4 / 11
M 忘れてください
しおりを挟む
メアリージェンは、今の自分の境遇が信じられなかった。
古ぼけた部屋、ほつれ染みが残るドレス、暗い部屋には大きなベッドが置かれている。
毎日メアリージェンは、客を取らされる。
「どうしてなの?あの時まではうまく行っていたのに。私は侯爵夫人になるはずなのに。」
今日の客は馴染の男だった。
「愚か者のメアリージェンは相変わらずだな。また独り言か?」
メアリージェンを見下しながら大柄な男は言った。
3年前メアリージェンは、歓喜していた。
やっと目障りなルナリーを侯爵邸から追い出したのだ。
メアリージェンは、ライルとずっと結婚したかった。
オーガンジス侯爵家の後妻になった叔母のマクベラ夫人は、メアリージェンをとても可愛がってくれた。
メアリージェンは、叔母に招かれて幼い頃から何度も侯爵家を訪れた。
女主人のマクベラ夫人に気を遣い、いつしか侯爵邸使用人達はメアリージェンをライルの婚約者として扱うようになっていた。
無口なライルとは、なかなか距離を縮める事が出来なかったが、腕を組んだり、抱き着いても邪険にされる事はなかった。
当然メアリージェンは、成人したらライルと結婚できる。侯爵夫人になれる。
そう思っていた。
もうすぐ成人となるある日、マクベラ夫人がメアリージェンに言った。
「ライルがアーバン商会の庶子と結婚する事になったわ。」
メアリージェンは叔母に詰め寄った。
「そんな。叔母様。私と結婚させてるって言っていたじゃないですか?」
マクベラ夫人は言った。
「ごめんなさい。メアリージェン。アーバン商会が膨大な持参金を提示してきたの。夫の前侯爵が亡くなってから資産が酷く減ってしまったのよ。可愛いメアリージェンが、貧しい侯爵夫人になって苦労する所をみたくないの。ライルをいつか必ず、貴方と結婚させるから。もうしばらく待って頂戴。」
メアリージェンは、少し考える。
メアリージェンは、マクベラ夫人の姉の子供になる。侯爵家とは血の繋がりがない。だが、叔母は夫の侯爵が亡くなってから、自分やメアリージェンに沢山の宝石や衣装を買ってきた。叔母との買い物は楽しく、いつも買いすぎてしまっていた。
資産がつきたライルと結婚する。それはメアリージェンも嫌だった。
「分かりました。叔母様。約束ですよ。」
ライルが結婚した。
嫁いできた商人の庶子のルナリーは、黒髪で茶眼の地味な女性だった。ルナリーを見てメアリージェンは自信を強めた。
こんな女に私が負けるはずがないと、、、
ライルは、ルナリーと夜を共にしているらしい。
メアリージェンは不満を募らせていた。オーガンジス侯爵家はマクベラ夫人とメアリージェンが掌握している。使用人達と共に、ルナリーに何度も嫌がらせをしても、あの地味な女は気にしている様子がなく、出て行かない。
メアリージェンは、少ない休みの時は必ずルナリーと共に過ごそうとするライルに裏切られたような気がしていた。
ライルは、第一王子の側近をしていた。奔放な第一王子に振り回されてライルは休みを取れないみたいだった。メアリージェンは、仕事中のライルと接触しようとした時に第一王子に見染められた。
(ライルも地味な妻と楽しんでいるし、いいわよね。)
メアリージェンは、第一王子とすぐに深い中となり、何度も楽しんだ。
側近のライルを隠れ蓑にして、市井で第一王子と逢瀬を重ねる。
第一王子が隣国の王女と婚約していると、ライルはメアリージェンに何度も注意をしてきたが、メアリージェンは気にしなかった。
第一王子とメアリージェンの事が知られると国際問題になる。
側近のライルが、第一王子とメアリージェンの事を誰かに告げる筈が無かった。
メアリージェンは第一王子の子供を妊娠した。
ルナリーが、なかなか侯爵家から出て行かず、メアリージェンの妊娠は想定外の事だった。
メアリージェンの子供を婚外子にするわけにはいかない。
メアリージェンは、オーガンジス侯爵家でライルの子供を妊娠していると周囲へ告げた。
