いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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恋と愛の衝突

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 バランサーの力を使えば一発だが、まだボスの目があるのにそんなことは出来ない。アルファの力だって同様に使えないとなると、後はシンプルに己の力を信じるだけだ。

 城の中庭らしき場所でちょこまかと動き回って銃を無駄撃ちさせ、相手が下がるよう誘導させて丁度足元に障害物が当たって集中が切れた瞬間、一気を間合いを詰めて足を払い顎に張り手をかまして倒す。

 よし、後はボスが片付けてくれたから拳銃を持つのは馬美だけだな。

『…何あれ。あの子、あんなに強かったの?』

『弐条会が側に置いておくくらいですから、やはり実力は確かなようです』

 気に入らない、とばかりに可愛らしい顔を歪める羽魅。確かに彼の前で戦ってみせたことはなかった。勝手に年下で皆よりは小さいし弱そうだから、足手纏いだと判断されていたらしい。

 ボスと刃斬を隠すように立つ俺に、刀のようなものとナイフを両手に持った敵が迫るがバランサーの力が有効な接近戦なら僅かに力を使うだけで相手の動きが鈍る。その隙を見逃さず魚神兄弟直伝の蹴りを見舞いし、勢いを乗せるように地を蹴って空中回し蹴りを放つ。

 顔面にそれをまともに食らった相手は、フラフラと後退して、やがて倒れる。

『っ目障りな奴。

 そんなにその男が大切なわけ? 自分だって恋人がいるくせに、随分と色々手を出すんだ?』

 羽魅の言葉に、場の空気が凍る。

 …恋人?!?

『…こい、びと?』

 何故か背後から固い口調で呟かれた言葉。あまりの衝撃と心当たりの無さに俺自身が動揺していると、羽魅はニヤニヤと笑ってから続ける。

『内緒だったー? ごめんなさーい。でも色んなとこで男を誘惑するお前が悪いんじゃない? 弐条会の連中は勿論、わざわざその男と時間が被らないように行事に招待なんかしてさ』

 …行事に、招待…?

『あれ何? お揃いのカーディガン? あははっ、見せ付けるじゃん。ビックリだよ羽魅。しかもその後に肩まで抱いちゃってさ! 学校で大胆~』

 ピンときた。

 恐らく羽魅が言っているのは、学園祭の時。兄弟たちが来て蒼二と場所取りをしていた時だ。なるほど、あの時感じた視線…コイツか。

『ほら、早く退いてよ。お前みたいな尻軽、とっとと消え失せてほしいんだけど』

 震える俺を見て更に煽る彼に、俺を俯いていた顔をパッと勢いよく上げてから叫んだ。

『あれは!! 俺の、お兄ちゃんだバカヤロー!!

 三男の蒼二だ!! 兄弟全員同じカーディガン持ってるわ! お前の視線に気付いて驚いてたから安心させようとしてくれたんだ! 勝手な思い込み大変迷惑です、この覗き見野郎が!』

『…は? 兄? …馬美、写真と違くない?』

『…恐れながら写真に写っていた全員が兄です、羽魅様』

 全員?! と驚く羽魅にどんな写真かは知らないが恐らく三人の内の一番目立つ奴だけを兄だと勘違いしたらしい。

 やーい。早とちりー。

『恋人なんかいたことないわ!! 余計なお世話だ、失礼な奴め!!』

 あーなんか怒りのボルテージ上がってきたわ。なんだよコイツ! マジで失礼すぎる!!

『そもそもお前こそなんなんだ! ヤクザの約定を踏みにじるだなんて、どうなっても知らないから』

『…ふん。約定なんか、別にどーでも良い。

 だってそっちの弐条会が潰れれば、何も問題なんかない。が仕切る真の組織…羽魅はその為にいるんだから。お前さえ消えれば今の弐条会はお終い。それを羽魅が実現して、あの方にその土台ごとプレゼントするんだ!

 今度こそ羽魅は世界一愛されるオメガになってみせるんだからさ。どうせオメガなんて外れに産まれたなら、せめて最高のアルファに貰われたいでしょ? だからあの方以外なんて羽魅はイヤ』

 そっちの、弐条会が…潰れる?

 好き放題言っている羽魅に、ボスは無言のまま拳銃を向けるがその射線には馬美が割って入り俺に向けて拳銃を構えている。

 舌打ちを放つボスだが、その構えは解かない。

『もう本当に一目惚れっ! あんな山に囲まれて良いところなんか一つもないウチに昔から良くしてくれて、本当にさ。

 愛してるもん。あの人だって昔から羽魅のことを気に掛けてくれた。弐条会が手に入れば、きっと羽魅に感謝する。…あのアジトも、お前の部下も。

 全部全部、お前の弟…弐条様の物なんだから』

『テメェやっぱりあの野郎の…』

 ニタリ、と嗤う羽魅が手を上げると奥から武装した連中が銃を構えているのが見える。その先のターゲットは間違いなくボスで、同じく気絶したままの刃斬に向かって標準が合わさるのを肌で感じて走り出す。

 ほぼ同時に放たれた弾丸。即座にボスの盾になるように飛び込むと、丁度避けた部分の服を弾が掠る。音が間近に聞こえて真っ青になりながら倒れるもすぐに起き上がって近くに落ちていた棍棒こんぼうらしきものを握り、迫る男の喉元に突き付ける。

 馬美は自分の喉元で止まった武器にゴクリ、と息を呑んでから一旦退いた。

『そうだよ。最初からこの組織を潰す為に来たんだから。嬉しかったなぁ…なんか羽魅の匂いが気に入ったって? 

