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助けて幹部様
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『縫いました』
…はい。
『縫いました。わかりますか? 貴方の皮膚を、縫ったんです。辛うじて傷は塞がりつつありましたがその方が早く治るとわかっていたから。
…もうこんな連中に付き合うのは止めなさい』
目が覚めて暫くすると、まだ意識の覚醒しない内から部屋に辰見が現れて無言のまま回収された。アジトにある医務室に連れて行かれると、診察台に横にされてから経過を見られる。
『何故もっと早く帰って来なかったんですか。いくらバランサーでもこんな傷を放置するなんて』
『でも花火が…』
は? みたいな顔をされて恐ろしくて口を閉じる。なんとか辰見の機嫌を損ねないようにちゃんと話を聞き、やっと解放された。
トボトボと松葉杖を使って歩いていると、反対方向から歩いて来た兄貴たちに声を掛けられる。
『傷、大丈夫だったか?』
『はい…。寝てる間に縫っていたらしくて、怒られてしまいました…』
しょんぼりとしながら話すとだから目が腫れているのかと笑われ、ドキリとしつつも笑って誤魔化す。
『緊急の案件でバタバタしてんだ。流石に宋平は連れて行けねぇしな…』
『アジトの守りに徹してろってさ。中に残ってんの、俺らとお前だけなんだよ。幹部も各所に散ってんの。なんかあったらすぐ言えよ?』
だから皆がいないんだ、と納得して頷くと兄貴たちに軽く頭を撫でられた。辰見から借りたQRコードを首から下げてボスのフロアへと向かう。何はともあれ、約束のスイーツを作らねばならない。
いつかはクレープを作ったが、今回はより本格的なスイーツ。冷蔵庫にブルーベリーがあったからそれを使ったタルトを作る。タルトは生地さえ出来れば後は何をのせても大体美味しくなるから素晴らしい。
『えーっと、先ずはカスタードを作りまして…冷蔵庫に入れて冷まさないとな』
昔はよく兄さんがバナナタルトや、奮発して買ってきた苺をのせたりして大いに盛り上がったことだ。
念の為にスマホでレシピを確認しながらボスのフロアで料理をする。無事にタルト生地を焼成すると、飾り付けるブルーベリーを用意して冷蔵庫に仕舞い、片付けもした。
『…しゃーない。焼けた生地を冷ますまで、宿題でもやるか。このアジト、冷房で涼しいから勉強する環境としては神だな』
テーブルのあるエリアに行って持って来た宿題をやっていると、お昼が近いことに気付く。果たして皆はいつ頃、帰るのか。タルトを作ったら一旦帰ろうかと思案する。
『お昼ご飯食べたら帰るか…』
そう決意してから宿題に取り掛かると、仕事用のスマホに電話が掛かってきた。誰からか確認したら先程話した兄貴たちではないか。
『はーい、宋平です。どうかしましたか?』
【すまん宋平…。ちょっと下まで来れるか? 玄関まで来てほしいんだが】
『了解です。すぐに行きますね』
通話を切るとすぐにマスクを片手に松葉杖を突いてエレベーターへと向かう。最初は昼食の相談かと思ったけど、玄関なら何か案件かもしれない。
専用のエレベーターですぐに玄関まで降りると、人だかりが出来ていて騒がしい。後ろの方にいた人が俺に気付いて何があったか説明してくれる。
『月見山だよ。許嫁殿が押し掛けて来やがった。アポなんか取っちゃいねぇ。なんせ、ボスは留守なんだからな。それを説明してんのに帰らねーのよ』
えー。なぁんで今日みたいな日に来るの?
半ば投げやりにそう思うが、多分周りも同じことを考えていたらしい。今日も来ているのは羽魅に、側近の馬美。
刃斬によく付いている兄貴分が対応しているが、幹部に代われと騒がれているらしい。
あの、今…幹部いないんですよ。
『…羽魅様。幹部の一人が到着したようです』
馬美と目が合い、ふと振り返るが誰もいない。それどころか全員が俺を見ているような気がして不思議に思いながら首を傾げる。
我、バイトなり。
『幹部の…、確か名を宋平殿と』
…あ。もしかしてあの時の紹介で、完全に幹部と誤解されてる?
