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2章 バイト先で偶然出逢わない
2章31 The True Traitor ②
しおりを挟む夜の空から火の粉が舞い落ちてくる。
ポートパークホテル美景。
火災が激化した建物から要救助者を3名連れてウェアキャットが出てきた。
「――黄沙ちゃん! この人たちは⁉」
「ケガ人カ?」
現場指揮官の黄沙に指示を請うと、犬耳ロリはぶっきらぼうに尋ね返す。
「一人軽い火傷を……」
「ソイツ、救急車ツッコむ。コッチ、寄コセ。残りは、あっちのバン」
「うん。お願い」
ウェアキャットがケガ人を引き渡すと黄沙はそのケガ人の容態を見て目を細めた。
怪我の具合はウェアキャットの報告と相違ないのだが――
「――火元に近い場所、ヨクこの軽傷で済んだナ」
「え?」
「コレなら後回し。ソイツらと一緒」
「あ、うん……」
緊急の措置は必要ないようで軽傷者を突き返す。
そのままジッと胡乱な瞳をウェアキャットへと向けた。
「……オマエ連れてくる、ケガ人、ミンナ大したケガない。偶然カ?」
「へ? えっと……、間に合ってよかったっていうか、運が良かったっていうか……?」
「……マァ、イイ」
「あはは……」
黄沙が追及をやめるとウェアキャットはどこか曖昧苦笑いをした。
「後ハ?」
「上の方の階とか、爆発したとこに近い火の激しいところはもう大丈夫。後は、下の方の階でテロリストと戦ってた人たちかな」
「ワカッタ」
「いやぁ、助かったよ。キミが居てくれて」
「あ、佐藤さん」
要救助者の居場所の情報をやりとりしていると、清祓課の今回の現場責任者である佐藤がやってくる。
「キミの異能のおかげでかなりの人を助けられたよ。ありがとうウェアキャットくん」
ホテル内の要救助者の居場所を見つける能力。
そして機動力を活かして危険地帯から単独でその要救助者を救出してくる。
さらに、かなり爆心地に近い場所のはずなのに要救助者は全員が軽傷で済んでいる。
そのウェアキャットの活躍ぶりを佐藤は称賛したのだ。
だが――
「いえ……」
ウェアキャット本人はそれを素直には喜べなかった。
その理由は3つある。
まず1つは、福市博士だ。
彼女は敵のヘリで攫われてしまったままだ。
本当はすぐに自分もヘリの追跡をしたかった。
実際にそうしようとしたのだが――
弥堂がヘリに追い縋り、増援のヘリが現れた後、このホテルでまた爆発が起きた。
今度は先程のものよりも多くの箇所で。
そのため、こちらの救助を優先せざるを得なくなったのだ。
2つめは――
(――この爆発って、あいつ……だよね……?)
――弥堂のことだ。
1回目の爆発は――どうやって起こしたかは置いておいて――状況的に弥堂が狙って起こしたものだと思われる。
今回の2回目の爆発も同様の現象に思えるが、しかしそれが起きた時は弥堂はヘリに飛び乗った後だ。
こっちのホテルを気にしていたとも思えないし、またわざわざ用済みになったこのホテルを離れた後に爆破する理由もわからない。
2回目の爆破も本当に彼の仕業なのだろうか。
そして3つめは――
「どうしたんだい? なんか浮かない様子だね?」
「え……?」
態度に出てしまっていたのか、佐藤に気遣われる。
ウェアキャットは作った表情ではなく、つい情けない笑みを浮かべてしまった。
「……助けられなかった人もいたから……」
そのことが一番心を痛めていた。
ホテル内には少なくない数の死体が転がっていた。
1Fのエントランス近くには銃撃戦で死んだ“G.H.O.S.T”の隊員やテロリストたちの――
そして上の方の階には、より凄惨で生々しい死体がいくつか廊下に捨てられていた。
(そっちをやったのは多分……)
嫌な想像に胃が反応をする。
「オマエ、死体、ハジメテか?」
「え……? あ、うん……」
見えない帽子の陰で顔色を悪くしていると黄沙にそう訊かれる。
「慣レロ。今回の戦場、死体、少ない方」
「うーん、慣れたくないなぁ……あはは……」
