いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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難敵

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 暗い夜道を走る。薄く、遠いあの人の匂い。微かなそれを辿って必死に足を動かした。時々倒れている敵をジャンプで躱して進めばより、匂いが薄まる。

 なんでボスの匂いがどんどん薄くなるんだ?!

『っどこ…?! 何処にいるんだ!』

 思わず見上げてしまうような大きな満月と僅かな街灯に照らされた周囲を探っていれば、一際冷たい風が吹く。

 バランサーの嗅覚を最大限使用して掴んだ手掛かり。

『こっちか!!』

 風に乗ったボスの匂いを見つけて走れば、水の音が聞こえてくる。草木と土の香りが強くなってきて気付けば河原のような場所に着いた。

 そして見つけたのは、川の浅瀬で膝をつくボスと…全身を黒で纏い不気味なゴーグルを付けた人影。ゴーグル人間が歩くその手にはいつの間にか長い刀身の刃物が握られている。

 刃物を握り直したゴーグル人間がその切先をボスに向けた瞬間、煮え滾るような怒りが生まれた。

『ッ止めろ!!』

 俺は確かに、バランサーとしての権能を行使したはずだった。それを使えばたちまち、誰もが戦意を喪失するはずだ。だからそうなってからボスを抱えて脱出しようとしたのに。

 奴は、バランサーの力を浴びたにも関わらず平然と立っている。僅かに動揺したようで一歩、後退したがすぐに止まってこちらを向く。

 なんで…? 俺、今確かに本気だったぞ?

『ボス…!』

 バシャバシャと水飛沫を上げながら川の中に入って今にも倒れそうなボスに肩を貸してなんとか敵と対峙する。すると、すぐに相手からアルファ特有の高圧的な威嚇が飛んできて自分を盾にしてボスを護る。

 やっぱりアルファ? ってことは、ボスよりも高位…? いや有り得ない。この人よりも強いアルファなんて見たことないし、この威嚇もほぼ同レベル。

『ってことは…、どっかに援護が?』

 バランサーの五感を尖らせるが周囲にこちらを敵視するような脅威を感じない。恐らく、目の前の人間以外に敵はもういないはずだ。いてもボスが既に戦闘不能にしている。

 …どういうことだ? ボスと同じくらい高位のアルファなのにボスに勝つなんて、有り得ない。拮抗してなきゃ変なのに。

【これを幸運と表すべきか、不幸と嘆くべきか】

『わっ?! なに!!』

 突然外国語で話し始めたゴーグル人間に驚いて自分まで声を出してしまう。全身を黒で纏めた細身のゴーグル人間は、少しだけ戦闘態勢を解いた。

『日本にも、同族がいたのか』

『日本語?! …え。どう、ぞく…?』

 闇夜に立ち尽くす不気味な出立ち。少しだけゴーグルを横にズラして瞳を見せた。月と壊れかけの街灯によって照らされ、確かに見えたのは赤と緑のオッドアイ。

『東の宝石にさようならをしよう。怨むなら、この広い世界で僅かしかいない我らが敵として出会ったことを怨め』

 刹那、俺がよく知るものが奴から放たれる。

 それを感じ取っただけで俺はもう、自分が何をするべきか理解して陸地にボスをそっと寝かせてからそいつと対峙した。

『世界に五人しかいない我々が潰し合うなど、この世の不利益だが致し方ない。でも争いは付きもの』

『もう少しソフトな出会いをしたかったよ、本当…』

 バランサー。

 この世界にたった五人しかいないはずの最強の性別を持つ者。それが今、敵として偶然…この場で相対するなんて。

 しかも、どう考えても俺は不利だ。

『同じバランサーのよしみだ。警告する。大人しくその男を渡すか、殺せ。そいつは我のターゲットの一人。お前ではない』

『…あの人をどうするつもりだ』

 しっかりとゴーグルを付け直した奴が先程と同じように刃物をボスに向けた。

『殺す。弐条会は我が祖国にある組織と敵対した。ならば排するのみ。身の程を知らずが、忌々しい』

 こ、コイツ…! バランサーにあるまじきゴリゴリな戦闘タイプじゃないか!

『断る! 祖国を大切にするのは結構だが、お前そんなんじゃ世界中を敵にするぞ。

 …俺たちは決して世界の表には立てない』

『そうだ。

 だからこそ、我は裏から護るのみ。生半可な覚悟で踏み入れば命はない』

 バシャバシャと水飛沫を上げながら刃物を構え、突撃してきた敵に慌てて何か使える物がないか探すもこんな場面で使えそうなものはない。

 …まぁ、こっちに銃やナイフがあっても慣れてなきゃ意味がないか。

『ならば!』

 バッとその場にしゃがんで川に手を突っ込む。掌に入るくらいの石を掴んでこちらに迫る敵へと投げ付けた。勿論投石なんか簡単に避けられるけど距離を稼ぐにはこれしかない。

 バランサーの戦いなんて、きっとお互い知らないが長期戦は俺が不利だ。

『…よく動く』

『っぐ!』

 水を蹴り上げて水飛沫で視界を奪ってから石を投げたのに、奴は水を避けることなく刃物で石だけを叩き落とした。その後に放たれた蹴りを食らった俺は腹部を押さえながらもなんとか踏み止まる。

 いっ、てぇ!!

