いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

文字の大きさ
100 / 136

自分それ得意なんで

しおりを挟む
 あの時。

 小さな部屋に響いたのは、けたたましい警報と最近仲良くなった人工知能の悲鳴。それまでは普通に話していたのに、それは突然だった。

【警告! 警告! …侵入者を探知、侵入者を探知!! 直ちに全てのエレベーターの動きを停止します】

【退出勧告、退出勧告】

【侵入者です、侵入者です。直ちにアラームを起動、侵入者を排除してください】

 赤いライトが光る様が、まるでバースデイが怒り狂っているようで少しだけ怖かった。だけど俺の為にバースデイは何か色々と数字の羅列をパネルに並べ、設定を超越してから扉を開いて出してくれたのだ。

 一番近くが、そのエレベーターでは止まれないボスの私室だったから。

[うーわ。…なんでこんなに早く来るわけ。折角入れたのに]

 入るだけでドキドキする部屋なのに。大好きで、入る時はいつも手に汗握るような特別な場所なのに。
 
 そこにいた人を理解した瞬間、今までに感じたことのないような痛みが胸を襲う。泣き出したくて、どうしてと叫びたくて。

 なのに頭はスッと冷静になる。

 彼は、あの人の婚約者でありパートナーだ。この部屋にいるのに何の問題もない。

[ちょっと汚いから綺麗に掃除してもらわないと。家具も壁紙も、好みじゃないし全部変えてもらわないとなぁ]

 どうして。

 良いじゃないか、少しくらいそのままでも。せめてボスが自分から言い出すまでは待ってあげてよ。

[でもベッドの大きさは良かったかな! 僕はオメガだからね、巣作りの為にもあれくらいは必要だし。服も結構入りそうだし合格かな]

 服…?

 良いな。俺は二枚しか持ってない。以前借りて貰っても良いと言われた羽織と、あの日貸してもらった紫色の甚平。大事にずっと持ってるけど…もう、手放さなきゃ。

 …やだ。

 やだよ、あれは…あれは、俺が貰ったボスの服。誰にも渡したくない。せめて、せめてあの服から彼の匂いがわからなくなるまでは。

[…なに。

 いつまでそこにいるの? お前みたいな雑魚幹部、用なんかないよ。まだガキだし、使い道もなさそうだしねー。

 早く出てってよ。なのに、他人の匂いとか付けたくないんだけど]

 羽魅は…、他にもまぁ、色々言ってたけど俺はボスの部屋に彼がいた事実をいつまでも飲み込めず何を言い返すことも出来なかった。

 割と、的を得た発言だと思う。勝手に部屋を改装しようとするのは良くないけど…二人だけの部屋に俺なんかが割り込むのはいけないことだし、雑魚幹部どころかバイトだ。

 …あの人は、ボスを大事にしてくれるかな。

 俺は夫婦ってものをよく、わからないけど…とても愛おしいものだと思っているから。出来たらボスにも、そういう風になってほしい。難しくても、本人が望んでないかもしれないけど。

 いつか、この二人が仲良く生きていく時が来るかもしれない。そしてその時、きっと俺はもう近くにはいなくて…いなくて…、

 そんな日を想像するだけで涙が出てしまう、こんな泣き虫をどうしたら良いかな。

『ん、…?』

 長いような短いような夢を見ていたような気がする。いつの間にか世界が真横になっていて、誰かの大きな手が身体に置かれていた。

『ああいう電話を突然繋ぐな。近くにボスがいたらどうする、血の海だぞ』

『だって緊急事態ですよ? こんな…まだ十五歳なのに婚約者? どうなってんですか、この世の中は。いくら体質とかの問題があっても限度ってものがあるでしょ…』

 頭には何か布を丸めたものがあり、身体には軽い素材のブランケット。車内だろうか。空調のお陰で暖かく快適だ。

 …そうだ。確か、犬飼さんが電話した相手を待ってたらいつの間にか寝てたんだ?

