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第一章 黒瑪瑙の陰陽師
陽
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カツン、と暗い空間に足音が響き渡る。
誰もいない、長い廊下をただ一人で。
白い軍服の女は前へと進んでいく。
犯した過去を恥と知りながら、それでもなお歩み続けなければならない。
前へ。
前へ。
今はただ、残した一人の少女のために。
女は人が縋り付く、聖の成れの果てと向き合っていく。
「へっ、へへっ、お勤めご苦労様ですっ、第一補佐官」
開かれた管制室。
エリアごとに区分けされた、霊力数値数。
ドーム状に展開された霊術が、天上を覆い尽くす。
陰陽衆の中枢部では、今日も陰陽師たちが霊術の観測に勤しんでいた。
「……舞殿は酷い有様だったけど、派手にやるのは大概にしなさい。呪詛を起こす気ですか?」
日永は開口一番、冷たく言い放つ。
第二補佐官を務める、ビン底眼鏡をかけた坊主頭の陰陽師。
彼は歯切れを悪くさせ、途切れ途切れの口調を保ちながら書面に目を通す。
「我々も、極限までに数値は押さえ込みましたが……大戦を、より、具体的にっ。展開するにはまだ出力が足りません。同時にっ、妖魔の指示系統にも、乱れっが、生じていました」
「抑制? 色んな霊術を詰め込んで、あんな陳腐なものになった……の誤りじゃないかしら?」
日永は第二補佐官の言い分を容赦なく切り捨てていく。
舞殿が妖魔の魔窟となった、今回の事件に納得が出来ない部分が彼女の中にあった。
「そもそも、斉天の聖は『転位』と『演算』以外、もう残されていません。それ以上を求めるために、平和を壊すなど……おこがましいにも程がある」
より良い文明を目指すために今ある平和を蔑ろにする。
舞殿に擬似的な大戦を造り、その中で新たな奇跡を見いだす。
陰陽衆が考える発想に、日永は嫌悪を見せていた。
しかし、彼女の反発する思想は群衆の中には届かず。
「舞殿内のっ、一般市民の避難時間。及び、検非違使衆の退去時間にっ。考慮しての調整は、組み込まれています。なによりっ、此度は陰陽頭の意思に沿って行った演算式でありますっ、貴方さまでも意見を挟めませんっ」
第二補佐官はもう一度ビン底眼鏡を掛け直し、日永に言い放つ。
その仕草が彼女の心境をイラつかせていく。
「晴瀬はどこ?」
「天蟲の元、にっ、います」
第二補佐官に背を向け、日永はその場を後にする。
長く長く、下へ。
続いていく螺旋階段。
下層から伸びた霊力が張り巡らされた配線を伝って、管制室の天井へと伸びていく。
さながら、大木を伝う枝葉のように、脈々と胎動をする。
しかし、そんなことは日永にとってはどうでもいい。
彼女の高い身長から、自然と歩幅が広く早い足取りが、さらに加速している。
カツカツ、と螺旋階段の一番下まで辿り着き、目的の場所へ辿り着く。
何枚にも重ねられた扉が、日永に反応し開いていき。
暗く閉ざされた冷たい廊下を巡り。
光の差す、自然豊かな場所へと通じる。
そこは緑が茂る、絵画のように模倣された庭園と見えるだろう。
ボロボロになった巨大な蟲とソレに寄り添う白い少女。
そして、中央には絵画に不釣り合いな紫微の機械の箱がそびえ立つ。
「……っ、晴瀬っ、サンちゃん!」
日永は感情を露わに、咄嗟に駆け出す。
白く太い、蟲の糸が少女と蛾、互いを結びつける。
繭状に被さなっていく、その間際。
「……っ!」
日永は迷わず、発生源となる紫微の機械に手を触れ停止させる。
いいや、停止と呼ぶには生ぬるい。
パキンと、紫から純白へ。
鉄の演算機は氷結され、一本の雪の柱へ成りはて、その場に崩れ去っていく。
「晴瀬! 晴瀬!」
急激な霊力の消費に、日永は息を切らせながら、繭になりかけた糸の霊術を刀で切り払い除ける。
優しく、傷つけないように慎重に。
糸の中から少女を抱き上げ、胸に手を乗せた。
「はぁ……はぁ……」