マクベラ夫人も屋敷の使用人達もメアリージェンに同情的だ。
結婚を目前にして、商人の庶子に恋人を奪われた美しいメアリージェン。
ルナリーに遠慮して、屋敷の外でしか恋人のライルと二人っきりで会う事ができない可哀想なメアリージェン。
何かを感づいたのか隣国から第一王子の来国を依頼する公式文章が届いた。隣国の王女と婚約しているにも拘らず遊び続けた第一王子が隣国へ行けばどうなるか分からない。第一王子が隣国へ行く事を拒否した為、側近のライルが、第一王子の変わりに隣国を訪問する事が決まった。
マクベラ夫人とメアリージェンは、好機だと感じ、ルナリーが離婚を望んでいる。帰ってくるか分からない夫を待たせるのはルナリーが可哀想だとライルに伝えた。
ライルは悩んでいるようだったが、あの日離婚届を記入してルナリーに差し出した。
やっと目障りなルナリーを追い出すことができた。
ライルが隣国から帰ってきたら、すぐに結婚しようとメアリージェンは考えていた。そして、第一王子の子供をライルの子供として一緒に育てるのだ。
ライルと結婚したメアリージェンが、第一王子の遊び相手だと疑うものはいないはずだ。子供の父親が第一王子だとはマクベラ夫人も侯爵家の使用人達も誰一人気づいていないのだから。
第一王子の側近であるライルは了承してくれるとメアリージェンは確信していた。
ライルが、隣国へ急いで旅立った日、ルナリーもオーガンジス侯爵家を出て行った。
メアリージェンは、叔母のマクベラ夫人に話しかける。
「叔母様。やっとあの女が出て行きましたね。お祝いに買い物に行きませんか?」
叔母のマクベラ夫人は顔色が悪い。
「メアリージェン。それが、、、もしかしたら持参金を回収しに来るかもしれないわ。もうお金なんて無いのよ。」
メアリージェンは驚く。
「まさかそんな。離婚したから持参金を返せだなんてあり得ないですわ。あれは私たちのお金でしょう。」
叔母は自分に言い聞かせるようにいう。
「そうよね。悪いのはルナリーよ。あのお金は返す必要がないわよね。」
ライルは1週間程で帰国した。隣国との交渉に1ヵ月以上かかると思われていたのに、想定外に早い帰国だった。
隣国はすでに第一王子が沢山の女に手を出して、中には妊娠した娘がいる事について知っていた。婚約は破談になり、隣国へ賠償金を支払う事になったらしい。
「ライル。お帰りなさい。待っていたわ。」
ルナリーは、帰国したライルにすり寄る。
侯爵家の皆はお腹の子供の父親に近づくメアリージェンを微笑ましく見ていた。
ライルは、訝し気にメアリージェンに声をかける。
「メアリージェン?どうしてまだここにいる?」
メアリージェンは驚く。
「え?どうしてって、私と結婚してくれるのでしょう?もうルナリーはいないわ。」
ライルは部屋の隅にいるマクベラ夫人を見つけ睨みつけ言った。
「まだ、いたのですか?マクベラ夫人。すぐに出て行くように手紙で伝えたはずです。」
マクベラ夫人は、青ざめた顔で言う。
「まさか、私は貴方の母親です。ずっと育ててきた恩を忘れて追い出すなんて事はないはずですわ。ねえ、お願いライル。許して頂戴。」
ライルは言った。
「今まで、貴方がオーガンジス侯爵家の資産をどれだけ使い込んだか、ルナリーの持参金に手を出したか全てアーバン商会長に聞きました。そもそも貴方は私の本当の母ではない。父は貴方と正式に籍を入れていないはずだ。すぐに出て行ってください。」
マクベラ夫人は言った。
「待ってライル。メアリージェンと貴方の結婚を見留めるまで待って頂戴。お願いよ。」
ライルは言った。
「あり得ない。なぜ、私がメアリージェンとだなんて。」
マクベラ夫人は叫ぶ。
「何を言っているの。メアリージェンのお腹の子供の父親でしょ。責任を取る必要があるわ。」
ライルは、大きくため息をつき言った。
「もういいでしょう。メアリージェンの子供の父親は第一王子ですよ。私は一度も関係を持った事がありません。」
