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2章 バイト先で偶然出逢わない
2章裏 殺害再開~The Swamp of Chaos~
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殺した。
人を。
あんなに、あっさりと。
なんの躊躇いもなく。
それどころか。
なんの前触れもなく、脈絡もなく。
いきなりそうしたようにしか、あたしには思えなかった。
初めて。
人が、殺されるところを見た。
初めて。
人が、人を殺すところを見た。
その現実は、確かに其処に存在した。
あたしの心は取り残されたように。
置き去りにされたように。
その現実という世界の外にいて。
ただその世界を見つめていた――
頭が混乱しちゃって、順番をロクに説明できないかもしれない。
弥堂と博士が居る部屋に、突然4人の銃を持った人たちが乱入してきた。
でも全員が敵だったわけじゃなく、その中の2人がテロリストで。
もう2人は人質にされた“G.H.O.S.T”の隊員さんだった。
2人の人質の内の1人はケインさん。
たぶん。
元々“G.H.O.S.T”の中に潜入していたスパイで、まだ弥堂に見つかってなかったヤツら。
仲間がたくさん捕まったから、焦ってこんな強行手段に出たんだと思う。
隊員を人質にして博士を無理矢理奪って逃げる、みたいな。
上手く奪えたところで、その後どうやってホテルから逃げるの?って思うけど。
でも、現実にそれは起きてしまって。
弥堂の目の前と――
それを映像として離れた場所で見ているあたしの前に、敵が現れた。
牙を剥いた状態で。
あまりに突然の事態で、あたしは思考が止まってしまった。
完全な当事者としてあたしもあの部屋の中に居れば、また違ったんだろうけど。
そんなのは言い訳にもならない。
だけど。
弥堂はそんな事態でもやっぱり変わらなかった。
突然銃を向けられても。
見れば一発でわかるくらいに明らかな形で、仲間が人質になっていても。
自分に何かを要求してくる犯人たちの言葉がわからなくても。
あいつはいつもどおりだった。
いつもどおり、態度悪くて。
いつもどおり、エラそうで。
いつもどおり、シカトして。
いつもどおり、セクハラを。
だから。
これも言い訳にしかならないんだけど。
あたしは甘く考えちゃったのかもしれない。
だって。
あいつがあんまりにもいつもどおりなものだから。
ガッコで法廷院たちとケンカした後、権藤センセに見つかって怒られちゃった時とか――
さっきのミラーさんとの尋問の時みたいに――
絶対ヤバくてピンチなんだけど。
あいつが「なんでそんなことしちゃうの⁉」みたいな態度なんだけど。
でも、不思議と。
何故か、そこまで悪くないようなカタチで収まっちゃったりって。
そうだったから。
今回もそうなるんじゃないかって。
あたしはそんな勘違いをしちゃってたのかもしれない。
ホントは、この時すぐにでもあの部屋に向かって飛び出して行けばよかったんだ。
あたしには、それが出来るチカラがあったのに。
判断、行動、選択、決断とか。
言い方は何でもいいけど。
とにかく――
――あたしは決定的に遅い。
今まで漠然と自分に対して感じていた、ダメなところ。
これをこの時に、これでもかってくらいに思い知ることになった――
弥堂は挑発的なことを言ったりしながら、博士にセクハラじゃ済まないガチな痴漢行為を働く。
こんな時にまでなんてことしてんのよ。
すると。
当たり前だけど。
ヘイトを買う。
でも――
<な、なにこれ⁉ 敵も味方もみんなキミにキレてんじゃん⁉ どういうこと⁉>
犯人側の人だけじゃなくって、人質にされてる“G.H.O.S.T”の隊員さんまで弥堂に怒鳴ってる。
英語でも日本語でもあいつには何も通じない。
だけど、このままでいいわけなくって。
あたしはとにかく慌てて。
どうにか犯人を刺激させないようにしなきゃって。
そう思ったところで。
ようやく持ち場と役目を放棄して助けにいくことを思いついた。
どうにかそれまで保たせなきゃ。
それには――
<とにかくまずセクハラをやめろ! 大人しくして少しだけ時間稼いで! 今ボクが助けに――>
その言葉を伝えてる最中に、あいつの動きに気付いた。
あいつは後ろから博士を抱きかかえるようにして、その……、色々してる。
でも、それはウソで。
ウソっていうか、触ってることは触りまくってるんだけど。
でも、そんな頭おかしいことしてるフリをしながら、博士の身体で自分を隠した。
そうして犯人側からは見えないように、あいつはナイフを抜いた。
そして――
それに気付いてあたしが言葉を止めた時には――
そのナイフは人の頭に突き立っていた。
え――?
あいつがナイフを抜いて、投げて、それが刺さるまで――
自分の目で全部見ていたはずなのに。
あたしは目の前の光景が理解出来なかった。
人が、死ぬ。
人が、殺される。
人を、殺す。
それをこんな風に間近で見たことがなくって。
だからすぐには受け入れられなくって。
だって、速過ぎる。
隠れて、ナイフを抜いて、それ投げて、刺す。
そこまでのことが。
その一連が。
その判断、行動、結果までの全部が早過ぎる。
いつ決めたの?
人を殺すって。
そんなに一瞬で踏み越えられるものなの?
あたしは、こういう戦場と呼ばれるような場所において、素人だ。
だけど。
そうだけど。
こんなあたしでも。
今までこういう風に、人が死んじゃうかもしれないような状況に身を置いたことは、無いわけではない。
聖人たちと一緒に行動することで。
リィゼの国のアレコレに巻き込まれたりして。
今日のこのホテルのようなヤバいギスギスまではなかったけど。
でも、同じような――
失敗したら人が死んじゃうかもしれない戦いには、経験があった。
だけど。
これまで失敗することなく、どうにかなってきてしまっていたから。
だからやっぱり、甘く考えてたのかもしれない。
今回もどうにかなるって。
誰も死なせず。
誰も殺されず。
それで済むって。
それともう1個――
あたしが全く頭から抜け落していたこと。
今までのあたしたちの戦いやピンチは。
失敗したら敵に殺されちゃうかも――だった。
それしかなかった。
だから――
味方が人を殺すかもなんて――
自分が人を殺すかもなんて――
そんなことも考えたことがなかった。
たぶん、これが――
あたしが今回の事件に関してちゃんとわかってなかったこと。
今日の味方は――
聖人たちじゃなくって――
ここに居るのは、弥堂 優輝なんだってこと。
これが弥堂 優輝なんだってこと。
あいつがどういうヤツなのか。
それを調べるためにここまで来たから。
それを一番、わかってなかった。
あたしがわからない、受け入れられないとワガママを言ったところで。
起きてしまった事実は変わらない。
変えられない。
もう、起こってしまったから。
それは結局やっぱり――
どこまでも、あたしが遅かったからだ。
スピードが自慢。
それがあたしのはずなのに。
そんなあたしの現実逃避を咎めるように――
正しい現実を突きつけるように――
黒いナイフが顔に刺さったまま、その人は倒れる。
床に頭を打って、動かず。
追い打ちをかけるように赤い血が拡がっていく。
だけど、それを観てもなお――
あたしはまだ固まったままだった。
だって――
おかしいじゃない。
いみわかんない。
今さっき言ったばかりの――
人が殺されるところ、人を殺すところ、それを味方がやってしまうところ――
それを見たことがなかった。
だけど、でも、それは起こり得ることだ。
何故なら。
これは、こんなにも無様なあたしのような素人が口にするのはとても烏滸がましいことだけど――
それでも――
『――ここはもう、戦場だ』
――前にあいつが言っていた言葉が甦る。
あの時はガッコで何言ってんだこのバカとかしか思わなかったけど。
でも、その言葉は今日に限っては正しい。
正しくここは戦場なのだ。
敵が居て。
味方が居て。
お互いに人が殺せてしまう武器を持って。
そして争う。
だから、そんな戦場という場所において、これは起こり得ることなんだ。
善い・悪いは置いておいて――
というか、善い・悪いの問題じゃなく。
現実。
それが起こる。
そういう場所。
だけど。
それでも。
それは――
敵に、味方が殺される。
敵を、味方が殺す。
――この2つについては、十分起こり得るという意味だ。
なのに――
今、倒れた人は――
今、死んだ人は――
弥堂が、殺したその人は――
――テッドさん。
“G.H.O.S.T”の隊員で。
味方のはずの人だ。
今、あたしの目の前で起こった事実はつまり――
味方が、味方を殺した――
そういうことになる。
そして、あたしはそれを――
その事実をどうしても正しく認知することができなかった。
この人もスパイだった?
