マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう

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第十一王子と、その守護者

糸の魔導師の真髄

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 もう一線を超えた辺りから、自分の中の何かが書き変わってしまったようだ。


 防御魔法によって覆われた結界内は軽い戦争状態に陥っていた。


 目の前から荒ぶる波のように迫る赤い水を、いくつも生み出した母なる護りを投げ付けて波を割る。赤い水が通った地面がジワジワと抉れているのを見て若干気が遠くなりながらも前を見ることは止めない。


【……確か魔力を抑える魔道具をさせたはずが、これはどういうことだろう】


 魔人のくせに剣を扱ってくる。横から迫る剣を上から垂らした天蜘蛛の糸を掴んで躱せば、今度はこちらの番とばかりに硬絲の術によって硬質化した糸を投げ付けた。


 地面から生まれた赤い水がカーテンのように魔人の周りを覆って防がれるのを見て、更に長く強度のある糸を上空に数千本用意してからターゲットを指差す。


『放てーっ!!』


 魔法対魔法の一歩も引かない戦い。誰もが絶望し、恐怖した魔人との戦闘だったが、なんとか即死はしていない。


 なんとか危機一髪の如く串刺しになった水のカーテン。それを解いた奴の足元には糸が散らばるも、体のいくつかの場所にそれが届いていたのを視認して思わず心の中でガッツポーズをしてしまう。


 どうだ、思い知ったか!!


 なんて浮かれてしまったのが良くなかった。ガツンと頭を殴られたような痛みが襲い、あまりの痛みに膝をついて蹲ってしまうほど。


 恐れていたことが起きた、これは間違いなく……魔力枯渇状態。


【善戦だろう。むしろ、ここまでよく耐えたと賞賛するべきじゃないか。人間がここまで魔法を扱えるなんて驚きだ。

 この器の人間より、よほど優秀か】


『……団長殿は生きてんのかよ』


 なんとか正気を保ちながら、こちらに歩み寄ってきた魔人へと語りかける。団長殿の顔でらしくない笑みを浮かべた魔人は、気分が良さそうに語り出す。


【生きているとも。この憎き器は、何年もワタクシと同じ時を歩んで来た。封印の器でありながら徐々に綻びが生じて来たのだよ。決定的だったのは、リーベの魔人にあの剣を折られてから。

 あの剣はワタクシを瀕死に追い込んだ騎士から、死の間際に譲り受けたモノ。あれも封印の重要な要だったわけだ】


 あれそんな封印のアイテムだったのか!


【あー。だが、勘違いしてはいけないよ。

 別にワタクシはね、器を操ったりはしていない。あれは最初から全てに嫌悪を抱いていた。生きた屍のようなものだ】


『生きた……屍』


 てっきり今の今まで魔人に良いように操られていたのかと思ったが、そうではなかった。……つまり全て彼の意志。この魔人が適当を言ってなければ。


【それなりに会話はしてたとも。三軒向こうの家に住む程度の会話はな】


 それもう他人だよ、他人。同じ体に入ってるのに心の距離が遠過ぎない?


【器はワタクシを封じるためだけに生きていた。それさえ成せれば、他はどうでも良い。それが器の答え。
ワタクシは自由になれれば構わないよ。憎き騎士も、器ももう縛り付けるものはなくなった。

 もう少しゆっくり復活するのも良かったけど、出れたなら出れたで良い。……だからもう暫くは、人間の皮を被って生きたいんだけど】


『生憎、もうお前の正体は晒された。この防御魔法を抜けたらタコ殴りだよ。オレと違ってこの国の先輩方は強いぞ』


 防御魔法の向こうにいるのは、限られた守護者のみ。主要な者は王族や来賓の避難に向かったことだろう。


 スカスカな観客席を見た、その時だった。


『えっ……?!』


 目が合った。


 観客席に現れた三人の人影。一人が周りの二人を振り払うようにして走り、やがて目が合う。落ち着いた碧の綺麗な瞳。泣きそうな顔で何か叫んでいるのに、何を言っているのか聞き取れない。


 姿を見た瞬間、自分でも驚くほどすんなり立ち上がることが出来た。


 ああ。


 触れて、声を聞きたいな。


【申し訳ないが。ワタクシはどちらかと言えば、この姿を取り戻せば戦闘系ではなく操作系の魔人となる。人間を。魔獣を。更には魔王をも操ることを得意とするのがワタクシの力。

 力なき人間などいくらでも操れる。勿論、それがこの国の王と交わした契約。殺しはしない】


『操る……?』


【ふふっ、そうだ。


 特に、あの王権とかいう力を持つ人間共は役に立つ。手始めに最も力の強い十一番目。別に死体だろうと構わないから。


 器には何度も語り掛けてやったのさ。十一番目と結婚でもなんでもして、油断したところで目玉をくり抜いてやれと。なぁーんにも答えなかったけど。これからいくらでも、なんとでも出来るから構わないか】


 ……あん?


 なんだ、今日はやけに耳が遠いな。あのクソヤローは今一体なんて言ったんだ? 目を? くり抜く……誰の。王子の?