『アホなこと言わずに前見て運転しろ。事故ったらどうなるかわかってんだろうな』

『御意。人生一の安全運転で参ります。…ところで、ボスはどうしたんですか? 昨夜は記憶飛ばす勢いで酒飲んでましたけど…』

『…部屋にこもった。どうやら奴に荒らされたらしくてな、再現する為にずっと作業してんだ。仕事もむしろ完璧に終わらせてて、怖ぇくれーだ。どうしたもんか』

 刃斬の声だと気付くとモゾモゾと身体を動かす。すぐに動きで起きたことに気が付いた刃斬は、そっと俺の身体を抱き上げてからシートに座らせてくれる。

 …んー。変な時間に寝たからボーっとする。

『おはよ、兄貴…』

『…ああ。おはようさん。お前なんか目元腫れてねぇか? 寝たせい、なのか…?』

 きっと夢見が悪かったのだろう。ゴシゴシと手で擦ると慌てた刃斬に止められ、じんわりとした温もりの手が顔に触れてホッと息を漏らす。

『おし。このポヤポヤを投げれば解決しそうだな、やっぱそれしかねぇ。

 宋平。すまねぇがアジトに向かう。少しで良いから時間をくれ、頼む』

『はぁい…、良いよー』

 まだ寝起きで覚醒し切っていないまま返事をすると再び船を漕ぐ俺の耳にシャッター音らしきものが入る。

『あ。刃斬サンずるーい、ワタシにも送ってくださいよ』

『わかったから運転に集中しろ』

 鞄やら車内に下ろして身一つで車から降りると、慣れた道を二人と歩く。エレベーターの前で犬飼と別れて刃斬と一番左のエレベーターに乗り込む。

 特別な認証を終えてエレベーターが動き出すと、ふとあることに気付く。

 …そういえば、羽魅も既に自分の認証を追加されていたのだろうか。なんとなく引っ掛かる、彼の言動。

 彼は言っていた。

 折角入れたのに、と。

『…まさかな』

 まさか、そんな。

 …こんなセキュリティを一体どうやって突破するんだ。そもそも俺だって認証されたのが不思議なくらいだから羽魅だって追加されてたに違いない。

 でなきゃ、何故…ボスの私室なんかに行くんだ。

『…呼び鈴は鳴らしたが、反応はないな。

 ボス! 宋平が来てます。少し休憩にして一度休みませんか…?』

 私室に着いてチャイムが部屋に響くが応答はなし。スマホでも連絡をしているようだが、返事がないようだ。刃斬は膝を曲げて俺の前にしゃがむと、肩に手を置いてから話し出した。

『…昨日、部屋を荒らされてかなりご立腹だ。一日経ったし少しはなんとかなってると思う。ちょっくら様子を見て来てくれるか?』

『わかった』

 此処で待ってる、と言って玄関に立つ刃斬を置いて歩き出す。どうやら羽魅は予想外に部屋を荒らしてしまったらしい。広いフロア内だが、俺は迷うことなくあの部屋へと向かった。

『ボス。お疲れ様です、宋平です。…入っても良い?』

 時間にして僅か数秒。ゆっくりと襖が開くと中からボスが出て来た。俯く彼は黙ったまま俺の手を引くと、オメガの部屋へと入れてくれた。

 黒い着流しをたった一枚だけ身に纏い、裸足のまま歩くボスは小さな声で喋り出した。

『…暫く、入らなかったせいだな。アイツが入って色々と物が動かされた。元の場所が…よく、思い出せねェ』

 どうやら元通りにしたいのに記憶が曖昧で上手く出来ないらしい。いつものボスとはかけ離れた憔悴しょうすいし切った姿に、思わず強く声を上げる。

『じゃあ俺が直すから。ちゃんと全部、元の場所に戻すから大丈夫だよ、ボス。俺この前ね、この部屋に間違って入っちゃったから覚えてます。

 だからそれまでに、ボスはいつもの素敵な姿になって戻って来てください。俺ね、今日はボスの紺のスーツ姿が見たいな!