ナイフ投げをミスった?
この期に及んで、そんなマヌケな考えが浮かぶ。
だけど、あたしのそんなみっともない願いはすぐに否定される。
「――見てるな? 始めるぞ」
あいつの――
やっぱり変わらない、落ち着いた声。
当たり前みたいな態度。
その姿が、『こうするつもりで、こうした』のだということをまざまざと証明してくる。
あいつは耳にイヤホンをハメてそう呟いた。
誰に?
あたしに?
違う。
誰かと通話?
「ナ、ナンダ……ッ⁉ 今ナニをしタッ⁉ 誰と喋ってル……⁉」
「マ、マッドドッグ……! オマエがテッドを殺したのカ……⁉」
テッドさんを人質にしていた犯人と、ケインさんが叫ぶ。
すごく動揺して。
それはそうだろう。
犯人にしてみれば――
人質をとって交渉していたはずなのに、その交渉相手に人質を殺されたことになる。
そんなのわけわかんないわよね。
そして、ケインさんも――
味方がいきなり味方を殺したんだもん。
そんなのわけわかんなくなる。
「そうだが? 目の前で殺ったのに見ていなかったのか?」
あいつは言い訳もしないし、悪びれもしない。
当たり前のように肯定する。
「オ、オマエ……、オレたちの味方だったのカ……?」
すると、犯人の人がそう言った。
あたしはその言葉にハッとした。
そっか、そうよね。
考えてもみなかった。
でも、この状況で“G.H.O.S.T”の人を殺すってことは、そういうことよね?
「ん? 聞いていないのか?」
あいつも否定しない。
それに――
「そうか。それよりアレックスは何をしている?」
当たり前のように、あっち側の人しか知らないはずの名前を出す。
弥堂が、裏切った……?
「それで? 随分と予定と違うようだが?」
じゃなくって、この言い方だと、最初からあっち側だったってこと?
「あ? 違う。修正プランが出ていただろ? それも聞いていないのか?」
しかも、この犯人の人よりも詳しいことを知ってる立場?
あたしが必死に理解を追い付けようとしていると、それもまた、裏切られる。
「仕方ない。見せてやる。時間がないから一発で覚えろよ」
「ワ、ワルイ……」
弥堂はまるで仲間みたいに犯人と喋って。
そして手に持っていたスマホを見せるために、彼にそれを投げ渡す。
少し大げさなくらいに天井近くまで高く放られたスマホ。
自然とみんなの視線がそれに向いてしまって。
放物線を描いて落ちてくるそれを目で追ってしまう。
ケインさんも、博士も、犯人たちも。
だけど、あたしだけは違う。
その光景を俯瞰するように映像で観ていたから気付けた。
投げたスマホで全員の視線を誘導して、その瞬間自分は誰の視界からも消えた。
そして、あいつはまた突然動き出す。
あたしだけじゃなく、部屋の中の誰もが呆けている内に。
スマホに釣られて天井を見上げている隙に――
弥堂は博士を乱暴に突き飛ばして、あっという間に人質を失った犯人の傍へ――
――近づいたと思った時にはもう拳を触れさせている。
その刹那を脳内に切り取った瞬間、あたしはみらいのことを浮かべた。
あの子が観たという、前回の事件の時の港の監視カメラの映像――
あの時現場に溢れていたというゾンビに対して使った、あいつの必殺ヘンタイぱんち――
それを使ったら、どうなった?
答えは今、目の前――
――人間が、破裂した。
学園の廊下で壁に撃ち込んだ時と一緒。
あの時はコンクリートが砕けて、弾けて、散った。
今は、肌が裂けて、眼球が弾けて、血が散った。
口から内臓のようなモノまで飛び出したように見えた。
確認する必要もないほどの致命傷、即死。
また、目の前で。
簡単に。
ホントに簡単に。
こんなにあっさりと。
また、人が殺された。
それでもまだ、終わらない。
ナイフを拾って、投げて。
銃を奪って、撃って。
あっという間に。
ほんの一瞬と謂えるような短い時間で。
部屋に突然入って来た人たちは全員、突然に殺されてしまった。
“それ”が出来る戦闘能力が――じゃなくって。
“それ”が簡単に出来てしまうその精神をコワイと思った。
だけど、それ以上に――
やっぱり、いみがわからない。
“G.H.O.S.T”を殺した。
じゃあテロリスト側なの?と思った。
でも、テロリストも殺した。
全員殺した。
<――な、なんで……>
もしもその行動に理由があるのなら――
<……なんで、殺した……の……?>
<敵を殺しただけだが?>
――また、あいつは当たり前のことのように答える。
あたしには理解できない。
だって“G.H.O.S.T”の人たちも――
<それがどうした?>
すごく落ち着いた声――というか、思念。
感情的になったからでも、気が動転してやってしまったのでもない。
そこには明確な意思がある。
そうなら――
その理由となるもの。
その残された可能性は――
あの人たちもスパイ、だったの……っ?
<さぁ? 知らないな>
<は――?>
だけど、その最後の望みすら絶たれてしまう。
だって、そうじゃないなら――なんで味方を?
<味方? 意味がわからないな>
いみがわかんないのは、こっちの方よ……っ!
いっそ、そう叫びたい。
だけど、どんどんと早まっていく自分の心臓の音に頭の中を支配されちゃったみたいで。
言葉も思念も送れない。
でも――
ここまでずっと感じていた不安の正体はわかったような気がした。
というか、わかってしまった。
だけど、それがわかったところで。
あたしはどうしていいかわかんない。
「――おい、準備は出来ているか?」
多分あたしじゃない、他の誰か――何処かへ声をかけて。
あたしを置き去りにするように、あいつは次の行動へ――
さっきの人を殺した技で、弥堂は部屋のガラスを粉々にする。
20Fの窓から外へ死体を投げ捨て、その死体に向かって銃を撃ってからその銃も外へ放り捨てる。
まったく理解できない行動。
<な、なにやってんの……っ⁉ つか、さっきから誰と喋ってんの⁉>
<全肯定風お姉ちゃんだ>
こんな時にもいつもと同じ、答えになってないふざけた答え。
ていうか、やっぱり誰かと繋がってる?
もう何もかもわからない。
<キミの目的はなんなの……⁉>
<目的だと? お前と一緒だろ>
同じ?
何が?