日永は乱れた呼吸を整え、腕を伝って気力を回していく。
呼吸は眠る少女が目覚めるよう促す、気の循環となる。
やがて、彼女たちの静かに奏でる息の音は同調していき。
少女の瞼が花びらのように開いていく。
「……ひな姉?」
頭からつま先まで、まるで全身が純白に満ちた少女。
彼女は日永の必死の呼びかけに、ゆっくりと応えた。
「晴瀬、晴瀬っ」
氷で覆われた表情は、嘘のように離れ落ち。
妹が無事に目覚めたと分かると、きつく抱きしめた。
「よかった……よかった……!」
「お姉ちゃん、苦しい……」
「あ、ごめんっ、つい」
バッと身体を離し、晴瀬の身なりを整える。
下界では鉄面皮を張った、女武者。
だが、妹の前では彼女は単なる姉に過ぎなかった。
「気分はどう? 気持ち悪くない?」
「わたしは、平気。それより……サンちゃんの方が……」
紫微の機械を無理矢理停止させたことで、天蟲がゆっくりと身体を動かし、巻き付いた糸を八本の手で剥がしていく。
糸の間から垣間見せた、ボロボロになった蟲の身体。
晴瀬は天蟲の深刻なダメージの深さに、ひどく悲しい表情を見せていた。
「サンちゃんの怪我、どうしたの?」
「これは、まあ……ケンカ両成敗ってやつよ」
日永は肩をすくめて、天蟲の方向を振り向く。
蛾はただ、壊れた複眼を仄かに輝かせ彼女たちの方向を見つめている。
蛾のほんの僅かな仕草が、不貞腐れた子供のように見えてしまう。
「帳を鎮圧に嫌々ながら行ったら、もう全部終わったあと。たまたま、あの子がいたから、カッとなって八つ当たりしちゃったのよ」
「あの子って、もしかして……」
晴瀬は日永の言葉に首を傾げる。
姉がよく話す、とある人物。
晴瀬は問いかけるも、日永は困ったようにため息を漏らすだけ。
どこか懐かしいような、寂しいような。
彼女の黒い瞳は、僅かながらに揺らめいていた。
「それより、どうしてサンちゃんと同期しそうになっていたの?」
核心を突く姉からの質問に、晴瀬はビクッと身体をこわばらせた。
言いたくない、と顔を背ける妹を日永は腕を組み静かに考える。
「陰陽頭の命令ね」
冷たいと言うには、生ぬるい。
温度さえ感じさせぬほど、吐き捨てるように言い放つ。
心当たりのあるその男。
陰陽衆の最高責任者である自身の父を彼女はひどく嫌悪していた。
「わたしといれば、サンちゃんも二週間で良くなるって……」
「いい? それは、二週間も閉じ込められるってことよ? 紫微垣で長時間演算させた後に、そんなの身体の負担が過ぎるわ!」
日永は晴瀬の身体を労り、節々に口調を荒げてしまう。
彼女は姉の怒りに、ただ静かに微笑むだけだった。
「ありがとう、ひな姉。でも、紫微垣に触れるのはわたしの役目だから、それは頑張らないと」
斉天大聖が残した、天を造り上げる演算装置。
霊術の演算や、場所の転位を可能とし、発展の礎に新しい一歩踏んだ代表とも呼べる遺物。
晴瀬は紫微垣に触れ、斉天が残した最後の聖を十年以上に渡って研究を命じられていた。
日が昇らない夜明けに目を覚まし、少女に用意された自然と共に日々を送る。
そして、紫の機械に触れ、気がついたら眠りにつく。
異質とも思えるそれが、少女にとって当たり前の日常であり、世界そのものだった。
「それに、サンちゃんの身体も早く治してあげたいから」
蛾の負傷した身体を治したい。
晴瀬の献身さが、紫微垣の演算を命じさせ更なる霊術の発展へと目指そうとする。
陰陽衆にとって少女はただ事を成す道具であり拒否など初めから存在しないが、無下に扱われることない。
晴瀬は道具として丁重にもてなされてもいた。
だが、彼女を人として愛し慈しむ人物がまだここにいる。
静かに怒る、姉の日永と。
「……サンちゃん?」
大きな巨体がゆっくりと、彼女たちから離れていく。
一歩、一歩。
倒れそうになりながらも、力強い足取りで。
どうしたのか、と晴瀬は天蟲に近づこうと立ち上がろうとする。
だが、それを姉が制した。
「そんなに動いたら、身体が……」
「いいえ。サンちゃんも晴瀬を巻き込むのは反対みたいよ」
