マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう

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第十一王子と、その守護者

オレはタタラ、苗字などない。

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 異世界に転生したと気付いたのは、孤児院で暮らし始めて五年後のある日だった。


 王都から外れた小さな小さな街で母はオレを産み、その後体調を崩して亡くなった。衰弱した母に抱かれたオレは孤児院の人間に預けられ、母はオレの名前と有り金を全て渡して去り……その後、遺体が発見されたらしい。


『タタラ、孤児院の周りを掃除しなさい。お前は仕事が早いからすぐに終わらせるように』


『はい』


 タタラ。そう、オレの名前はタタラ。


 何を隠そう、前世でも同じ名前だったせいか違和感がない。ある日誰かにそう呼ばれて、ふと気が付いた。


『そうだ……、オレは前世で、今が二度目? 転生して生まれ変わったのか』


 若干六歳にして前世の記憶を思い出し、その経験と知識に合わせて大人びた思考を利用して三年後には孤児院を逃げ出した。そこからはスラムの更に奥地に逃げて、なんとか日々を凌ぐように生きた。


 そしてそんな生活また三年。十二歳になった頃には立派なスラムの野良犬として成長している。勿論、汚い仕事も盗みも生きるために必要なことはやってきた。ここはもう平和で優しい前世とは違う、やらなければ死ぬまでだ。


『よぉ、タタラ。今日は暇そうだな? 相変わらず嫌味な野郎だぜ……こんな掃き溜めでなんだってそんなに身綺麗にしてんだか。わざわざ風呂屋に行くのも面倒だろうによぉ』


 汚れが目立たない黒いシャツにダメージジーンズと言い張るズボン、髪はいつも梳かしているが短髪なのでそれしかしていない。


 スラムの野良犬にしては十分すぎるくらい綺麗だと思う。正直着替えはもう少し欲しいくらいだ、無理だけど。


『風呂は好きだからな。高いけど、やっぱ好きなもんは仕方ねぇだろ? 小綺麗なのはそれの付属ってだけさ。

 テメェも辞めればちっとは懐があったかくなるのに、いつまでも博打を続けてんだろ? 同じだ同じ、趣味なんだから口出しすんな』


 露店の店主にしっしっ、と手を払うようにすればその大きな体を揺らしてゲラゲラと笑い出す。もう少し肉が付いていれば貫禄もあっただろうが、どいつもこいつも痩せ細った奴ばかりなここでは仕方ない。


 貧富の差は前世でもあったが、ここまで酷いのは想像以上で結構落ち込んでいる。


 単純に治安が悪いし、何より魔法なんてある意味では一人一人が見えない凶器を持っているようなもんだと怯えていたがそれは少し違う。魔法は基礎魔法と個人魔法があり基礎魔法は七大魔法である火・水・風・土・光・闇・古代があり個人魔法とはそれ以外の特殊な属性を意味する。魔法を使うためには魔力が必要であり、詠唱等も必要になるが問題がある。


 文字だ。詠唱を覚えるためには文字の羅列を頭で記憶し、理解しなくてはならない。だが、学校に行ったことも学んだこともないような一般人にはそれを理解出来ないのだ。そのため彼らは生活でも魔法を頼ることは殆ど出来ず、かなり不便で貧しい暮らしをするしかない。


『オレらには関係ないってのが、また理解出来ない現象だな』


 実は一般人でも、それに該当しない者たちがいる。それが個人魔法の使いだ。個人魔法は同時に同じ魔法を持つ人間は絶対に産まれない。つまり、一人の人間にしか扱えない魔法だ。


 だから個人魔法は、使い手が思うままに使用出来るし訓練次第では詠唱破棄も容易いらしい。


『ふぁーあ……眠い』


 朝っぱらから風呂屋に行ったせいか、かなり眠たくなってきた。


 辺りに人影がないのを確認してオレは右手に魔力を込め、その掌をそばに立つ大木へと向ける。すると木の幹と同じ茶色い糸が現れ、勢いよく上へと放つ。上手いこと木の上に絡まる糸を手繰り、寝床に丁度良さそうな場所に座って一眠りとすることにした。


 そう、オレことスラム街出身のタタラは何を隠そう世にも珍しい個人魔法の使い手


 の使い手なのだ。


『遮光遮光っと』


 頭上で燦々さんさんと輝く太陽もどきから光を遮るように糸を編む。顔を糸で適当に編んだ笠で覆えば準備は完了。惰眠を貪るのではない、これは成長にも大切な仮眠なのだ。


 太陽、じゃないな、なんだっけアレ……確か、似た名前だったんだよなぁ。にち、りん……だっけ?








