マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう

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第十一王子と、その守護者

英雄様

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 城に常駐する光魔導師が、匙を投げた。


『……無理です。核獣の魔力によって一部が腐肉と化しています。すぐに神殿に運び、穢れを祓ってから治療しなければ腕は切断です』


 直ちに竜車が用意されて神殿へと運ばれれば……そこには階段に仁王立ちしたイケメンが怖いくらいの笑顔で待ち構えていた。


『……いらっしゃる頃合いだと思って、お待ちしていましたよ』


 組んでいた腕を解き、トワイシー殿が左手を上げた途端……どこからか現れた顔を隠した夜の信徒たちがズラリと並び、瞬きの間に姿を消したかと思えばいつの間にかオレは王子の腕の中から離されて信徒の一人に抱えられていた。


 思わず溢れた悲鳴に一瞬だけ信徒の動きが止まるも、構わず走り出すものだから余計に声を出した。


『やーだーっ!! っ、でんかぁ……』


 容易には戻れないと悟ってグッタリと身を預けていれば、信徒がトワイシー殿のかたわらについた。鋭い視線がオレの全身をチェックし、やはり一番酷い肩に注視するといつもの優しい顔を険しくして王子へと向かい合う。


 本当にこの人たちはオレの保護者か、いや保護者より拗らせてるわな……。


『……弁明があればお聞きしましょう。我々は、彼をこれ以上刺激しないよう警告したはずです。確かに彼は殿下の守護魔導師でありその保護下にあります……しかし、悪戯に傷付けるようであれば我々は強硬手段に出ることを厭わない。

 これは、全神殿による総意です』
 

 モンスターペアレント待ったなし。


 ぺちぺちとオレを抱える信徒の腕を軽く叩いて出せ、と意思表示するも変化なし。無理矢理拘束を解こうと引っ張るも効果なし。


 ……ほぉ。


 そちらがその気なら、オレだって奥の手だ。


『……オレのこと、いじめるのか……?』


『……?!』


 必殺・泣き落とし。


 メソメソと目を擦り、悲しげな声を漏らせば信徒たちには動揺が広がる。ざわざわとオレを抱える信徒に他の信徒が詰め寄り、少しだけ持つ手が緩む。その隙を逃さず、すかさずそれをすり抜けて地面へと着地。モタモタしながらトワイシー殿の横を通り抜ければ、慌てた彼の腕が伸びる。


 逃れるように階段を飛び、無事な方の左肩を突き出して彼を呼んだ。


『ノルエフリン!!』


『っ……はい、タタラ様!!』


 体格の大きいノルエフリンが全身でオレを受け止め、難なく抱き上げた。今までの誰よりも安定した完璧な抱っこに思わず笑みを浮かべてしまうほど。


 流石、抱っこさせた回数トップレベルは仕事が違うな!


『今日はせめて殿下も一緒じゃなきゃ、神殿には入りません!』


『……タタラ様。我々には貴方を守る義務があるのですよ』


 なんだ義務なんて、オレにそんな大層なものが必要なわけない。そう思って否定しようとするのに、トワイシー殿に信徒たち……彼らの真剣な表情にどうにも無碍にする気持ちにはなれない。

 
 黒を持つ人間って……そんなに神殿じゃ大切にしなきゃいけないのか?


『……わかりました。ここで無駄な時間を過ごすことは出来ません。すぐに貴方の治療をしなければ。

 神殿に入ることを許可します。黒き子が望む人間は、全てお通ししなさい』


 神殿の中はとても忙しそうで、誰も彼もが走り回っていた。バビリアダンジョン崩壊の影響は各所に広まり、この神殿でも物資の運搬や穢れてしまった大地の浄化。そしてオレのように魔獣によって体を蝕まれる人々のために神殿から人材を出しているのだ。


 神殿にまで来ないと穢れが落ちない重傷者は少ないようで、トワイシー殿の案内ですぐに建物の中へと入った。


 しかし、その場所に覚えがあるオレは部屋の前で止まったと同時にノルエフリンの肩に顔を突っ伏す。


 ここオレの魔力が暴走したあの部屋じゃんかよー……!