天蟲に命令を下していた紫微垣の副端末は、日永が凍らせすでに氷となっている。
蛾は自らの意志で、晴瀬から距離を置き、自分の身体に糸を巻付けていく。
細く、何重にも白銀の糸は覆われていき、やがて巨大な繭へと変貌する。
再び完全な姿で舞い戻るために、偽りの自然に寄り添いながら、蛾は眠りにつく。
「あの怪我の具合からして、完治に二、三ヶ月はかかっちゃうかな……?」
繭の滑らかな糸生地に触れながら、日永は天蟲の様態を気にかける。
その横では、晴瀬は困りながら手を口に当てている。
「そんなに、治るの遅くなるなら、わたしが……」
罪悪感から言葉が漏れ出そうになる。
しかし、彼女からその後を続けられることはない。
柔らかく温かな抱擁が、覆い被さる。
「晴瀬、それ以上はダメよ。サンちゃんの気持ちを台無しにしちゃう」
日永は晴瀬を抱きしめ、彼女に向けてニンマリと笑う。
少しいたずらをしようと茶目っ気に、晴瀬を抱きながら横に倒れ込む。
「わっ」
晴瀬は驚き声を上げるも、痛みはない。
覆われた白銀の糸の上。
肌触りのいい巨大な繭が、二人の姉妹を受け止め優しく包み込んでいた。
「もう、ひな姉……、びっくりしたよ」
「ん、そう? なんだか私も疲れちゃったから、このまま二人で休みましょう」
「えー、ホントにびっくりだよう。いつもちゃんとしたところで寝なさいって言ってるじゃん」
晴瀬が口論をしそうになったところで、彼女はさらにぎゅっと抱きしめられる。
温かく、切実な姉の思いがひしひしと伝わっていく。
「父様には、後でちゃんと言うから。晴瀬はゆっくり休みなさい」
「……うん」
穏やかに過ぎ去る、自然の木漏れ日の中。
白い無垢の彼女たちは、抱きしめる力を強くする。
聖を求めた無駄な足掻き、長い一日を労りながら。
互いの温もりが。感情が。
五感を通じて明確になっていく。
晴瀬は日永の耳元に近づき、言葉に表す。
「お姉ちゃん、おかえり」
乾いた大地を潤す、恵みの雨のように。
たった一言の妹の言葉が、日永の心に深く染む。
「うん、ただいま」
自身の手に残る宝物をしっかり胸に抱きながら、日永は静かに目を閉じた。
誰もいない、長い廊下をただ一人で。
白い軍服の女は前へと進んでいく。
犯した過去を恥と知りながら、それでもなお歩み続けなければならない。
前へ。
前へ。
今はただ、残した一人の少女のために。
女は人が縋り付く、聖の成れの果てと向き合っていく。
「へっ、へへっ、お勤めご苦労様ですっ、第一補佐官」
開かれた管制室。
エリアごとに区分けされた、霊力数値数。
ドーム状に展開された霊術が、天上を覆い尽くす。
陰陽衆の中枢部では、今日も陰陽師たちが霊術の観測に勤しんでいた。
「……舞殿は酷い有様だったけど、派手にやるのは大概にしなさい。呪詛を起こす気ですか?」
日永は開口一番、冷たく言い放つ。
第二補佐官を務める、ビン底眼鏡をかけた坊主頭の陰陽師。
彼は歯切れを悪くさせ、途切れ途切れの口調を保ちながら書面に目を通す。
「我々も、極限までに数値は押さえ込みましたが……大戦を、より、具体的にっ。展開するにはまだ出力が足りません。同時にっ、妖魔の指示系統にも、乱れっが、生じていました」
「抑制? 色んな霊術を詰め込んで、あんな陳腐なものになった……の誤りじゃないかしら?」
日永は第二補佐官の言い分を容赦なく切り捨てていく。
舞殿が妖魔の魔窟となった、今回の事件に納得が出来ない部分が彼女の中にあった。
「そもそも、斉天の聖は『転位』と『演算』以外、もう残されていません。それ以上を求めるために、平和を壊すなど……おこがましいにも程がある」
より良い文明を目指すために今ある平和を蔑ろにする。
舞殿に擬似的な大戦を造り、その中で新たな奇跡を見いだす。
陰陽衆が考える発想に、日永は嫌悪を見せていた。
しかし、彼女の反発する思想は群衆の中には届かず。
「舞殿内のっ、一般市民の避難時間。及び、検非違使衆の退去時間にっ。考慮しての調整は、組み込まれています。なによりっ、此度は陰陽頭の意思に沿って行った演算式でありますっ、貴方さまでも意見を挟めませんっ」