 任せてよ。…えっと、そう。記憶力なら自信あるんですからね、俺は!』

『…本当か? お前、見たって…たった一回とかだろ』

 いやいや。一回でもナメてもらっては困る。…この部屋に抱く俺の気持ちは、結構重たいのだ。

 それに、奥の手がある。

『戻って来てやっぱりダメだったら叱ってやってください。でも、もしもちゃんと直せてたら…そう、ですね。

 一個だけ。一個だけ、俺の願いを叶えてくれませんか?』

 押したら、いける。

 おしたら…、いける…かも。

『わかった。…部屋をお前に任せる。

 感謝する、宋平。出来なくても気にすんな、お前の気持ちに充分救われた』

 少しだけ明るくなった顔付きに安心して見送ると刃斬と一緒に仕事用のフロアへと向かったらしい。俺はそれから静かに振り返ると、部屋の中を歩いて中心部に立つ。

 頭の中に現れたコントローラーを握り、久しぶりに切り替えたのはオメガ。

『よーし。…俺は、最高のクリスマスイブの為に本気を出すッ!!』

 オメガ。

 オメガには、巣作りという本能がある。愛する番に対する最大の愛の形とも呼ばれ、発情期に巣作りをされるのはアルファにとって最大の名誉だ。

 俺のオメガは完全ではなく、勿論発情期はないし巣作りだってしたことはない。だが、極限までオメガ性を発芽させて一時的な擬似発情期を作り、

 この部屋全てを自分の巣だと、認識させる。

 そうすれば記憶の中にある配置にだって戻せる。なんたってオメガの巣作りは、本人の納得する配置に物を置かなければ気が済まない。

 …やってやる。

 どんなに無茶でも無謀でも、俺がバランサーであり大切なあの人の為ならば

 此処でやらずして、何が伝説だ。

『やってやらぁ!!』


しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

【完結】少年王が望むは…

綾雅(りょうが)今年は7冊!
BL
 シュミレ国―――北の山脈に背を守られ、南の海が恵みを運ぶ国。  15歳の少年王エリヤは即位したばかりだった。両親を暗殺された彼を支えるは、執政ウィリアム一人。他の誰も信頼しない少年王は、彼に心を寄せていく。  恋ほど薄情ではなく、愛と呼ぶには尊敬や崇拝の感情が強すぎる―――小さな我侭すら戸惑うエリヤを、ウィリアムは幸せに出来るのか? 【注意事項】BL、R15、キスシーンあり、性的描写なし 【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう、カクヨム

うそつきΩのとりかえ話譚

沖弉 えぬ
BL
療養を終えた王子が都に帰還するのに合わせて開催される「番候補戦」。王子は国の将来を担うのに相応しいアルファであり番といえば当然オメガであるが、貧乏一家の財政難を救うべく、18歳のトキはアルファでありながらオメガのフリをして王子の「番候補戦」に参加する事を決める。一方王子にはとある秘密があって……。雪の積もった日に出会った紅梅色の髪の青年と都で再会を果たしたトキは、彼の助けもあってオメガたちによる候補戦に身を投じる。 舞台は和風×中華風の国セイシンで織りなす、同い年の青年たちによる旅と恋の話です。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(2024.10.21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。

【完結】トラウマ眼鏡系男子は幼馴染み王子に恋をする

獏乃みゆ
BL
黒髪メガネの地味な男子高校生・青山優李(あおやま ゆうり)。 小学生の頃、外見を理由にいじめられた彼は、顔を隠すように黒縁メガネをかけるようになった。 そんな優李を救ってくれたのは、幼馴染の遠野悠斗(とおの はると)。 優李は彼に恋をした。けれど、悠斗は同性で、その上誰もが振り返るほどの美貌の持ち主――手の届かない存在だった。 それでも傍にいたいと願う優李は自分の想いを絶対に隠し通そうと心に誓う。 一方、悠斗も密やかな想いをを秘めたまま優李を見つめ続ける。 一見穏やかな日常の裏で、二人の想いは静かにすれ違い始める。 やがて優李の前に、過去の“痛み”が再び姿を現す。 友情と恋の境界で揺れる二人が、すれ違いの果てに見つける答えとは。 ――トラウマを抱えた少年と、彼を救った“王子”の救済と成長の物語。 ───────── 両片想い幼馴染男子高校生の物語です。 個人的に、癖のあるキャラクターが好きなので、二人とも読み始めと印象が変化します。ご注意ください。 ※主人公はメガネキャラですが、純粋に視力が悪くてメガネ着用というわけではないので、メガネ属性好きで読み始められる方はご注意ください。 ※悠斗くん、穏やかで優しげな王子様キャラですが、途中で印象が変わる場合がありますので、キラキラ王子様がお好きな方はご注意ください。 ───── ※ムーンライトノベルズにて連載していたものを加筆修正したものになります。 部分的に表現などが異なりますが、大筋のストーリーに変更はありません。 おそらく、より読みやすくなっているかと思います。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。 そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

転生したら嫌われ者No.01のザコキャラだった 〜引き篭もりニートは落ちぶれ王族に転生しました〜

隍沸喰(隍沸かゆ)
BL
引き篭もりニートの俺は大人にも子供にも人気の話題のゲーム『WoRLD oF SHiSUTo』の次回作を遂に手に入れたが、その直後に死亡してしまった。 目覚めたらその世界で最も嫌われ、前世でも嫌われ続けていたあの落ちぶれた元王族《ヴァントリア・オルテイル》になっていた。 同じ檻に入っていた子供を看病したのに殺されかけ、王である兄には冷たくされ…………それでもめげずに頑張ります! 俺を襲ったことで連れて行かれた子供を助けるために、まずは脱獄からだ! 重複投稿:小説家になろう(ムーンライトノベルズ) 注意: 残酷な描写あり 表紙は力不足な自作イラスト 誤字脱字が多いです! お気に入り・感想ありがとうございます。 皆さんありがとうございました! BLランキング1位(2021/8/1 20:02) HOTランキング15位(2021/8/1 20:02) 他サイト日間BLランキング2位(2019/2/21 20:00) ツンデレ、執着キャラ、おバカ主人公、魔法、主人公嫌われ→愛されです。 いらないと思いますが感想・ファンアート?などのSNSタグは #嫌01 です。私も宣伝や時々描くイラストに使っています。利用していただいて構いません!

処理中です...