『何故そこまで? 資料にお前の情報はなし。脅威となる弐条の頭と右腕…今宵はその二名のみ警戒。

 バランサーの子どもがいるなど情報は皆無』

『残念ながらただのバイトみたいなもんだ。だが、その人は…その人は俺の恩人。それに護衛を言い付けられてる。必ず生きて帰す』

 ハッキリとそう伝えれば、奴は…その男は落胆を表すように大袈裟に肩を落としてから再び刃物を握り直す。すぐに動き出すかと思えば、ふと何かを確認するように上を見たような気がした。

 上…?

 そこには、丸い大きな月があるばかり。

『ならば早々に、ケリを付けよう』

『待て…! どこに、…っまさかお前!! ふざけんなっ止まれバカ!!』

 ゴーグル男が向かう先には、岸に横たえたボスの姿。地面に広がる出血と青白い顔。どうやっても自力では逃げられない。

 追い付けない! 嫌だ、やだっ…ボスが、そんなのやだ、やだよっ。

 初めて出会った時はこんな風に貴方に手を伸ばすことになるなんて思いもしなかった。言葉を交わして、優しさに触れて、笑顔を貰った。その全部が嬉しくて、楽しくて、幸福で。

 名前を。貴方の名前を、知りたかった。

 呼ぶことは叶わなくても胸の内で大事に言ってみたかった。名前を呼んだらどんな顔をするか知りたい。

 死なないで。

 いなく、ならないで。

『ま、れ』

 今度は、俺を置いて行ったりしないで。

!!』

 バランサーにバランサーの権限は通らない。それが俺たちの認識で、互いに無理だとなんとなくわかっていたはず。それでも俺はこの日、この時。本気で、それを願った。

 起こるはずのない奇跡。

 起きてはならない奇跡。

 だってそれは。

『…っ?!』

 バランサーにも、があるという世界の理が刻まれる瞬間。

 だけど奇跡は一時。俺が命じた言葉に従ったか、或いは偶々か。男が足を止めたのは僅かな時間。だけどそれで良い。その一瞬を見極めて奴の肘にスマホをぶつけて刃物を落とすことに成功すると、すぐにボスの元に飛び込んでその身を抱いた。

 絶対に死なせるもんか…!

 驚くほど冷えた身体を必死に覆い、なんとかその身を護ろうと必死だった。

『な、んだ今のは…、いや違う! 違う違う違う!! われはっ我は神に選ばれた裁定者! こんな子どもにっ、下されるはずがない!!』

 新たに取り出されたのは、先程より小さくも月光を弾く鋭利なナイフ。ああもうダメだと覚悟してボスをしっかりと抱きしめながら目を閉じる。

 刹那。

 ドォン、と耳をつんざくような轟音と身体に伝わる衝撃。自分の身体に回された腕の感触にハッとして見ればボスが銃を構えていた。

 ボス!!

『くっ…、異国のアルファ風情が。だが最後の抵抗といったところか』

 銃を構えていた腕が岸に下ろされる。口の端から血を流したボスは息も絶え絶えになりつつ、それでももう片方の手で自身に覆い被さる俺をしっかりと抱き寄せた。

 胸に顔が押し付けられ、酷く弱った心臓の音色を聴いて無意識に涙が零れ落ちる。

『だれ、か』

『おねがいだ、だれか…』

 誰でも良い。この人を救えるなら、どうか。

 どうか。

 その時。遠くに見える城から低い鐘の音が響いた。たった一度だけ。午前零時丁度を報せるその鐘の音が響いた瞬間、目の前の男がピタリと止まる。水の音を響かせながら後ろに下がり、川にナイフを落としてしまう。

 …なんだ? 様子が、変だけど。

『嘘だ』

 男がそう呟いた瞬間、妙に優しい風が俺の頬を撫でたような気がした。

『なぜ、今…? 我は…、は? ふざ、けるな…そんな、だって猶予は? こんなっ、一瞬で…』

 あれ?

 なんでだろう。

『…なるほど、そうか…』

 なんでコイツ、今…

『神は余程…お前を寵愛しているらしいな。これが偶然というなら、どんな運命の女神に微笑まれたというのか…』

 になってるんだ?


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