どうやら状況に気付いた兄貴たちが慌てて俺を出さないよう再び追い出そうと行動に出るが、相手は幹部が来たならそっちと話すと態度を変えない。
マジかよ!! ええい、しゃーない!
『…ご機嫌よう。ようこそ、弐条会へ。しかし誠に残念ながら今は俺がここの留守を命じられています。ご足労をお掛けしますが、日を改めてください』
ペコリ、と頭を下げると羽魅の機嫌は悪くなるが激しい叱責ではなく嫌味のようなことを言ってきた。
『最悪…。弐条会もこんな子どもに留守を任せるなんて、どういうつもり。
そうだ! 羽魅と馬美が留守番してあげれば良いじゃん! こんな子どもに任せるより、許嫁に任せた方が良いよね。だってほら、将来は羽魅がお家の守りを任されるものでしょ?』
おーい、話聞いてたか?
二重の意味で空気が重たくなる弐条会。なんだかんだ俺のことを手の掛かる弟分と認めてくれている兄貴たちは、最初の台詞で既に嫌悪感を露わにしていた。
一触即発、破談の危機。
…いやいや。なんで俺がボスの縁談の心配なんかしなくちゃいけないんだ、知らない。
『お心遣いは大変有り難く思います。…ですが、留守の間は誰も入れないようにと厳命されているのです。お二人をご案内すれば、俺は兄貴たちに叱られてしまいます。
留守番すら満足に出来ないのか、と。俺の為とは言いませんが…後生です。助けてやると思って今日はお引き取り願います』
深く頭を下げると、自分よりも年下の人間…しかも許嫁の部下の面子を潰すということを恐れたのか羽魅が押し黙る。暫くしてから舌打ちを放って踵を返すものだから、慌てて馬美が後を追う。
車のエンジン音がして、完全に脅威が去るとやっと終わったかと肩の荷を下ろせた。
はー終わった終わった。早く宿題しよ…。
『宋平っ!! おま、お手柄じゃん!』
『よくぞ追っ払ってくれた! 良い子だ!』
わいわいと兄貴たちに囲まれて色んなところから伸びて来る手に揉みくちゃにされる。挙げ句の果てにはおんぶをされ、一緒に昼食を食べようと誘われて大移動が始まった。
『なんか俺、幹部と勘違いされてるんですけど。猿石のアニキのおまけで連れて行かれたただのバイトなのに…』
ずるずると醤油ラーメンを啜っていると、兄貴たちに散々笑われて弄られた。だけど同じくらい褒められて満更でもない。
『助かったぜ。いくら許嫁っても、アジトに断りなく入られちゃ困るってモンよ』
『しかも連絡もなし! 何様だよ。…あ。許嫁様か』
だははは、と豪快に笑う兄貴たちにやれやれと視線を送ってから再びラーメンを食べていると、ふとテーブルに杏仁豆腐が置かれた。
『ご褒美だ。食いな』
『やった! 兄貴、ありがとう』
しょっぱいからの甘い、最高!
美味い美味いと食べていたら大きな手に頭を撫でられ最初に羽魅の対応をしていた兄貴分が去って行く。昼食を食べ終わると、今度は溜まり部屋で宿題を始めて兄貴たちに見守られながら過ごした。
それから暫くして、やっと覚と犬飼が帰って来たという情報を聞き、タルトの仕上げをした俺は冷蔵庫にメッセージを残してからアジトを去る。
『さてと。電車に間に合うようにしないと。松葉杖だと時間掛かるからな』
荷物を持って、もう片方の手には花を一輪だけ拝借して来た。
もう、あの花束を愛でることは出来ない。だからせめて一輪だけでもと持って来たのだ。
『…綺麗に保存しないと』
もう少しだけ、思い出に縋れるように。
『ん?』
真夏の日差しが容赦なく照り付ける午後。
その日から俺は突如として何者かに尾行されるようになり、翌日に出掛けた際には自宅からすぐの道路にて複数の男に襲われることになる。
.
