこに防衛網のラインがある」

「あ、なるほど。そう考えるんですね。ということは……」

「この16Fには最終的な防衛戦力を配置している可能性が高い。ここを抜けられたら本丸なのだから」

「ふむふむ。すごいです。こういう戦闘というか戦場?にもちゃんとロジックがあるんですね。盲点でした」

「…………」


 茶化しているわけではなく、本気で感心したような博士の様子を、弥堂は少し訝しむ。


「ということは私がブツブツ言っていると、アナタが危険になっちゃいますね。ごめんなさい、気をつけます……はむっ――」


 博士は一人で結論を出して自発的におパンツを口に入れ直す。


「お前は自分がどの立ち位置にいると思ってるんだ?」

「――ぷぇっ……っと、え?」


 弥堂は彼女の口からはみ出ているおパンツを指で摘まんで引っ張り出しながら、そう訊ねてみた。


「立ち位置、ですか……? よくわからないです。ごめんなさい」

「…………」


 彼女は一応所属としてはアメリカ側のはずだ。

 それが弥堂という日本の勢力に紛れて近寄ってきた単独の襲撃者に身柄を攫われている形に現在なっている。


 最初こそキャーキャー喚いて、ピーピー泣き叫んでいたが、先程の17Fで魔術を見た以降は随分と落ち着いている。

 研究者特有の好奇心なのかもしれないが、弥堂は少し違和感を持った。


 彼女から見た弥堂は、自分を攫って味方を殺している人間――つまり、敵のはずだ。

 それに対する言葉や態度は時間とともに馴れたものになっており、それだけではなく弥堂の身を案じるようなことまで言い始めた。


「お前は現状をどう思っているんだ?」

「え? 今ですか? その……、わけがわかりません」

「俺のことは何だと思ってるんだ?」

「えぇと……、一応2通り考えられるかなぁって……」

「へぇ」


 弥堂は彼女の話に少し関心を持つ。


「1つは、私の身柄を攫って売り払う……、とか?」

「それだったらテロリストどもに味方しているな。正規のルートじゃ売れないだろうし」

「そうなんですよねぇ。テロリストの方々を思いっきり殺しちゃってますし……」

「もう一つは?」

「あ、はい。その……、王子様……、とか?」

「なんだと?」


 全くの予想外な答えに弥堂は眉を寄せた。


「さっき、私があんなこと言っちゃったから……。連れだして自由にしてくれようとした、とか……」

「本気でそう思うのか?」

「いいえ」


 弥堂が胡乱な瞳で問うと、福市博士は頭を振る。


「王子様にしては過激すぎますし。あんなに“G.H.O.S.Tゴースト”の人を殺しちゃったら、ここを抜け出したとしてもお先真っ暗だなぁって……」

「結局どっちなんだ?」

「やっぱりわからないが答えになっちゃいますね」


 苦笑いを浮かべた彼女に弥堂は少し呆れの気持ちを抱いた。


「先行きが見えない割には随分とリラックスしてきているようだが?」

「…………」


 そう問うと博士はスンっと真顔になり、そして遠い目をする。


「だって、もう10人ですよ……。目の前で10人も人が殺されたんです……。慣れたわけじゃないけど、一周回ってというか、峠を越えたというか……。ハハッ……」


 結論は言語化出来ないまま彼女は乾いた笑いをした。

 弥堂は何でもないことのように肩を竦める。


「それならよかった」

「え?」

「これからその10倍近く殺らなければならない。その度に喚かれたら鬱陶しいからな」

「じょ、冗談ですよね……?」


 博士は思わず弥堂の眼を見上げる。

 暗闇の中で僅かに蒼銀の光を灯すその瞳には、ユーモアなどカケラも感じられない。

 博士は先程の自分の発言を思い出してハッとした。


「こんなことをしたらここを出ても先がない……。あ……、だから、目撃者を……?」


『皆殺し』という言葉を口にするのは躊躇し視線で問うと、弥堂はコクリと頷く。

 博士は絶望した。


「あ、あぁ……、そんなの……。例えアナタが勝てたとしても、それまで私生きていられるんでしょうか……?」


 プルプルと涙目で肩を震わせる彼女を視て、弥堂は先程感じた違和感をさらに強めた。


 福市博士の口から出てくるのは、最初からここまで――全て自らの身の安全を案じるものばかりだ。

 殺人自体を非難こそすれ、アメリカや“G.H.O.S.Tゴースト”の人間を殺したことに対する怒りや恨み言などは一切ない。


(アメリカへの帰属意識がないのか?)


