いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう

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手折る、花

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『全員武器を下げて大人しくするように。こちらは日本国軍特殊部隊バランサー課。外敵にそこの血気盛んな悪党共。

 止まれ。これはです』
  
 軍を表すエンブレムを付けた、薄紫色を中心とした軍服を身に付けた集団が現れる。軍帽を深く被って中心となっている男性がアルファの威嚇フェロモンを放つとボスのとは違う格の高いアルファのそれによって緊張感が高まる。

 …茶髪、それに…あの瞳は…。

『よくも我が国の愛しき花に傷を付けてくれましたね。国際問題なんて議会で叫ぶよりも先にとっとと貴様らを処罰してくれる。

 なに。上には不慮の事故とでも伝えて差し上げます。そういうの、得意なものでね』

 フワっと嗤った時に見えた顔に見覚えがある。それは秋のこと、まだ記憶に新しいその人を俺は…知っている。

『…ああっ!!

 我らの花がこちらをっ!! すぐにお救い致します、お待ちを!!』

 まるで神様か何かに祈るように手を組む男。

 それは、学園祭に来て一人スタンプラリーの最短記録を叩き出した男に違いない。

『…花だァ?』

 怪訝けげんな顔で俺たちと男の間に入るボスと両端を固める魚神兄弟。そんな彼らを無視するように敵のヘリコプターがこちらに向かって機関銃らしきものが構えられる。

『やーい。政府の犬のくせに無視されてやんの。恥ずかしいネ~』

『兄者ってば、可哀想だヨ~。これでも頑張って来たんだからそっとしておいてやるヨ~』

 小学生でもしないような煽り方をする魚神兄弟に笑顔のまま振り返る姿が怖い。冗談も言ってられない雰囲気なのでボスが短くある人物に命令を下す。

『…猿』

 まるで呼ばれることがわかっていたように、猿石はいつの間にか敵の装備していた盾を奪い、それを手にして重心を下に…腰を低くして構える。

『堕とせ』

 ぶんっ、と横に投げ飛ばした盾はクルクル回りながらカーブを描き、灰色の空を優雅に飛んでいたヘリコプターの翼にそれをぶつけて向こうの浜へと墜落させた。

 …人間がヘリを堕としたんだが?

『油断して近付くからそーなんだよ。オレらとソーヘーの仲を邪魔する奴等は全部敵だ。ドクターヘリにでも生まれ変わって出直して来い、見逃してやる』

 人間離れの偉業に騒つく黒ずくめだが、政府側は特に驚いた様子もない。

『話ならお聞きしますが? 代表として私様が。特殊部隊隊長、猫武びょうぶと申します。まぁこの人たちにヘリは任せて…こちらも用意してるんですよね、海の方は』

 ニコニコと笑う猫武の言葉が終わると同時にまた別の潜水艦が現れ、海の向こうには続々と大型船や小型船とあらゆる船が揃っている。

 完全に武力で負けている敵は、悔しそうに下唇を噛んでから叫ぶ。

『っ…なんたること!! 我が国のバランサーを下し、身柄を拘束した上にこのような!!』

『その元バランサーを取り戻す為に弐条会の過激派と手を組み、事に至ったと。

 過激派は弐条会の失墜、そして貴様らは元バランサーの救出。なるほど…利害は一致していますねぇ』

 海外が主な拠点となっていた過激派。そして弐条弟は、手始めに月見山組に取り入り穏健派に内側から攻撃を始めた。

 ウイルスの侵入に内部の情報を流出。更に婚約者とした後、破局をすることで穏健派に泥を塗る。彼らは約束事を大切にする。一方的とはいえ、破られれば多少マイナスのイメージを持たれる。

 そうした攻撃の後に、本格的な侵略としてアジトの強襲と政府とのいさかいを産むはずが…。

『忌々しいッ…!!

 全て! 全てコイツのせいだ!! あの夜に裏社会の人間を、ターゲットを連れ去る簡単な仕事がっ…それが失敗してから何もかもが破綻した!

 バランサーとバランサーが衝突し、ウチの無敵のエースが潰された! こんなっ…こんなクソ餓鬼に!』

 はぁ、はぁ…と小さく息を吐く俺をしっかりと刃斬が抱きしめる。その前に立つボスが、苛立ったように男に殺気を放つ。

『っ…政府とぶつける計画もそいつが! 余計なことをしやがって!!』

 …そっか。

 兄ちゃんが、政府に通報しないでいてくれたんだ。良かった…なら、兄ちゃんのお陰だなぁ。

『動くな! 全員拘束しろ!! 構うな、我が国の花に手を出す不埒者だ。投降しなければ迷わず武力で制圧しろ』

 暴れ回る男が、銃を構えてこちらに走る。もう正気なんてないのだろう。捨て身と言って良い動きだ。血走った目と、ゴーグル越しに目が合ったような気がしたが数秒も保たずに終わる。

 ボスが放った弾丸により、男は雪の上に倒れた。

『気安く近寄るな、クソ野郎。

 …拘束するなら武装しろ、防弾の手応えだ。

 弐条会に告げる。政府と仲良くするつもりはねェが、取り敢えず手を貸して敵を全て制圧。後に待機だ』

 まだ騒がしい周囲の音がするのに、何故か人の声だけがどんどんと遠ざかる。

 泣きながら止血をする人にそっと手を伸ばすと温かくて大きな手に掴まれた。また触れ合えると思ってなくて、笑ってみせたら更に泣いてしまった。

『っ、ダメだ死ぬな…! やめろ、お前をずっと…ずっと探してたんだ…!!』

 探してた?

 ああ、逃げ回ったから皆に探させちゃったか。

『…俺、売られちゃう…?』

『バカが!! お前が十億なんて価値なわけあるかっ、桁が足りねぇだろ!』

 足り…? …多いじゃなくて?

『なんで…?』

『この早とちりっ…! お前が聞いたのは、奴等が探してたあの元バランサー野郎だ。身柄を差し出す代わりに十億出すって、取引だ。

 …お前を売ったりするわけねぇだろ、この大馬鹿野郎が…』

 え? 

 そうなの…? 

 今まで所々潰れたような景色が、急に開けたようなそんな気分。瞳に光が戻ったのがわかったのか刃斬が息を呑んでから嬉しさを噛み締めたような顔を上げて、その人を呼ぶ。

『宋平』

 ああ、幸せだ。

 もう一度呼んでもらえるなんて、幸せだ。あんなさよならで終わるのがずっと心残りだったのに

 に貴方に仲間のまま会えた。
 
『…宋平、宋平…』

 血まみれの手をそっと握られて、嬉しくて涙が出る。

 なんだ。俺の勘違いだったのかよ…あーあ、良かった。そっか…逃げ損だなぁ。最初から皆のところに逃げてれば良かった。

 …ちゃんと皆を信じられなかったんだから、俺は薄情者だよな。

『ボス…、ごめんなさい…。ずっと嘘、吐いて…ごめんなさい…』

『良い。全部許してやる、…だから泣くな。帰って来るだけで良い。すぐに病院に連れて行ってやる。だから今はあんま喋ンな』

 な? と優しく語り掛ける人の手を握り、泣きながら笑い掛けた。

『…ボス、あのね』

『ん? …おい、宋平…お前体温が』

 もうわからない。

 貴方の顔が、どこにあるかわからない。愛しいあの赤黒い瞳が見えない。もう、手が何か触れているかもよくわからない。

 多分、もうダメなんだ。

『お金…、多分…今までバランサーで、稼いだ分が、兄ちゃん…銀行に。だから残りはそれ…足りないの、ごめんなさい俺、…』

『宋平…? おまえ、何言って…』

 不思議だ。

 さっきはあんなに怖かったのに、今はこんなにも心強い。恋って…強いなぁ。

『…アニキ。アニキに、約束…ごめんねって』

 あの子は、泣いてしまうだろうか。

『ボス』

 もしも、

 生まれ変わることが出来たら

『宋平っ?! おい、…宋平!!』

『宋平?!』

 もうこんなコントローラーをほっぽり投げてさ、

 どんな性別でも貴方に恋して…そして

 好きですって、伝えられたらなぁ。


『…名前、』

『聞きたかったなぁ』

 
 頬に何かがあたった。

 優しくて、大粒のそれは…雪だったのだろうか。プツリと途切れた意識の向こうに落ちる俺にはもうわからない。ただ、最後に耳だけは…聞こえた。最後まで俺を呼ぶ貴方と、兄貴と…皆の声。

 落ちていく感覚の中、唯一自分に与えられたコントローラーを抱きしめたら闇が全てを覆ってしまう。





















 何処かで、

 小さな音楽が聞こえる。何度か聞いたことがあるそれは…いつも、ある人のスマホから聞こえていた。

 一度だけ…小さい頃に、なんでその曲なの? と聞いたことがある。

 嫌いな曲だから。

 彼はそう答えたから、普通は好きなやつを選ぶんじゃないの? と聞いた。

 彼はそれに答えた。

 嫌いだから、必ず気付くだろう? って。何故か悲しそうに目を細めて俺に言うと、不器用な手付きでサッと頭を撫でられた。

 その曲の名は、ー……。


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