…はい。
『縫いました。わかりますか? 貴方の皮膚を、縫ったんです。辛うじて傷は塞がりつつありましたがその方が早く治るとわかっていたから。
…もうこんな連中に付き合うのは止めなさい』
目が覚めて暫くすると、まだ意識の覚醒しない内から部屋に辰見が現れて無言のまま回収された。アジトにある医務室に連れて行かれると、診察台に横にされてから経過を見られる。
『何故もっと早く帰って来なかったんですか。いくらバランサーでもこんな傷を放置するなんて』
『でも花火が…』
は? みたいな顔をされて恐ろしくて口を閉じる。なんとか辰見の機嫌を損ねないようにちゃんと話を聞き、やっと解放された。
トボトボと松葉杖を使って歩いていると、反対方向から歩いて来た兄貴たちに声を掛けられる。
『傷、大丈夫だったか?』
『はい…。寝てる間に縫っていたらしくて、怒られてしまいました…』
しょんぼりとしながら話すとだから目が腫れているのかと笑われ、ドキリとしつつも笑って誤魔化す。
『緊急の案件でバタバタしてんだ。流石に宋平は連れて行けねぇしな…』
『アジトの守りに徹してろってさ。中に残ってんの、俺らとお前だけなんだよ。幹部も各所に散ってんの。なんかあったらすぐ言えよ?』
だから皆がいないんだ、と納得して頷くと兄貴たちに軽く頭を撫でられた。辰見から借りたQRコードを首から下げてボスのフロアへと向かう。何はともあれ、約束のスイーツを作らねばならない。
いつかはクレープを作ったが、今回はより本格的なスイーツ。冷蔵庫にブルーベリーがあったからそれを使ったタルトを作る。タルトは生地さえ出来れば後は何をのせても大体美味しくなるから素晴らしい。
『えーっと、先ずはカスタードを作りまして…冷蔵庫に入れて冷まさないとな』
昔はよく兄さんがバナナタルトや、奮発して買ってきた苺をのせたりして大いに盛り上がったことだ。
念の為にスマホでレシピを確認しながらボスのフロアで料理をする。無事にタルト生地を焼成すると、飾り付けるブルーベリーを用意して冷蔵庫に仕舞い、片付けもした。
『…しゃーない。焼けた生地を冷ますまで、宿題でもやるか。このアジト、冷房で涼しいから勉強する環境としては神だな』
テーブルのあるエリアに行って持って来た宿題をやっていると、お昼が近いことに気付く。果たして皆はいつ頃、帰るのか。タルトを作ったら一旦帰ろうかと思案する。
『お昼ご飯食べたら帰るか…』
そう決意してから宿題に取り掛かると、仕事用のスマホに電話が掛かってきた。誰からか確認したら先程話した兄貴たちではないか。
『はーい、宋平です。どうかしましたか?』
【すまん宋平…。ちょっと下まで来れるか? 玄関まで来てほしいんだが】
『了解です。すぐに行きますね』
通話を切るとすぐにマスクを片手に松葉杖を突いてエレベーターへと向かう。最初は昼食の相談かと思ったけど、玄関なら何か案件かもしれない。
専用のエレベーターですぐに玄関まで降りると、人だかりが出来ていて騒がしい。後ろの方にいた人が俺に気付いて何があったか説明してくれる。
『月見山だよ。許嫁殿が押し掛けて来やがった。アポなんか取っちゃいねぇ。なんせ、ボスは留守なんだからな。それを説明してんのに帰らねーのよ』
えー。なぁんで今日みたいな日に来るの?
半ば投げやりにそう思うが、多分周りも同じことを考えていたらしい。今日も来ているのは羽魅に、側近の馬美。
刃斬によく付いている兄貴分が対応しているが、幹部に代われと騒がれているらしい。
あの、今…幹部いないんですよ。
『…羽魅様。幹部の一人が到着したようです』
馬美と目が合い、ふと振り返るが誰もいない。それどころか全員が俺を見ているような気がして不思議に思いながら首を傾げる。
我、バイトなり。
『幹部の…、確か名を宋平殿と』
…あ。もしかしてあの時の紹介で、完全に幹部と誤解されてる?