 もしくは、アメリカに関係なく、自分がどこかに属しているという感覚が希薄なのかもしれない。

 異世界で会った研究者たちの中にも、『研究さえ出来ればどこでも構わない』という価値観の者は一定数いた。

 それに、研究者ではないが、弥堂自身もそれは同じだ。


(そんなものか)


 帰属意識や仲間意識などは置いておいても――


 戦いに無縁な一般人が突然こんな戦場に放り込まれれば、他のことには頭が回らず、自分の身の安全第一になるのは普通のことだ。

 そして正しい思考でもある。


 弥堂はそこで彼女に関心を失くす。


 会う前と会ったばかりのイメージ、話してみて愛苗と似た境遇だと思ったこと。

 そこからさらに印象が変わった。

 だが、その程度のことだ。


 彼女の人格にはやはり関心がなく、最後まで生きていてくれさえすれば、どんな人間性だろうとどうでもいい。

 その上、こうして気を落ち着けてパニックを起こさないでいてくれるのならば。

 それは弥堂にとって――


(――都合がいい)


 弥堂は博士から目線を切って、通路の先にある角を視る。


 あの角を曲がった通路を進んだ先にある次の曲がり角が15Fに繋がる階段がある場所のはずだ。

 “G.H.O.S.Tゴースト”の目線に立った場合、この先は絶対に通すわけにはいかない場所ということになる。


 曲がり角の空間を魔眼で視る。

 人は其処に存在するだけで情報を撒き散らす。


 物音を立てたり、声を発したりしなくとも。

 息を吸ったり吐いたり、周囲の空気の流れを遮ったり。

 少なからず『世界』に影響を与える。


 影響力を発するということは、周囲の霊子に干渉をするということだ。

 もしもそこの角の向こうに誰かが居るのならば、存在をするということで齎した影響による霊子運動が起きているはずだ。


 弥堂の両眼の【根源を覗く魔眼ルートヴィジョン】にその情報は――


――映らない。


 もしかしたら映っているのかもしれない。

 ただ弥堂にその情報処理能力がないだけかもしれない。

 だけど、何かあるように感じられる。


 眼に映る異変は認められないが、この先に防衛戦力を置いているはずだというバイアスがかかっているだけかもしれない。

 いずれにせよ、用心するに越したことはない。


「あの……?」


 立ち止まったまま何もない宙空を睨む弥堂を博士が訝しむ。

 弥堂は彼女の腕をとって引き寄せた。


「あ、あの、下着ですか……? それなら今――」

「――いや、必要ない」


 自発的にパンツを咥えようとする博士の手から、弥堂はやんわりとした手つきでそれを奪い取り、自分のスーツのポケットに仕舞う。

 博士はそのポッケをジッと見た。


「ちょっとお前にも協力してもらうぞ」

「え?」


 弥堂は言いながら彼女の胸元に手を伸ばし、博士の着ているブラウスを左右に力尽くでガバっと開いた。

 だが――


「――わっ、わわわ……っ⁉」


 博士は少し驚いた様子を見せただけで、突然ブラジャーが露わになり「キャーッ!」と大声で叫ぶようなことにはならなかった。

 それもそのはず。

 弥堂は彼女の胸をジッと視る。


「そ、そうやって見られると少し恥ずかしい、です……っ」


 極めて一般的な女性である博士は、下着の上に直接ブラウスを着ることはなく、きちんとキャミソールを着用していた。

 その為、そこまで大袈裟なことにはならなかった。


「あぁ……、ボタンいくつかとれちゃってます……。もう、ダメですよ? こんなことしちゃ」


 弥堂は、年上のお姉さんに子供のイタズラを注意するように叱られてしまい、思い通りにならなかったことも相まってイラっとした。


「え――」


 弥堂はグイっとキャミソールの胸元を掴んで伸ばし、そして下から上に向かってそれをナイフで斬り裂いた。

 布の裂け目から黒いブラジャーが露出し、そして――



「キャアアァァァァーッ⁉」


――今度こそ女性の大きな悲鳴が廊下に響き渡った。

 その瞬間、角の向こうに、弥堂は動揺の気配を感じた。


「あ、ああ、あぶないですっ! 離してくださいっ!」


 どうやら下着を見られたことよりも、顏のすぐ近くにナイフを近付けられたことに恐怖を感じて彼女は叫んだようだった。

 涙目で抗議する彼女を、弥堂は――


「――金が貰えなくなるからせいぜい死ぬなよ」

「え――?」


――その角の向こうへと投げ入れた。


「ええぇぇぇぇ……っ⁉」


 あんまりな出来事に、宙を飛びながら博士は驚きの声を叫ぶ。

 その彼女の目に、角の向こうの通路の奥――


――そこの様相が映った。



 5、6人ほどの武装した隊員が、待ち構えるようにしてライフルを構えている。

 そして――


――その銃口が一斉に、自由落下中の不自由な自分へと向けられた。


「ひっ――」


 彼女の喉が吸った息と漏れる悲鳴で詰まった。

 その様子を魔眼に映した瞬間――


「【falsoファルソ héroeエロエ】――」


――弥堂はこの『世界』から自分を失くした。
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