107 / 136
恋と愛の衝突
しおりを挟む
バランサーの力を使えば一発だが、まだボスの目があるのにそんなことは出来ない。アルファの力だって同様に使えないとなると、後はシンプルに己の力を信じるだけだ。
城の中庭らしき場所でちょこまかと動き回って銃を無駄撃ちさせ、相手が下がるよう誘導させて丁度足元に障害物が当たって集中が切れた瞬間、一気を間合いを詰めて足を払い顎に張り手をかまして倒す。
よし、後はボスが片付けてくれたから拳銃を持つのは馬美だけだな。
『…何あれ。あの子、あんなに強かったの?』
『弐条会が側に置いておくくらいですから、やはり実力は確かなようです』
気に入らない、とばかりに可愛らしい顔を歪める羽魅。確かに彼の前で戦ってみせたことはなかった。勝手に年下で皆よりは小さいし弱そうだから、足手纏いだと判断されていたらしい。
ボスと刃斬を隠すように立つ俺に、刀のようなものとナイフを両手に持った敵が迫るがバランサーの力が有効な接近戦なら僅かに力を使うだけで相手の動きが鈍る。その隙を見逃さず魚神兄弟直伝の蹴りを見舞いし、勢いを乗せるように地を蹴って空中回し蹴りを放つ。
顔面にそれをまともに食らった相手は、フラフラと後退して、やがて倒れる。
『っ目障りな奴。
そんなにその男が大切なわけ? 自分だって恋人がいるくせに、随分と色々手を出すんだ?』
羽魅の言葉に、場の空気が凍る。
…恋人?!?
『…こい、びと?』
何故か背後から固い口調で呟かれた言葉。あまりの衝撃と心当たりの無さに俺自身が動揺していると、羽魅はニヤニヤと笑ってから続ける。
『内緒だったー? ごめんなさーい。でも色んなとこで男を誘惑するお前が悪いんじゃない? 弐条会の連中は勿論、わざわざその男と時間が被らないように行事に招待なんかしてさ』
…行事に、招待…?
『あれ何? お揃いのカーディガン? あははっ、見せ付けるじゃん。ビックリだよ羽魅。しかもその後に肩まで抱いちゃってさ! 学校で大胆~』
ピンときた。
恐らく羽魅が言っているのは、学園祭の時。兄弟たちが来て蒼二と場所取りをしていた時だ。なるほど、あの時感じた視線…コイツか。
『ほら、早く退いてよ。お前みたいな尻軽、とっとと消え失せてほしいんだけど』
震える俺を見て更に煽る彼に、俺を俯いていた顔をパッと勢いよく上げてから叫んだ。
『あれは!! 俺の、お兄ちゃんだバカヤロー!!
三男の蒼二だ!! 兄弟全員同じカーディガン持ってるわ! お前の視線に気付いて驚いてたから安心させようとしてくれたんだ! 勝手な思い込み大変迷惑です、この覗き見野郎が!』
『…は? 兄? …馬美、写真と違くない?』
『…恐れながら写真に写っていた全員が兄です、羽魅様』
全員?! と驚く羽魅にどんな写真かは知らないが恐らく三人の内の一番目立つ奴だけを兄だと勘違いしたらしい。
やーい。早とちりー。
『恋人なんかいたことないわ!! 余計なお世話だ、失礼な奴め!!』
あーなんか怒りのボルテージ上がってきたわ。なんだよコイツ! マジで失礼すぎる!!
『そもそもお前こそなんなんだ! ヤクザの約定を踏み躙るだなんて、どうなっても知らないから』
『…ふん。約定なんか、別にどーでも良い。
だってそっちの弐条会が潰れれば、何も問題なんかない。あの方が仕切る真の組織…羽魅はその為にいるんだから。お前さえ消えれば今の弐条会はお終い。それを羽魅が実現して、あの方にその土台ごとプレゼントするんだ!
今度こそ羽魅は世界一愛されるオメガになってみせるんだからさ。どうせオメガなんて外れに産まれたなら、せめて最高のアルファに貰われたいでしょ? だからあの方以外なんて羽魅はイヤ』
そっちの、弐条会が…潰れる?
好き放題言っている羽魅に、ボスは無言のまま拳銃を向けるがその射線には馬美が割って入り俺に向けて拳銃を構えている。
舌打ちを放つボスだが、その構えは解かない。
『もう本当に一目惚れっ! あんな山に囲まれて良いところなんか一つもないウチに昔から良くしてくれて、本当にさ。
愛してるもん。あの人だって昔から羽魅のことを気に掛けてくれた。弐条会が手に入れば、きっと羽魅に感謝する。…あのアジトも、お前の部下も。
全部全部、お前の弟…弐条様の物なんだから』
『テメェやっぱりあの野郎の…』
ニタリ、と嗤う羽魅が手を上げると奥から武装した連中が銃を構えているのが見える。その先のターゲットは間違いなくボスで、同じく気絶したままの刃斬に向かって標準が合わさるのを肌で感じて走り出す。
ほぼ同時に放たれた弾丸。即座にボスの盾になるように飛び込むと、丁度避けた部分の服を弾が掠る。音が間近に聞こえて真っ青になりながら倒れるもすぐに起き上がって近くに落ちていた棍棒らしきものを握り、迫る男の喉元に突き付ける。
馬美は自分の喉元で止まった武器にゴクリ、と息を呑んでから一旦退いた。
『そうだよ。最初からこの組織を潰す為に来たんだから。嬉しかったなぁ…なんか羽魅の匂いが気に入ったって?
ふふ。あははっ、バッカじゃない! 羽魅、あの夜にこんなとこ来てないよ。パパに行けって言われたけどサボってたもん。でもリストには入ってたからさ、弐条様に言われて上手く取り入れって言われたから、嘘を並べただけ。
お前の理想のオメガなんて、この世にいないよ。羽魅のパートナーは弐条様だもん。お前じゃない』
その言葉を聞いた時、本能が警鐘を鳴らした。
みるみると広がる最強のアルファである彼の威嚇フェロモン。禍々しくて、囚われると途端に息苦しくなり身体が重くなる上にどんどん体調が悪くなる。
敵味方関係なく全てを巻き込むそれは、軽い災害だ。残った敵はボスの威嚇フェロモンに随分と苦しむようだが、やはりボスに対峙する敵は何かドーピングのようなものをしてるのか倒れはしない。
羽魅も馬美に支えられてはいるが、なんとか意識は保っている。
『しね』
その瞳に写る少年は、先程までの威勢はどこへやら、涙を滲ませながらボスを見る。
『テメェなんざに、言われなくたって』
まだ濃くなるフェロモンに、誰かが悲鳴を上げた。
『…俺のオメガが、とっくにいないなんてことはわかってんだよ。テメェみてェのがあの部屋に入ったなんざ、間違いだとわかってはいても吐き気がする』
近くにいる刃斬の表情は険しくなる。気絶していても、これだけの威嚇フェロモンを近くで無防備なまま浴びれば苦しいだろう。
『不愉快だ、全員纏めてこの場で…』
『何故そうまで抗う』
ボスに声を上げたのは馬美だ。いよいよ立っていられなくなった羽魅を庇うように立つ彼は静かに拳銃をボスに向けている。
『先代が推薦していたのは、弟君の方。貴方も最初はそれを受け入れ影武者として名乗っていたと聞いています。
自身の名を捨て、弐条そのものとなり、弟君に預ける形で弐条会の椅子に座ったと。そんな貴方が何故、そうまでするのか。黙って弟君に全てを譲れば良い…今までのように』
名前を、捨てて…?
『それともアルファの血は、…そのアルファの王とも呼べる力は。貴方をただの影とすることを許さなかったのか。
答えろ。弐条』
馬美の問いにボスが止まる。その瞳は揺らぎ、何かを思い出しているのか此処ではない何処かを見ているようでなんだか寂しかった。
『さぁな。ただ、欲しいもんがあっただけだ』
ボスが答えた瞬間、今まで馬美の陰に隠れていた羽魅が身体を起こして…
ボスに向かって発砲した。
その両手には、いつの間にか拳銃が握られていて俺は弾けたように視線を動かす。
そこには、ボスを庇うようにして立つ刃斬が腕を押さえていた。幸いにも弾は掠っただけのようだが、スーツから再び赤いものが広がる。
まだ慣れていないのか放心状態だった羽魅は放った時の反動がきたのか痛い痛いと喚いた。
『…忠誠心の塊みてェな野郎だな』
『っ恐れながら…! 自分はまだっ、貴方様との約束を果たせていないので死ぬわけにはいきません』
ゼェ、ハァと苦しそうに息をする刃斬にボスは軽く手を当ててから呟く。
『まだ言ってやがる。俺が言うのもなんだが、諦めろ。もう良いってンだろ。迷惑だ…あんなのただの気紛れだ、構うな』
ボスの言葉に声もなく首を横に振る刃斬。どうやらボスの言うことなのに、聞けないらしい。
『いいえっ…!
約束を、したので…自分は決して破りません。例え果たせなくともこの命が尽きるまでは諦めません。最後までお供します、ボス』
『…物好きめ。あァ、暑苦しい…。とっとと終わらせて帰るとするか』
完全に蚊帳の外の俺。
だが、現状はこれで良い。必要なのは奴等を片付けることではなく、奴等に時間を使わせる。そうすれば此処には間もなく、弐条会の幹部が揃うのだ。
そうすればこの勝負はボスの勝ち。弐条会の主人はめでたくボスになるのだ。
遠くで上がる煙を見ながら、ある違和感を感じている。この不思議な感じ。順調なようでそうでないような嫌な感じ。
『ここまで、ボスの弟の姿を一度も見てないけど…』
前線に加わる気はないのだろうか。
『取り敢えずはコイツらを片付けてからだよね』
倒してもわらわらと増える黒装束。こちらは負傷したボスと刃斬に、そこそこ元気な俺。再び棍棒を構えて戦闘態勢に入ると向こうも一気に向かってきた。
『っ宋平…、』
『嫌です。
逃げません、貴方は俺と大切な約束を交わしてるんですからね。他の人とのデートなんて許しませんから』
自分で言って自分で照れるような言葉に笑って誤魔化せば、ボスは無言で俺に手を伸ばす。そっとその手を取ればボスが立ち上がってから無造作に俺の頭を撫でる。
『…遅れるなよ。アイツは暫く動けねェ。代わりにフォローを頼んだ』
『はい…! 俺はまだまだ行けますよ!』
例え何処でも構わない。貴方と一緒に並べるなら、何処だって。
そこが俺の大切な居場所になるんだから。
『正面はこっちでやる。お前はあの木に上がった狙撃手を叩け。出来るな?』
勿論、と声を上げると二人で走り出す。それからは俺たちの独壇場。ボスの戦う姿は殆ど見たことがなかったが、隙も無駄もない立ち振る舞いに俺は目が釘付けになりそうになりつつ、自分の役目を果たす。
暫くすると大半の敵をボスが。狙撃手やら伏兵を全て俺が叩いて片付けることに成功した。
『…よし。完璧だ』
.
城の中庭らしき場所でちょこまかと動き回って銃を無駄撃ちさせ、相手が下がるよう誘導させて丁度足元に障害物が当たって集中が切れた瞬間、一気を間合いを詰めて足を払い顎に張り手をかまして倒す。
よし、後はボスが片付けてくれたから拳銃を持つのは馬美だけだな。
『…何あれ。あの子、あんなに強かったの?』
『弐条会が側に置いておくくらいですから、やはり実力は確かなようです』
気に入らない、とばかりに可愛らしい顔を歪める羽魅。確かに彼の前で戦ってみせたことはなかった。勝手に年下で皆よりは小さいし弱そうだから、足手纏いだと判断されていたらしい。
ボスと刃斬を隠すように立つ俺に、刀のようなものとナイフを両手に持った敵が迫るがバランサーの力が有効な接近戦なら僅かに力を使うだけで相手の動きが鈍る。その隙を見逃さず魚神兄弟直伝の蹴りを見舞いし、勢いを乗せるように地を蹴って空中回し蹴りを放つ。
顔面にそれをまともに食らった相手は、フラフラと後退して、やがて倒れる。
『っ目障りな奴。
そんなにその男が大切なわけ? 自分だって恋人がいるくせに、随分と色々手を出すんだ?』
羽魅の言葉に、場の空気が凍る。
…恋人?!?
『…こい、びと?』
何故か背後から固い口調で呟かれた言葉。あまりの衝撃と心当たりの無さに俺自身が動揺していると、羽魅はニヤニヤと笑ってから続ける。
『内緒だったー? ごめんなさーい。でも色んなとこで男を誘惑するお前が悪いんじゃない? 弐条会の連中は勿論、わざわざその男と時間が被らないように行事に招待なんかしてさ』
…行事に、招待…?
『あれ何? お揃いのカーディガン? あははっ、見せ付けるじゃん。ビックリだよ羽魅。しかもその後に肩まで抱いちゃってさ! 学校で大胆~』
ピンときた。
恐らく羽魅が言っているのは、学園祭の時。兄弟たちが来て蒼二と場所取りをしていた時だ。なるほど、あの時感じた視線…コイツか。
『ほら、早く退いてよ。お前みたいな尻軽、とっとと消え失せてほしいんだけど』
震える俺を見て更に煽る彼に、俺を俯いていた顔をパッと勢いよく上げてから叫んだ。
『あれは!! 俺の、お兄ちゃんだバカヤロー!!
三男の蒼二だ!! 兄弟全員同じカーディガン持ってるわ! お前の視線に気付いて驚いてたから安心させようとしてくれたんだ! 勝手な思い込み大変迷惑です、この覗き見野郎が!』
『…は? 兄? …馬美、写真と違くない?』
『…恐れながら写真に写っていた全員が兄です、羽魅様』
全員?! と驚く羽魅にどんな写真かは知らないが恐らく三人の内の一番目立つ奴だけを兄だと勘違いしたらしい。
やーい。早とちりー。
『恋人なんかいたことないわ!! 余計なお世話だ、失礼な奴め!!』
あーなんか怒りのボルテージ上がってきたわ。なんだよコイツ! マジで失礼すぎる!!
『そもそもお前こそなんなんだ! ヤクザの約定を踏み躙るだなんて、どうなっても知らないから』
『…ふん。約定なんか、別にどーでも良い。
だってそっちの弐条会が潰れれば、何も問題なんかない。あの方が仕切る真の組織…羽魅はその為にいるんだから。お前さえ消えれば今の弐条会はお終い。それを羽魅が実現して、あの方にその土台ごとプレゼントするんだ!
今度こそ羽魅は世界一愛されるオメガになってみせるんだからさ。どうせオメガなんて外れに産まれたなら、せめて最高のアルファに貰われたいでしょ? だからあの方以外なんて羽魅はイヤ』
そっちの、弐条会が…潰れる?
好き放題言っている羽魅に、ボスは無言のまま拳銃を向けるがその射線には馬美が割って入り俺に向けて拳銃を構えている。
舌打ちを放つボスだが、その構えは解かない。
『もう本当に一目惚れっ! あんな山に囲まれて良いところなんか一つもないウチに昔から良くしてくれて、本当にさ。
愛してるもん。あの人だって昔から羽魅のことを気に掛けてくれた。弐条会が手に入れば、きっと羽魅に感謝する。…あのアジトも、お前の部下も。
全部全部、お前の弟…弐条様の物なんだから』
『テメェやっぱりあの野郎の…』
ニタリ、と嗤う羽魅が手を上げると奥から武装した連中が銃を構えているのが見える。その先のターゲットは間違いなくボスで、同じく気絶したままの刃斬に向かって標準が合わさるのを肌で感じて走り出す。
ほぼ同時に放たれた弾丸。即座にボスの盾になるように飛び込むと、丁度避けた部分の服を弾が掠る。音が間近に聞こえて真っ青になりながら倒れるもすぐに起き上がって近くに落ちていた棍棒らしきものを握り、迫る男の喉元に突き付ける。
馬美は自分の喉元で止まった武器にゴクリ、と息を呑んでから一旦退いた。
『そうだよ。最初からこの組織を潰す為に来たんだから。嬉しかったなぁ…なんか羽魅の匂いが気に入ったって?
ふふ。あははっ、バッカじゃない! 羽魅、あの夜にこんなとこ来てないよ。パパに行けって言われたけどサボってたもん。でもリストには入ってたからさ、弐条様に言われて上手く取り入れって言われたから、嘘を並べただけ。
お前の理想のオメガなんて、この世にいないよ。羽魅のパートナーは弐条様だもん。お前じゃない』
その言葉を聞いた時、本能が警鐘を鳴らした。
みるみると広がる最強のアルファである彼の威嚇フェロモン。禍々しくて、囚われると途端に息苦しくなり身体が重くなる上にどんどん体調が悪くなる。
敵味方関係なく全てを巻き込むそれは、軽い災害だ。残った敵はボスの威嚇フェロモンに随分と苦しむようだが、やはりボスに対峙する敵は何かドーピングのようなものをしてるのか倒れはしない。
羽魅も馬美に支えられてはいるが、なんとか意識は保っている。
『しね』
その瞳に写る少年は、先程までの威勢はどこへやら、涙を滲ませながらボスを見る。
『テメェなんざに、言われなくたって』
まだ濃くなるフェロモンに、誰かが悲鳴を上げた。
『…俺のオメガが、とっくにいないなんてことはわかってんだよ。テメェみてェのがあの部屋に入ったなんざ、間違いだとわかってはいても吐き気がする』
近くにいる刃斬の表情は険しくなる。気絶していても、これだけの威嚇フェロモンを近くで無防備なまま浴びれば苦しいだろう。
『不愉快だ、全員纏めてこの場で…』
『何故そうまで抗う』
ボスに声を上げたのは馬美だ。いよいよ立っていられなくなった羽魅を庇うように立つ彼は静かに拳銃をボスに向けている。
『先代が推薦していたのは、弟君の方。貴方も最初はそれを受け入れ影武者として名乗っていたと聞いています。
自身の名を捨て、弐条そのものとなり、弟君に預ける形で弐条会の椅子に座ったと。そんな貴方が何故、そうまでするのか。黙って弟君に全てを譲れば良い…今までのように』
名前を、捨てて…?
『それともアルファの血は、…そのアルファの王とも呼べる力は。貴方をただの影とすることを許さなかったのか。
答えろ。弐条』
馬美の問いにボスが止まる。その瞳は揺らぎ、何かを思い出しているのか此処ではない何処かを見ているようでなんだか寂しかった。
『さぁな。ただ、欲しいもんがあっただけだ』
ボスが答えた瞬間、今まで馬美の陰に隠れていた羽魅が身体を起こして…
ボスに向かって発砲した。
その両手には、いつの間にか拳銃が握られていて俺は弾けたように視線を動かす。
そこには、ボスを庇うようにして立つ刃斬が腕を押さえていた。幸いにも弾は掠っただけのようだが、スーツから再び赤いものが広がる。
まだ慣れていないのか放心状態だった羽魅は放った時の反動がきたのか痛い痛いと喚いた。
『…忠誠心の塊みてェな野郎だな』
『っ恐れながら…! 自分はまだっ、貴方様との約束を果たせていないので死ぬわけにはいきません』
ゼェ、ハァと苦しそうに息をする刃斬にボスは軽く手を当ててから呟く。
『まだ言ってやがる。俺が言うのもなんだが、諦めろ。もう良いってンだろ。迷惑だ…あんなのただの気紛れだ、構うな』
ボスの言葉に声もなく首を横に振る刃斬。どうやらボスの言うことなのに、聞けないらしい。
『いいえっ…!
約束を、したので…自分は決して破りません。例え果たせなくともこの命が尽きるまでは諦めません。最後までお供します、ボス』
『…物好きめ。あァ、暑苦しい…。とっとと終わらせて帰るとするか』
完全に蚊帳の外の俺。
だが、現状はこれで良い。必要なのは奴等を片付けることではなく、奴等に時間を使わせる。そうすれば此処には間もなく、弐条会の幹部が揃うのだ。
そうすればこの勝負はボスの勝ち。弐条会の主人はめでたくボスになるのだ。
遠くで上がる煙を見ながら、ある違和感を感じている。この不思議な感じ。順調なようでそうでないような嫌な感じ。
『ここまで、ボスの弟の姿を一度も見てないけど…』
前線に加わる気はないのだろうか。
『取り敢えずはコイツらを片付けてからだよね』
倒してもわらわらと増える黒装束。こちらは負傷したボスと刃斬に、そこそこ元気な俺。再び棍棒を構えて戦闘態勢に入ると向こうも一気に向かってきた。
『っ宋平…、』
『嫌です。
逃げません、貴方は俺と大切な約束を交わしてるんですからね。他の人とのデートなんて許しませんから』
自分で言って自分で照れるような言葉に笑って誤魔化せば、ボスは無言で俺に手を伸ばす。そっとその手を取ればボスが立ち上がってから無造作に俺の頭を撫でる。
『…遅れるなよ。アイツは暫く動けねェ。代わりにフォローを頼んだ』
『はい…! 俺はまだまだ行けますよ!』
例え何処でも構わない。貴方と一緒に並べるなら、何処だって。
そこが俺の大切な居場所になるんだから。
『正面はこっちでやる。お前はあの木に上がった狙撃手を叩け。出来るな?』
勿論、と声を上げると二人で走り出す。それからは俺たちの独壇場。ボスの戦う姿は殆ど見たことがなかったが、隙も無駄もない立ち振る舞いに俺は目が釘付けになりそうになりつつ、自分の役目を果たす。
暫くすると大半の敵をボスが。狙撃手やら伏兵を全て俺が叩いて片付けることに成功した。
『…よし。完璧だ』
.
146
あなたにおすすめの小説
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
【完結】少年王が望むは…
綾雅(りょうが)今年は7冊!
BL
シュミレ国―――北の山脈に背を守られ、南の海が恵みを運ぶ国。
15歳の少年王エリヤは即位したばかりだった。両親を暗殺された彼を支えるは、執政ウィリアム一人。他の誰も信頼しない少年王は、彼に心を寄せていく。
恋ほど薄情ではなく、愛と呼ぶには尊敬や崇拝の感情が強すぎる―――小さな我侭すら戸惑うエリヤを、ウィリアムは幸せに出来るのか?
【注意事項】BL、R15、キスシーンあり、性的描写なし
【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう、カクヨム
うそつきΩのとりかえ話譚
沖弉 えぬ
BL
療養を終えた王子が都に帰還するのに合わせて開催される「番候補戦」。王子は国の将来を担うのに相応しいアルファであり番といえば当然オメガであるが、貧乏一家の財政難を救うべく、18歳のトキはアルファでありながらオメガのフリをして王子の「番候補戦」に参加する事を決める。一方王子にはとある秘密があって……。雪の積もった日に出会った紅梅色の髪の青年と都で再会を果たしたトキは、彼の助けもあってオメガたちによる候補戦に身を投じる。
舞台は和風×中華風の国セイシンで織りなす、同い年の青年たちによる旅と恋の話です。
【完結】トラウマ眼鏡系男子は幼馴染み王子に恋をする
獏乃みゆ
BL
黒髪メガネの地味な男子高校生・青山優李(あおやま ゆうり)。
小学生の頃、外見を理由にいじめられた彼は、顔を隠すように黒縁メガネをかけるようになった。
そんな優李を救ってくれたのは、幼馴染の遠野悠斗(とおの はると)。
優李は彼に恋をした。けれど、悠斗は同性で、その上誰もが振り返るほどの美貌の持ち主――手の届かない存在だった。
それでも傍にいたいと願う優李は自分の想いを絶対に隠し通そうと心に誓う。
一方、悠斗も密やかな想いをを秘めたまま優李を見つめ続ける。
一見穏やかな日常の裏で、二人の想いは静かにすれ違い始める。
やがて優李の前に、過去の“痛み”が再び姿を現す。
友情と恋の境界で揺れる二人が、すれ違いの果てに見つける答えとは。
――トラウマを抱えた少年と、彼を救った“王子”の救済と成長の物語。
─────────
両片想い幼馴染男子高校生の物語です。
個人的に、癖のあるキャラクターが好きなので、二人とも読み始めと印象が変化します。ご注意ください。
※主人公はメガネキャラですが、純粋に視力が悪くてメガネ着用というわけではないので、メガネ属性好きで読み始められる方はご注意ください。
※悠斗くん、穏やかで優しげな王子様キャラですが、途中で印象が変わる場合がありますので、キラキラ王子様がお好きな方はご注意ください。
─────
※ムーンライトノベルズにて連載していたものを加筆修正したものになります。
部分的に表現などが異なりますが、大筋のストーリーに変更はありません。
おそらく、より読みやすくなっているかと思います。
その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語
平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。
しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。
基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。
一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。
それでも宜しければどうぞ。
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる