いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

文字の大きさ
59 / 136

SOS

しおりを挟む
Side:犬飼

『すぐに緊急配備! 買い出し行ってる連中にも召集かけて! 覚、念の為に医療道具全部出せ』

 宋平くんと猿石が行方不明になった。

 スマホは鞄に入れっぱなし、行き先を見に行ってもいない。その上、何故かサンダルが片方だけ浜に流されてきた。

 どう考えてもよくない状況だ。

『船も用意して。向こうの小屋に小型船用意してあるから』

 バタバタと慌ただしくなる中で双子は車から持ってきたパソコンで波の流れを見てサンダルが何処から来たかシュミレーションをしている。覚は真っ青な顔でAEDや救急セットを持って戻って来た。

 …一体何処に行ったんだ。あの猿石が一緒にいて宋平くんに何かあるとは思えない。これだけの目があって誘拐なんて更に有り得ない。

『猿のスマホは!?』

『ダメです。車に放置されてました…』

 あのバカっ…! 防水なんだから密封して持って行けよ!!

『探せっ! お前らも気を付けろよ、相手は自然だ。油断してたら一瞬でお陀仏だよ』

 上に羽織っていたシャツを脱いで指示を出しつつ、目撃情報を聞いて回るが楽しそうに洞窟に向かっていく姿を見たとしか情報が得られない。

 海難事故とかマジで無理なんだけど…!!

 通報なんて出来るわけないが、海は海のプロに捜索を任せるのが一番だ。だけどそれと同じくらい事故に遭っていてほしくない思いが強くて冷静な判断が出来ない。こんなの初めてだし、正解なんてわかんないし。

『泣き言なんて言ってる場合か…!』

 弟分が助けを待っているかもしれないのに、グズグズしてられないよね。

『黒河! 白澄! なんかわかった?!』

 じっと画面を見つめる黒河と隣で海を満遍まんべんなく睨み付ける白澄。海なら一番詳しいのはコイツらだ。

『…変だネ。確かにこの海流に乗って来たなら洞窟の辺りだけど…』

『…兄者。潮の流れがさっきと違うヨ…』

『午後になって変化したネ。…ん? これ、横にある別の海流とぶつかってるけど?

 もしかしてアイツら、違う洞窟に行ったんじゃ』

 黒河が言うには恐らく最初の段階で違うルートから海に入ってそのまま泳ぎ、事故にあったのではないかというもの。

『事故って…例えば?』

『違うルートだからネ。海流の激しい場所で流されて溺れたとか、岩にぶつかって怪我をしたとか…場所からしてこの辺。でも流されたとしても元の緩やかな場所に出るはずネ』

 アイツら、さては洞窟までのルートをちゃんと聞いてなかったな…?!

 まだ海に漂っている可能性も高い。確か宋平くんは浮き輪を肌身離さず持ってたはず!

『…なんで浮き輪あそこにあるの?』

『その…。洞窟は狭いだろうからって、置いて行きました…』
 
 発狂する俺をなんとか落ち着かせる部下たち。だが、そんな中で誰かに呼ばれて頭を抱えながら振り返る。

『今度は何?! ていうか船、早よ!!』

『大変です犬飼さん!!』

『今の状況より大変なことなんかないよ!! 何さ!!』

『ボスと刃斬さんが到着しましたッ!!』

 …大変ダァ。

 バッ、と全員が駐車場を振り返ると確かに見慣れた車がそこにある。

 今日来れないって言ってたのに?!

 急いで出迎えなければと身体が本能的に動くが、それよりも先に手にしていたスマホが振動する。すぐに応じると相手は間違いなく、ボスだった。

【来なくて良い。こっちが向かう】

 それだけ告げて切れた通話。車から出て来たボスは珍しくスーツの背広を脱いだワイシャツ姿でネクタイも取っ払っていた。追い掛ける刃斬サンは真夏でもカッチリ、スーツスタイルを曲げない。

『一体なんの騒ぎだ…。何してやがる』

 腹を切って説明せねば、と口を開いたその時だ。

『大変です!! 向こうから猿石さんが!!』

 一人が大声で叫ぶと全員が反応しつつ、道を作るので取り敢えずとボスを連れて走る。着いた先には海から這い上がったばかりの猿石が全身ずぶ濡れになりながら咳き込んでいた。