第二補佐官はもう一度ビン底眼鏡を掛け直し、日永に言い放つ。
その仕草が彼女の心境をイラつかせていく。
「晴瀬はどこ?」
「天蟲の元、にっ、います」
第二補佐官に背を向け、日永はその場を後にする。
長く長く、下へ。
続いていく螺旋階段。
下層から伸びた霊力が張り巡らされた配線を伝って、管制室の天井へと伸びていく。
さながら、大木を伝う枝葉のように、脈々と胎動をする。
しかし、そんなことは日永にとってはどうでもいい。
彼女の高い身長から、自然と歩幅が広く早い足取りが、さらに加速している。
カツカツ、と螺旋階段の一番下まで辿り着き、目的の場所へ辿り着く。
何枚にも重ねられた扉が、日永に反応し開いていき。
暗く閉ざされた冷たい廊下を巡り。
光の差す、自然豊かな場所へと通じる。
そこは緑が茂る、絵画のように模倣された庭園と見えるだろう。
ボロボロになった巨大な蟲とソレに寄り添う白い少女。
そして、中央には絵画に不釣り合いな紫微の機械の箱がそびえ立つ。
「……っ、晴瀬っ、サンちゃん!」
日永は感情を露わに、咄嗟に駆け出す。
白く太い、蟲の糸が少女と蛾、互いを結びつける。
繭状に被さなっていく、その間際。
「……っ!」
日永は迷わず、発生源となる紫微の機械に手を触れ停止させる。
いいや、停止と呼ぶには生ぬるい。
パキンと、紫から純白へ。
鉄の演算機は氷結され、一本の雪の柱へ成りはて、その場に崩れ去っていく。
「晴瀬! 晴瀬!」
急激な霊力の消費に、日永は息を切らせながら、繭になりかけた糸の霊術を刀で切り払い除ける。
優しく、傷つけないように慎重に。
糸の中から少女を抱き上げ、胸に手を乗せた。
「はぁ……はぁ……」
日永は乱れた呼吸を整え、腕を伝って気力を回していく。
呼吸は眠る少女が目覚めるよう促す、気の循環となる。
やがて、彼女たちの静かに奏でる息の音は同調していき。
少女の瞼が花びらのように開いていく。
「……ひな姉?」
頭からつま先まで、まるで全身が純白に満ちた少女。
彼女は日永の必死の呼びかけに、ゆっくりと応えた。
「晴瀬、晴瀬っ」
氷で覆われた表情は、嘘のように離れ落ち。
妹が無事に目覚めたと分かると、きつく抱きしめた。
「よかった……よかった……!」
「お姉ちゃん、苦しい……」
「あ、ごめんっ、つい」
バッと身体を離し、晴瀬の身なりを整える。
下界では鉄面皮を張った、女武者。
だが、妹の前では彼女は単なる姉に過ぎなかった。
「気分はどう? 気持ち悪くない?」
「わたしは、平気。それより……サンちゃんの方が……」
紫微の機械を無理矢理停止させたことで、天蟲がゆっくりと身体を動かし、巻き付いた糸を八本の手で剥がしていく。
糸の間から垣間見せた、ボロボロになった蟲の身体。
晴瀬は天蟲の深刻なダメージの深さに、ひどく悲しい表情を見せていた。
「サンちゃんの怪我、どうしたの?」
「これは、まあ……ケンカ両成敗ってやつよ」
日永は肩をすくめて、天蟲の方向を振り向く。
蛾はただ、壊れた複眼を仄かに輝かせ彼女たちの方向を見つめている。
蛾のほんの僅かな仕草が、不貞腐れた子供のように見えてしまう。
「帳を鎮圧に嫌々ながら行ったら、もう全部終わったあと。たまたま、あの子がいたから、カッとなって八つ当たりしちゃったのよ」
「あの子って、もしかして……」
晴瀬は日永の言葉に首を傾げる。
姉がよく話す、とある人物。
晴瀬は問いかけるも、日永は困ったようにため息を漏らすだけ。
どこか懐かしいような、寂しいような。
彼女の黒い瞳は、僅かながらに揺らめいていた。
「それより、どうしてサンちゃんと同期しそうになっていたの?」
核心を突く姉からの質問に、晴瀬はビクッと身体をこわばらせた。
言いたくない、と顔を背ける妹を日永は腕を組み静かに考える。
「陰陽頭の命令ね」
冷たいと言うには、生ぬるい。
温度さえ感じさせぬほど、吐き捨てるように言い放つ。
