マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう

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第十一王子と、その守護者

ハルジオンの春

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 到着である。バーリカリーナ国の中心部に位置し、どこよりも栄える花の都。即ち、王都バラツィアである!


 竜車が魔楼道から出れば王都近郊を走り出し、バーリカリーナ国の王が住む王城が見える。白亜の立派な城はかなり大きくて、左右対称の見事なシンメトリーとわかるデザイン。そしてよく見れば黄金の魔法壁がバラツィア全体を囲んでいる、これぞ王都クオリティーというものだ。


 テンション爆上がりだわ!


『殿下! 外に出て警戒を続けますね!!』


『……ただ出たいだけであろうが』


 そんなことはない。立派なお仕事だ。


 竜車のすぐ側を歩く。もう地竜たちは走らずゆったりと行進しているので走らなくても良い。右に左にと王都に入ってからというもの、首が忙しいったらない。しかしその価値は十分にある。王都バラツィアはとても美しく、栄えていて、華やかだ。


 王都を歩く人々の身なりもよく誰も彼もが忙しそうで、楽しそうだ。


『あれは……第十一王子の?』


『早く平伏をっ!! あのの異名を持つ第十一王子よ』


『……なぁ、近衛の数……かなり減ってないか?』


 王城へ続く道を行けば、誰もが平伏して道を空ける。それを当然のように進む竜車とそれを受け入れづらいオレ……少し歩みが遅くなって慌てて竜車の元へ走れば自然と粗末な恰好をしながらも竜車と並走しているオレに人々の視線が集まる。


 アイツは誰だ? というわかりやすい視線を受け、へラリと笑って薄暗い路地からこちらを盗み見る子どもたちに手を振った。


 オレに害はないよ。大丈夫だよー。


『タタラ! いくら王都が物珍しくとも僕から離れるな、馬鹿めが!!』


『あ。はーい』


 へいへい、ちゃんといますよっと。


 後頭部に片手を当ててやれやれと小走りで竜車の隣にピッタリと並ぶ。腹の虫が治ったのか静かになった主人に気付かれないようクルリと後ろを向いて礼をする。


 道を空けてくれて、ありがとう。そんな意味を込めてだ。また怒られないよう今度は一瞬だったから王子にはバレまいて。


『殿下! 王都はとても良いところなのですね』


『当然であろうが。休暇には城を出ることも多くなる、しっかりと地形も頭に入れておけ』


 なるほど、お忍びというやつだ。ここに住むことになれば自然とオレも城下には来る様になるからな。もしかして……城に住むのだろうか? 守護魔導師というくらいだから殆どの時間が護衛タイムだろう。


 ちらっと後ろを見ればよくわかる。最初は何名いたかは知らないが……オレが合流した時には三十はいたはずなのに、何故か十数名しか騎士がいない。森を抜けてからまた更に数が減ってしまった理由を考えないよう、静かに前を向いた。


 知識も教養も足りないオレが……上手くやれるのかね?


 無事に王城へと辿り着き、城内へ入る王子とその背中を見守って平伏したままの騎士団。労いの言葉一つさえない。自分はどうしたものかとアワアワしていれば、兜を脱いだ一団の中にあの白髪のマッチョさんがいた。目線だけで早く行け、と言う彼にお礼を言いたい気持ちをグッと堪えてペタペタと気の抜けた足音を鳴らしながら扉を潜る。


『我が守護者、タタラである。僕のモノだ。無礼は許さぬ。


 来い、タタラ』


 出迎えた執事やメイドを無視し、それだけ吐き捨てるように告げてズンズンと先を行く王子。裸足な上に如何にも下民、といったボロボロの服を少し恥ずかしく思いながらも王子の後を追う。


 そして王子の部屋らしき豪華な部屋に着いたと同時に風呂に突っ込まれた。


 解せぬ。


『で、殿下……私よりも先に殿下が湯浴みを』


『貴様その格好で僕の部屋をウロつく気ではあるまいな? 元々小綺麗ではあったが魔獣との戦闘や睡眠時の汗等で貴様は汚い、即刻洗え』


 しかし抵抗したのも数分のこと。王子の帰城のタイミングに合わせて広々とした湯船にはたっぷりとお湯が張られている。しかもそこには色とりどりの花が浮かべられ、良い匂いが漂っているのだ。


 風呂好きのオレ、大歓喜である。


『いっい湯だな~』


 この世界では平民なんかは湯船になんか滅多に入らない。何故ならボタン一つでお湯が出てくる前世の技術などなく、ここでは魔法によって湯を張る。そして魔法をまともに使えないものは湯を沸かすしかないので、更に井戸から水を汲むなど苦労が絶えない。


 勿論、魔導師が腐るほどいる王城では関係ない。ちなみに……湯を沸かす魔道具もあるがクソ高だ。とても買えないし、あれらは消耗品。毎日風呂に入るなんて金持ちの娯楽のようなもの。


『街の湯屋より、よっぽど広い……。最高だ! 金の代わりに毎日風呂に入れてほしいくらいかもな~』


 琥珀色の泡が専用の射出口から現れ、それに全身が包まれる。これがこの世界のシャンプー兼ボディソープのようなものだ。日によって色が変わったり香りが違うのが湯屋の特徴だが、おそらくここもそうだろう。歩いているだけできめ細かい泡が追って来るし、魔力を流せば魔道具からお湯が出て来て洗い流してくれる。


 ああ……、魔法世界万歳!!