メアリージェンは、俯きブルブルと体を震わせた。
使用人達がざわめく。
マクベラ夫人は、呆然と座り込んでいた。
「まさか、騙していたのか。」
「そんな、旦那様の子じゃないなんて。」
「ルナリー様になんて事を、、、、」
マクベラ夫人が叫ぶ。
「メアリージェンは、貴方とずっと一緒に育ってきたでしょう。貴方はこの子の面倒を見るべきだわ。お願いよ。ライル。メアリージェンと結婚して頂戴。」
ライルは言った。
「マクベラ夫人。いくら、姉夫婦に預けた実の娘が可愛いいとしても、貴方はやりすぎました。私が愛しているのはルナリーだけです。貴方たちが出て行ったら、ルナリーを探して、もう一度結婚を申し込むつもりです。第一王子は今回の事で身分を剥奪されます。やっと私もルナリーと向き合う事ができる。」
メアリージェンは言った。
「あんな地味な女、ライルに相応しくないわ!」
ライルは冷たい瞳でメアリージェンに言う。
「今すぐ出て行ってくれ。もう顔も見たくない。」
マクベラ夫人とメアリージェンは、その日オーガンジス侯爵家を追い出された。
実の母親のマクベラ夫人とメアリージェンは歩いていく。
メアリージェンのお腹はすでに大きくなり、数か月後には子供が産まれる。
「叔母様。本当は私のお母様だったのですね。」
憔悴したマクベラ夫人は言った。
「ごめんなさいね。メアリージェン。オーガンジス侯爵家の後妻になる為に貴方の事を隠していたの。姉に頼んで養子にしてもらったのよ。でも、、、」
メアリージェンは言った。
「お母様。私は第一王子を探してみます。この子の父親ですもの。なんとかしてくれるはずですわ。」
マクベラ夫人は頷いた。
翌日メアリージェンは、マクベラ夫人と別れて第一王子を探しに王都へ行った。
意気消沈したマクベラ夫人は、しばらくオーガンジス侯爵家に戻れないか交渉を続けると言っていた。まだ、侯爵夫人だった時の地位を諦める事ができないらしい。
王都の第一王子の屋敷をメアリージェンは訪れていた。
正直、わがままな第一王子の屋敷に身を寄せるのにマクベラ夫人の存在は邪魔だった。
第一王子の屋敷は静まり返っていた。
毎晩のように奔放な貴族達が遊びに興じていたはずなのに、馬車が一台も止まっていない。
中に入ると、調度品や家具に根こそぎ赤札が張られている。
呆然とするメアリージェンに声を掛けてくる人物がいた。
黒いロープを被った白髪の老女が言う。
「待っていたよ。愚か者のメアリージェン。」
その日からメアリージェンの地獄が始まった。
連れていかれたのは王都の外れにある店だった。
子供が産まれるまでは、下働きをさせられた。
メアリージェンの子どもは無事に生まれたがすぐに取り上げられ、出産した日から一度も会っていない。
何度もメアリージェンは逃げようとした。
鍵は閉められておらず、簡単に店の外へ行く事ができる。
だけど、どこに行っても会う人が皆、メアリージェンを見て口にする。
「愚か者のメアリージェン。」
「長に逆らったメアリージェン。」
「無知でわがままなメアリージェン。」
全ての人がメアリージェンの事を知っているようだった。
店にも入れない。宿にも泊まれない。乗合馬車でさえ乗れなかった。
結局お腹を空かせたメアリージェンは、連れて来られた店に帰り客を取る。
通りすがる子供達でさえ、メアリージェンについて笑いながら歌っている。
「愚か者のメアリージェン。
長に逆らったメアリージェン。
嘘つき女メアリージェン。
皆お前を知っている。
どこに行っても見ているぞ。
必死に働けよ。
メアリージェン。」
メアリージェンは、毎日オーガンジス侯爵家で、女主人のように大事にされていた過去を思い出す。
だけど、今は誰もがメアリージェンを愚か者だと口にする。
長がなんの事かメアリージェンだけが知らない。だれも教えてくれない。
メアリージェンは、長が誰でも気にならなかった。
ただ、、、、
もういい加減、、、、