心当たりのあるその男。
陰陽衆の最高責任者である自身の父を彼女はひどく嫌悪していた。
「わたしといれば、サンちゃんも二週間で良くなるって……」
「いい? それは、二週間も閉じ込められるってことよ? 紫微垣で長時間演算させた後に、そんなの身体の負担が過ぎるわ!」
日永は晴瀬の身体を労り、節々に口調を荒げてしまう。
彼女は姉の怒りに、ただ静かに微笑むだけだった。
「ありがとう、ひな姉。でも、紫微垣に触れるのはわたしの役目だから、それは頑張らないと」
斉天大聖が残した、天を造り上げる演算装置。
霊術の演算や、場所の転位を可能とし、発展の礎に新しい一歩踏んだ代表とも呼べる遺物。
晴瀬は紫微垣に触れ、斉天が残した最後の聖を十年以上に渡って研究を命じられていた。
日が昇らない夜明けに目を覚まし、少女に用意された自然と共に日々を送る。
そして、紫の機械に触れ、気がついたら眠りにつく。
異質とも思えるそれが、少女にとって当たり前の日常であり、世界そのものだった。
「それに、サンちゃんの身体も早く治してあげたいから」
蛾の負傷した身体を治したい。
晴瀬の献身さが、紫微垣の演算を命じさせ更なる霊術の発展へと目指そうとする。
陰陽衆にとって少女はただ事を成す道具であり拒否など初めから存在しないが、無下に扱われることない。
晴瀬は道具として丁重にもてなされてもいた。
だが、彼女を人として愛し慈しむ人物がまだここにいる。
静かに怒る、姉の日永と。
「……サンちゃん?」
大きな巨体がゆっくりと、彼女たちから離れていく。
一歩、一歩。
倒れそうになりながらも、力強い足取りで。
どうしたのか、と晴瀬は天蟲に近づこうと立ち上がろうとする。
だが、それを姉が制した。
「そんなに動いたら、身体が……」
「いいえ。サンちゃんも晴瀬を巻き込むのは反対みたいよ」
天蟲に命令を下していた紫微垣の副端末は、日永が凍らせすでに氷となっている。
蛾は自らの意志で、晴瀬から距離を置き、自分の身体に糸を巻付けていく。
細く、何重にも白銀の糸は覆われていき、やがて巨大な繭へと変貌する。
再び完全な姿で舞い戻るために、偽りの自然に寄り添いながら、蛾は眠りにつく。
「あの怪我の具合からして、完治に二、三ヶ月はかかっちゃうかな……?」
繭の滑らかな糸生地に触れながら、日永は天蟲の様態を気にかける。
その横では、晴瀬は困りながら手を口に当てている。
「そんなに、治るの遅くなるなら、わたしが……」
罪悪感から言葉が漏れ出そうになる。
しかし、彼女からその後を続けられることはない。
柔らかく温かな抱擁が、覆い被さる。
「晴瀬、それ以上はダメよ。サンちゃんの気持ちを台無しにしちゃう」
日永は晴瀬を抱きしめ、彼女に向けてニンマリと笑う。
少しいたずらをしようと茶目っ気に、晴瀬を抱きながら横に倒れ込む。
「わっ」
晴瀬は驚き声を上げるも、痛みはない。
覆われた白銀の糸の上。
肌触りのいい巨大な繭が、二人の姉妹を受け止め優しく包み込んでいた。
「もう、ひな姉……、びっくりしたよ」
「ん、そう? なんだか私も疲れちゃったから、このまま二人で休みましょう」
「えー、ホントにびっくりだよう。いつもちゃんとしたところで寝なさいって言ってるじゃん」
晴瀬が口論をしそうになったところで、彼女はさらにぎゅっと抱きしめられる。
温かく、切実な姉の思いがひしひしと伝わっていく。
「父様には、後でちゃんと言うから。晴瀬はゆっくり休みなさい」
「……うん」
穏やかに過ぎ去る、自然の木漏れ日の中。
白い無垢の彼女たちは、抱きしめる力を強くする。
聖を求めた無駄な足掻き、長い一日を労りながら。
互いの温もりが。感情が。
五感を通じて明確になっていく。
晴瀬は日永の耳元に近づき、言葉に表す。
「お姉ちゃん、おかえり」
乾いた大地を潤す、恵みの雨のように。
たった一言の妹の言葉が、日永の心に深く染む。
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