だめ。
ホントわかんない。
あたしとこいつが今同じことをしてるだなんて――
そんな風には全く思えない。
あいつなりの説明なのか――
<大成功があっただろ。ボーナス付きで報酬が支払われる条件。それは、『博士を誰にも渡さないこと』だ>
――それは事務所で佐藤さんの説明を聞いた時に引っ掛かったところだ。
<――テロリストには渡さない。アメリカにも渡さない>
<このホテルに居る人間は皆殺しだ――>
なにそれ……⁉ ぜんっぜん、いみがわかんない……っ!
すでにもう、あたしは完全にパニックになっているというのに。
容赦なくさらに――
『あーあ、やっぱり殺りやがったよ……。アタシャ絶対ェこうなるって思ってたね。ほれ見たことか!』
『途中で“ごーすと”に取り入ろうとしていましたから、今回はもしかしたら穏便に済むかもしれないと期待したんですけど……』
『あわよくばってスケベ心だろ? このバカはいっつも行き当たりばったりの思いつきで行動してんだよ』
『そのくせ最初に決めたことも無理矢理押し通そうとするから、毎回滅茶苦茶なことになっちゃうんですよね……』
<え……? なに……? 誰……っ?>
『おっと、やべ――』
――また、声が聴こえた。
やっぱり肉声じゃない。
頭の中に直接、思念通話みたいに。
女の人が2人……?
でも、知らない声。
だけど――
これって、ルビアさんとエルフィさん……?
理由はない。
なんとなくそう思った。
え? でも、ルビアさんは……
死んじゃったって話もウソだった……?
そういえばみらいが、あいつには協力者か仲間がいるかもって言ってた。
魔術で、思念通話を繋いで、彼女たちと一緒にこの仕事に?
でも、そうだとしても――
<“G.H.O.S.T”もテロリストも両方敵に回して……! そんなホテルの中で博士を連れ歩いてどうやって守るっていうのよ……ッ!>
<別に。仮に奪われそうになったらこの女を殺せばいいだけだ。それでも最低条件は達成され金になる。俺に損はない。実に簡単な仕事だ>
博士を守るのが目的なのに、博士を殺す……?
ダメ。
何言ってんのか全然わかんない……!
だけど、あいつはわかるように説明なんてしてくれないし、あたしの理解を待ってもくれない。
いつもは適当で意味のわからないヘリクツばっか捏ねるのに。
人を殺したことに言い訳すらしない。
してくれない。
そして――
「エアリス――」
また誰かに呼びかける。
エアリス?
ルビアでもエルフィーネでもなく?
誰なの?
さっきの声のどっちかがエアリス?
あいつがこっちを向く――
それだけのことで、疑念は吹き飛んだ。
割れた窓から弥堂は外の方を見る。
あいつがいるホテルの20Fと大体同じ高さにあるのが、あたしが居る隣のビルの屋上だ。
距離はそれなりにある。
だけど、映像越しではなく。
直接、目が合ったような気がした。
たったのそれだけのことで、あたしは息が止まったように固まってしまって、浮かべていた疑念の続きを考えることも出来なくなった。
でも、あいつが見てるのは、あたしじゃないかもしれない。
あたしと、あいつの間には、ナニカが居る。
ホテルの割れた窓のすぐ近く。
空中に浮かぶモノ。
あれは――
「――ドローン……?」
この任務が始まる直前に、こっちのビルの上空で見たのと同じ黒いドローン。
あれって、みらいじゃ……?
なんであいつの……
そこでハッと気が付く。
あいつはあれと同じ機種のドローンを学園から盗んでいたんだった。
まさかさっきのもあいつが?
あれを操作しているのがあいつの仲間ってこと?
そこまで思いついたけど、またあいつが喋っただけであたしは思考を飛ばしてしまう。
問題はいつまでも解決へ向かわない。
<――課題を出されていたんだ……>
<部活の課題でな。簡単なものだから、このG.W中に各自で片付けておくようにと命じられていたんだ>
部活?
こんな時になにを……
まるでふざけてるみたいな言葉。
なのに、不安はもっと膨らむ。
人が死ぬという最悪の出来事が終わったばかりなのに。
あたしのカンはこの先にもっと強い不安を感じている。
<『普通の高校生である僕がもしも宿泊先のホテルを爆破されたら』――あるだろ? 泊ってるホテルを襲撃されて建物ごと爆破されるような事件に巻き込まれる。その手の映画やアニメが……。今のこの状況を予め警告してくれていた>
つい最近、教室でお喋りしてたようなことと似た話。
あの時は魔法少女がどうとかって。
それを今この場で、こんな状況で聞くと、酷く不気味に聴こえてしまう。
<遍く状況下に於いて生き残る方法を模索する――それが我々の活動のテーマだ。今回は、普通の高校生である俺が滞在先のホテルを爆破されたら――そんな状況下でどう行動するのが最適か>
<答えは簡単だ――>
こっちを向いたままのあいつの蒼銀の瞳に、さらなる力がこもる。
そこにあるのは確かな意思。
でも、その意思を乗せた言葉を向けたのはきっとあたしにじゃない。
それを受けるのはドローン――
声は無い。
でも、唇の動きでわかった。
『や・れ』――と。
それから1秒か、2秒か遅れて――
ホテルが大爆発を起こした。
あちこちのガラスやコンクリートが弾けて。
建物の中に収まらなくなった火や煙が溢れるみたいにして外へと出てくる。
またも起こった急な出来事に、あたしは着いていけないでいる。
そんなことお構いなしに。
あいつは変わらない調子で言う。
<――答えは、『爆破される前にこっちから爆破してしまえばいい』だ>
<く、くるってる……>
そんなこと考えるヤツなんていない。
だけど――
<爆発が起きることがわかっていれば驚くこともない。それに、自分たちで爆破するつもりだった敵側は今頃大慌てだろう。大混乱している内に全員地獄に落としてやる。俺以外の全員が困っていて、俺だけが困ってない。この瞬間、俺だけがフリーだ>
でも、実際そのとおりなのだろう。
そのとおりになってる。
あいつが、そうした。
でも、あたしには、なにひとつ理解できない。
言葉の問題じゃない。
本当に同じ生き物なの?
自分でも正体のわからない絶望感に、自分が元々持っていた全ての自由を拘束されてしまったように感じた。
あぁ。
そっか。
そういうことか。
この今の瞬間に。
誰も自由に動けなくなったこの一瞬に。
あんたは誰よりも速く動き出すのね。
それがわかっても。
やっぱりあたしは遅くて。
この期に及んでもまだ。
たぶん在りもしない最後の望みのようなものに縋っていた。
だけどそんなあたしを突き放すように――
トドメを刺すように――
「味方などいない――」
いつもと変わらない冷たい瞳に蒼い焔を灯して――
あいつは、そう言った。
あたしはこの時にようやくわかった。
これが、こいつの正体。
本性――
でも隠してたわけじゃない。
こいつはずっとこうだった。
あたしがわかってなかった。
なんで。
あたしはこの時もまた――
裏切られた――
そんな風に思って。
それから、なんて身勝手なと思った。
勝手なのはあいつ――
それはもちろんなんだけど。
でも、あたしもやっぱり勝手だった。
だって――
これがあたしの知りたかったことじゃない。
これを知るために色々やってきたんだ。
でも、探って、それで知ったことが――
自分の意にそぐわないものだったからって――
期待したものじゃなかったからって――
裏切られただなんて――
なんて勝手なんだろう。
そんな醜いあたしなんかには、これっぽちの関心も向けず。
あいつはまた動く。
泣いてる博士を引き摺って、部屋を出ていく。
そして廊下を歩いて行く。
このホテル内と、外と――
其処にいる全てを敵に回して。
あたしは自分がどう動くべきか、なにも思いつかなかった。
もうここで見てるだけでいいわけがない。
あいつを追う?