『で、殿下……メイドさんはいらっしゃらないのですかっ? 服の着方がわからなくて……』


 体を洗って、また更に湯船に浸かってから風呂場を出れば元々着ていた服は忽然と姿を消して見慣れない服が一着あるだけだった。


 まぁボロだし……捨てられたに違いないな。


『必要最低限以外は僕の私室には誰もいれない。守護者も決まったことだし、殆どの人間はここには入れないぞ。


 ……全く。服の着方も知らぬとは、お前はあれ以外の服を着たことがないのか……』


『大変申し上げ難いのですが、その……あれが私の一張羅でして』


 その時の王子のアホ面を、オレは生涯忘れないと誓おう。まさに茫然自失……俯きながらこめかみを抑える王子に、その時ばかりは恥ずかしかった。


 しょうがないじゃないか。満足に働ける場所もなければ下手に魔法を見られたらお陀仏。稼ぎなんてないに等しかった。


『……王子たる僕にこのような行いをさせるなど、通常であれば死刑であるぞ』


『わぁ、格好良いです! 凄い凄い!! このような素敵な服を頂いて良いのですか?!』


『聞かぬか! ……この僕の守護魔導師となったのだ、初仕事は粗末なものだったが……及第点といったところ。これはその報酬だ。同じものを数着用意させるから、きちんと管理しろ』


 黒を基調としたベストに半袖のシャツ。オレの萎れた野菜のようにほっそりとした足を隠す下にかけて膨れたゆとりのあるズボン。指先から出す糸のためか、まるでヴィジュアル系バンドのような指先に穴の空いた手袋。


 それらを全て王子から着せてもらい、部屋の隅でペタペタとそれらを触る。


 質感も最高だわ!


『……おい。髪に花がついてるぞ、みっともないな全く……』


 王子が少し手を上に上げたのを見て、そっと指摘された頭を下げる。しかしいつまでも取ってくれない王子にまだ? という意味を込めて目を合わせると、彼はなんとも言えない顔をしていた。


 早く取ってくれー。


『可笑しい……、何故王子たる僕がこんな人間に手を焼かねばならぬ。本当にこれが守護者で良いのか……しかし戦闘面は問題ない。


 ……仕方ないか、下民など僕の理解は及ばない存在だ』


 はぁ。とため息を吐いた王子は何を血迷ったのか取った花を再びオレの耳に沿って髪に挿し、踵を返してソファーへと向かう。残されたのは花を飾られたオレ。一体何を考えているのかわからず困惑しながらも王子の元へと駆け寄る。


 髪紐には花型の糸、更にはお花。頭が良い感じにお花畑に仕上がってきたな。


『殿下。私は殿下が城外に出ない日もお側にいて宜しいのでしょうか?』


『城の中でも外でも守護者が離れることは殆どない。貴様は常に僕を守るのが仕事だ』




 王子の斜め後ろに控えて、いつでも一緒にいてその身を守る。最初は面倒かと思われたがやってみると案外なんでもない。そもそも王子である奴はあまり城の外に出ないし一応まだ未成年であるため王子としての仕事もあまりない、加えてこの性格だ。口を開けば罵声に怒号……周りに人が寄り付かない。執事やメイド、騎士たちはいつだって王子に対して怯えて接している。


 何せ口癖が、である。そりゃ誰だって近付きたくない。


 そんな生活が早数週間。忙しくも以前より確実に充実した日々を城で過ごしている。


『これでいーの?』


 糸で天井に吊るされていた魔力切れの魔道具を取ってメイドさんたちに見せれば、彼女らは笑顔で駆け寄って来る。


『タタラ様! どうもありがとうございます、私たちではこれを取り外すのが大仕事で……助かりますわぁ』


『タタラ様、タタラ様! 次はこちらです、その後はこちらの部屋で』


 下は十代から上は六十代まであらゆる世代のメイドたちに次々と仕事を任される。もう面倒だから糸の量を増やして一気に仕事を終わらせれば、もういつも強面のキリッとしたメイド長も優しげな笑みを浮かべている。周りにもキャッキャと喜ばれてオレも役に立てて大変嬉しい。


 沢山の魔力切れになった魔道具、前世でいう電球だろうか。光の魔導師による特殊な魔力を込められた光を放つ魔石。魔石はあらゆる自然界の中にあり、色んな魔力を込められる。その魔力によって効果が変わる魔法アイテムだ。この光を放つ魔石を嵌めた家具はと呼ばれるらしい、スラム育ちのオレも初めて見た。