 あの碧い瞳を、奪うって言ったのか?


 わかりやすい挑発だった。誰でもわかるやっすい挑発。ニヤニヤ笑ってオレを誘うものだとわかり切っていた。しかし、それでも怒髪天どはつてんを衝くには十分だった。


 殺してやるっ……!!


【良い目をしている! もう魔力も残っていないというのに、一体どうやっ……て……っ?! なんだ……体に力が入らない?】


 奴の変化に、今度はオレの方が笑みを浮かべる番だった。まさかとばかりにオレの方を見た奴はそんなオレの姿を見ただけで状況を理解したのか初めてその顔に怒りを浮かべて歪めたのだ。


 もうバレてしまったのか、残念。


『変に思っただろ? こんな首輪で魔力を制限されてるのにオレがバカスカ魔法を連発して。当たり前だ。とっくに自分の魔力はなくなってるよ』


【お前っ……お前ぇ!! いつの間にワタクシの魔力を喰らっていたのだ! 魔人の魔力を喰らうなど常人なら死んでいる……っまさか、ここまで我々と魔力の質が似ているなど!】


 そう。とっくの昔に魔力なんて空っぽになった。では、何故オレは魔法を打てるか。


 簡単である。オレの針山峰の本質は、大量にある針に忍ばせた、魔力を吸い取るための針を敵に付着させるためにあのようなスタイルをとっている。それと透明な糸を自分自身に通し、ずっと魔人の魔力をコソコソと盗んでいたのだ。


 普段なら攻撃のカモフラージュに使うのに使い勝手がよくて忘れがちだが、本来はこうした目的で生み出された。


『自分の魔力で倒される奴なんて、中々マヌケでお前にはお似合いだよ』


【っ……殺してやる! 折角殺さないつもりでいたのにっ……生意気な】


 魔法による攻防が続き、遠くで声が聞こえる。水鏡の向こうから響く多くの声援。何度も防御魔法を壊そうと必死に魔法を放つ守護者たち。それらが全て遠い場所で起きている出来事のように感じるほど、頭がぼんやりとする。


 魔人の魔力なんて如何にも悪そうなものを取り入れてしまったから体が悲鳴を上げているのだろう。糸を掴む手は、もう魔力を纏って触れる余裕もないから直接触っては皮膚を傷付ける。嫌ってくらい魔人は剣で頭を狙って来やがるものだから、ただでさえ痛む頭をたくさん揺らして気持ち悪い。


『タタラっ!!』


 だから、踏ん張らなきゃいけない時に貴方の声が聞こえて……死ぬほど嬉しかった。


 だけど。


【……なるほど。それが君の弱点だ】


 刹那、オレを心配して防御魔法の結界のすぐ側に来てそれに触れながら叫んでいたハルジオン王子が何故か結界内に入ってしまったのだ。ハッとして奴を見れば、面白いオモチャでも見付けたように嗤う。


 訳もわからないまま結界内に入って驚く王子の元に駆け寄り、奴から繰り出される赤い水の銃弾のように降り注ぐ攻撃から母なる護りを出して受け止める。徐々に溶かされる繭が壊される度に新しいものを生み出し、逃げ場のない結界内で次の一手を必死に考えるが……ないものばかりでどうしようもない。


『タタラっ、すまぬ……僕が入って来たせいで、』


『……殿下。いいえ、オレは貴方の側にいられる方が嬉しいから大丈夫。怖い思いをさせてしまい、申し訳ありません。


 ……必ずお護りします。だからオレが勝つまで、どうかここにいて下さい。すぐに来ます。約束しますから』


 王子を護るように母なる護りを形成し、血によって更に強靭な護りを命じる。繭に包まれる王子が心配そうにオレを見上げるので、安心させるように約束をしてからそれを閉じた。


 振り返って悪趣味な諸悪の根源を睨み付けながら、魔力を練る。


 きっとオレにとって出せる、最後の魔法。


『悪いがこの世界でお前に与えてやれるものなんて一つもない。長い間ご苦労さん、二度と戻ってくんじゃねー』


 背後から大量に現れた糸に奴が気付き、赤い水で次々襲うそれを溶かしていく。その間にオレは走り出し、奴との距離をどんどん縮める。苛立たしげに大量の水を生み出して糸を消し、オレの方を振り返った奴に向かって魔法によって生み出されたものを突き付ける。まさかこのオレが武器を手にしているとは思わなかったのか目を見開くも、剣を手にしようとするまでが早かった。


 手にした赫槍を防がれ、奴が自分の勝利を確信して上空に大量の赤い水を出現させたその時。


『……糸魔法』


 身体中から滲み出る、魔物特有の魔力。空っぽの体からいつかに取り込んだあの魔獣から得た魔力の感覚を引き出し、奴から奪い取ってきた魔力をありったけ込めてそれを形成する。
 

黒糸槍くろいやり!!』


 奴の足元から出現した多くの黒い色の糸で出来た槍。足から腰、腹……胸に肩と様々な場所に貫通したいくつものそれに魔人は口から真っ赤な血を吐いてそのままガクリと気を失ってしまった。


 赫槍を抱えながらその場に尻餅をつき、それを見たオレは……そっと上を見てコントロールを失った水が落ちて来るので悲鳴を上げながらそこから転がるように逃げた。


 あっぶね!! 死ぬとこだった!!


