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限界離婚
広一の達磨
しおりを挟む広一は息子から渡された録画データを見ていた。
そこには、一人で倒れ伏せる広一と、少し離れた所でその光景を見ている京香が映っていた。
あの時感じた、強く激しい頭痛は、息子や医師が言っていた通り、病気によるものだったのだ。
「くも膜下出血」と広一は医師から病名を告げられた。
一時は意識不明で呼吸もおぼつかなかったらしい。
倒れて数日間の事を広一は覚えていない。
倒れた翌日から意識があり、いろいろ話もしていたと後で知ったが、話をした記憶がない。
モヤがかかったかのように思い出せなくなっていたが、妻の京香が倒れた時に一緒にいた事だけは、覚えていた。
二か月の入院で、身の回りの事に不自由がなくなった広一は、姪に紹介された高齢者専用住宅で一人暮らしを始めた。
二人部屋を希望する広一を姪は訝しそうに見ていたが、希望通り二人部屋に入る事ができた。
贅沢が好きな京香が、この部屋を見ると狭いと酷く嫌がるだろう。未だに元妻を思い出す自分に呆れるが、長年一緒にいたのだ。仕方がないだろう。
分かっている。離婚も成立しているし、もう一緒に住む事はないと分かっている。
だが、どうしても忘れられないだけだ。
車に乗れるようになりたい。そうすれば、京香が広一の事を好きだと言っていた時に戻れる気がした。
広一には軽度の注意障害が残り、車の運転をやめるように医師から告げられた。
広一はどうしても車を運転したかった。望みを託して電車とバスを乗り継ぎ外来リハビリに通う。
1年後の再検査で、高次脳機能障害は改善されたと言われた。
車を運転したいのであれば、自動車運転教習所で、教習を受けてから検討するようとの事だった。
教習所には、リハビリスタッフから受け取った連携シートを提出し、教習を受けた。
教習所で、何度か実務練習を繰り返したが問題は見つからず、短い距離から徐々に運転を再開する事になった。
やっと運転できるようになった。
これで京香に会いに行ける。
京香がどうしているか気になる。
きっと新しい男と暮らしているだろう。
その姿を見て帰ろう。
それで私も離婚したとはっきり自覚するはずだ。
もういい加減あきらめる事ができる。
探偵に依頼し、京香の居場所を突き止めた。
京香は意外な事に一人暮らしをしていた。
それも、かなりの築年数の古ぼけたアパートにいた。
探偵の調査票にあった住所を尋ねる。
そのアパートは、一部屋が2畳ほどの広さしかなく、トイレと浴室は共用となっているらしい。
こんな場所に、あの京香がいるなんて広一には信じられなかった。
だが、京香は変わり果てた姿でそこにいた。
狭い室内。ベッドに机がついており、机の上で内職をしているようだった。
かつての艶のある黒髪は、全て白髪になっており、右足は切断され、簡素な義足をつけられている。目は濁っており、どうやらよく見えないようだ。
生活保護の為、必要最低限の治療しか受ける事が出来なかったらしい。
「すみません。すみません。」
誰かが部屋に入って来たと怯え謝ってくる京香は、以前と全く違っていた。
だけど、分厚い化粧をしていない京香は、広一が一目惚れした時の妖精のような美しさの面影が残っている。
広一はこみあげてくる笑い声を押し殺しながら京香に声をかけた。
「京香。俺だよ。広一だ。」
京香は、やっと見つけた光に縋りつくように広一の方へ手を伸ばす。
「広一さんなの。本当に貴方なの。会いたかった。本当にごめんなさい。こんなことになるなんて思っていなかったの。私が悪かったわ。なんでも言う事を聞くから。お願い。助けて。」
広一は、京香を見る。
この足では、もう京香は広一から離れて歩く事ができない。
この目では、もう京香は家の中の物を漁る事もできない。
この白髪では、どんな男だって京香の相手をしないだろう。
やっと手に入れられる。もう京香は、広一以外を見る事がない。もう2度と勝手に飛んで行ったりしないだろう。
広一は、嬉しくて仕方がなかった。
「京香。いっしょに帰ろう。新しい家に。きっと君も気にいる筈だよ。」
京香は広一を見上げて言う。
「許してくれるの。貴方。」
広一は言った。
「ああ、許すよ。君がもう2度と他の奴と遊ばない限りね。」
京香は言う。
「そんな絶対にしない。愛しているの。貴方だけだから。お願い。ここから出して。」
広一は、やっと飛べなくなった京香を連れて、京香と暮らすために用意した二人部屋へ帰って行った。
京香の今の姿に満足感を抱きながら、、、、
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