「まぁまぁ黄沙ちゃん。ウェアキャット君はよくやってくれてるよ」
鋭い目で見上げてくる黄沙を佐藤がとりなしながら間に入ってきた。
「誤解しないであげてね、ウェアキャットくん。黄沙ちゃんはこれでもホメてるんだよ」
「え? そうなの?」
「キミのおかげで死者が増えないで済んだって言ってくれてるんだよ」
「へ?」
反射的に黄沙の方を見ると、彼女はプイっとそっぽを向いてしまう。
クスリとウェアキャットからも笑みが漏れた。
少しだけ気分が軽くなる。
「それに、事実としてキミが居てくれてよかったよ。さっきも言ったけどね」
「いや、その、どうも……」
「聞いたよ。獣人もぶっ飛ばしたんだって?」
「あー……、なんか襲ってきたんで、つい……」
「オヤジ。あれはミス、ホメるな」
「え? そうなのかい?」
「中途半端、痛めつけて、逃がシタ。オマエ、シロウト」
「あー、はい……、それもつい……」
犬耳のロリっ娘にまたも睨まれてしまうと、佐藤は「まぁまぁ」と入ってくる。
「それより、マッドドッグ君の方は、やっぱり……?」
「あ、はい。ロストしちゃいました」
それも弥堂のことで気掛かりな点だった。
弥堂が乗っ取ったヘリを追おうとしたら、ホテルで爆発が起き、仕方なく救助に切り替えて、少ししたらマークしていた弥堂の反応が消えた。
その前の屋上にヘリが来る前にも一度ロストしたような気がしたのだが、その時はすぐに回帰したのに。
今回はロストしたまま基には戻っていない。
「それは能力の範囲外に行っちゃったからってことかな?」
「その可能性が高いです……でも――」
「――でも?」
「あっ、いえ……。多分そうです。港の方に向かったところまでは追えてました」
「……また港かぁ」
複雑そうな顔をする佐藤から目を逸らし――
(でも――)
ウェアキャットも複雑な心境になる。
MAPからマーク対象の反応が消えるのはMAPの範囲外に出られてしまった時。
それと、対象が自力でマークを剥がした時。
あとは――
――対象が死んだ時だ。
現在はその可能性は否定できない。
彼は死んでもおかしくないような危険な行動をしていたから。
(だけど、それじゃ……)
そのルールに従うのなら、一回目のロストの時はどうだろうか。
強く疑問が浮かぶ。
能力の範囲外ではないし、死んでもいない。
すぐに反応が戻ったことから、弥堂に解除されたわけでもない。
この不可解さに言い知れぬ不安が膨れ上がった。
「まぁ、“G.H.O.S.T”が追ってるだろうし、とりあえず僕たちは人命救助が優先だね。本音では博士を追いたいけれど……」
言いながら佐藤はスマホを取りだしてどこかへ通話を発信する。
少し前までは何者かの妨害で各種通信が不通になっていたが、現在は復帰していた。
「ハカセ、奪われタラ、負ケ」
スマホを耳にあてて相手が出るのを待っている佐藤を睨みながら黄沙がそんな愚痴のようなことを呟く。
その言葉がウェアキャットには引っ掛かった。
(本当にそうなのかな……?)
今回の事件は、テロリストに狙われている福市博士を守れれば勝ち、奪われれば負け――
確かにそういう話で始まったはずだ。
しかし――
(違う……、なんか気持ち悪い……)
明確な根拠と理屈が揃っているわけではないが、「そうではない」と勘が言っている。
テロリストを倒して博士を奪還すれば終わる――そういうものではないような気がした。
(敵って誰……? ううん。そうじゃないか。敵ってテロリストだけなの……?)
そう思わせるきっかけは弥堂の行動だ。
彼はテロリストだけでなく、“G.H.O.S.T”の隊員まで殺した。
その行動の善悪的な意味での善し悪しは置いておく。
それを考えたら『悪い』以外の答えを出せないから一旦外に除く。
(あいつは誰の敵なの……?)
テロリストと“G.H.O.S.T”には敵対をした。
じゃあ自分にとって彼は敵なのか。
“G.H.O.S.T”の敵は自分の敵――とはならないかもしれない。
(ううん。これもやっぱり違う。あいつは……、誰の味方なの……?)
