暁天一縷 To keep calling your name.

真道 乃ベイ

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第二章 地を知る者たち

第27話 株式会社Onxy代表取締役社長 1/2

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 決心が着くと否や、シリウスの行動は早かった。
 まず、ボンネット部分を開き、中にひしめく無数のパーツ密集地を凝視していく。
 車内にあった電子機材を使い、待つこと数分。
 動く気配さえないと判断して、すぐさまホームセンターへ向かう。
 もちろん、金銭の負担は車の所有者である眼帯の男から。
 ホームセンターから購入した、真四角の黒い機材をボンネットの中心に配線していく。
 冷静に、着実に。
 まるで専門業者かと錯覚するほどに、シリウスの手際が早かった。

「悪いね。キミの友達、借りちゃって」
「オイ、アンタ。さっきの涙はどこに言ったんだよ」
「ハッ、アメリカンなお兄さん……もしかして、その道のプロ……!?」

 つい数分前までの泣きっ面はどこに行ったのか。
 眼帯の男はシリウスの作業光景を食い入り気味に見つめている。
 ミンミンと蝉が鳴く真っ只中で。
 隣には薄水色の和傘を差し、シャトレのロゴが付いた紙袋を持つ春明がいた。

「クッキー買ったんだ。いいね、オレよく来るからさ、ここのはなんでも美味いよ」
「あっそ」

 修理の合間に男は会話を投げかけるも、春明は暑さのせせいで端的な物言いになってしまう。
 しかし、男はめげることなど一切ない。

「ウーン、この飴。甘塩っぱくて、冷たいのがキーンとして美味びみっ!」

 夏の日差しに大量を消耗させたのは、車だけではない。
 本人は焦る気持ちから自覚せず、暑さによって水分と塩分を消費させていた。
 春明から貰った飴と飲料水で、あっと言う間に回復うるさくしていく。

「アンタそれ何個食ってるんだよ」
「これで五個目」
「食い過ぎだろ! 少しは遠慮してくれっ」

 春明は善意からトートバッグに入れていた水や飴を男に手渡していたが、歯止めの効かない男の様子に待ったをかける。

「はい、これで最後。もう充分だろ」

 春明は袋から飴を一つだけ取り出す。
 透き通った薄い青、夏に映えるビー玉のような飴を男はしょぼくれながら受け取った。

「ちぇっ」

 最後の飴玉に名残惜しさを見せるその男に、少年は眉間に皺寄せた。
 好きなモノに全く目がなく、都合の悪いことがあればあからさまに不貞腐れる。

 オレよりも子供ガキみたいじゃねえか。

 春明は揺れる薄水の傘を持ち直し、早く車が直って欲しいと願っていた。
 そんな風に思われているなど梅雨知らず、男はそっと春明に視線を向ける。
琥珀の瞳が、傘の間際に見える春明の表情を捉えた。

「そうだな。貰ってばかりは、マズイわな」
「は?」

 急に男が発した言葉に、春明は情けなく声を上げるしか出来ない。
 持っていた日傘を男に取られ、そのまま頭上で影をつくる。

「な、何勝手に持っているんだっ」
「んー? いい傘だなぁと思ってさ」

 真夏の日照りを薄い水色が鮮やかに彩っていく。
 男は左目をよく凝らし、少し傾けながら日傘を眺める。

「この日傘、和紙の漆にほんの少し術が入っているのか。五行の水が日差しを通して涼やかにしている……」
「返せっ」

 ピョン、と春明は子ウサギのように跳ねる。
 けれど彼の手は届かず、眼帯の男に傘を取られたまま。
 男は興味を持ち始め、よりじっくり日傘を観察する。

「霊力混じった日常雑貨はそう珍しいものじゃないが、この細やかで芯の通った骨組み……もしかしてコレ長船製?」
「……っ! そうだけどっ」

 なんで見ただけで、そんなこと分かるんだっ!

