俺は普通の高校生なので、

雨ノ千雨

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2章 バイト先で偶然出逢わない

2章30 病院がたいへんっ⁉ たすけて! ステラ・フィオーレ! ①

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 美景台総合病院――


 灯りの消えた病室のベッドで愛苗ちゃんはスヤスヤと眠っている。

 そしてその彼女の顏の近くでは、黒ネコ姿のメロもムニャムニャと眠っていた。


『…………』


 そのすぐ近くの枕元には青と白のしましま模様のブラジャーがお供えされている。

 異世界にてかつて初代聖女と呼ばれ、それから身体を失い聖剣の管理人格となり、そしてこの春からは魔法少女の変身アイテムも兼任することになったエアリスさんだ。


 異彩を放つキャリアを持つ女はジッと黒ネコのメロを見ている。


 現在エアリスは、メロの視界共有魔法を維持しながら自身の推し勇者である弥堂の様子を見守り中だ。

 当然それだけでなく、ドローンに指示を出したり、作戦区域の各種インフラへ妨害工作を仕掛けたり、勇者に適示アドバイスを行ったりしつつ、この病院の防衛・監視までをも同時に熟している。

 そういった“推しピ”への奉仕やストーキングは彼女のライフワークでもあるので、それは構わない。


 だが――


『…………』


 ブラに飾られた青い宝石の中心に、赤い点のような光が灯る。

 攻撃色だ。


『なんなの……?』


 自分は一流の社会人女性としてこんなにも頑張っているというのに、このネコときたらどうだろう。

 エアリスさんは同じ『勇者さまサポートチーム』の新入り後輩に大きな不満を持っていた。


 このネコ妖精を名乗る木っ端悪魔は、大した力もなく、碌に戦えもしない。

 そのくせ、特にそれを申し訳なさそうにするわけでもなく、努力をする姿勢すら見せようとしない。


『なのに……っ!』


 ギリっと、ブラホックが歯軋りのような音を立てる。


 このネコはそんな自らを自覚し省みることもなく、日常をヘラヘラと過ごしているのだ。

 それなのに、卑しい出自の雑魚悪魔の分際で“推しピ”の使い魔のポジションを掴みやがった。


 勇者と聖剣、勇者と聖女とは特別で神聖な関係だ。

 使い魔になるというのは、その自分と“推しピ”とで築いてきた特別で神聖な領域に土足で踏み込んでくることを意味する。

 つまり、自分への敵対行動だ。


 同担拒否の聖女さまの歪んだ認知ではそのように捉えていた。


 7年だ。


『7年よ……ッ!』


 ベテランのストーカーであるエアリスさんは推し勇者とお喋りが出来るようになるまで、それほどの歳月を費やしてきたのだ。


 最初の1年は『また無能そうなガキが来たわね』くらいに思っていて、どうせすぐに死ぬだろうと関心を示さなかった。

 拷問を受け、女に騙され毒を盛られ、仕舞には投獄をされ、平和ボケした世界から攫われて来た少年の顔に陰が出来るまでを醒めた目で見ていたくらいだ。


 次の1年には彼は最前線送りとなり傭兵団に組み込まれた。

 見限られ用済みとなったのだ。

 それもこれまでの勇者候補で何度も見た光景だった。

 監禁されてわけのわからない拷問を受け続けるなら戦場で死んだ方が幸せかもしれない。

 聖剣の中で数千年の時を生き続けるハメになった女は、『いっそ羨ましいことね』と皮肉を浮かべた。


 しかし、意外にも彼はそこから2年ほど戦場で生き延びる。

 それは傭兵団のボスであるルビア=レッドルーツのおかげだった。

 だが、そのルビアが死んだことで、本格的に彼の様子がおかしくなっていく。

 彼の魂に決定的に罅が入る音をエアリスは聞いた気がした。

 その頃から彼への心情に変化が表れる。


 そこから彼は壮絶な人生を歩んでいくことになる。

 相変わらず何の力もなく、闘争に慣れはしたものの強くはなれないままで。

 だけど、彼は敵対したあらゆる者に勝つ。

 あらゆる手段を講じて――とは謂えども、後から考えても運が良かったとしか言えないようなことも多かった。


 しかし、勝つのだ。


 時には打ち倒され、時には逃走し、しかし最終的には勝利という結果を出す。