『……今回殿下がいらっしゃったのは、不幸中の幸いかもしれませんね。

 宜しい。殿下、タタラ様はこちらで前回魔力が暴走しました。今の彼は最も魔力が増えて成長する時期。それと同時に心の変化の波も極端で、ちょっとしたことがキッカケですぐ内面が弱くなることがあります。

 今日は殿下も共にここへ入っていただきます。ただタタラ様と雑談でもして下されば良いのです。幾ばくかすれば肩の穢れは月が落としてくれるでしょう』


『僕にこれだけの魔力を受け流す力はないぞ』


 月の魔力が循環する部屋。常人であれば耐えられないとされていたが、トワイシー殿は気にした様子もなく扉を開くよう信徒に指示を出す。駆け寄って来た信徒たちが水に浸かっても大丈夫なように裾を捲ってくれて、殿下にはサンダルを貸し出している。


『常にタタラ様と手を繋いでいて下されば問題ありません。彼が殿下の分まで魔力を勝手に吸い取り、調整できるので。

 勿論離したらいエライことになります』


 反射的に王子の手を握り、オレは再びあの部屋へと足を踏み入れた。振り返ればノルエフリンが心配そうに手を振っていたので安心させようと微笑んでみせたところで扉が閉まった。


 水は、ちゃんと低いまま。バシャバシャと水飛沫を上げながら歩けば隣の王子に怒られた。


 そう。あの時は泣き叫んだって掴んでもらえなかった手が、今はちゃんとそこにある。


『……流石、神殿で最も特異と言われる空間だ。ただいるだけで体が造り替えられるような気分だな』


 相変わらずオレはなんともないが王子には少し居心地が悪いらしい。


 辺りを見渡して腰掛けるのに丁度良さそうな椅子を発見し、そこに座ろうと持ち掛ける。暗く静かな闇に波紋を広げるように水音が駆けた。


『気分はどうだ? 傷の具合は?』


『まだちょっと痛いです。でも不思議ですね。痛くても他所ではいざって時は魔法を使おうと腕が動いちゃうのに、さっき信徒に持ち上げられた時は全然体が動かなかったんです』


 心のどこかで、彼らは絶対に自分を傷付けないと信じているのだろう。勝手に崇拝されてはいるが、いつも彼らは親切で優しい。


 怖いくらいに。


『あまり奴等に心を砕くな。好きにやらせておけば良い、奴等とて好きでやっている』


『……殿下は知ってますか? 黒き子ってオレを呼ぶ、彼らの望むもの』


 日頃から本を読むことが多い王子であれば何か知っているかもしれない。そう思って聞いてみれば彼は少し記憶を探ってくれたのか、口を開く。


『神殿とは神を崇めるものの集う場所だ。必然的に奴等が崇めるということは、それは神に近しい何かか、或いは神そのもの。

 黒い容姿を持つ者が神の遣いなどと聞いたことはない。黒は魔力に恵まれた隠れた存在。魔導師が黒を崇拝するのはわかる。だが、神殿の者があそこまでお前を特別視する理由は……正直わからぬ』