『…ボス、先ず落ち着いて聞いて下さい』

『なんだってんだ。猿が海から出て来たくれェで何をそんなに』

『一時間前に猿石と洞窟に遊びに行っていた宋平くんが、現在も行方不明なんです』

 口を開きかけていたボスが、言葉を失う。すぐ後ろにいた刃斬サンも同様に。何かを言われる前にまたすぐに話し始めた。

『洞窟の捜索に、付近もくまなく探しましたが現在こうして猿石だけが見つかった状況なんです。…見たところ、宋平くんはまだ何処かに…』

『っどーくつ!! ソーヘーまだ洞窟にいる! っく、げほっ、ぅえ…』

 すぐに覚が駆け寄ってタオルケットを被せると、要らないとばかりに剥ぎ取ってから猿石はそれまでの出来事を語る。

『洞窟で暫く遊んでてっ…それで、なんかソーヘーの様子が変で! アイツ、最初に泳いで洞窟入った時、サンダルなくして足の裏…怪我してて。それずっと黙ってたから歩けなくなったんだよっ。

 そんで、そんで帰ろうとしたら洞窟に海水が入り込んで来てて!』

 …満潮まんちょうか。

 すぐに黒河が満潮の時刻を調べれば嫌な予感は当たるもので丁度三十分程後だ。満潮とは、もっとも海面が上昇することを言いそれは季節や日によって大きく変動するもの。

 不運過ぎる。

 …つまり。違うルートから行った場所にたまたま、違う洞窟があった。そこが目的地だと思っていたら満潮で沈む場所だった、と。

『そん時はまだ全然浅かったんだ…! ソーヘー、足からいっぱい血が出てて海になんか入れらんねーから…誰か呼んでくるから待ってろって言ったんだ…なのにっ、なんか海の流れ早くて全然上手く泳げなくてっ! 戻ろうとしたら流されちまった!

 早くソーヘー迎えに行かねぇと!! ーっ、ぅ』

『…猿石。もしかして貴方、足をってたんですか?!』

 左足の動きが妙なことに気付いて覚が動かないよう身体を押さえつけるが、片足が使えないくらいで止まる奴じゃない。誰も彼もを薙ぎ払うようにして再び海に向かおうとするのを必死で止める。

『落ち着けってバカ猿! 今船を呼んでるから!』

『ンなもん待ってられっか!! 宋平がっ…宋平が溺れ死んだらどーすんだ!! 俺が…俺が誘ったからっ…俺が洞窟なんか行こうって言わなきゃっ…』
 
 気付けば猿石の水着にも血のようなものが付着している。相当な出血かもしれないと気を引き締めるも、再び電話が掛かってきて応対する。

 内容は、船の不具合で後三十分程しないと船が出せないという絶望的な内容だった。会話の内容を拾ってしまった猿石が再び這って海に行こうとするのを皆で止める。

『黒。お前船見て来な、免許もあンだろ』

『おうよ!』

 ボスからの指示で黒河が走り出すと何故かボスがワイシャツを脱ぎ始めた。

『白。車にドローンがある。軽くメンテナンスしてから飛ばせ』

『…ああ。なるほど、了解だヨ!』

 今度は白澄が走り出すと脱いだワイシャツをグルグルと巻き始める。

『覚。ガーゼと包帯と消毒液。スマホが入るくらいの密封できる袋もだ』

『え?! は、はい…!』

 覚が先程集まっていた場所に走って行くのを見送っていると、今度はワタシが呼ばれる。

『犬飼。此処で全体の纏めに徹しろ。刃斬、テメェはなんかあっても絶対ェ海には入るな筋肉達磨きんにくだるま

『…御意。お待ちしてます、どうかお気をつけて』

 覚が言われたものをチャック付きの袋に入れて持って来ると、そこにスマホを入れて密封し、巻いたワイシャツの中に突っ込んでからそれを腰に巻いてしまう。

『いつまでベソかいてンだ。覚、コイツの足診とけ。辰見に連絡して指示受けてマッサージでもなんでもして転がしとけ』

『っ…ボスぅ』

『テメェがそんな面してっと宋平が気に病む。帰るまでにその情けねェ面をなんとかしろ』

 手を伸ばして猿石の肩に付着していたゴミのようなものを取ってから必死に首を振って頷く猿石のゴーグルを奪い取って横を通り過ぎると、靴と靴下を脱いでそこらに放る。耳抜きをしてから軽く腕を振って動かしつつ、海に浸かるボスを俺たちは固唾を飲んで見守る。