でも追ってどうするの?
あいつを捕まえる?
それで博士を取り戻して。
でも、それでどうするの?
もしもそうしたら、あいつは犯罪者として捕まることになる。
多分、“G.H.O.S.T”にあんなことをしたんだから、アメリカに連れて行かれて裁かれるんだろう。
そうじゃなくっても清祓課に捕まって、結末は変わらない。
そしたら愛苗はどうなるの?
身勝手ついでに、あたしの自分だけの都合で考えるのなら。
あいつがテロリストに殺されるのも困るけど。
でも、“G.H.O.S.T”や清祓課に連れて行かれるのも非常に困る。
特に“G.H.O.S.T”に渡ってしまったら、あたしたちじゃもう手が出せなくなる。
それこそ強奪でもしない限りは。
じゃあ?
まさか、あいつに協力して――
あいつを守って――
あたしも一緒に全部と戦う?
愛苗のために。
そんなの全く理屈も筋も通ってない。
だけど。
混乱してるせいか――
あたしはこの時、「そうするべき」だと――強くそう思ってしまった。
でも――そんなわけない……!
しっかりしろ七海っ!
頭を振ってバカな考えを追い出す。
その時、佐藤さんから通信が入った。
『ウェアキャットくん、聞こえるかい⁉ そっちから見てて、何が起こったかわかるかい⁉』
あたしの心臓がまたドキリと跳ねる。
訊かれて当たり前の質問じゃない!
早く答えなきゃ。
でも、あたしはまたなんでか――
今自分が見たものをそのまま伝えていいものか、躊躇してしまう。
挙句――
「――あ、え、えっと……、ホテルが爆発、して……」
――ウソではないけど、でもホントのことを全部言ってない。
そんなズルイ答え。
言った後すぐに罪悪感が湧いた。
『何が原因かとか、わからないよね?』
あたしはなんで……
「……ゴメンなさい」
あいつのことを庇ってるの……?
わかんないけど。
でも、なんにしても――
(サイテーだ……っ!)
あんなヤツ庇う理由なんてないはずなのに。
何故か言っちゃダメな気がして。
でも理由はホントはある。
だけど、でもそんな身勝手なこと許されない。
この仕事が終わった後に弥堂にマーキングをして、そして愛苗の情報を得る。
でもその理由も多分後付けにすぎない。
それよりももっと手前のところで。
やっぱりカンだと思うけど。
言っちゃダメって、そんな気が強くする。
でも、こんなのは、あいつとあたし以外の全ての人を困らせることになる。
当然清祓課の責任者である佐藤さんも。
『“G.H.O.S.T”だけならともかく、あそこには少なからず一般人も居るのに……。幸い消防車と救急車は居るけど、中へ救助へ向かっていいものか……』
その佐藤さんの言葉にハッとした。
一気に頭も身体も冷える。
ホントになんて身勝手。
ここに居るのは戦う人だけじゃなかった。
従業員さんや業者さんなど――
非戦闘員もホテルに居て、そしてその人たちの何人かも弥堂がスパイだとか言って拘束していた。
その人たちは今どうしてるの?
そう考えた時、辺りが急に暗くなる。
視線を上げると、目の前のホテルだけじゃなく、周囲一帯の建物の電気が消えていた。
停電? こんな時に……っ!
どうやら通信も遮断されちゃったみたいで、通信機から聴こえてた佐藤さんの声も途切れた。
ま、まさかこれもあいつが……?
さらにそれだけじゃ留まらず――
また爆発音が響いた。
今度はホテルの中じゃなくって、外で。
階下にあるホテルの玄関口で煙が上がっているようだった。
一体なにがと思うと同時に、ホテルへ次々に車が突っ込んでくる。
そして溢れ出す銃声。
まさかテロリストが外からも攻めてきた?
なんてタイミングなのよ!
<――ねぇ! これもキミの仕業⁉>
<ホテル……ッ! 一般人も居たでしょ⁉ その人たちは⁉>
<あの人たちもホントにスパイだったの⁉>
急いであいつを問い詰める。
慌て切ったあたしとは真逆に、あいつは落ち着き払った声で――
<何の話だ?>
まるで他人事のような答え。
こんなことをしでかして、信じられないような物言い。
<さっきも言ったがスパイかどうかなどどうでもいい。このホテルに居る人間は全員敵だ>
<ま、まさか……っ、関係ない人も……、普通の人たちも……っ! 全部巻き添えにするってわけ……⁉>
<お前と議論をしている暇はない。俺は忙しいんだ。意見を聞く筋合いもない。邪魔をするならもう切れ>
<もういいっ――!>
カッと、頭に血が昇って思念通話を切る。
その時に、そういえば男の子っぽく演技してた口調が完全に素に戻ってしまっていたことに気が付いた。
だけど、そんなことももうどうでもいい――
――あったまきた!
もう大人しくなんてしてらんない。
ガンっと――
屋上の床をブーツで強く踏みつける。
同時に――
「【小指で支える世界】――」
別スキルで表示してる弥堂の映像を縮小させて視界のすみっこに追い遣る。
代わりにホテル内を詳細表示させたMAPを拡大させる。
立体的な建物内の地図に、中にいる全ての生命体を表示させた。
もういい。
あんたなんかもうアテにしない。
この人たちは全員、あたしが助ける。
確か5Fに従業員用の仮設の休憩スペースがあったはず。
MAPで確かめるとそこには数人の反応が。
実際のホテル建物を見ると、4Fと7Fから火が出てる。
急がなきゃ――
「煌めけ、『七色の宝石』――」
自分の裡へと呼びかけて、それを可能とするチカラを喚び起こす。
あたしは迷いなく20Fの屋上から飛び降りた。
そして――
「【跳兎不墜】……ッ!」
ブーツの能力を起動させて宙を踏む。
向かいのホテルの5Fを目指して一気に空中を駆け下りた。
その勢いのまま、ブーツの靴底を窓ガラスに叩きつけて蹴り破る。
ホテルの5Fに突入した。
この中は今どうなってるかわからない。
だけど、一般人だけでも救出しなきゃ。
チラリと、視界の隅にやった弥堂の映像を見る。
あいつはやっぱり変わらない姿で、大混乱のホテルの廊下を歩いている。
頭がおかしい以外に何もないんだけど。
でも。
何度も思ったとおり。
ううん。
それ以上に。
今のあいつの姿が、自然に見えた。
あいつは――
弥堂は――
こう言っちゃなんだけど、いつでも、何処に居ても、どこか浮いていた。
学園の教室でも。
廊下でも。
授業中でも放課後でも。
休日の街でも。
探偵事務所でも。
このホテルに入った時も。
あらゆる風景の上で浮いてる。
その風景の中に居るんじゃなくって。
その風景の上にシールで貼り付けたみたいに。
『世界』から常に剥がれかけている。
だけど、今は――
そんなあいつが、ここに在る世界にピッタリとハマっているように見えた。
でも、多分逆なんだ。
『世界』があいつのカタチにピッタリ合った。
今のこのホテルが――
この戦場こそが――
あいつの世界。
そして、この人間こそが――
弥堂 優輝なんだ。
あたしは初めて、本当に、それを知った。
人を。
あんなに、あっさりと。
なんの躊躇いもなく。
それどころか。
なんの前触れもなく、脈絡もなく。
いきなりそうしたようにしか、あたしには思えなかった。
初めて。
人が、殺されるところを見た。
初めて。
人が、人を殺すところを見た。
その現実は、確かに其処に存在した。
あたしの心は取り残されたように。
置き去りにされたように。
その現実という世界の外にいて。
ただその世界を見つめていた――
頭が混乱しちゃって、順番をロクに説明できないかもしれない。
弥堂と博士が居る部屋に、突然4人の銃を持った人たちが乱入してきた。
でも全員が敵だったわけじゃなく、その中の2人がテロリストで。
もう2人は人質にされた“G.H.O.S.T”の隊員さんだった。
2人の人質の内の1人はケインさん。
たぶん。