『きゃぁあああああっ!!』


 意識を落とし、眠りについたのも束の間。目覚めは突然の叫び声によってだ。


『んぅ、なんだよ気持ち良く寝てたのに』


 ふと日輪を見れば、入眠前より大して上にいっていない。まだ三十分も経っていなかっただろう。


 大木から離れると、街の中心部にいた人間やスラムの住民たちも騒ぎの方から走ってこちらにやって来た。まるで何かから逃れるようなその姿を不審に思い、顔馴染みの一人を見付けて声を掛けた。


『コーリー。おはよう、何の騒ぎ?』


『タタラじゃない!! 呑気に挨拶なんかしてる場合じゃないわよ!』


 少し傷んだ茶色い髪にソバカスがチャームポイントの洗濯屋の娘だ。二つ年上ってだけで何かと姉貴分だと豪語するくせに逃げ足だけは天下一品。


 コーリーは息を整えるように深呼吸し、カッと目を開いてこう言った。


『貴族よ!! よくわからないけど、突然貴族のボンボンが現れてっ……それで礼儀がなってないとか、無礼者だとかって勝手に喚いて側にいた近衛騎士に街の人が斬られてしまったの』


 貴族だと?


 確かにオレとコーリーが今いるのはスラム街だが、騒ぎが起こっているのは多少は……ほんの気持ち程度はここよりマシな人間が暮らす街がある。店や宿屋、冒険者と呼ばれる者たちの仕事を斡旋あっせんするようなギルドも、小さいがある。


 そう、この世界には魔物と呼ばれる恐ろしい生き物なんかも闊歩かっぽするヤバい世界なのだ。


『相当な位のボンボンよ!! 何が目的か全然わかんないけど、あなたも早く逃げてよね!』


 スラム街の更に奥地に逃げ出す人々に混じってコーリーも走って行ってしまった。スラム街の更に奥に、廃墟となった教会があるからそこに向かったのだろう。


『あんまりスラム街に近寄るのも関心しないけどな。

 しかしお貴族様か、ちょっと見てみたいな。側にいる騎士とやらも相当凄い魔法を使うのかもしれないし?』


 前世よりも良い点はただ一つ。


 この世界には、夢と冒険に満ちた……そう、ファンタジーが溢れているというところだ。ファンタジーは良い、良い文化だ。


『折角の機会だ、楽しまなくちゃ損だ』




 なんて胸が躍っていたのは数分前。オレは今、完全に萎えている。


 いや、誰だってこんなん見てしまえばそうなっても可笑しくないだろう。


『なんだ、この穢れた土地は!! く、クロポルド騎士団長のお生まれになった街だと聞いて来てみれば、こんな場所にあの方がいたなんて悪夢だ!

 チッ……下民が、私を見て悲鳴を上げるなど万死に値する。処罰せよ!!』


 金髪縦ロールってのは、男にも存在したんだな。似合ってるならまだしも……まあ人の趣味にケチはつけねーけど。


 路地裏を抜け、少し距離を開けた場所から例の一団を観察していればなるほど、確かに。これはかなり身分の高い御坊ちゃま。ていうか、あんだけ騎士を連れているなら最悪、王族に連なる者じゃないか?


『お、お助けをっ』


『私たちが、私たちが何をしたって言うの……』


『ああ、神よ……』


 地面に転がされてるのは、街の住民や旅人、商人など様々だった。老人から子どもまで数十人。顔見知りはいないが、だからと言って何も思わないほど心は死んでいない。


 顔を覆った、武装した騎士たちが前に出る。剣を取り、自国の民にその先端を向ける姿から渇いた笑みが溢れるほどに。


 ふと周りを見渡しても、強そうな冒険者も権力者もいない。騎士ですらあの御坊ちゃまに一言も意見しないでいる。


『やれ!!』


 自分は手を汚しているのに、同じように間違える奴を止める権利などない。聖人のように正しさを説くことはもう叶わない。


 だけどまぁ、あれだろう。やらずに後悔するならやって後悔してここで死んだ方がマシというものだと……一度既に死んでいるオレは思うのだ。


『糸魔法 天蜘蛛あまぐも


 十本の指から放たれた透明な糸が天から下ろされ、今にも騎士によって斬り殺されそうになっていた者たちの体に付着し、一気にその場から引き上げられる。


 しかし騎士たちもすぐに態勢を整えると、すぐに詠唱の構えに入る。数人の騎士が詠唱を唱えるも、それよりも早くオレの次の魔法が発動する。


『糸魔法 母なる護りゆりかご


 爪で皮膚を裂き、糸へ流すと真っ赤な糸が魔力を乗せて街の住民たちを包み込み、赤い繭へと変貌する。血は純粋な魔力の強化に繋がる、勿論血を流さなくてもオレの母なる護りは結構硬い。