『刃斬。一時間以内に戻らなきゃ次の段階に進め』

『御意。必ずのお帰りを』

 ふっ、と笑ってからボスは海の中に潜ってあっという間に見えなくなってしまった。

 …いや潜水時間エグ…。

『おら行くぞテメェら。ボスの命令は絶対だ』

『いやいや大丈夫なんですか、これ?! もしもボスまで帰って来なかったら…』

『洞窟の内部がわからん。今はまだ生きていても、宋平が奥に進んでもしも…洞窟の奥に有毒なガスが充満していたらお終いだ』

 いや、だけど…。

『猿石がこうなるレベルだ。もしかしたら…近くの海域には船が近付けなくなる可能性もある』

 それは…確かに。アルファの中でも最上位に位置するということは、運動神経も抜群に優れている者ばかりだ。この場で猿石以上となると、ボスしか該当者はいない。

『…あの、それなら刃斬サンは…?』

 恐る恐る聞いてみると、彼は大変不服そうな顔をしてから海を睨んでこう吐き出した。

『…俺はカナヅチだ。後、筋肉のせいもあるのか上手く浮くことも出来ん』

 戦力外じゃねーか、この人。


しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

【完結】少年王が望むは…

綾雅(りょうが)今年は7冊!
BL
 シュミレ国―――北の山脈に背を守られ、南の海が恵みを運ぶ国。  15歳の少年王エリヤは即位したばかりだった。両親を暗殺された彼を支えるは、執政ウィリアム一人。他の誰も信頼しない少年王は、彼に心を寄せていく。  恋ほど薄情ではなく、愛と呼ぶには尊敬や崇拝の感情が強すぎる―――小さな我侭すら戸惑うエリヤを、ウィリアムは幸せに出来るのか? 【注意事項】BL、R15、キスシーンあり、性的描写なし 【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう、カクヨム

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。 そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

うそつきΩのとりかえ話譚

沖弉 えぬ
BL
療養を終えた王子が都に帰還するのに合わせて開催される「番候補戦」。王子は国の将来を担うのに相応しいアルファであり番といえば当然オメガであるが、貧乏一家の財政難を救うべく、18歳のトキはアルファでありながらオメガのフリをして王子の「番候補戦」に参加する事を決める。一方王子にはとある秘密があって……。雪の積もった日に出会った紅梅色の髪の青年と都で再会を果たしたトキは、彼の助けもあってオメガたちによる候補戦に身を投じる。 舞台は和風×中華風の国セイシンで織りなす、同い年の青年たちによる旅と恋の話です。

【完結】トラウマ眼鏡系男子は幼馴染み王子に恋をする

獏乃みゆ
BL
黒髪メガネの地味な男子高校生・青山優李(あおやま ゆうり)。 小学生の頃、外見を理由にいじめられた彼は、顔を隠すように黒縁メガネをかけるようになった。 そんな優李を救ってくれたのは、幼馴染の遠野悠斗(とおの はると)。 優李は彼に恋をした。けれど、悠斗は同性で、その上誰もが振り返るほどの美貌の持ち主――手の届かない存在だった。 それでも傍にいたいと願う優李は自分の想いを絶対に隠し通そうと心に誓う。 一方、悠斗も密やかな想いをを秘めたまま優李を見つめ続ける。 一見穏やかな日常の裏で、二人の想いは静かにすれ違い始める。 やがて優李の前に、過去の“痛み”が再び姿を現す。 友情と恋の境界で揺れる二人が、すれ違いの果てに見つける答えとは。 ――トラウマを抱えた少年と、彼を救った“王子”の救済と成長の物語。 ───────── 両片想い幼馴染男子高校生の物語です。 個人的に、癖のあるキャラクターが好きなので、二人とも読み始めと印象が変化します。ご注意ください。 ※主人公はメガネキャラですが、純粋に視力が悪くてメガネ着用というわけではないので、メガネ属性好きで読み始められる方はご注意ください。 ※悠斗くん、穏やかで優しげな王子様キャラですが、途中で印象が変わる場合がありますので、キラキラ王子様がお好きな方はご注意ください。 ───── ※ムーンライトノベルズにて連載していたものを加筆修正したものになります。 部分的に表現などが異なりますが、大筋のストーリーに変更はありません。 おそらく、より読みやすくなっているかと思います。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

白銀の城の俺と僕

片海 鏡
BL
絶海の孤島。水の医神エンディリアムを祀る医療神殿ルエンカーナ。島全体が白銀の建物の集合体《神殿》によって形作られ、彼らの高度かつ不可思議な医療技術による治療を願う者達が日々海を渡ってやって来る。白銀の髪と紺色の目を持って生まれた子供は聖徒として神殿に召し上げられる。オメガの青年エンティーは不遇を受けながらも懸命に神殿で働いていた。ある出来事をきっかけに島を統治する皇族のαの青年シャングアと共に日々を過ごし始める。 *独自の設定ありのオメガバースです。恋愛ありきのエンティーとシャングアの成長物語です。下の話(セクハラ的なもの)は話しますが、性行為の様なものは一切ありません。マイペースな更新です。*

処理中です...