元々“G.H.O.S.T”の中に潜入していたスパイで、まだ弥堂に見つかってなかったヤツら。
仲間がたくさん捕まったから、焦ってこんな強行手段に出たんだと思う。
隊員を人質にして博士を無理矢理奪って逃げる、みたいな。
上手く奪えたところで、その後どうやってホテルから逃げるの?って思うけど。
でも、現実にそれは起きてしまって。
弥堂の目の前と――
それを映像として離れた場所で見ているあたしの前に、敵が現れた。
牙を剥いた状態で。
あまりに突然の事態で、あたしは思考が止まってしまった。
完全な当事者としてあたしもあの部屋の中に居れば、また違ったんだろうけど。
そんなのは言い訳にもならない。
だけど。
弥堂はそんな事態でもやっぱり変わらなかった。
突然銃を向けられても。
見れば一発でわかるくらいに明らかな形で、仲間が人質になっていても。
自分に何かを要求してくる犯人たちの言葉がわからなくても。
あいつはいつもどおりだった。
いつもどおり、態度悪くて。
いつもどおり、エラそうで。
いつもどおり、シカトして。
いつもどおり、セクハラを。
だから。
これも言い訳にしかならないんだけど。
あたしは甘く考えちゃったのかもしれない。
だって。
あいつがあんまりにもいつもどおりなものだから。
ガッコで法廷院たちとケンカした後、権藤センセに見つかって怒られちゃった時とか――
さっきのミラーさんとの尋問の時みたいに――
絶対ヤバくてピンチなんだけど。
あいつが「なんでそんなことしちゃうの⁉」みたいな態度なんだけど。
でも、不思議と。
何故か、そこまで悪くないようなカタチで収まっちゃったりって。
そうだったから。
今回もそうなるんじゃないかって。
あたしはそんな勘違いをしちゃってたのかもしれない。
ホントは、この時すぐにでもあの部屋に向かって飛び出して行けばよかったんだ。
あたしには、それが出来るチカラがあったのに。
判断、行動、選択、決断とか。
言い方は何でもいいけど。
とにかく――
――あたしは決定的に遅い。
今まで漠然と自分に対して感じていた、ダメなところ。
これをこの時に、これでもかってくらいに思い知ることになった――
弥堂は挑発的なことを言ったりしながら、博士にセクハラじゃ済まないガチな痴漢行為を働く。
こんな時にまでなんてことしてんのよ。
すると。
当たり前だけど。
ヘイトを買う。
でも――
<な、なにこれ⁉ 敵も味方もみんなキミにキレてんじゃん⁉ どういうこと⁉>
犯人側の人だけじゃなくって、人質にされてる“G.H.O.S.T”の隊員さんまで弥堂に怒鳴ってる。
英語でも日本語でもあいつには何も通じない。
だけど、このままでいいわけなくって。
あたしはとにかく慌てて。
どうにか犯人を刺激させないようにしなきゃって。
そう思ったところで。
ようやく持ち場と役目を放棄して助けにいくことを思いついた。
どうにかそれまで保たせなきゃ。
それには――
<とにかくまずセクハラをやめろ! 大人しくして少しだけ時間稼いで! 今ボクが助けに――>
その言葉を伝えてる最中に、あいつの動きに気付いた。
あいつは後ろから博士を抱きかかえるようにして、その……、色々してる。
でも、それはウソで。
ウソっていうか、触ってることは触りまくってるんだけど。
でも、そんな頭おかしいことしてるフリをしながら、博士の身体で自分を隠した。
そうして犯人側からは見えないように、あいつはナイフを抜いた。
そして――
それに気付いてあたしが言葉を止めた時には――
そのナイフは人の頭に突き立っていた。
え――?
あいつがナイフを抜いて、投げて、それが刺さるまで――
自分の目で全部見ていたはずなのに。
あたしは目の前の光景が理解出来なかった。
人が、死ぬ。
人が、殺される。
人を、殺す。
それをこんな風に間近で見たことがなくって。
だからすぐには受け入れられなくって。
だって、速過ぎる。
隠れて、ナイフを抜いて、それ投げて、刺す。
そこまでのことが。
その一連が。
その判断、行動、結果までの全部が早過ぎる。
いつ決めたの?
人を殺すって。
そんなに一瞬で踏み越えられるものなの?
あたしは、こういう戦場と呼ばれるような場所において、素人だ。
だけど。
そうだけど。
こんなあたしでも。
今までこういう風に、人が死んじゃうかもしれないような状況に身を置いたことは、無いわけではない。
聖人たちと一緒に行動することで。
リィゼの国のアレコレに巻き込まれたりして。
今日のこのホテルのようなヤバいギスギスまではなかったけど。
でも、同じような――
失敗したら人が死んじゃうかもしれない戦いには、経験があった。
だけど。
これまで失敗することなく、どうにかなってきてしまっていたから。
だからやっぱり、甘く考えてたのかもしれない。
今回もどうにかなるって。
誰も死なせず。
誰も殺されず。
それで済むって。
それともう1個――
あたしが全く頭から抜け落していたこと。
今までのあたしたちの戦いやピンチは。
失敗したら敵に殺されちゃうかも――だった。
それしかなかった。
だから――
味方が人を殺すかもなんて――
自分が人を殺すかもなんて――
そんなことも考えたことがなかった。
たぶん、これが――
あたしが今回の事件に関してちゃんとわかってなかったこと。
今日の味方は――
聖人たちじゃなくって――
ここに居るのは、弥堂 優輝なんだってこと。
これが弥堂 優輝なんだってこと。
あいつがどういうヤツなのか。
それを調べるためにここまで来たから。
それを一番、わかってなかった。
あたしがわからない、受け入れられないとワガママを言ったところで。
起きてしまった事実は変わらない。
変えられない。
もう、起こってしまったから。
それは結局やっぱり――
どこまでも、あたしが遅かったからだ。
スピードが自慢。
それがあたしのはずなのに。
そんなあたしの現実逃避を咎めるように――
正しい現実を突きつけるように――
黒いナイフが顔に刺さったまま、その人は倒れる。
床に頭を打って、動かず。
追い打ちをかけるように赤い血が拡がっていく。
だけど、それを観てもなお――
あたしはまだ固まったままだった。
だって――
おかしいじゃない。
いみわかんない。
今さっき言ったばかりの――
人が殺されるところ、人を殺すところ、それを味方がやってしまうところ――
それを見たことがなかった。
だけど、でも、それは起こり得ることだ。
何故なら。
これは、こんなにも無様なあたしのような素人が口にするのはとても烏滸がましいことだけど――
それでも――
『――ここはもう、戦場だ』
――前にあいつが言っていた言葉が甦る。
あの時はガッコで何言ってんだこのバカとかしか思わなかったけど。
でも、その言葉は今日に限っては正しい。
正しくここは戦場なのだ。
敵が居て。
味方が居て。
お互いに人が殺せてしまう武器を持って。
そして争う。
だから、そんな戦場という場所において、これは起こり得ることなんだ。
善い・悪いは置いておいて――
というか、善い・悪いの問題じゃなく。
現実。
それが起こる。
そういう場所。
だけど。
それでも。
それは――
敵に、味方が殺される。
敵を、味方が殺す。
――この2つについては、十分起こり得るという意味だ。
なのに――
今、倒れた人は――
今、死んだ人は――
弥堂が、殺したその人は――
――テッドさん。
“G.H.O.S.T”の隊員で。
味方のはずの人だ。
今、あたしの目の前で起こった事実はつまり――
味方が、味方を殺した――
そういうことになる。
そして、あたしはそれを――
その事実をどうしても正しく認知することができなかった。
この人もスパイだった?