 硬いが、しかし。


『火魔法 火炎爆破ファイヤーボム


 騎士の足元に展開された魔法陣の色から、火の魔法であることがわかる。それに面食らったオレは慌てて強化を施したのだ。


 だってオレは糸、相手は火。どう考えてもこっちが負けるから手を加えた。しかしそれも長くは保たないだろうか?


『火炎爆破で、打ち破れない……だと?』


 火炎爆破、火魔法の……中級レベルの魔法であろうそれは巨大な爆発をする、凡そ街で扱っちゃいけないクラスのものだろう。しかし煙が収まり、様子が見えた頃に彼らは想像以上に動揺を走らせていた。


 そこには街の住民分の繭が、多少のコゲを露わにしつつも攻撃を耐えてそこに鎮座していたから。


 まあ、あと一撃でも食らったら普通に壊れるけどね。


『さてと。行きましょうかね』


 少しだけ髪を触り、自分の身なりを正してから道を抜ける。


 逃げるという選択肢はないのだ。住民たちを拾って逃走することは可能ではある。しかし、それをしてはいけない。それでは街を更に危険に陥れるだけだから。ここで名乗りを上げて裁かれなければならない、勿論これ以上の被害を出さないように上手く立ち回って、だ。


『……貴様か』


 広場に出れば、すぐに四方を騎士によって囲まれる。抵抗する意思はないと示すためにその場に傅き、首を垂れる。


『何者か!! 名を名乗れ!』


 シン、と静まった広場。すぐ目の前でわなわなと拳を握る騎士を無視して、少し頭を上げると真っ直ぐと金髪縦ロールを見た。


 何故かそれにビク付きながらも、奴は漸く喋り出した。


『ふ、ふん! なるほど……僕に発言を許されるまで言葉にしないなんて、下民にしては中々わかっているじゃないか。

 良いだろう。名乗れ』


『はい。発言を許可していただき、感謝します。私はこの街の端で暮らすタタラと申します。

 尊き御方の一団とわかっていながらの無礼を心から謝罪します、大変申し訳ありません』


 あーあ、慣れない言葉遣いで舌噛みそう。


『そうか、タタラか。……いや、名前などどうでも良い。貴様、さては個人魔法の使い手だな? 何故僕の騎士たちの攻撃を止めたのだ! 答えよ!』


 これだ、ここを上手く乗り越えなければ。


 頑張れタタラ、一生一善、ここで果たさずいつ果たす?


『失礼ですが、お名前を拝聴しても?』


『ん? な、名前だと?

 そうか、僕としたことが名も名乗っていなかったか。


 うむ! 心して聞くが良い! 僕は第十一王子ハルジオン・常世・バーリカリーナ!! その人である!!』


 ああ、道理で始終偉そうなわけだ。


 得意げに両腕を組んで踏ん反り返るバカ王子を前に、オレは内心項垂れる他なかった。


 王子、王子様かー。終わったなぁ。


『知らぬこととは言え、……重ねて謝罪申し上げます。日輪の輝きを御心に、我らが殿下』


『うむうむ。貴様、下民にしては誠によく礼儀を心得ておるではないか。このように気分が良いのは久しぶりだ』


 ははは、そうかい、オレの気分は最悪だ。


 なんて内心で泣き言を吐いていたが、バカ王子の側にいた騎士たちが騒ついたのがわかって首を傾げる。今の発言に何か変なところがあったか?


『あの、ハルジオン殿下が……下民と話して、気分が良いと……?』


 金髪縦ロールを少し揺らしながら、目を細めて口角を上げる姿は本当に機嫌が良さそうだった。よーく目を凝らせば、多少……化粧や服装のせいでマイナスだった見た目も笑うとまだ子どもらしさが残っていて良いものだと思う。


『殿下がこの街に赴くのは、今日が初めてかと。私の記憶違いでしたか?』


『いいや? 確かに初めてだ。そ、その、なんだ……僕の、いや近しい者がだな。ここの出身だと聞いて寄ってみたのだ』


 ポッと頬を染めながらクネクネと身悶えする姿にハイハイ、と軽く流して話を続ける。


 こりゃ、ほの字ですわ!