 エアリスは気が付いたら彼の戦いに目を、興味を、感心を――総ての意識を釘付けにされていた。


 あの世界の全てのモノに運命を弄ばれ、人生を滅茶苦茶にされた。

 その点で自分と重ね合わせていたのだろう。

 そして、王族、貴族、教会、魔族――彼女の嫌いなあらゆる者と敵対して、その全てを殺してくれる彼へいつしか声援すら送るようになっていた。

 そうせざるを得ないほどに彼に執心していた。


 彼は剣も魔術も未熟で才能もない。

 そして敵を殺す為に有効な“加護ライセンス”すら持たない。


 そんな彼にせめて自分の加護をと、聖剣を通して【切断ディバイドリッパー】の加護を貸し与えた。

 この聖剣には他にも溶かされた者たちの加護がある。

 それもどうにか彼に与えられないだろうかと苦心したが上手くいかなかった。


 ならば、せめて魔術などのアドバイスをと思っても、彼には声も届かない。

 勇者の資格を完全に満たしていなかったので、彼の胸に刻まれた聖痕“勇気の証明デモ・ブレイブ”は自分と彼の間に完全な繋がりを齎してくれなかったのだ。

 初代聖女様は無能な神を憎んだ。


 そんな彼女の苦悩をよそに彼は勝ち続ける。

 だが、その戦いはいつも死と隣り合わせだ。

 正直よく死ななかったと思う。


 彼はいつも血塗れでギリギリの戦いの中で、勝利への細い糸を手繰り寄せる。

 エアリスはそんな彼に届かない声を掛け続ける。

 そうすると、『自分の嫌いなモノを殺してくれるから応援』していたはずが、いつのまにか彼の身を案ずる気持ちの方が大きくなっていることに気が付いた。


 そんな時、彼は『死に戻り』の禁忌を手に入れた。

 だが、それは彼に安全を齎し、エアリスに安心を齎すものではなかった。

 禁忌は彼の戦いをより苛烈なものへと変えた。


 これより、彼は殺すことだけでなく、死ぬことにすら一切の躊躇いがなくなった。

 ルビアが死んで以降は、もういつ死んでも構わないと考えているフシがあった。

 しかし、『死に戻り』が出来るようになったせいで、その最後のブレーキもなくなってしまった。


 彼の戦いを見守るエアリスとしては、気が気でなかった。

『死に戻り』は一応機能していて、彼を何度もこの世へ戻らせた。


 しかし、これは元々偶然の産物なのだ。

 彼が求めていた禁忌は本来は『よみがえり』だったのだ。

 恐らく、ルビア=レッドルーツを生き返らせる為に。

 それが失敗して、出来たのが『死に戻り』だ。


 この術式はそうしようとしてそうなったものではない。

 たまたま失敗してこうなってしまっただけの欠陥術式だ。

 実際のところ、どういう理屈で成り立っていて、どうして成功しているのかが全く定かではない。


 前回成功したが今回は失敗するかもしれない。

 今回成功したが次回は失敗するかもしれない。

 いつそうなってもおかしくはないのだ。


 彼自身もそれをわかっていて、だけど全く躊躇なく生命を投げ出す。

 正面から挑んでも勝てない相手に勝つために、わざと1回殺されて不意を討ったりするようなことを何度も繰り返した。


 挙句の果てには――

 ちょっと紙で指先を切ってしまって、スプーンを持つ時に違和感があるからと、その傷をなかったことにする為に――

――そんなちょっとしたことでも気軽に自殺をするようにまでなってしまった。


 エアリスさんはヘラった。


 たとえ届かなくとも、彼が死なないように悲痛な声を上げ続けているというのに、そんなことは知ったことじゃないと、彼は何度もエアリスの目の前で死に続ける。

 そんな日常に彼女の情緒はメチャクチャになり、彼のあらゆる一挙一動にドキドキハラハラするようになってしまった。

 何度も泣いた。

 涙など数千年涸れていたはずなのに。


 しかしこの頃には、彼の戦闘能力が弱いところも愛嬌だと思うようになっていた。

 すぐに死んじゃうところもカワイイと思えた。

 あれだけ騙されたにも関わらずそれでもまだ女に騙されるところも。


 これは勇者さまがカッコよすぎてアホでクズな女が寄って来るのが悪いのであって、彼は何ひとつ悪くない。

 最強勇者さまにエッチしてもらったくせに、身の程も弁えずに文句を言う女がブスでゴミなのだ。