ナイフ投げをミスった?
この期に及んで、そんなマヌケな考えが浮かぶ。
だけど、あたしのそんなみっともない願いはすぐに否定される。
「――見てるな? 始めるぞ」
あいつの――
やっぱり変わらない、落ち着いた声。
当たり前みたいな態度。
その姿が、『こうするつもりで、こうした』のだということをまざまざと証明してくる。
あいつは耳にイヤホンをハメてそう呟いた。
誰に?
あたしに?
違う。
誰かと通話?
「ナ、ナンダ……ッ⁉ 今ナニをしタッ⁉ 誰と喋ってル……⁉」
「マ、マッドドッグ……! オマエがテッドを殺したのカ……⁉」
テッドさんを人質にしていた犯人と、ケインさんが叫ぶ。
すごく動揺して。
それはそうだろう。
犯人にしてみれば――
人質をとって交渉していたはずなのに、その交渉相手に人質を殺されたことになる。
そんなのわけわかんないわよね。
そして、ケインさんも――
味方がいきなり味方を殺したんだもん。
そんなのわけわかんなくなる。
「そうだが? 目の前で殺ったのに見ていなかったのか?」
あいつは言い訳もしないし、悪びれもしない。
当たり前のように肯定する。
「オ、オマエ……、オレたちの味方だったのカ……?」
すると、犯人の人がそう言った。
あたしはその言葉にハッとした。
そっか、そうよね。
考えてもみなかった。
でも、この状況で“G.H.O.S.T”の人を殺すってことは、そういうことよね?
「ん? 聞いていないのか?」
あいつも否定しない。
それに――
「そうか。それよりアレックスは何をしている?」
当たり前のように、あっち側の人しか知らないはずの名前を出す。
弥堂が、裏切った……?
「それで? 随分と予定と違うようだが?」
じゃなくって、この言い方だと、最初からあっち側だったってこと?
「あ? 違う。修正プランが出ていただろ? それも聞いていないのか?」
しかも、この犯人の人よりも詳しいことを知ってる立場?
あたしが必死に理解を追い付けようとしていると、それもまた、裏切られる。
「仕方ない。見せてやる。時間がないから一発で覚えろよ」
「ワ、ワルイ……」
弥堂はまるで仲間みたいに犯人と喋って。
そして手に持っていたスマホを見せるために、彼にそれを投げ渡す。
少し大げさなくらいに天井近くまで高く放られたスマホ。
自然とみんなの視線がそれに向いてしまって。
放物線を描いて落ちてくるそれを目で追ってしまう。
ケインさんも、博士も、犯人たちも。
だけど、あたしだけは違う。
その光景を俯瞰するように映像で観ていたから気付けた。
投げたスマホで全員の視線を誘導して、その瞬間自分は誰の視界からも消えた。
そして、あいつはまた突然動き出す。
あたしだけじゃなく、部屋の中の誰もが呆けている内に。
スマホに釣られて天井を見上げている隙に――
弥堂は博士を乱暴に突き飛ばして、あっという間に人質を失った犯人の傍へ――
――近づいたと思った時にはもう拳を触れさせている。
その刹那を脳内に切り取った瞬間、あたしはみらいのことを浮かべた。
あの子が観たという、前回の事件の時の港の監視カメラの映像――
あの時現場に溢れていたというゾンビに対して使った、あいつの必殺ヘンタイぱんち――
それを使ったら、どうなった?
答えは今、目の前――
――人間が、破裂した。
学園の廊下で壁に撃ち込んだ時と一緒。
あの時はコンクリートが砕けて、弾けて、散った。
今は、肌が裂けて、眼球が弾けて、血が散った。
口から内臓のようなモノまで飛び出したように見えた。
確認する必要もないほどの致命傷、即死。
また、目の前で。
簡単に。
ホントに簡単に。
こんなにあっさりと。
また、人が殺された。
それでもまだ、終わらない。
ナイフを拾って、投げて。
銃を奪って、撃って。
あっという間に。
ほんの一瞬と謂えるような短い時間で。
部屋に突然入って来た人たちは全員、突然に殺されてしまった。
“それ”が出来る戦闘能力が――じゃなくって。
“それ”が簡単に出来てしまうその精神をコワイと思った。
だけど、それ以上に――
やっぱり、いみがわからない。
“G.H.O.S.T”を殺した。
じゃあテロリスト側なの?と思った。
でも、テロリストも殺した。
全員殺した。
<――な、なんで……>
もしもその行動に理由があるのなら――
<……なんで、殺した……の……?>
<敵を殺しただけだが?>
――また、あいつは当たり前のことのように答える。
あたしには理解できない。
だって“G.H.O.S.T”の人たちも――
<それがどうした?>
すごく落ち着いた声――というか、思念。
感情的になったからでも、気が動転してやってしまったのでもない。
そこには明確な意思がある。
そうなら――
その理由となるもの。
その残された可能性は――
あの人たちもスパイ、だったの……っ?
<さぁ? 知らないな>
<は――?>
だけど、その最後の望みすら絶たれてしまう。
だって、そうじゃないなら――なんで味方を?
<味方? 意味がわからないな>
いみがわかんないのは、こっちの方よ……っ!
いっそ、そう叫びたい。
だけど、どんどんと早まっていく自分の心臓の音に頭の中を支配されちゃったみたいで。
言葉も思念も送れない。
でも――
ここまでずっと感じていた不安の正体はわかったような気がした。
というか、わかってしまった。
だけど、それがわかったところで。
あたしはどうしていいかわかんない。
「――おい、準備は出来ているか?」
多分あたしじゃない、他の誰か――何処かへ声をかけて。
あたしを置き去りにするように、あいつは次の行動へ――
さっきの人を殺した技で、弥堂は部屋のガラスを粉々にする。
20Fの窓から外へ死体を投げ捨て、その死体に向かって銃を撃ってからその銃も外へ放り捨てる。
まったく理解できない行動。
<な、なにやってんの……っ⁉ つか、さっきから誰と喋ってんの⁉>
<全肯定風お姉ちゃんだ>
こんな時にもいつもと同じ、答えになってないふざけた答え。
ていうか、やっぱり誰かと繋がってる?
もう何もかもわからない。
<キミの目的はなんなの……⁉>
<目的だと? お前と一緒だろ>
同じ?
何が?