『はい、どうぞー。他には何か仕事はないのですか?』


『ハルジオン殿下の守護魔導師であるタタラ様をこれ以上お引き留めするわけには参りません。いくら殿下がお勉強中とはいえ、あまり離れるわけにもいかないでしょう』


 そっとメイド長のエプロンのポケットから取り出されるお菓子にハッと目を輝かせる。まるで子どもを相手にするように身を屈めてそれを差し出すので、少しムッとした表情を露わにしてみるが周りのメイドたちがニヤニヤしているのだ。


 ふん、オレはどうせまだ子どもだよ。


『平気ですよ、城内で殿下の身に危険が及ぶなんて……不審者が出ても私の出番などなく皆様が対処されてしまいます』


 城は魔導師も騎士団もいる。勿論、それぞれの王子や王女たちも自分の守護者がいるのだから強者揃いということ。


 新参者のオレなんて、不審者に気付くかどうかも怪しいところだ。


『ですが殿下がまた教え者たちを処罰してしまうかもしれないので、少し様子を見に行って来ることにします。殿下は優秀な教わり者ですからね。下手なことを教わろうものならすぐに怒ってしまいますから』


 座右の銘、打首。不愉快ならすぐに打首とか言い出すし誰もそれを止めてくれないから余計に最悪なのだ。


 マジで王子が打首って言ったら監獄ぶち込まれて三日後くらいには……うん、そうなる。


『……はい、それが宜しいかと。


 あら……?』


 顔色を悪くして一歩オレから身を引くメイドたち。誰もがあの王子の暴君っぷりを知っているからこそ、誰も関わらない。しかしメイド長がオレの背後を見て声を上げたのにつられて振り返れば、二人の騎士が慌ててこちらに駆け寄っている。廊下の隅に移動しようとしたが、どうやら目的地はオレのようだ。


『タタラ様っ、良かった……すぐ近くでっ』


『急ぎ報告が!』


 銀色の甲冑に身を包んだこの騎士たちは、普段であれば早々城の中を歩いていることはない。彼らがいるということは理由は一つ。


 王国騎士団が出陣するか、帰城するか。これは後者だ。オレは彼ら……鎧に金と黒の模様の入った一団を知っている。


『……あー。わかりました、場所はいつものところですね? 報告していただきありがとうございます』


 王国騎士団と言っても、その内情は複雑だ。騎士団はいくつかの組織があり役割や人数も結構異なる。その中でも王族に関わる王国騎士団最強の一団こそが彼らだ。


 持ち場に戻っててくれ、と告げれば彼らは綺麗なお辞儀をしたままその場に留まる。オレはいち早く中庭へと向かうべく糸を窓枠にくっ付け、四階から勢いよく飛び出した。


 これぞ必殺、超時短ルート法である。


『……タタラ様、まだ子どもなのに。どうしてよりにもよってあの……の王子の守護者に』


『しっ!! 黙りなさいっ!! ……それ以上言ってはなりません。あの方のおかげで、随分とメイドや執事……国民が死なぬようになりました。その努力を我々の失言で妨げては……絶対に、なりません……』


 

 下りればそこは、中庭の花園。


 季節によって様々な花が咲き誇るらしいこの城の外にある宝石と呼ばれる花々だ。アホみたいな面積でそこらにいくつでも家が建つ。そんな花園の中にいくつかあるガゼボのような青い建物にいる二人。


 一人はよく知る我らが王子。そしてもう一人。暗く青い髪に茶色い瞳を持つ青年。纏う鎧は先程の騎士たちと同じものだが、彼は白いマントがある。そのマントに刻まれた日輪の絵こそが何よりの証拠……彼は日の輪騎士団団長


 クロポルド・アヴァロアである。


『はぁー……恋ってやつは、本当に不思議なもんだなぁ』


 二人に気付かれないよう、しかし離れぬよう近くの実を付けた可愛らしい木の影に隠れて腰を下ろす。久しぶりの会話ですっかり気を良くした王子の頬の緩むこと緩むこと。


 まぁ騎士団団長がいる時点で、オレ……要らないんだけどね。最強の護衛みたいなもんだしな、あの人がいるんじゃ。


『確かにあれはイケメンだよなぁ、オレも大きくなったらあんな憂いを含んだミステリアス系イケメンに……ならねぇーなぁー』


 首の後ろで手を組み、空を見る。


 なんとこの世界。


 同性でも結婚出来るらしい。いや、前世でも結婚出来るが違うのだ。世界的に、生物的にそれが当然であるとされる普通のこと。


『ま。前世で恋人すらいなかった……、多分……いなかったであろうオレとしては恋すら未知の世界だし。同性愛問題はもう慣れたよなー』




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