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懺悔室とあの日見た女神
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「リリと初めて会ったのは王都の教会だった」
その日、リリエールを養子としたクラレ家の頭首テリタネス・クラレが教会の門を叩いた。
元々ファロスの神の敬虔な信徒でもなかった彼は冠婚葬祭などの祭事でもなければ顔を見せることは無かったというのに、特に何も無い平凡な日の夕方に娘と二人で多くの参拝者の一人としてやって来たのである。
「その日俺は急に休みを取った他の神官に代わって懺悔室にいたんだが」
旅神官は雑用係だ。
新館の中での立場も低く、様々な用事を押しつけられる。
その中でもかなり厄介なのが懺悔室での職務である。
「懺悔室って知ってるか?」
「俺たちの世界のものと同じかどうかはわかりませんけど、一応は」
「簡単に言やぁ教会に訪れる、誰にも話せない秘密や相談事がある人たちがその懺悔や相談事を神官に告げる部屋なんだが」
話を聞くとどうやら俺の想像するものとそれほど大差は無かった。
教会に作られた懺悔室は大人一人が座れる程度の小さな部屋で、中に入ると正面にはファロスの像が置かれているのだという。
そのファロス像の向こう側には懺悔室の担当神官が常に控えていて、彼らの告白や相談を聞いては、時に相談に乗り、時に救いの言葉を投げかけ、犯罪行為の懺悔であれば自首を勧めたりする。
ただやはりここは異世界。
剣と魔法の世界だ。
「本来ならファロス様との誓約があるんで詳しくは話せないんだが」
懺悔室で秘密を語る者と、それを聞く神官。
懺悔の前に、その二人の間に魔法的な契約をするらしい。
それは懺悔室で聞いたことを外部には漏らさないという契約で、お互いが懺悔室にあるファロス神の像に手を当てながら契約に従うという宣誓をすることで発動する。
「でもよ。あの頃の俺様はもう神官を辞めようと考えててよ……」
懺悔室での勤務が厄介だ。
狭い部屋で一日中、聞きたくもない人の悩みや懺悔を聞き続けなければならないのだ。
しかもそれがとんでもない内容であっても誓約のせいで自分は誰にも相談することが出来ない。
懺悔室に来た人々は自分の心の闇を吐き出せて満足するが、それを聞かされた方の闇は深まるばかりで消えることは無い。
「誓約の間も鼻をほじりながら適当に誓約の言葉だけ口にしてたんだ」
「そんなことして相手にはバレないんですか?」
「敬虔な信徒相手だったらバレてたろうな。だけどテネリタスは今まで個人的なことで教会へ来たことも無いような男だったし、一度も懺悔室なんて使ったことも無かったんだぜ」
だから彼は気がつかなかった。
人伝に聞いた話と入室前に別の神官から伝えられた懺悔室の使い方だけしか知らなかった。
だから彼は誓約が結ばれたと信じて懺悔を始めてしまった。
「それでリリエールが生け贄にされることを知ったんですね?」
「ああ。といってもテネリタスもそれほど詳しく知らされてなかったみたいだけどな」
勇者召喚の儀式を二十日後に行う。
正確に言えば『養女を二十日後までに王城へ戻す様に』と王命が届いたのだとテネリタスは語った。
「出来るならそんな命令は王令であっても拒否したい。娘は――リリエールはもう自分たちの大切な子供なのだからってな」
最初こそ無理矢理国から押しつけられた養女だった。
だが息子はいても娘がいなかったクラレ家にとって、リリエールはいつしか本当の娘の様に愛される様になっていったのだという。
「最初から胡散臭いとは思ってたんだろうぜ。あの頭首はリリを養女にしてから密かに貴族同士の伝手を使ってリリのことを調べてたらしい」
そして王令が届いた時、自分が今まで手に入れていた情報が嘘では無かったことを知った。
だが――
「といっても王命は王命だ。それに逆らったらリリの命だけじゃなくクラレ家……いや、あの王のことだ。一族もろとも消されてもおかしくねぇ」
「……」
「自分の力ではもうどうしようもない。だから最後に神頼みしに、その娘と二人で滅多に来ない教会へ来たって声を殺しながら悔しそうに話してくれたよ」
ルリジオンはそう言うと、大きく息を吐いてからテーブルの上のカップに手を伸ばす。
そして冷めたハーブティを一気に喉に流し込んだ。
「懺悔が終わった後に、気になった俺はこっそりと懺悔室を『休憩』と偽って出てテネリタスを追ったんだ。その一緒に来た娘とやらをひと目見てみたくてな」
ルリジオンは自嘲気味に「野次馬根性っぽくて、今考えてもゲスいよな」と微笑を浮かべる。
「そこで初めてリリを見たんだ。大勢の参拝客が入れ替わり立ち替わり軽く祈りを捧げて去って行く中、一人だけまだ子供なのにじっと手のひらを組んで神殿で一番大きなファロス様の像に祈ってる姿をな」
「……」
その瞬間のことを思い出していたのかも知れない。
静かに目を閉じ、椅子の背もたれに体を阿づける様に僅かに上を向いたまま。
「あの時のリリはまるで女神様みたいだったな」
と聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
かと思うと体を突然起していつもの飄々とした表情を浮かべ。
「それが今じゃ、あんな元気なやんちゃ娘だぜ。騙されたって思うよな」
そう言って彼は先ほどまでのしんみりした空気を振り払うかの様に愉快そうに笑ったのだった。
その日、リリエールを養子としたクラレ家の頭首テリタネス・クラレが教会の門を叩いた。
元々ファロスの神の敬虔な信徒でもなかった彼は冠婚葬祭などの祭事でもなければ顔を見せることは無かったというのに、特に何も無い平凡な日の夕方に娘と二人で多くの参拝者の一人としてやって来たのである。
「その日俺は急に休みを取った他の神官に代わって懺悔室にいたんだが」
旅神官は雑用係だ。
新館の中での立場も低く、様々な用事を押しつけられる。
その中でもかなり厄介なのが懺悔室での職務である。
「懺悔室って知ってるか?」
「俺たちの世界のものと同じかどうかはわかりませんけど、一応は」
「簡単に言やぁ教会に訪れる、誰にも話せない秘密や相談事がある人たちがその懺悔や相談事を神官に告げる部屋なんだが」
話を聞くとどうやら俺の想像するものとそれほど大差は無かった。
教会に作られた懺悔室は大人一人が座れる程度の小さな部屋で、中に入ると正面にはファロスの像が置かれているのだという。
そのファロス像の向こう側には懺悔室の担当神官が常に控えていて、彼らの告白や相談を聞いては、時に相談に乗り、時に救いの言葉を投げかけ、犯罪行為の懺悔であれば自首を勧めたりする。
ただやはりここは異世界。
剣と魔法の世界だ。
「本来ならファロス様との誓約があるんで詳しくは話せないんだが」
懺悔室で秘密を語る者と、それを聞く神官。
懺悔の前に、その二人の間に魔法的な契約をするらしい。
それは懺悔室で聞いたことを外部には漏らさないという契約で、お互いが懺悔室にあるファロス神の像に手を当てながら契約に従うという宣誓をすることで発動する。
「でもよ。あの頃の俺様はもう神官を辞めようと考えててよ……」
懺悔室での勤務が厄介だ。
狭い部屋で一日中、聞きたくもない人の悩みや懺悔を聞き続けなければならないのだ。
しかもそれがとんでもない内容であっても誓約のせいで自分は誰にも相談することが出来ない。
懺悔室に来た人々は自分の心の闇を吐き出せて満足するが、それを聞かされた方の闇は深まるばかりで消えることは無い。
「誓約の間も鼻をほじりながら適当に誓約の言葉だけ口にしてたんだ」
「そんなことして相手にはバレないんですか?」
「敬虔な信徒相手だったらバレてたろうな。だけどテネリタスは今まで個人的なことで教会へ来たことも無いような男だったし、一度も懺悔室なんて使ったことも無かったんだぜ」
だから彼は気がつかなかった。
人伝に聞いた話と入室前に別の神官から伝えられた懺悔室の使い方だけしか知らなかった。
だから彼は誓約が結ばれたと信じて懺悔を始めてしまった。
「それでリリエールが生け贄にされることを知ったんですね?」
「ああ。といってもテネリタスもそれほど詳しく知らされてなかったみたいだけどな」
勇者召喚の儀式を二十日後に行う。
正確に言えば『養女を二十日後までに王城へ戻す様に』と王命が届いたのだとテネリタスは語った。
「出来るならそんな命令は王令であっても拒否したい。娘は――リリエールはもう自分たちの大切な子供なのだからってな」
最初こそ無理矢理国から押しつけられた養女だった。
だが息子はいても娘がいなかったクラレ家にとって、リリエールはいつしか本当の娘の様に愛される様になっていったのだという。
「最初から胡散臭いとは思ってたんだろうぜ。あの頭首はリリを養女にしてから密かに貴族同士の伝手を使ってリリのことを調べてたらしい」
そして王令が届いた時、自分が今まで手に入れていた情報が嘘では無かったことを知った。
だが――
「といっても王命は王命だ。それに逆らったらリリの命だけじゃなくクラレ家……いや、あの王のことだ。一族もろとも消されてもおかしくねぇ」
「……」
「自分の力ではもうどうしようもない。だから最後に神頼みしに、その娘と二人で滅多に来ない教会へ来たって声を殺しながら悔しそうに話してくれたよ」
ルリジオンはそう言うと、大きく息を吐いてからテーブルの上のカップに手を伸ばす。
そして冷めたハーブティを一気に喉に流し込んだ。
「懺悔が終わった後に、気になった俺はこっそりと懺悔室を『休憩』と偽って出てテネリタスを追ったんだ。その一緒に来た娘とやらをひと目見てみたくてな」
ルリジオンは自嘲気味に「野次馬根性っぽくて、今考えてもゲスいよな」と微笑を浮かべる。
「そこで初めてリリを見たんだ。大勢の参拝客が入れ替わり立ち替わり軽く祈りを捧げて去って行く中、一人だけまだ子供なのにじっと手のひらを組んで神殿で一番大きなファロス様の像に祈ってる姿をな」
「……」
その瞬間のことを思い出していたのかも知れない。
静かに目を閉じ、椅子の背もたれに体を阿づける様に僅かに上を向いたまま。
「あの時のリリはまるで女神様みたいだったな」
と聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
かと思うと体を突然起していつもの飄々とした表情を浮かべ。
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