待ってください

仲 奈華 (nakanaka)

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第4×

楽しんでください

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電車を乗り継ぎ、ルチアは久しぶりに実家に帰った。
20年前に父が購入した建売一軒家は、小さな庭に母が手入れを続けている花が咲き誇っている。

「お母さん。久しぶり」

「ルチア?貴方、お姉ちゃんが紹介してくれた人と結婚したのでしょ?」

「離婚したの。あの子達の世話ができていないからって言われて。私は精一杯してきたのに。」

「ルチア…。」

「私暫く結婚しないわ。もう専業主婦になりたいなんて思っていない。自分で働きにいくつもりよ。仕事が見つかるまで、ここに住んでもいいでしょ」

「それは、勿論。ルチアの部屋はそのまま置いてあるから。でもお父さんがなんていうか。ルチアは知らないかもしれないけど、お父さんは、前回帰って来てから何度もあんたの前夫の屋敷を訪れて弁償金の相談をしていたよ。あれから一年が経って、やっと和解できたのに」

ルチアは、思わず甲高い声を上げ、言った。

「お父さんが?私は何も悪くないのに。どうして弁償だなんて」

母は、眉間に皺を寄せ周囲を確認し、ため息をついてルチアを玄関へ誘導した。

「はあー。とりあえず、家に入りなさい。お帰り。ルチア」

複雑な表情の母は、ルチアを歓迎してないようだ。厄介者を見るような濁った眼で見つめてくる。

ルチアは、そんな母を見たくなくて、俯きながらゆっくりと家の中に入って行った。







ルチアの仕事はすぐに決まった。

ルチアが何度も離婚を繰り返している事は、親戚だけでなく近所の皆が知っている。父も母もルチアを腫れもののように扱い居心地が悪い。家から出ると、ジロジロとルチアを見てくる冷たい視線を感じる。

寮完備ですぐに働ける実家から離れた職場を探し、履歴書を記入して面接を申し込んだ。人手不足の為か郊外の3交代制の工場で直ぐに採用が決まった。月給から寮費、健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料、税金を引かれると手取りは14万円程になる。

正直少ないと感じる。だけどルチアは今一人だ。

8畳程の狭いワンルームの掃除、一人分の洗濯は週1回まとめてすればなんとかなる。
買い物した食材は、小分けにして冷凍保存すれば1週間持つ。
世話をしないといけない家族はいない。仕事が終われば一人ゆっくり過ごし、夜も眠れる事ができる。

働き出して3か月が経った頃、余裕ができたルチアは、職場の友人と週末遊びに行くようになった。

大きな工場で働いている同僚には、独身者が多い。寮から10分程歩き、古びた階段を登って、市営電車に友人達と乗り込む。金曜日の夜の電車内はいつも沢山の人が乗り込んでいる。今日は、2駅先の桜の名所まで行き、夜桜を楽しむつもりだ。

プリーツスカートと、大きなリボンがついたトップスを着てゴールドの高いヒールの靴を履き、ルチアは、友人と一緒に電車に乗った。

「ルチア。今日は楽しみね。今は満開らしいわ。天気もいいし最高じゃない」

ルチアは、スマホのマップを出して友人へ見せた。
「ふふふ。コンビニでお酒を買って行こうよ。ほらこれを見て。電車を降りたらすぐにコンビニがあるでしょ」

「いいね。そうしよう。」

「俺は、ウィスキーを買うよ。偶には贅沢しないとね」

目的駅についたルチアたちは、コンビニで酒と食べ物を買い込んで、夜桜を見に行った。

肌寒い風がルチアの頬を撫でる。桜の花びらが、ヒラヒラと舞い落ち、酎ハイを入れたコップの中に落ちる。

「そういえばルチアは、どうしてここに就職した?実家はかなり遠いし、このあたりは不便じゃないか?」

「そんな事ないわ。近くにスーパーがあるし、必要な物はすぐに揃う。自由だし、貴方達みたいな友人がいる。これでも、かなり楽しんでいるのよ」

数か月前の事を、ルチアは思い出した。自由に外出できず、夜も満足に眠れない。必死に家族の為にやりくりして家事をこなしていたのに、責められる。

あの時より、手に入るお金は少ない。でも、一人暮らしだと出費もかなり少ない。

なにより自由に外出できる。遊びにいける。夫や家族の顔色をうかがう必要がない。

「ふふふ。自由に乾杯」

「「乾杯!!」」



連休前という事があり、ルチアはかなり飲んでしまった。

桜紅色に包まれ、楽しく笑った気がする。

友人達とふらふらと寮に帰った記憶がある。だれかに支えられたような、抱きしめられたような。








重い頭を何とか持ち上げ、ルチアは寮のベッドで目を覚ました。


部屋の1/3を占めるシングルベッドが、いつもより狭く感じる。


ゆっくりと瞼を開けると、目の前に男性が寝ていた。


一瞬元夫達の顔を順に思い浮かべる。彼らじゃない。
慌てて、布団の中を確認すると、衣服を着ていなかった。

僅かだけど、深く触れ合った事を覚えている。

ルチアは、両手を顔に当てて、大きなため息をついた。




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