 身体がないからワタシは抱いてもらえないのに。

 そうやって女という種族を全て敵対視するようになった。


 悪い大人や悪い女に狙われる可哀想な彼のことを全力でサポートしてあげなきゃいけないし、自分がそうしないと彼はきっと死んじゃうのだと思い込むようになっていた。


 一方的に見ているだけで、勝手に聴こえないところで話しかけているだけで、相手には存在を認知されてすらいないのに――

 特級呪物級のメンヘラと化していた聖女様は、そんな相手に狂愛を抱くようになってしまったのだ。


 その勇者さまは今まさに25Fのビルから飛び降りてヘリコプターにぶら下がっているところだ。

 心配だけどプラプラしててカワイイと聖女さまは思った。

 ともあれ――



 そして、彼は成し遂げた。


 経緯は複雑なものではあるものの――


 これまで誰も成し得なかったことを。


 彼よりも圧倒的に身体能力や魔力に優れる初代や二代目にすら出来なかった『魔王討伐』――そして戦争の勝利を。


 特別強大な力を持たないままで、彼は完遂してしまったのだ。


 その後でまた次の戦争が始まってしまったが、あれは愚かなる人類どもが悪いのであって、彼は何も悪くない。

 なのでノーカンだ。

 聖女さまの中ではそういうことになっている。


 グレッドガルド皇都の城門にて、彼が魔王の首を天に掲げたあの瞬間――


 エアリスの中で、三代目勇者である弥堂 優輝の存在は、神の上位と成った。


 エアリスの持つ“強さ”というものに関する価値観が根底から覆った瞬間だ。


 屈強なフィジカル、膨大な魔力。

 卓越した剣術、超越した魔術。

 そして希少で凶悪な加護。


 それまでは、強さとはそれらが全てだと思っていた。

 しかし、今はそんなモノは全てゴミだと考えるようになった。


 それらの要素・条件の全てを無視して、彼は勝利をする。

 どんな能力を持っていようと彼の前では混沌の中で跪くのだ。


 強さとは彼だ。

 あの苛烈な生き様こそが正義だ。

 彼だけが正しくて、彼でないモノは全て間違っているのだ。

 それがエアリスの持つ唯一つの教義となった。


 人間も魔族も、天使も悪魔も、騎士も魔術師も“神意執行者ディードパニッシャー”も、神すらも――

 彼でない総てのモノは等しくゴミだ。


 この『世界』は――

『世界』のあらゆるモノは――

――彼のために存在している。



 そう考えるようになった。


 この『世界』にはそれがわかっていない愚図ばかりだ。

 あのリンスレットとかいう商売女(商人)が運営していた諜報機関の構成員たちは少しはわかっている連中だったが、しかしまだ足りない。


 自分だけが彼を真にわかってあげられる。

 だって彼は自分を使ってくれるから。


 そんな自分がもっと教義を広めなければならない。

 彼だけを崇拝し、彼の為に死ぬ捨て駒を増やすのだ。

 自分だけがそれを出来て、そしてそれこそが自分の存在理由なのだ。


 改めてそれを思い出しながら、エアリスさんは不法に入手したスマホを怪しくピカピカさせる。


 元々は『自分の嫌いなモノを殺してくれるから応援』していたが、この時には完全に『彼と敵対する全てのモノに殺意と憎しみを抱く』ように変わっていた。

 彼の為の便利で効率のいい最強の道具と為る。


 これが異世界から召喚された無力な少年を冷笑していたヒキコモリ女が、全肯定狂信者となったあらましであり――

 聖剣が呪いの魔剣となった経緯であった。


 ちなみにエアリスさんの中では、初期の中学生弥堂くんを見下していた時のことはなかったことになっている。

 あの時からお姉ちゃんとして彼を優しく見守っていたということに、事実を捻じ曲げて自分の記憶を改竄していた。


 そんな彼女は常日頃からこう考えている。


『――ユウくんに仇なすモノ……、ユウくんを害するモノ……、煩わせるモノ……、役に立たないモノはみんな死ねばいい……』


 健やかに眠るネコさんをギロリと睨みつける。


『この、役立たずめ……ッ!』


 やはりこの生ゴミを始末しようとした勇者さまの判断は間違っていなかった。

 それを気紛れで見逃してもらったら、すぐにこうして調子にのるのだ。