だめ。
ホントわかんない。
あたしとこいつが今同じことをしてるだなんて――
そんな風には全く思えない。
あいつなりの説明なのか――
<大成功があっただろ。ボーナス付きで報酬が支払われる条件。それは、『博士を誰にも渡さないこと』だ>
――それは事務所で佐藤さんの説明を聞いた時に引っ掛かったところだ。
<――テロリストには渡さない。アメリカにも渡さない>
<このホテルに居る人間は皆殺しだ――>
なにそれ……⁉ ぜんっぜん、いみがわかんない……っ!
すでにもう、あたしは完全にパニックになっているというのに。
容赦なくさらに――
『あーあ、やっぱり殺りやがったよ……。アタシャ絶対ェこうなるって思ってたね。ほれ見たことか!』
『途中で“ごーすと”に取り入ろうとしていましたから、今回はもしかしたら穏便に済むかもしれないと期待したんですけど……』
『あわよくばってスケベ心だろ? このバカはいっつも行き当たりばったりの思いつきで行動してんだよ』
『そのくせ最初に決めたことも無理矢理押し通そうとするから、毎回滅茶苦茶なことになっちゃうんですよね……』
<え……? なに……? 誰……っ?>
『おっと、やべ――』
――また、声が聴こえた。
やっぱり肉声じゃない。
頭の中に直接、思念通話みたいに。
女の人が2人……?
でも、知らない声。
だけど――
これって、ルビアさんとエルフィさん……?
理由はない。
なんとなくそう思った。
え? でも、ルビアさんは……
死んじゃったって話もウソだった……?
そういえばみらいが、あいつには協力者か仲間がいるかもって言ってた。
魔術で、思念通話を繋いで、彼女たちと一緒にこの仕事に?
でも、そうだとしても――
<“G.H.O.S.T”もテロリストも両方敵に回して……! そんなホテルの中で博士を連れ歩いてどうやって守るっていうのよ……ッ!>
<別に。仮に奪われそうになったらこの女を殺せばいいだけだ。それでも最低条件は達成され金になる。俺に損はない。実に簡単な仕事だ>
博士を守るのが目的なのに、博士を殺す……?
ダメ。
何言ってんのか全然わかんない……!
だけど、あいつはわかるように説明なんてしてくれないし、あたしの理解を待ってもくれない。
いつもは適当で意味のわからないヘリクツばっか捏ねるのに。
人を殺したことに言い訳すらしない。
してくれない。
そして――
「エアリス――」
また誰かに呼びかける。
エアリス?
ルビアでもエルフィーネでもなく?
誰なの?
さっきの声のどっちかがエアリス?
あいつがこっちを向く――
それだけのことで、疑念は吹き飛んだ。
割れた窓から弥堂は外の方を見る。
あいつがいるホテルの20Fと大体同じ高さにあるのが、あたしが居る隣のビルの屋上だ。
距離はそれなりにある。
だけど、映像越しではなく。
直接、目が合ったような気がした。
たったのそれだけのことで、あたしは息が止まったように固まってしまって、浮かべていた疑念の続きを考えることも出来なくなった。
でも、あいつが見てるのは、あたしじゃないかもしれない。
あたしと、あいつの間には、ナニカが居る。
ホテルの割れた窓のすぐ近く。
空中に浮かぶモノ。
あれは――
「――ドローン……?」
この任務が始まる直前に、こっちのビルの上空で見たのと同じ黒いドローン。
あれって、みらいじゃ……?
なんであいつの……
そこでハッと気が付く。
あいつはあれと同じ機種のドローンを学園から盗んでいたんだった。
まさかさっきのもあいつが?
あれを操作しているのがあいつの仲間ってこと?
そこまで思いついたけど、またあいつが喋っただけであたしは思考を飛ばしてしまう。
問題はいつまでも解決へ向かわない。
<――課題を出されていたんだ……>
<部活の課題でな。簡単なものだから、このG.W中に各自で片付けておくようにと命じられていたんだ>
部活?
こんな時になにを……
まるでふざけてるみたいな言葉。
なのに、不安はもっと膨らむ。
人が死ぬという最悪の出来事が終わったばかりなのに。
あたしのカンはこの先にもっと強い不安を感じている。
<『普通の高校生である僕がもしも宿泊先のホテルを爆破されたら』――あるだろ? 泊ってるホテルを襲撃されて建物ごと爆破されるような事件に巻き込まれる。その手の映画やアニメが……。今のこの状況を予め警告してくれていた>
つい最近、教室でお喋りしてたようなことと似た話。
あの時は魔法少女がどうとかって。
それを今この場で、こんな状況で聞くと、酷く不気味に聴こえてしまう。
<遍く状況下に於いて生き残る方法を模索する――それが我々の活動のテーマだ。今回は、普通の高校生である俺が滞在先のホテルを爆破されたら――そんな状況下でどう行動するのが最適か>
<答えは簡単だ――>
こっちを向いたままのあいつの蒼銀の瞳に、さらなる力がこもる。
そこにあるのは確かな意思。
でも、その意思を乗せた言葉を向けたのはきっとあたしにじゃない。
それを受けるのはドローン――
声は無い。
でも、唇の動きでわかった。
『や・れ』――と。
それから1秒か、2秒か遅れて――
ホテルが大爆発を起こした。
あちこちのガラスやコンクリートが弾けて。
建物の中に収まらなくなった火や煙が溢れるみたいにして外へと出てくる。
またも起こった急な出来事に、あたしは着いていけないでいる。
そんなことお構いなしに。
あいつは変わらない調子で言う。
<――答えは、『爆破される前にこっちから爆破してしまえばいい』だ>
<く、くるってる……>
そんなこと考えるヤツなんていない。
だけど――
<爆発が起きることがわかっていれば驚くこともない。それに、自分たちで爆破するつもりだった敵側は今頃大慌てだろう。大混乱している内に全員地獄に落としてやる。俺以外の全員が困っていて、俺だけが困ってない。この瞬間、俺だけがフリーだ>
でも、実際そのとおりなのだろう。
そのとおりになってる。
あいつが、そうした。
でも、あたしには、なにひとつ理解できない。
言葉の問題じゃない。
本当に同じ生き物なの?
自分でも正体のわからない絶望感に、自分が元々持っていた全ての自由を拘束されてしまったように感じた。
あぁ。
そっか。
そういうことか。
この今の瞬間に。
誰も自由に動けなくなったこの一瞬に。
あんたは誰よりも速く動き出すのね。
それがわかっても。
やっぱりあたしは遅くて。
この期に及んでもまだ。
たぶん在りもしない最後の望みのようなものに縋っていた。
だけどそんなあたしを突き放すように――
トドメを刺すように――
「味方などいない――」
いつもと変わらない冷たい瞳に蒼い焔を灯して――
あいつは、そう言った。
あたしはこの時にようやくわかった。
これが、こいつの正体。
本性――
でも隠してたわけじゃない。
こいつはずっとこうだった。
あたしがわかってなかった。
なんで。
あたしはこの時もまた――
裏切られた――
そんな風に思って。
それから、なんて身勝手なと思った。
勝手なのはあいつ――
それはもちろんなんだけど。
でも、あたしもやっぱり勝手だった。
だって――
これがあたしの知りたかったことじゃない。
これを知るために色々やってきたんだ。
でも、探って、それで知ったことが――
自分の意にそぐわないものだったからって――
期待したものじゃなかったからって――
裏切られただなんて――
なんて勝手なんだろう。
そんな醜いあたしなんかには、これっぽちの関心も向けず。
あいつはまた動く。
泣いてる博士を引き摺って、部屋を出ていく。
そして廊下を歩いて行く。
このホテル内と、外と――
其処にいる全てを敵に回して。
あたしは自分がどう動くべきか、なにも思いつかなかった。
もうここで見てるだけでいいわけがない。
あいつを追う?
でも追ってどうするの?
あいつを捕まえる?
それで博士を取り戻して。
でも、それでどうするの?
もしもそうしたら、あいつは犯罪者として捕まることになる。
多分、“G.H.O.S.T”にあんなことをしたんだから、アメリカに連れて行かれて裁かれるんだろう。
そうじゃなくっても清祓課に捕まって、結末は変わらない。
そしたら愛苗はどうなるの?
身勝手ついでに、あたしの自分だけの都合で考えるのなら。
あいつがテロリストに殺されるのも困るけど。
でも、“G.H.O.S.T”や清祓課に連れて行かれるのも非常に困る。
特に“G.H.O.S.T”に渡ってしまったら、あたしたちじゃもう手が出せなくなる。
それこそ強奪でもしない限りは。
じゃあ?
まさか、あいつに協力して――
あいつを守って――
あたしも一緒に全部と戦う?
愛苗のために。
そんなの全く理屈も筋も通ってない。
だけど。
混乱してるせいか――
あたしはこの時、「そうするべき」だと――強くそう思ってしまった。
でも――そんなわけない……!
しっかりしろ七海っ!
頭を振ってバカな考えを追い出す。
その時、佐藤さんから通信が入った。
『ウェアキャットくん、聞こえるかい⁉ そっちから見てて、何が起こったかわかるかい⁉』
あたしの心臓がまたドキリと跳ねる。
訊かれて当たり前の質問じゃない!
早く答えなきゃ。
でも、あたしはまたなんでか――
今自分が見たものをそのまま伝えていいものか、躊躇してしまう。
挙句――
「――あ、え、えっと……、ホテルが爆発、して……」
――ウソではないけど、でもホントのことを全部言ってない。
そんなズルイ答え。
言った後すぐに罪悪感が湧いた。
『何が原因かとか、わからないよね?』
あたしはなんで……
「……ゴメンなさい」
あいつのことを庇ってるの……?
わかんないけど。
でも、なんにしても――
(サイテーだ……っ!)
あんなヤツ庇う理由なんてないはずなのに。
何故か言っちゃダメな気がして。
でも理由はホントはある。
だけど、でもそんな身勝手なこと許されない。
この仕事が終わった後に弥堂にマーキングをして、そして愛苗の情報を得る。
でもその理由も多分後付けにすぎない。
それよりももっと手前のところで。
やっぱりカンだと思うけど。
言っちゃダメって、そんな気が強くする。
でも、こんなのは、あいつとあたし以外の全ての人を困らせることになる。
当然清祓課の責任者である佐藤さんも。
『“G.H.O.S.T”だけならともかく、あそこには少なからず一般人も居るのに……。幸い消防車と救急車は居るけど、中へ救助へ向かっていいものか……』
その佐藤さんの言葉にハッとした。
一気に頭も身体も冷える。
ホントになんて身勝手。
ここに居るのは戦う人だけじゃなかった。
従業員さんや業者さんなど――
非戦闘員もホテルに居て、そしてその人たちの何人かも弥堂がスパイだとか言って拘束していた。
その人たちは今どうしてるの?
そう考えた時、辺りが急に暗くなる。
視線を上げると、目の前のホテルだけじゃなく、周囲一帯の建物の電気が消えていた。
停電? こんな時に……っ!
どうやら通信も遮断されちゃったみたいで、通信機から聴こえてた佐藤さんの声も途切れた。
ま、まさかこれもあいつが……?
さらにそれだけじゃ留まらず――
また爆発音が響いた。
今度はホテルの中じゃなくって、外で。
階下にあるホテルの玄関口で煙が上がっているようだった。
一体なにがと思うと同時に、ホテルへ次々に車が突っ込んでくる。
そして溢れ出す銃声。
まさかテロリストが外からも攻めてきた?
なんてタイミングなのよ!
<――ねぇ! これもキミの仕業⁉>
<ホテル……ッ! 一般人も居たでしょ⁉ その人たちは⁉>
<あの人たちもホントにスパイだったの⁉>
急いであいつを問い詰める。
慌て切ったあたしとは真逆に、あいつは落ち着き払った声で――
<何の話だ?>
まるで他人事のような答え。
こんなことをしでかして、信じられないような物言い。
<さっきも言ったがスパイかどうかなどどうでもいい。このホテルに居る人間は全員敵だ>
<ま、まさか……っ、関係ない人も……、普通の人たちも……っ! 全部巻き添えにするってわけ……⁉>
<お前と議論をしている暇はない。俺は忙しいんだ。意見を聞く筋合いもない。邪魔をするならもう切れ>
<もういいっ――!>
カッと、頭に血が昇って思念通話を切る。
その時に、そういえば男の子っぽく演技してた口調が完全に素に戻ってしまっていたことに気が付いた。
だけど、そんなことももうどうでもいい――
――あったまきた!
もう大人しくなんてしてらんない。
ガンっと――
屋上の床をブーツで強く踏みつける。
同時に――
「【小指で支える世界】――」
別スキルで表示してる弥堂の映像を縮小させて視界のすみっこに追い遣る。
代わりにホテル内を詳細表示させたMAPを拡大させる。
立体的な建物内の地図に、中にいる全ての生命体を表示させた。
もういい。
あんたなんかもうアテにしない。
この人たちは全員、あたしが助ける。
確か5Fに従業員用の仮設の休憩スペースがあったはず。
MAPで確かめるとそこには数人の反応が。
実際のホテル建物を見ると、4Fと7Fから火が出てる。
急がなきゃ――
「煌めけ、『七色の宝石』――」
自分の裡へと呼びかけて、それを可能とするチカラを喚び起こす。
あたしは迷いなく20Fの屋上から飛び降りた。
そして――
「【跳兎不墜】……ッ!」
ブーツの能力を起動させて宙を踏む。
向かいのホテルの5Fを目指して一気に空中を駆け下りた。
その勢いのまま、ブーツの靴底を窓ガラスに叩きつけて蹴り破る。
ホテルの5Fに突入した。
この中は今どうなってるかわからない。
だけど、一般人だけでも救出しなきゃ。
チラリと、視界の隅にやった弥堂の映像を見る。
あいつはやっぱり変わらない姿で、大混乱のホテルの廊下を歩いている。
頭がおかしい以外に何もないんだけど。
でも。
何度も思ったとおり。
ううん。
それ以上に。
今のあいつの姿が、自然に見えた。
あいつは――
弥堂は――
こう言っちゃなんだけど、いつでも、何処に居ても、どこか浮いていた。
学園の教室でも。
廊下でも。
授業中でも放課後でも。
休日の街でも。
探偵事務所でも。
このホテルに入った時も。
あらゆる風景の上で浮いてる。
その風景の中に居るんじゃなくって。
その風景の上にシールで貼り付けたみたいに。
『世界』から常に剥がれかけている。
だけど、今は――
そんなあいつが、ここに在る世界にピッタリとハマっているように見えた。
でも、多分逆なんだ。
『世界』があいつのカタチにピッタリ合った。
今のこのホテルが――
この戦場こそが――
あいつの世界。
そして、この人間こそが――
弥堂 優輝なんだ。
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