『……終わった、のか?』


 勝った? 勝っちゃったかな?


 地面が割れそうなほどの歓声が響き渡る。突然のことに胸から心臓が飛んでいきそうだったのでビクビクしながら水鏡を見れば、誰も彼もがお祭り騒ぎ。あんな騒ぎでもなんとか無事でいたらしい撮影魔道具がヨロヨロ飛んできて、アップでオレを映し出す。


 は、恥ずかしいな……。


 みんなを安心させようと手を振ってから、置いてきてしまった王子のところへ行こうと振り返って走り出した時。


 待て、と言わんばかりに放たれた殺気に驚いて飛び退いた。再び向き合った魔人は……とんでもなく大きな赤い水の塊を宙に浮かべたまま、血を吐いた酷い形相でこちらを睨んでいた。その体に黒糸槍を突き刺したまま……奴は一言だけ言葉を吐き捨てて、それを……ハルジオン王子の繭の元へと放ったのだ。


 声にならない悲鳴が、自分の口から漏れた。


 頼りない糸を一本だけ生み出して、それを力の限り引いて飛ぶようにその場へ辿り着く。すぐ目の前から迫る脅威。もう魔法なんて使えないのに、自分の後ろには王子だっている。


『……っ、しかた……ねぇか』


 それだけは、やりたくなかった。


 自分は欲張りになったから、あの頃みたいに潔く出来ない。


 だけど、うん……原点は、大切なんだな。


『勝つって、約束したもんな』


 髪を華やかにしてくれていた糸の髪飾りを取り、それを握りしめる。体に溶けていくそれに初めて王子と出会った日が脳裏に浮かぶ。


 オレの魔力は、本当はまだある。だけどこの忌々しい首輪のせいで引き出せない。それなら、もう話は簡単だ。


 魔核を自分から抜き取って、死ぬ前に命じてしまえば魔法が出せる。胸元の服を破り体の中からメキメキと音を立てて魔核が現れる。糸によって縁を象られ、やっぱり真っ黒な色をしたまん丸の宝石みたいな魔核は拳半分くらいの大きさしかない。でも宝石の中は七色に光る糸が渦巻いていて、とても綺麗だった。


『糸魔法、最後だけど……よろしく頼むよ』


 任せてとばかりにより強く輝くそれに安心しながら、朦朧とする意識の中で言葉が浮かぶ。


『……血糸魔法』
 

 過去の自分が知ったら、きっと驚くだろう。


春糸恩ハルジオン


 小さな花を象った糸が何本も、何十本も、何千本も現れて集合し、大きな一輪の大輪となる。そっと目の前に現れた小さな花を血塗れの手で握ればそれをトリガーにするように大輪も一気に赤が走る。だが、血が足りなかったのか花は桃色だった。赤い水と桃色の花の衝突。花が何個も溶かされるが、次々と現れる新しい花で水が押されていき、やがて水を全て花で覆うと握る潰すようにそれを粉砕させた。


 飛び散る水にもすかさず花たちが集い、結界の中は花で溢れ……それは地面に触れると崩れるように砕けて消えた。


『……残念。折角打ち勝ったっての、に……』


 それでも護りたかった人が出来たんだ。


 だって……好きな人を護りたいなんて、誰だって思う普通の願いだろ?


 母なる護りの糸が、強制的に消えていく。突然の光に眩しそうにする王子がオレを見た瞬間、安心したように笑ってその腕にオレを閉じ込めた。


『馬鹿者……馬鹿者! 本当にお前はっ、お前はいつもこれだ! 僕だって心配してるんだぞ!! お前はいくら強くても人間なのだ、魔人相手に生きているのが不思議なくらいだ』


 うん、そうだよね。


『……僕のために、本当にすまなかった。悲しくはあるが、もう大丈夫だ。きちんと受け止めている』


 本当に? 三発くらい殴った方が良いって。


『……タタラ? オイ、そんなに具合が悪いのか……ま、待っていろ! すぐに光魔導師を』


『で、んか……』


 そう、言いたいことがあるんだよ。


 どうしても、傷付いた貴方に聞いてほしいことがあるんだ。


『……す、きです……』


『……え?』


 傷心に付け込むなんて、我ながら酷い奴だな!


『……お、れは……王子のこと、だい……す、きだ。泣かないで……泣か、ないで……笑って、これか……らも……笑って、だって』


『そ、でないと……ダメだ。王子……あり、が』


 鈴の音を聞いた後で、何かに亀裂が入った音を聞きながら地面に倒れた。誰かの悲鳴と、倒れた後で破壊されたであろう結界の崩れ落ちる音を子守唄に、今世のオレはゆっくりと眠りについたのだった。



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