 しかし、それは今からでも遅くない。


 おブラの青い宝石がギラギラと赤い光を点滅させる。

 かなり強い攻撃色だ。


 呪いの魔剣の殺意に気付かずに、メロは気持ちよさそうに眠っている。

 何の夢を見ているのか、目を閉じながらおでこに肉球をあててギュゥゥっと身体を丸めてから、ペロペロと枕カバーをナメ始めた。

 この愛玩動物はこうして愛らしい姿で愛らしい仕草をして、純粋な勇者さまを誑かすのだ。

 そうに違いないと聖女さまは思った。


『おのれ……、邪悪な悪魔め……ッ!』


 青い宝石からドロドロとドス黒い魔力が漏れ出てきて、それは触手の形を形成する。


『使い魔だと……? ふざけやがって……ッ』


 ポッと出の新入社員の分際で、入社して一ヶ月も経たずに『念話』に『視界共有』だ。

 その土台を築いてきたのは誰だと思っていると、お局聖女さまはカッと怒りを燃やす。


 頭の中にいつでも自分を全肯定してくれる清楚なお姉ちゃんが現れたというのに、彼はあんまり自分とお喋りしてくれない。

 せっかくお話出来るようになったのに。


 それはこのクソネコのせいだ。

 然して時間を空けずに、同じように頭の中で通話が出来る相手が増えたせいで、自分のインパクトが薄れてしまったのだ。

 コイツは自分とカワイイ弟クンの仲を引き裂きに現れた悪魔なのだ。

 そうに違いない。


 その憎しみは怨念ねがいとなり、魔力がそのカタチを表現する。


 ギチギチっと異音を立てて、触手の先端がギロチンの形状に変わる。

 ギラリとしたその刃を眠るメロの首の真上に持ってきた。


『ユウくんの手を煩わせるまでもないわ。このワタシが始末してあげる……』


 やはりニュービーに使い魔はまだ早かったのだ。

 まずは7年ROMれと。

 声を大にしてそう言いたい。

 話はそれからだと。


 だが、それをこの悪魔に伝えることは未来永劫ないだろう。

 何故なら――


『永久BANよ……。この世からね……』


 ギロチンの狙いをしっかりと合わせる。

 刃の大きさ的に、隣で眠る小娘の首も飛んでしまいそうだが、それは最早どうでもよかった。


 開いたままの窓からそよそよと涼しい風が入ってくる。

 死ぬにはいい夜だろうと聖女さまは思った。


 クワっと目を見開いた気分で宝石を光らせる。


『死ねぃッ! とこしえに――』


 ギロチンを罪人に落とそうとした瞬間――



――ガバっと。


 熟睡していたはずの愛苗が突然身体を起こした。


「ニャニャニャ――っ⁉」


 隣で寝ていたメロがベッドから転げ落ち、頭上に展開していた邪悪な触手はパッと姿を消した。


 愛苗は窓の方へ真っ直ぐに視線を向けている。


「マ、マナ……? どうしたんッスか?」


 再びベッドへ這い上がってきたメロが訊ねるが、彼女は何も答えずにぼうっと窓の方を見たままだ。


「コワイ夢でも見たんッスか?」


 メロはその様子を少し訝しむ。

 その時、窓からまた風が流れてきて、愛苗ちゃんのお鼻がクンクンと動いた。


「……ユウくん――」

「え?」


 愛苗は弥堂の名を呟くとベッドから降りて窓際へ駆け出した。


「マナ?」


 愛苗は窓を開けて、外に顔を出す。

 メロも彼女の元へ寄って行った。


「ど、どうしたんッスか?」


 愛苗はまた鼻をクンクンと動かすと――


「――ユウくん困ってる」

「はい?」

「ユウくんが困ってるニオイがするの!」


――そう強く訴えてきた。


 メロにはなんのことかわからなかったが、愛苗の顔は至って真剣だ。

 ぽやぽや女子の彼女はいつも表情が緩み気味だが、まるで魔法少女として戦ってる時のような緊迫感があった。


「困ってるって……」


 メロは弥堂と共有している彼の視界を覗いてみる。

 すると――


「なにしてんのコイツぅーっ⁉」


 彼はちょうどヘリに引き摺られながら高層ビルの壁を走っているところだった。


「た、たしかに困ってるぅーーッ⁉」


 寝起きで見たトンデモ映像にネコさんはビックリ仰天した。


「メロちゃんどうしたの?」

「あ、いや……」


 突然大声を上げたメロを愛苗が心配して覗き込む。


(て、ていうか、なんで愛苗はわかったんッスか?)


 前にも似たようなことはあったが、その理屈が悪魔のメロにもさっぱりわからない。

「うんうん」と唸っていると、愛苗が意を決したように顔を上げる。


「――行かなきゃ」

「へ――?」


 その言葉にメロの思考は吹っ飛んだ。


「ユウくんのところに……、助けに行かなきゃ……」

「え、いや、それは……」


 愛苗はパジャマのボタンに手をかけながらタンスの方へ向かおうとする。

 メロはどうしていいかわからずにキョドキョドと動揺した。


<ネコ。止めなさい>


 エアリスからの念話でハッとする。


<お姉さん!>

<どこに向かうつもりか知らないけど、小娘をここから出すわけにはいかないわ>

<そ、そッスよね……>


 メロは慌てて愛苗に声を掛ける。


「マ、マナ! アイツなら大丈夫ッスよ!」

「だいじょうぶなの?」

「うむッス! 何故なら大丈夫だからッス!」

「でも、すっごく困ってると思うの」

「え、えっと……」


 いつもならそれで言い包められてくれるはずだが、この時ばかりは通じない。

 愛苗ちゃんは“ガンコモード”に突入していた。


「で、でも、アイツはドクズのクサレ外道ッスから! 多少困らせてやるくらいでちょうどいいんッスよ!」

「ユウくんはクズじゃないよぅ」


 愛苗ちゃんがふにゃっと眉を下げたその時――


「――キュィィィーーーッ!」

「えっ――?」


――窓の外から甲高い声が響いた。

 それは動物の鳴き声のように聴こえた。


「なんだろう……?」


 かなり大きな声だった。

 不審に思った愛苗とメロは窓から外を覗く。

 すると――


「あ、あれは――っ⁉」

「まさか――っ⁉」


――二人の驚きの声が重なる。


 窓の外、中庭に大きな獣の姿があった。

 それは彼女たちにはある意味見慣れたモノだった。


「ネズミさんだ……!」

「あの大きさは普通のネズミじゃないッスね……」


 深夜の病院の中庭に何故ゴミクズーが――彼女たちの顔に汗が垂れる。

 ここには病気や怪我をして眠っている無力な人たちがいっぱいいるというのに。

 どうかこのままどこかへ行ってくれないものかと、そんな期待をしてしまう。

 だが――


「マ、マナ……! アイツを見るッス!」

「え?」


 ネズミさんがバッタンバッタンと跳ねまわり――どころか地面に身体を叩きつけるようにして転げまわっている。


「アイツ……荒ぶってるッス……!」
「怒ってるのかな?」

「むっ! いや、アイツのケツをよく見てみるッスよ!」
「おしり……?」


 ネコさんお手てで示すメロの言葉にコテンと首を傾げながら、愛苗はネズミさんのお尻を注視してみた。


「あっ……⁉」

「うむッス。シッポがないッス」


 これまでに見てきたネズミさんにあった長いシッポが、中庭に居る個体には無かった。


「ホントだ。どうしたんだろうね。不思議だねー?」

「気になる謎ッスね。ここはジブンに任せてくれッス」

「メロちゃんわかるの?」

「フッ、ジブンはサポートタイプのネコさんッスから……」


 メロは肉球をコメカミにあててカッと目を見開いた。


「ハァァァァ……ッ! ネコさんメトリーッ!」


 説明しよう! ネコさんメトリーとは、いっぱいよく考えるネコさん魔法なのだ!


「ハッ⁉ わかったッス!」

「わぁ。メロちゃんすごーい」


 まだ何も言っていないが愛苗ちゃんがパンっと手を合わせて喜んでくれたので、メロのテンションは上がった。


「見てくれッス。このシッポ」
「わ。すごくピンってしてる」

「ジブン、ピンっときちまったんッスよ」
「教えてメロちゃん」


 メロは鷹揚に頷いてからビシッとネズミさんを指す。


「ジブンの推理によると、あのネズ公はきっと殺されたんッス」
「え……? かわいそう……」

「おそらく犯人はカラスか野良猫……、そういった他の動物に狩られちまったんッス」
「その時にシッポが食べられちゃったの?」

「そうッス! その死の間際のイメージが強くて、怨みに思っているんッス。だからシッポが無い状態でゴミクズー化したんッスよ」
「そんな……」


 愛苗ちゃんはお目めにうるっと涙をこしらえる。


<……ん? ちょっとネコ、それって……>


 何かに気が付いた聖女さまが念話を送ってきたが、絶好調の探偵ネコには聴こえない。


「同情はするッスが、しかしそれが我々動物さんの世界。弱肉強食なんッス。その自然の摂理を憎んでゴミクズーになるとは、ヤツは動物さんのツラ汚しッス。下賤なドブネズミめ……」