「メアリージェンを忘れてください。」
メアリージェンは、古ぼけた部屋で独り言を言った。
古ぼけた部屋、ほつれ染みが残るドレス、暗い部屋には大きなベッドが置かれている。
毎日メアリージェンは、客を取らされる。
「どうしてなの?あの時まではうまく行っていたのに。私は侯爵夫人になるはずなのに。」
今日の客は馴染の男だった。
「愚か者のメアリージェンは相変わらずだな。また独り言か?」
メアリージェンを見下しながら大柄な男は言った。
3年前メアリージェンは、歓喜していた。
やっと目障りなルナリーを侯爵邸から追い出したのだ。
メアリージェンは、ライルとずっと結婚したかった。
オーガンジス侯爵家の後妻になった叔母のマクベラ夫人は、メアリージェンをとても可愛がってくれた。
メアリージェンは、叔母に招かれて幼い頃から何度も侯爵家を訪れた。
女主人のマクベラ夫人に気を遣い、いつしか侯爵邸使用人達はメアリージェンをライルの婚約者として扱うようになっていた。
無口なライルとは、なかなか距離を縮める事が出来なかったが、腕を組んだり、抱き着いても邪険にされる事はなかった。
当然メアリージェンは、成人したらライルと結婚できる。侯爵夫人になれる。
そう思っていた。
もうすぐ成人となるある日、マクベラ夫人がメアリージェンに言った。
「ライルがアーバン商会の庶子と結婚する事になったわ。」
メアリージェンは叔母に詰め寄った。
「そんな。叔母様。私と結婚させてるって言っていたじゃないですか?」
マクベラ夫人は言った。
「ごめんなさい。メアリージェン。アーバン商会が膨大な持参金を提示してきたの。夫の前侯爵が亡くなってから資産が酷く減ってしまったのよ。可愛いメアリージェンが、貧しい侯爵夫人になって苦労する所をみたくないの。ライルをいつか必ず、貴方と結婚させるから。もうしばらく待って頂戴。」
メアリージェンは、少し考える。
メアリージェンは、マクベラ夫人の姉の子供になる。侯爵家とは血の繋がりがない。だが、叔母は夫の侯爵が亡くなってから、自分やメアリージェンに沢山の宝石や衣装を買ってきた。叔母との買い物は楽しく、いつも買いすぎてしまっていた。
資産がつきたライルと結婚する。それはメアリージェンも嫌だった。
「分かりました。叔母様。約束ですよ。」
ライルが結婚した。
嫁いできた商人の庶子のルナリーは、黒髪で茶眼の地味な女性だった。ルナリーを見てメアリージェンは自信を強めた。
こんな女に私が負けるはずがないと、、、
ライルは、ルナリーと夜を共にしているらしい。
メアリージェンは不満を募らせていた。オーガンジス侯爵家はマクベラ夫人とメアリージェンが掌握している。使用人達と共に、ルナリーに何度も嫌がらせをしても、あの地味な女は気にしている様子がなく、出て行かない。
メアリージェンは、少ない休みの時は必ずルナリーと共に過ごそうとするライルに裏切られたような気がしていた。
ライルは、第一王子の側近をしていた。奔放な第一王子に振り回されてライルは休みを取れないみたいだった。メアリージェンは、仕事中のライルと接触しようとした時に第一王子に見染められた。
(ライルも地味な妻と楽しんでいるし、いいわよね。)
メアリージェンは、第一王子とすぐに深い中となり、何度も楽しんだ。
側近のライルを隠れ蓑にして、市井で第一王子と逢瀬を重ねる。
第一王子が隣国の王女と婚約していると、ライルはメアリージェンに何度も注意をしてきたが、メアリージェンは気にしなかった。
第一王子とメアリージェンの事が知られると国際問題になる。
側近のライルが、第一王子とメアリージェンの事を誰かに告げる筈が無かった。
メアリージェンは第一王子の子供を妊娠した。
ルナリーが、なかなか侯爵家から出て行かず、メアリージェンの妊娠は想定外の事だった。
メアリージェンの子供を婚外子にするわけにはいかない。
メアリージェンは、オーガンジス侯爵家でライルの子供を妊娠していると周囲へ告げた。