 ふふ。あははっ、バッカじゃない! 羽魅、あの夜にこんなとこ来てないよ。パパに行けって言われたけどサボってたもん。でもリストには入ってたからさ、弐条様に言われて上手く取り入れって言われたから、嘘を並べただけ。

 お前の理想のオメガなんて、この世にいないよ。羽魅のパートナーは弐条様だもん。お前じゃない』

 その言葉を聞いた時、本能が警鐘を鳴らした。

 みるみると広がる最強のアルファである彼の威嚇フェロモン。禍々しくて、囚われると途端に息苦しくなり身体が重くなる上にどんどん体調が悪くなる。

 敵味方関係なく全てを巻き込むそれは、軽い災害だ。残った敵はボスの威嚇フェロモンに随分と苦しむようだが、やはりボスに対峙する敵は何かドーピングのようなものをしてるのか倒れはしない。
 
 羽魅も馬美に支えられてはいるが、なんとか意識は保っている。

『しね』

 その瞳に写る少年は、先程までの威勢はどこへやら、涙を滲ませながらボスを見る。

『テメェなんざに、言われなくたって』

 まだ濃くなるフェロモンに、誰かが悲鳴を上げた。

『…俺のオメガが、とっくにいないなんてことはわかってんだよ。テメェみてェのがあの部屋に入ったなんざ、間違いだとわかってはいても吐き気がする』

 近くにいる刃斬の表情は険しくなる。気絶していても、これだけの威嚇フェロモンを近くで無防備なまま浴びれば苦しいだろう。

『不愉快だ、全員纏めてこの場で…』

『何故そうまで抗う』

 ボスに声を上げたのは馬美だ。いよいよ立っていられなくなった羽魅を庇うように立つ彼は静かに拳銃をボスに向けている。

『先代が推薦していたのは、弟君おとうとぎみの方。貴方も最初はそれを受け入れ影武者として名乗っていたと聞いています。

 自身の名を捨て、弐条そのものとなり、弟君に預ける形で弐条会の椅子に座ったと。そんな貴方が何故、そうまでするのか。黙って弟君に全てを譲れば良い…今までのように』

 名前を、捨てて…?

『それともアルファの血は、…そのアルファの王とも呼べる力は。貴方をただの影とすることを許さなかったのか。

 答えろ。弐条』

 馬美の問いにボスが止まる。その瞳は揺らぎ、何かを思い出しているのか此処ではない何処かを見ているようでなんだか寂しかった。

『さぁな。ただ、欲しいもんがあっただけだ』

 ボスが答えた瞬間、今まで馬美の陰に隠れていた羽魅が身体を起こして…

 ボスに向かって発砲した。

 その両手には、いつの間にか拳銃が握られていて俺は弾けたように視線を動かす。

 そこには、ボスを庇うようにして立つ刃斬が腕を押さえていた。幸いにも弾は掠っただけのようだが、スーツから再び赤いものが広がる。

 まだ慣れていないのか放心状態だった羽魅は放った時の反動がきたのか痛い痛いと喚いた。

『…忠誠心の塊みてェな野郎だな』

『っ恐れながら…! 自分はまだっ、貴方様との約束を果たせていないので死ぬわけにはいきません』

 ゼェ、ハァと苦しそうに息をする刃斬にボスは軽く手を当ててから呟く。

『まだ言ってやがる。俺が言うのもなんだが、諦めろ。もう良いってンだろ。迷惑だ…あんなのただの気紛れだ、構うな』

 ボスの言葉に声もなく首を横に振る刃斬。どうやらボスの言うことなのに、聞けないらしい。

『いいえっ…!

 約束を、したので…自分は決して破りません。例え果たせなくともこの命が尽きるまでは諦めません。最後までお供します、ボス』

『…物好きめ。あァ、暑苦しい…。とっとと終わらせて帰るとするか』

 完全に蚊帳の外の俺。

 だが、現状はこれで良い。必要なのは奴等を片付けることではなく、奴等に時間を使わせる。そうすれば此処には間もなく、弐条会の幹部が揃うのだ。

 そうすればこの勝負はボスの勝ち。弐条会の主人はめでたくボスになるのだ。

 遠くで上がる煙を見ながら、ある違和感を感じている。この不思議な感じ。順調なようでそうでないような嫌な感じ。

『ここまで、ボスの弟の姿を一度も見てないけど…』

 前線に加わる気はないのだろうか。

『取り敢えずはコイツらを片付けてからだよね』

 倒してもわらわらと増える黒装束。こちらは負傷したボスと刃斬に、そこそこ元気な俺。再び棍棒を構えて戦闘態勢に入ると向こうも一気に向かってきた。

『っ宋平…、』

『嫌です。

 逃げません、貴方は俺と大切な約束を交わしてるんですからね。他の人とのデートなんて許しませんから』

 自分で言って自分で照れるような言葉に笑って誤魔化せば、ボスは無言で俺に手を伸ばす。そっとその手を取ればボスが立ち上がってから無造作に俺の頭を撫でる。

『…遅れるなよ。アイツは暫く動けねェ。代わりにフォローを頼んだ』

『はい…! 俺はまだまだ行けますよ!』

 例え何処でも構わない。貴方と一緒に並べるなら、何処だって。

 そこが俺の大切な居場所になるんだから。

『正面はこっちでやる。お前はあの木に上がった狙撃手を叩け。出来るな?』

 勿論、と声を上げると二人で走り出す。それからは俺たちの独壇場どくだんじょう。ボスの戦う姿は殆ど見たことがなかったが、隙も無駄もない立ち振る舞いに俺は目が釘付けになりそうになりつつ、自分の役目を果たす。

 暫くすると大半の敵をボスが。狙撃手やら伏兵を全て俺が叩いて片付けることに成功した。

『…よし。完璧だ』


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