彼の存在と行動が、現状を混迷させている。
だけど、彼だけが原因でもない。
「あれぇー? おかしいなあ……」
「どうした。オヤジ」
「“G.H.O.S.T”の指揮官さんが電話に出ないんだよぉ。コールは鳴るんだけどねぇ……」
「あの女の死体、見つかってナイ」
「うん。“G.H.O.S.T”の人たちも慌ててないから、死んだってことはないと思うんだ。せっかく港のこと教えてあげようと思ったのに。というか、あそこで戦闘になるんなら封鎖もしなきゃいけないから相談したかったのに……」
「……クサイ」
「……黄沙ちゃん。敵さんは?」
「ホボ撤退。散ッテ、逃ゲタ。多分、外人街。いくつカ、追ッテル」
「あそこに入られると手が出しにくいなぁ。それに、散って逃げてる連中は本命を逃がすための陽動だろうしねえ……。仕方ない。捕虜の方に訊くかあ。尋問よろしくね」
「ワカッタ」
佐藤と黄沙のやりとりを横目で見遣り、ウェアキャットはまた思考に戻る。
気懸かりな点。それは――
博士の安否。
弥堂の安否。それから本心。
それと――
(やっぱりあの爆発……! スゴイ気になる……っ!)
――2回目の爆発が強く心に引っ掛かる。
これも勘だ。
一番表にあるのはテロリストたちの犯罪意思。
その陰を蠢く清祓課や“G.H.O.S.T”の思惑。
そこで暴れる弥堂の意味不明さ。
(あともう一つ……!)
さらにその裏側に誰かがいるような気がした。
あの2回目の爆発がその誰かの何らかの意図だと。
強くそう感じた。
あのタイミングでの2回目の爆破。
あれで自分の――もしかしたら他にも誰かの――行動が操られたと。
直感的なモノが強くそう主張している。
「――ニセネコ。ボーっとスルナ」
「……あ」
そこまで考えが進んだところで、黄沙から注意を受ける。
大分思考に没頭してしまっていたようだ。
「……ねぇ? さっきの2回目の爆発って……」
二人にも聞いてみることにする。
「うん。いい目の付け所だね」
すると、佐藤が感心したように頷いた。
「そもそもね、あんな規模の大きい爆発を起こせるような爆発物がいくつもホテル内に残っているのがおかしいんだよ」
「おかしい……?」
しかし、それはウェアキャットの考えていたこととは別の切り口だった。
彼の説明を聞いてみる。
「こんな建物に籠るんだ。爆発物なんてまず最初にチェックする。彼らは素人じゃない」
「そういえば……。それなのに気付かなかったの?」
「ウチの分析班に調べさせたんだけどね。どうもどこかの物置や室内にポンっと置かれて隠されていた爆発物じゃないようなんだよ」
「え? どういうこと?」
だが、指を立てて愉しげに語る佐藤の話にあまりピンとこない。
ウェアキャットは首を傾げてしまった。
「じゃあ、どこに仕掛けられていたのかって話さ」
「あ、うん……」
「壁の中や配管部分など……。つまり、業者でもないと簡単には立ち入れない場所だ。なんなら改装工事の時でもないと仕込めないような場所にまで……。ちなみに、この建物に最後に改装工事が入ったのは半年ほど前だ」
「え、それって……」
「そう。おかしいんだ。ここを使うのが決まったのは今日だ。そんなに以前から仕込めるはずがない。今回の博士の来日のスケジュールが決まるずっと以前から、今日という日に何が起こるか知ってでもいないと……」
「…………」
あまりの薄気味悪さに思わず黙り込んでしまう。
すると――
「ソンナことヨリ、救助」
「あっ……、そ、そうだよね……っ」
一瞬自失しかけたが黄沙の指摘で我にかえる。
すごく重要な話で、とても気を惹かれる。
事件の真相に近い部分、そして現在の最前線は攫われた博士のいる場所だ。
その場所へ強く意識が向いてしまう。
しかし、今の自分の役目はそうではない。
黄沙に指示をされた救助活動。
それをしない理由がない。
だけど、自分が本当に居るべき場所は――
自分が戦うべき場所はここではない――
ウェアキャットは強くそう感じていた。
それでも、目の前で死にかけている人たちを放ってここを離れるわけにもいかない。
自分は清祓課と一般人の味方なのだから。
(それでいいのかな……? 本当の敵って……誰なの……?)
慌ただしくホテルの中へと戻っていく。
思考の掛け違いに気付かぬまま――
港倉庫――
「――テメエがオレの敵だァ……ッ!」
ビアンキの凶悪な獣の爪が振り下ろされる。
弥堂はそれを横に身を逸らす最低限の動きで躱した。
「随分と熱くなっているな。また落ちるぞ」
「地面を踏んでてどこに落ちるってんだ!」
「もちろん、地獄に――」
続いて振られた大振りの腕を掻い潜って弥堂はビアンキの懐に踏み込む。
零衝ではなく、左をコンパクトに振って下から突き上げるようにボディを打った。
「グッ……! こんなんで死ぬかよ……ッ!」
積み重ねられる細かな痛みにビアンキは増々熱くなって、また腕を大きく振るう。
弥堂は追撃には固執せずにバックステップで距離を作った。
「テメエだ……ッ! テメエさえいなければ……ッ!」
打たれた箇所を擦ってビアンキは唾を飛ばす。
弥堂も先程顔面を殴られた時に切れた口の端の血を拭い、唾と一緒に吐き捨てた。
「自分が下手を打ったんだ。俺のせいにするな。間抜けめ」
ここまではお互いに何発か軽い打撃を打ち合った程度で、どちらにも有効打となるほどのものはない。
だが、ビアンキの方は目に見えて怒りに我を失いつつあった。
それというのも――
「――トボけんなッ! テメエが仲間を何人も捕まえた! テメエのせいだろうがッ!」
――無差別なスパイ検挙で彼らの仲間が捕まり、そしてその後のホテルの爆破や、無差別な殺害など――弥堂の行動が大幅に彼らの計画を狂わせたからだ。
少なくとも彼らはそのように認識している。
さらに――
「そうか。ところで、その捕まった仲間とやらはどこだ? 見当たらないが?」
「テメエ……ッ!」
弥堂がわざとらしく周囲を見回してみると、ビアンキの顏に血管が浮かぶ。
「まさか仲間を見捨てて自分たちだけ逃げてきたのか? この人でなしめ」
「テメエが言うなァ――ッ!」
感情の灯っていないその言葉に激昂してビアンキは再び襲い掛かってきた。
弥堂は積極的に反撃には出ず、捌くことを優先する。
「博士を奪って逃げたんだ。今頃仲間は拷問をされているだろうな」
「ウルセェッ!」
「彼らが殺されるのはお前が弱いせいだ。俺のせいにして、それを見えないフリをするのか? クズめ」
「黙れェッ! オレは強い……ッ! オマエを殺して……! それから“G.H.O.S.T”どもも皆殺しだッ! 仲間は全員取り戻す……ッ!」
完全にキレたビアンキの攻勢が強まった。
弥堂は【身体強化】を調節しながらギリギリで捌いていく。
「…………」
その対決を見ているアレックスの元に仲間が一人寄ってきた。
「なぁ、アレックス。ビアンキのヤロウは勝てるよな?」
「……アイツは獣人だぜ? 殴りっこで負けるかよ」
「そ、そうだけどよォ……。アイツとあそこまでやりあえるヤロウなんて見たことなかったからさ……」
「相手は魔術師だからな」
「魔術使ってなくね? 獣人と殴り合う魔術師なんて見たことねェよ」
「まぁ、なんか使ってんだろ。それよりよ――」
アレックスは煙草を取り出して口に咥え、フィルターに歯を立てる。
「――ダリオは? まだか?」
「さっき連絡飛ばしたんだが、通じなかったぜ……。なぁ? まさかダリオのアニキまで敵に……」
「そりゃあねェよ。アイツはそんなヘマをしねェ」
アレックスにとって、ダリオはこの傭兵団の副リーダーであり参謀であり、そして頼れる相棒だ。
「不良のガキだった時からアイツと組んでたんだ。だからオレにはわかる。ダリオは絶対に間に合わせるぜ」
「そ、そうだよな……! 潜水艦で逃げるんだろ? それさえ来ればこの仕事も終わりだ……ッ! ビアンキもそろそろ勝つよな⁉」
「そうだな。それよりよ――」
「え?」
「オマエ、火もってねェ?」
「い、いや、オレは――ッ⁉」
仲間の傭兵はそこでアレックスの顔を見て息を呑む。
身体を緊張で硬直させた。
「だ、誰か、持ってねェか探してくるよ……ッ!」
そして怯えたように走って離れて行く。
アレックスはその背中に目を向けることもしない。
口に咥えていた煙草のフィルターが千切れて落ちた。
アレックスの目はずっとビアンキと弥堂の戦いを映している。
そして、その表情は静かに――だが、見ればわかるほどの、苛立ちと怒りを浮かべていた。
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