どうやら状況に気付いた兄貴たちが慌てて俺を出さないよう再び追い出そうと行動に出るが、相手は幹部が来たならそっちと話すと態度を変えない。
マジかよ!! ええい、しゃーない!
『…ご機嫌よう。ようこそ、弐条会へ。しかし誠に残念ながら今は俺がここの留守を命じられています。ご足労をお掛けしますが、日を改めてください』
ペコリ、と頭を下げると羽魅の機嫌は悪くなるが激しい叱責ではなく嫌味のようなことを言ってきた。
『最悪…。弐条会もこんな子どもに留守を任せるなんて、どういうつもり。
そうだ! 羽魅と馬美が留守番してあげれば良いじゃん! こんな子どもに任せるより、許嫁に任せた方が良いよね。だってほら、将来は羽魅がお家の守りを任されるものでしょ?』
おーい、話聞いてたか?
二重の意味で空気が重たくなる弐条会。なんだかんだ俺のことを手の掛かる弟分と認めてくれている兄貴たちは、最初の台詞で既に嫌悪感を露わにしていた。
一触即発、破談の危機。
…いやいや。なんで俺がボスの縁談の心配なんかしなくちゃいけないんだ、知らない。
『お心遣いは大変有り難く思います。…ですが、留守の間は誰も入れないようにと厳命されているのです。お二人をご案内すれば、俺は兄貴たちに叱られてしまいます。
留守番すら満足に出来ないのか、と。俺の為とは言いませんが…後生です。助けてやると思って今日はお引き取り願います』
深く頭を下げると、自分よりも年下の人間…しかも許嫁の部下の面子を潰すということを恐れたのか羽魅が押し黙る。暫くしてから舌打ちを放って踵を返すものだから、慌てて馬美が後を追う。
車のエンジン音がして、完全に脅威が去るとやっと終わったかと肩の荷を下ろせた。
はー終わった終わった。早く宿題しよ…。
『宋平っ!! おま、お手柄じゃん!』
『よくぞ追っ払ってくれた! 良い子だ!』
わいわいと兄貴たちに囲まれて色んなところから伸びて来る手に揉みくちゃにされる。挙げ句の果てにはおんぶをされ、一緒に昼食を食べようと誘われて大移動が始まった。
『なんか俺、幹部と勘違いされてるんですけど。猿石のアニキのおまけで連れて行かれたただのバイトなのに…』
ずるずると醤油ラーメンを啜っていると、兄貴たちに散々笑われて弄られた。だけど同じくらい褒められて満更でもない。
『助かったぜ。いくら許嫁っても、アジトに断りなく入られちゃ困るってモンよ』
『しかも連絡もなし! 何様だよ。…あ。許嫁様か』
だははは、と豪快に笑う兄貴たちにやれやれと視線を送ってから再びラーメンを食べていると、ふとテーブルに杏仁豆腐が置かれた。
『ご褒美だ。食いな』
『やった! 兄貴、ありがとう』
しょっぱいからの甘い、最高!
美味い美味いと食べていたら大きな手に頭を撫でられ最初に羽魅の対応をしていた兄貴分が去って行く。昼食を食べ終わると、今度は溜まり部屋で宿題を始めて兄貴たちに見守られながら過ごした。
それから暫くして、やっと覚と犬飼が帰って来たという情報を聞き、タルトの仕上げをした俺は冷蔵庫にメッセージを残してからアジトを去る。
『さてと。電車に間に合うようにしないと。松葉杖だと時間掛かるからな』
荷物を持って、もう片方の手には花を一輪だけ拝借して来た。
もう、あの花束を愛でることは出来ない。だからせめて一輪だけでもと持って来たのだ。
『…綺麗に保存しないと』
もう少しだけ、思い出に縋れるように。
『ん?』
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その日から俺は突如として何者かに尾行されるようになり、翌日に出掛けた際には自宅からすぐの道路にて複数の男に襲われることになる。
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