マクベラ夫人も屋敷の使用人達もメアリージェンに同情的だ。
結婚を目前にして、商人の庶子に恋人を奪われた美しいメアリージェン。
ルナリーに遠慮して、屋敷の外でしか恋人のライルと二人っきりで会う事ができない可哀想なメアリージェン。
何かを感づいたのか隣国から第一王子の来国を依頼する公式文章が届いた。隣国の王女と婚約しているにも拘らず遊び続けた第一王子が隣国へ行けばどうなるか分からない。第一王子が隣国へ行く事を拒否した為、側近のライルが、第一王子の変わりに隣国を訪問する事が決まった。
マクベラ夫人とメアリージェンは、好機だと感じ、ルナリーが離婚を望んでいる。帰ってくるか分からない夫を待たせるのはルナリーが可哀想だとライルに伝えた。
ライルは悩んでいるようだったが、あの日離婚届を記入してルナリーに差し出した。
やっと目障りなルナリーを追い出すことができた。
ライルが隣国から帰ってきたら、すぐに結婚しようとメアリージェンは考えていた。そして、第一王子の子供をライルの子供として一緒に育てるのだ。
ライルと結婚したメアリージェンが、第一王子の遊び相手だと疑うものはいないはずだ。子供の父親が第一王子だとはマクベラ夫人も侯爵家の使用人達も誰一人気づいていないのだから。
第一王子の側近であるライルは了承してくれるとメアリージェンは確信していた。
ライルが、隣国へ急いで旅立った日、ルナリーもオーガンジス侯爵家を出て行った。
メアリージェンは、叔母のマクベラ夫人に話しかける。
「叔母様。やっとあの女が出て行きましたね。お祝いに買い物に行きませんか?」
叔母のマクベラ夫人は顔色が悪い。
「メアリージェン。それが、、、もしかしたら持参金を回収しに来るかもしれないわ。もうお金なんて無いのよ。」
メアリージェンは驚く。
「まさかそんな。離婚したから持参金を返せだなんてあり得ないですわ。あれは私たちのお金でしょう。」
叔母は自分に言い聞かせるようにいう。
「そうよね。悪いのはルナリーよ。あのお金は返す必要がないわよね。」
ライルは1週間程で帰国した。隣国との交渉に1ヵ月以上かかると思われていたのに、想定外に早い帰国だった。
隣国はすでに第一王子が沢山の女に手を出して、中には妊娠した娘がいる事について知っていた。婚約は破談になり、隣国へ賠償金を支払う事になったらしい。
「ライル。お帰りなさい。待っていたわ。」
ルナリーは、帰国したライルにすり寄る。
侯爵家の皆はお腹の子供の父親に近づくメアリージェンを微笑ましく見ていた。
ライルは、訝し気にメアリージェンに声をかける。
「メアリージェン?どうしてまだここにいる?」
メアリージェンは驚く。
「え?どうしてって、私と結婚してくれるのでしょう?もうルナリーはいないわ。」
ライルは部屋の隅にいるマクベラ夫人を見つけ睨みつけ言った。
「まだ、いたのですか?マクベラ夫人。すぐに出て行くように手紙で伝えたはずです。」
マクベラ夫人は、青ざめた顔で言う。
「まさか、私は貴方の母親です。ずっと育ててきた恩を忘れて追い出すなんて事はないはずですわ。ねえ、お願いライル。許して頂戴。」
ライルは言った。
「今まで、貴方がオーガンジス侯爵家の資産をどれだけ使い込んだか、ルナリーの持参金に手を出したか全てアーバン商会長に聞きました。そもそも貴方は私の本当の母ではない。父は貴方と正式に籍を入れていないはずだ。すぐに出て行ってください。」
マクベラ夫人は言った。
「待ってライル。メアリージェンと貴方の結婚を見留めるまで待って頂戴。お願いよ。」
ライルは言った。
「あり得ない。なぜ、私がメアリージェンとだなんて。」
マクベラ夫人は叫ぶ。
「何を言っているの。メアリージェンのお腹の子供の父親でしょ。責任を取る必要があるわ。」
ライルは、大きくため息をつき言った。
「もういいでしょう。メアリージェンの子供の父親は第一王子ですよ。私は一度も関係を持った事がありません。」