 サラッと聞かれた問いかけに、春明は咄嗟に言葉が出ずにいる。
 日傘の制作元など、専門的な知識が無ければ出てくるはずもない。
 疑問と驚きに満ちる少年。
 そんな彼に、眼帯の男は得意げに笑って見せた。

「よし、アタリ。じゃあ、このまま持ち手の代行をさせてくれたまえ。何もしないで待つのは暇で死にそうなんだ」

 じわじわ、と。
 男の健康的な頬に暑さの汗が伝う。
 降り注ぐ日差しを、男は日傘に被ること無く。
 春明の頭上にすべて影を覆った。

 本当に、何なんだコイツは。

 救世主が来たと泣きじゃくり。
 飴の数を制限されれば、子供じみた表情かんじょうを隠さず。
 今は酷暑の中でかさにも隠れず、ニヒルに笑みを浮かべている。

 春明は自分と同じ、覆われていない男の琥珀しせんに一瞬だけ目眩を覚えた。

「おい、アンタ……」

 そして、ブルルンと。
 赤い車のエンジン音が、二人の間を割って入っていく。
 春明は漏れ出ようとした言葉を引っ込め、視線を前に向ける。
 そこには、運転席から誇らしげに顔を出すシリウスの姿があった。

「イエスッ、エンジンが掛かった!」
「グッジョブっ! 本当に直しやがった!」

 眼帯の男は傘を持ちながら、春明と共に運転席の前までやってくる。
 外から覗き込むと、動く気配のなかったモニターが、電気が稼働し正常に機能を取り戻していた。

「壊れていたんじゃなくて、多分この暑さで安全措置セーフティが入って、電気が入らなかったみたいです。ホームセンターにコレが無かったら、僕でもお手上げでした」

 シリウスは黒い真四角の機材を持ち、男に見えるように指し示す。
 エンジンのトラブルに使う、ジャンプスタート。
 それも、マクラーレンという稀有な車に対応した機材などなかなか珍しいものだった。

「夏場は日陰に車を置いた方がいいですよ。それと、専門プロには見せて下さい。今日は保ちそうですけど、僕はあくまで素人アマチュアです。これをキッカケに点検に出した方がいいんじゃないかな?」
「……そうだな。最近疎かにしていたのは確かだ」

 運転席から指摘されるシリウスに、男はぐうの音も出なかった。
 日々の忙しさなど、誰もが当たり前。
 それを理由として振りかざすなど、愛車に向けての冒涜に等しい。
 眼帯の男は真摯にシリウスと向き合う。

「ありがとう。キミがいなかったら、オレはこの炎天下途方に暮れていた」

 差し出された男の右手。
 シリウスは一瞬だけソレを見ると、やがて運転席から立ち上がりその手を取った。
 手の温もりにもう昂ったかんじょうはない。
 数秒に満たない、軽く交わされた握手。
 それだけでも、彼の感謝の熱はシリウスに充分伝わっていた。

「マクラーレンに触れるなんて、滅多にない機会チャンスだからさ。僕も張り切っちゃったよ」
「ははっ、そう言ってもらえて何よりだ」

 年相応の青年らしく男は笑みを浮かべ、すぐに視線を春明に向ける。

「傘返すよ。やっぱりオレが持つより、キミの方が似合うみたいだ」
「なっ」

 途端に春明の顔が熟れたトマトのようになっていく。
 男は息を吐くと同じ感覚で言葉を紡ぎ、混乱する春明の手に日傘を握らせる。
 頭上の薄水に相対した、夕焼けを帯びた緋色の髪。
 さながら空の移り変わりを連想させる色彩が、男の隻眼に映り込む。

「よし、これでバッチリだ」

 男は満足すると、黒いスラックスのポケットから革製のケースを取り出す。
 手のひら並の長方形。
 俗に言う、名刺入れをパチンとボタンの音を鳴らしながら開く。

「本当はすぐに御礼をするべきだが、生憎予定が詰まっているのは確かなんだ。急ぎの中、雑に礼をしてそれまで……なんて世話になったキミらに向けてすることじゃない」

 男はそれぞれ一枚ずつ、二人に名刺を渡す。
 十センチにも満たない紙面に書き示された、己の意義そんざい

「だから、なんでもいい。困ったことがあればいつでも連絡してくれ」

 名前は、智徳若葉ちとくわかば
 Onxyオニキス代表取締役社長の熨斗かたがきを添え、二人の前にあらわし示す。
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