『殿下が街に初めて訪問した記念すべき時……失礼ながらそれを血で汚す結果とするのは良くないのではと。しかし、我々の中から殿下に不快な思いをさせてしまった民が出たのもまた事実。

 そこで、尊き我らの日輪たるハルジオン殿下。


 私の魔核を殿下にお納めします。先程の戯れは私の糸魔法をご理解していただくための、ほんの余興でございます。個人魔法使いとはいえ、たった一人の命と引き換えなどと分不相応とは理解しています。

 ですが、殿下。どうか殿下の御慈悲を賜りたいのです。殿下の近しい方の故郷を守るためと、この度だけはどうか、どうか』


 響めきは、騎士たちだけでなく街のあちこちからも届いている。


 おいコラ、人が必死に謝ってるんだから大人しくお家に入ってな。


『……正気か、貴様』


『事が済むのであれば、本望です』


 魔核。

 それは、人間だけでなく魔物や生きとし生けるものが必ず持つ魔力の核だ。この魔核は大変貴重なものであり、その色は属性によって色分けされているとされている。

 だが、魔核を一度取り出してしまえばもうその者は魔法を使えない。それだけではない。徐々に体は空気中にある魔力に耐え切れず、やがて死ぬのだ。魔核はエネルギーにもなるし、人間の魔核であれば数回はその魔核の持ち主の魔法を行使出来る。


 魔核を抜かれた人間は、死ぬ。ただ死ぬのではなく永遠の死を意味する。元の世界でいう輪廻転生のようなもので二度と生の輪には戻れなくなるのだ。この世界では古い神がそうしたのだ。だから魔核を取り出す事は禁忌、だが……魔核は個人の財産。同意の元であれば多少の手続きは必要だが、譲渡は可能。


『私はスラム街に住む何もない人間です。恥ずかしながら、私程度に差し出せるものはその昔……大いなる神からお預かりしたこの糸魔法しかありません。

 神にお返し出来なくなることは、少し……心苦しいのですが。これも私の運命です。お気になさらず、私の魔法を活用して下さい』


 そっと両手に糸で編んだ花を作り、それを乗せたままバカ王子に向かって差し出した。グッと眉間に皺を寄せる様子に少しだけ可笑しくて、笑ってしまった。


 気付けば街の至る所から誰かの啜り泣く声が聞こえる。


 死にたくはない、死にたくはないが正直……生きたくもないのが本音だった。孤児院を出たのも働き尽くしでつまらなかったから。いつまでも前世と今を比較しては、落ち込み……恋しいと思う。


 嫌だったんだ。この世界を好きになれないのが。比べてしまう、そして劣るこの人生が。


 ごめんな、オレの糸魔法。ただ死ぬだけなら次代に誰かがまた糸魔法を継承するのに。魔核を抜かれれば個人魔法は死滅するのだ。一番の被害者と言っても過言ではない。


『……っ、うぅう』


 唸り声を上げながらドスドスと荒い足音を鳴らして近付くバカ王子。そっと両手を更に高く掲げ、早よ取れと意思表示をしてやる。

 また更に唸った後、バカ王子はオレから花を奪い取った。思わず、といったように王子の周りにいた騎士が動き……街に幾つもの悲鳴が上がった。


 が。


『良いっ……もう、良い!! わかった、わかったから! ……貴様の誠意は受け取った。その偽りなき美しい魂に免じて、此度の不敬は不問とするっ。

 ……そのような強い魔法を、容易く投げ出すなど理解出来ぬ。これだから下民はっ……』


 そっと髪にバカ王子が触れ、少しの間彼が何かに奮闘しているようだ。漸く手が離れてから、そっと髪に触れると糸の花が髪飾りのようにされていた。


 おい、ちょっと待て……男のオレがお花の髪飾りはねーだろ?!


 そう抗議したかったのに、妙に拗ねたようにそっぽを向くバカ王子と目が合わない。


 こっち見ろ、オラァ!!


『……殿下?』


『変な奴。今までで一番、変な下民だ』




 なんて失礼なバカ王子なんだ!!



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