 メロはウィスカーパッドを持ち上げて鋭い歯をギラリとさせた。


「どど、どうしようメロちゃん。このままにはしておけないよね?」

「ん? そうッスね……」


 メロはしめたと脳裏で閃く。

 ここはゴミクズー退治を推すべきだと思いついた。

 それをすることによって愛苗が病院を出て、弥堂の残虐な仕事場に行ってしまうことを阻止する作戦だ。


「マナ、ここは――」


 悪魔が幼気な少女を唆そうとしたその時さらに――


「――キャアァァァァ……ッ!」


――今度は廊下の方から悲鳴が聴こえた。

 こちらは人間の女性の声だと思われる。


 愛苗とメロの顔に焦りが浮かぶ。


「ま、まさか病院の中にも他のゴミクズーがすでに……⁉」

「どどどどどどうしよう……っ⁉」


 アワアワとした二人はその場を一緒にグルグル回った。


「――クッ! こうなったら仕方ないッス!」

「メロちゃん――⁉」


 このままでは目を回してしまいそうなった時、メロはピョンコとジャンプして窓枠に飛び乗る。


「マナ、外のネズ公はジブンが引きつけておくッス!」

「え、で、でも……」


 心配げな瞳の彼女にメロは「フッ」とニヒルに笑った。


「なぁに、こう見えてジブンはネコさん妖精――魔法少女をお助けするネコさんッス」


 こう見えてもなにも、どこからどう見てもネコさんにしか見えないが、彼女は自信ありげに肉球でポフっと胸を叩く。


「ネコさんはネズミを狩るモノッス。もしも心配だったら、そっちをやっつけた後に助けにきてくれッス!」
「う、うん……」

「マナ。ジブンたちはパートナー。いっちょここは協力して一緒に戦おうッス!」
「わかったよメロちゃん! 私いっぱいがんばるね!」

<ちょ、ちょっとバカ、待ちなさいネコ――>


 エアリスさんが慌てて止めようとするが、二人はもうノリノリだ。


「それではしばしの別れッス! 友よ――ッ!」


 メロは涙を一滴溢しながらダッと窓の外へ飛び出した。


<こ、こら――>


 エアリスがメロを呼び戻そうとした時――


「――友よー!」


 メロのノリに釣られた愛苗ちゃんも涙を溢しつつダッと廊下へ駆け出してしまう。


『こ、こらぁーッ! 戻ってきなさいバカ娘どもぉーッ!』


 先月散々に弥堂の手を焼かせたコントロール不能なバカコンビが緊急出動してしまった。


『マ、マズイことになったわ……』


 メロはどうでもいいとして問題は愛苗だ。

 彼女はエアリスこと魔法のおブラを置いていってしまった。

 恐らく自分が一緒にいないと彼女は魔法少女に変身が出来ない。


 愛苗はそのことを知らず、そして報せることも出来ない。


 このままもしも愛苗の身に何かがあったら――


『――ユ、ユウくんに捨てられちゃうぅーーッ⁉』


 肉声ではないが、誰も居なくなった病室に聖女さまの悲痛な叫びが木霊した。

 その時――


『――えっ⁉』


 カラカラと病室のドアが開いて、飛び出していった愛苗ちゃんがテクテクと歩いてきた。

 いっそ弥堂の命令を破って彼女に話しけるべきかどうかと、エアリスは宝石の光を迷いに揺らす。


「キラキラ……」

『――ッ⁉』


 すると、その光に気付いたのか、愛苗ちゃんがおブラをジッと見た。


「…………」

『…………っ』


 暗い病室の中でJKとおブラが見つめ合う。

 謎の緊張感が発生したが、しかし――


「――きゃあぁぁぁぁっ⁉」

「あ――っ⁉」


 またも女の悲鳴が聴こえてくる。

 先程よりも切羽詰まったもののように感じられた。


「た、たいへん……っ!」

『あ――っ⁉』


 愛苗ちゃんは枕元のペンダントをガッと掴むと、また廊下をダッシュしていった。


『し、しまった……⁉』


 機を逸してしまったエアリスさんは嘆く。


『た、たいへんなことになっちゃったわ……ッ!』


 こうして弥堂不在の中、愛苗の入院する病院は大変なことになってしまった。
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