メアリージェンは、俯きブルブルと体を震わせた。
使用人達がざわめく。
マクベラ夫人は、呆然と座り込んでいた。
「まさか、騙していたのか。」
「そんな、旦那様の子じゃないなんて。」
「ルナリー様になんて事を、、、、」
マクベラ夫人が叫ぶ。
「メアリージェンは、貴方とずっと一緒に育ってきたでしょう。貴方はこの子の面倒を見るべきだわ。お願いよ。ライル。メアリージェンと結婚して頂戴。」
ライルは言った。
「マクベラ夫人。いくら、姉夫婦に預けた実の娘が可愛いいとしても、貴方はやりすぎました。私が愛しているのはルナリーだけです。貴方たちが出て行ったら、ルナリーを探して、もう一度結婚を申し込むつもりです。第一王子は今回の事で身分を剥奪されます。やっと私もルナリーと向き合う事ができる。」
メアリージェンは言った。
「あんな地味な女、ライルに相応しくないわ!」
ライルは冷たい瞳でメアリージェンに言う。
「今すぐ出て行ってくれ。もう顔も見たくない。」
マクベラ夫人とメアリージェンは、その日オーガンジス侯爵家を追い出された。
実の母親のマクベラ夫人とメアリージェンは歩いていく。
メアリージェンのお腹はすでに大きくなり、数か月後には子供が産まれる。
「叔母様。本当は私のお母様だったのですね。」
憔悴したマクベラ夫人は言った。
「ごめんなさいね。メアリージェン。オーガンジス侯爵家の後妻になる為に貴方の事を隠していたの。姉に頼んで養子にしてもらったのよ。でも、、、」
メアリージェンは言った。
「お母様。私は第一王子を探してみます。この子の父親ですもの。なんとかしてくれるはずですわ。」
マクベラ夫人は頷いた。
翌日メアリージェンは、マクベラ夫人と別れて第一王子を探しに王都へ行った。
意気消沈したマクベラ夫人は、しばらくオーガンジス侯爵家に戻れないか交渉を続けると言っていた。まだ、侯爵夫人だった時の地位を諦める事ができないらしい。
王都の第一王子の屋敷をメアリージェンは訪れていた。
正直、わがままな第一王子の屋敷に身を寄せるのにマクベラ夫人の存在は邪魔だった。
第一王子の屋敷は静まり返っていた。
毎晩のように奔放な貴族達が遊びに興じていたはずなのに、馬車が一台も止まっていない。
中に入ると、調度品や家具に根こそぎ赤札が張られている。
呆然とするメアリージェンに声を掛けてくる人物がいた。
黒いロープを被った白髪の老女が言う。
「待っていたよ。愚か者のメアリージェン。」
その日からメアリージェンの地獄が始まった。
連れていかれたのは王都の外れにある店だった。
子供が産まれるまでは、下働きをさせられた。
メアリージェンの子どもは無事に生まれたがすぐに取り上げられ、出産した日から一度も会っていない。
何度もメアリージェンは逃げようとした。
鍵は閉められておらず、簡単に店の外へ行く事ができる。
だけど、どこに行っても会う人が皆、メアリージェンを見て口にする。
「愚か者のメアリージェン。」
「長に逆らったメアリージェン。」
「無知でわがままなメアリージェン。」
全ての人がメアリージェンの事を知っているようだった。
店にも入れない。宿にも泊まれない。乗合馬車でさえ乗れなかった。
結局お腹を空かせたメアリージェンは、連れて来られた店に帰り客を取る。
通りすがる子供達でさえ、メアリージェンについて笑いながら歌っている。
「愚か者のメアリージェン。
長に逆らったメアリージェン。
嘘つき女メアリージェン。
皆お前を知っている。
どこに行っても見ているぞ。
必死に働けよ。
メアリージェン。」
メアリージェンは、毎日オーガンジス侯爵家で、女主人のように大事にされていた過去を思い出す。
だけど、今は誰もがメアリージェンを愚か者だと口にする。
長がなんの事かメアリージェンだけが知らない。だれも教えてくれない。
メアリージェンは、長が誰でも気にならなかった。
ただ、、、、
もういい加減、、、、
「メアリージェンを忘れてください。」