『信徒がね、言ってたんです。オレは闇なんですって。絶望を更に塗り潰す……闇』


【だから貴方は、光】


 そう言った時の彼女は、とても愛おしいものの名を呼ぶようだった。


 黒いから闇、とかだったら中々笑えない冗談だがそういう感じではなかった。だがそれは困る。オレはただの孤児であり毛色が違うのはきっと前世の影響に違いない。


『……そうか。僕にとっては、お前は光だ。お前とクロポルドだけが僕の人生を彩るんだからな』


『……ねぇ、殿下。殿下はどうしてクロポルド団長殿が好きなんですか? オレはまだそういうのよくわからないから、人を好きなのがどういうことかって気になるんです』


 声は上擦っていなかっただろうか。自然に、普通に聞こえただろうか。


 ドキドキしながら汗ばむ手を離したくても離せない今の状況がとても辛い。必要以上に髪を弄ってしまいながら、王子の反応を待つ。


『クロポルドは僕を救ってくれたんだ。最強の騎士として名高いにも関わらず一人で、……何の力もない僕に声を掛けてくれた最初の人』


 熱を含んだ瞳が、どこか遠くを見つめる。その先にいる人を思い出しているのか幸せそうに、噛みしめるように笑う姿。


『クロポルドは英雄だ。あの魔人をも倒し、最年少騎士団長として今の地位に留まっている。クロポルドと共にあればもう……何も恐れることなどない』


『……英雄、』


 思い浮かぶ、自分にはまだ遠い背中。


 自分には圧倒的に足りない実績。


 まだ、成長途中の自分。


『殿下が幸せになるのが、拾われた今のオレにとって一番の願いです。団長殿と一緒になるのが殿下の一番の願いで……幸せなんですね。

 オレも……オレもいつか、誰かの……誰かの一番になれるでしょうか。こんな、オレでも……』


『……ありがとう。

 お前ならば大丈夫だ。お前はとても強く、可愛らしい守護者なのだからな』


 もうオレの魔力が暴れることはない。


 神殿の水が暴れ、オレたちを襲おうとする。突然のことに殿下が弾けたように立ち上がってオレを連れて逃げようとするもその必要はない。


 を振り上げ、静かに水を睨み付ける。水底より這い出る無数の輝く糸が水を叩き斬り、大人しくするよう言い聞かせる。


 ごめんね、オレのために怒ってくれたのに。何度も、ごめん……。


『タタラ……? これは一体……いや、それよりお前……その腕は』


『ん? ああ。なんでもありません、なんでもないんです。オレはもう、平気です』


 手を離し、開かれた扉に向けて歩き出す。月の光はもう閉ざされ役目を終えた。元通りになった水の中を歩き扉の前に立てば、待ち構えていた盾の騎士は何もかもわかっていたかのように諦めたような笑みを浮かべて手を差し伸べる。


 触れた手よりも遥かに冷たくなった自分の手に驚く間もなく側に来た信徒たちに形だけの包帯を巻かれて治療は終わった。


『……お帰りの際は、こちらからどうぞ』


 案内されたのは正門ではなく裏側にある小さな出口だった。竜車はもうつけてあるからと半ば追い出されるような形で神殿を出れば、そこにはバビリアダンジョンでの戦闘で家や家族を失った者たちが一時的に避難していたのだ。


 王子の後ろをノルエフリンと共に歩いていると、突然誰かに鈴のついた髪紐を引かれた。


『うあ?!』


『タタラ様!?』


 すぐに離されたため、振り返り引っ張った犯人を見ればそこにはまだ五、六歳くらいの子どもたちが三人いた。まさか子どもとは思わず驚いていると、一人が目をカッと輝かせてオレを指差す。


!!』


『え?! ぃ、ゆう……?』


 ワーッと子どもたちが満面の笑みで抱き着いてきたので慌てて踏ん張れば、子どもたちがニコニコしながら鼻息荒く喋り出した。


『ボク見てたんだ! お空でおんぶされた英雄様が、ボクたちを助けるために、すっごい魔法を出してくれたんだ!!』


『私もっ、私も見たー! 英雄様がお空にすっごいおーきなマホウジン、ていうのを出して救ってくれたってみんなが言ってたもん!』


『英雄様まだ小さいのに魔法使えるの!? すげー、すげー!!』


 あ、もしかして……天蜘蛛の時か?


 どれもこれもオレには眩しいくらいの眼差しだった。ただ逃すために出した魔法……全てを救うことなんて出来なかった。犠牲者は多い。救えたのは所詮は氷山の一角……。


『ありがとう! 英雄様だってみんな言ってた、ボクもそう思う! 助けてくれてありがとう!』


『もしかして英雄様もどこかお怪我したの? 大丈夫、もう痛くない?』


 腕の包帯を見て悲しげにする子どもたちと、集まってきた人々までオレを心配するように声を掛けてくれた。側にはという異名を持つ殿下や大きなノルエフリンもいるが誰一人恐れることなくオレの側に来て声を掛けてくれたのだ。


 自分より、助けてくれた恩人を心配する……善性に触れて心の奥がジワジワと温かくなった。


 振り返って神殿を見れば、盾の騎士と神殿長が柔らかにこちらを見つめている。


『私たちの街が直ったら、遊びに来てね英雄様!』


『ボクもいつか英雄様みたいに凄い魔法を使ってみたいなー。また魔法見せてね!』


 少女が差し出した小さな花束に、そっと手を伸ばす。ピンク色の可愛らしい花。その向こうには自分を英雄などと呼ぶ人々。


 それは、多分……。


『英雄様? 英雄様、どうしたの……? 大変、英雄様どこか痛いの!?』


『っ、いいえ……』


 オレなんかには勿体ない、けれど望んで止まなかった称号で。


『綺麗な花にっ、感動してしまいました。どうもありがとう……。とても嬉しいっ』



 仮初でも今の自分を誇れるには十分の成果だった。




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