メアリージェンは、古ぼけた部屋で独り言を言った。
1,300
あなたにおすすめの小説
あなたの言うことが、すべて正しかったです
Mag_Mel
恋愛
「私に愛されるなどと勘違いしないでもらいたい。なにせ君は……そうだな。在庫処分間近の見切り品、というやつなのだから」
名ばかりの政略結婚の初夜、リディアは夫ナーシェン・トラヴィスにそう言い放たれた。しかも彼が愛しているのは、まだ十一歳の少女。彼女が成人する五年後には離縁するつもりだと、当然のように言い放たれる。
絶望と屈辱の中、病に倒れたことをきっかけにリディアは目を覚ます。放漫経営で傾いたトラヴィス商会の惨状を知り、持ち前の商才で立て直しに挑んだのだ。執事長ベネディクトの力を借りた彼女はやがて商会を支える柱となる。
そして、運命の五年後。
リディアに離縁を突きつけられたナーシェンは――かつて自らが吐いた「見切り品」という言葉に相応しい、哀れな姿となっていた。
*小説家になろうでも投稿中です
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
花嫁に「君を愛することはできない」と伝えた結果
藍田ひびき
恋愛
「アンジェリカ、君を愛することはできない」
結婚式の後、侯爵家の騎士のレナード・フォーブズは妻へそう告げた。彼は主君の娘、キャロライン・リンスコット侯爵令嬢を愛していたのだ。
アンジェリカの言葉には耳を貸さず、キャロラインへの『真実の愛』を貫こうとするレナードだったが――。
※ 他サイトにも投稿しています。
私が家出をしたことを知って、旦那様は分かりやすく後悔し始めたようです
睡蓮
恋愛
リヒト侯爵様、婚約者である私がいなくなった後で、どうぞお好きなようになさってください。あなたがどれだけ焦ろうとも、もう私には関係のない話ですので。
婚約破棄されないまま正妃になってしまった令嬢
alunam
恋愛
婚約破棄はされなかった……そんな必要は無かったから。
既に愛情の無くなった結婚をしても相手は王太子。困る事は無かったから……
愛されない正妃なぞ珍しくもない、愛される側妃がいるから……
そして寵愛を受けた側妃が世継ぎを産み、正妃の座に成り代わろうとするのも珍しい事ではない……それが今、この時に訪れただけ……
これは婚約破棄される事のなかった愛されない正妃。元・辺境伯爵シェリオン家令嬢『フィアル・シェリオン』の知らない所で、周りの奴等が勝手に王家の連中に「ざまぁ!」する話。
※あらすじですらシリアスが保たない程度の内容、プロット消失からの練り直し試作品、荒唐無稽でもハッピーエンドならいいんじゃい!的なガバガバ設定
それでもよろしければご一読お願い致します。更によろしければ感想・アドバイスなんかも是非是非。全十三話+オマケ一話、一日二回更新でっす!
もう演じなくて結構です
梨丸
恋愛
侯爵令嬢セリーヌは最愛の婚約者が自分のことを愛していないことに気づく。
愛しの婚約者様、もう婚約者を演じなくて結構です。
11/5HOTランキング入りしました。ありがとうございます。
感想などいただけると、嬉しいです。
11/14 完結いたしました。
11/16 完結小説ランキング総合8位、恋愛部門4位ありがとうございます。
戦場から帰らぬ夫は、隣国の姫君に恋文を送っていました
Mag_Mel
恋愛
しばらく床に臥せていたエルマが久方ぶりに参加した祝宴で、隣国の姫君ルーシアは戦地にいるはずの夫ジェイミーの名を口にした。
「彼から恋文をもらっていますの」。
二年もの間、自分には便りひとつ届かなかったのに?
真実を確かめるため、エルマは姫君の茶会へと足を運ぶ。
そこで待っていたのは「身を引いて欲しい」と別れを迫る、ルーシアの取り巻きたちだった。
※小説家になろう様にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる