寝癖と塩と金平糖

三冬月マヨ

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離れてみたら

【十九】重なってしまったもの

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「ありがとうございました。ほら、あんたもお礼を言うのよ」

「あいあとー」

 瑞樹みずきの前で一組の母娘が頭を下げて去って行く。
 手を振る子供に、瑞樹は軽く肩を竦めて手を振り返す。
 避難所で、瑞樹は転んで膝を擦り剥いた子供の手当てをしていた。
 避難の際に転んで怪我をしたのだ。そう云う子供は何人か居たし、足腰の弱った者も転び怪我をし、その手当てをしていた。
 昔はあやかしの姿を発見したら、警鐘を鳴らして避難を促していたが、それでは遅いし危ないと云う事になり、何時からか暗くなる前に住民を一か所に集める事になった。それでも、こうして怪我人は出てしまう。
 周りを見れば、年配の者の話相手をしている治療隊の者も居る。耳を澄ませば『最近腰が悪くて~』との内容が聞こえて来た。こうして住民の話し相手をし、不安を和らげるのも、治療隊の仕事だと瑞樹は教わった。目に見える傷だけで無く、心に出来そうな傷を癒すのも、治療隊の仕事だと。
 避難所をぐるりと囲む様に焚かれている篝火。その内の一つ、少し離れた場所にある篝火を見れば、津山が瑠璃子るりこ亜矢あやと話をしているのが見える。

「おー、お疲れ、みずき」

 折り畳み式の椅子に座る瑞樹の肩に、後ろからポンと温かい何かが置かれた。
 振り返れば、そこに居たのはせいだ。両手にアルミで出来たマグカップを持っている。どうやらマグカップの底で肩を叩かれたらしい。

「ほら、飲め。あったまるぞ」

「ありがとうございます。星先輩は今回は避難所なんですか?」

 マグカップを受け取り、隣にしゃがみ込んだ星を見る。

「ん~? ゆかりんたいちょに頼まれたからな」

 ズズッとコーヒーを啜りながら星が言う言葉に、瑞樹は何だか申し訳なくなった。
 星が今回ここに居るのは、自分のせいなのでは、と、そう思ってしまったのだ。
 そんなのは、ただの考え過ぎ、或いは思い上がりかも知れないが。
 星は、こういった場所を守るよりも、自由に飛び回っている方が似合う。

「それに。あっちでは親父殿が頑張ってるから良いんだ!」

 ぽつりとそんな事を零せば、星が月の無い夜空を見上げて白い歯を見せて笑った。

「あっち?」

 屈託無く笑う星に、瑞樹は首を傾げながらコーヒーを一口啜る。

「運動不足だからって、今頃、夜番の奴らの目を盗んで空き家を回ってる筈だぞ!」

「ぶふっ!?」

 思わず瑞樹はコーヒーを噴き出した。
 子が子なら、親も親と云う処なのか、親が親なら子も子と云う事なのか、判断に悩む瑞樹だった。
 運動不足とは? と、更に首も捻る。ほぼ毎日、どこかしらの隊をいびっている事は優士ゆうじから聞いている。それで運動不足とは何ぞや?

「あの、すみません…」

 首をひたすら捻る瑞樹の耳に、遠慮がちな女性の声が届いた。

「んー?」

「はい。何処を怪我したのですか?」

 間の抜けた声を出す星とは反対に、瑞樹は何回か繰り返し口にして来た事を言葉にする。
 瑞樹の目の前に立つ、三十代半ばに見える気の弱そうな女性は、胸の前で手を組み視線を泳がせながら、それを口にする。

「あ、いえ。子供がかわやに行ったきり、戻って来なくて…見に行ったんですけど…」

「え…?」

 女性の言葉に、瑞樹は座っていた椅子から立ち上がり、背後にある公民館の方を見た。
 避難場所は大概、その村や町にある公民館が指定される。理由は単純にそこが一番広いからだ。
 かと行って、この村の様に、村人全員を収容出来る程の大きさが無い場合は、身体の弱い者、体調の悪そうな者以外は外での避難となる。厠は、その公民館の脇にある。迷子に等なりようも無い距離だ。本人が自ら望まない限りは。

『久川だ! 高梨! やられた! 予備の刀が一本無い!!』

 その時、無線から飛び込んで来た報告に、しゃがみ込んでいた星が勢い良く立ち上がり、話し掛けて来た女性を睨む。

「子供って、どんなヤツだ!?」

 それは過去にもあった事だった。
 子供に限らず、避難所からこっそりと抜け出して、無謀にも腕自慢をしたがる者が居るのだ。
 万が一に備えて、車には予備の刀が置いてある。監視しやすい様に、車は避難所の近くに停めてあるが、それでも僅かな隙は生まれてしまうものだ。この村でのそう云った報告は上がって居なかったから、油断していたと云うのもあるだろう。

「あ、え…十二歳の男の子で…着物は藍色と白の…格子柄で…坊主頭で…」

 睨まれた女性は星の気迫に押されて、一歩後退り、組んでいた手を更にきつく握り締めながら、それでも震える声で、何とか星の質問に答えた。

「ひさかわのおっちゃん! おいらが探して来るから! ここにそいつの母ちゃんが居るから、話聞いてくれな!」

『ここって何処だよ!?』

「るりことあやが見えるとこ!」

『こっの、どアホーッ!!』

 それを聞いた星は首から下げていた無線機を使い、用件だけを伝える。当然、それだけで概要が見える筈も無く、無線の向こうの久川は呆れた叫び声を発した。これを聞いていた者は、皆、頭を抱え、耳を押さえたに違いない。報連相は徹底している筈だが、しかし、それは本能で動いている星には当てはまらないのだった。

「星君、早く行って!」

 無線での遣り取りを聞いていた瑠璃子が片耳を押さえながら、津山と共にやって来た。

「ん!」

「…行くなら治療隊の奴、誰か連れてけ…っ…! 素人が刀なんて…っ! 怪我してるかも知れんっ!」

 星が走り出そうとした時、先程の無線で応答した久川が走って来た。

「では、私が自由ですから私が行きましょう。橘君はここに居て下さいね」

「あ、俺も行きます!」

 その言葉に津山が逡巡無くそう言い、首から下げている無線機で残る治療隊へその旨を連絡しようとした時、瑞樹は思わず叫んでいた。

「橘!?」

「瑞樹君!?」

 久川と瑠璃子が、目を見開いて瑞樹を見て来る。その目は『お前にはまだ無理だ』と語っている様に見えた。
 しかし、瑞樹は怯まずに二人を見返した。
 だって、瑞樹はその子供が自分と重なって見えてしまったのだ。
 あの頃の無謀な自分と。
 妖なんて簡単に退治出来ると、何でも出来ると思っていた頃の自分と。
 それに優士を巻き込んでしまった事の後悔。

(…あ…そう云えば、あの時の事、俺謝ってないかも…。…今日が終わったら、謝ろ…)

 妖と遭遇するのは怖い。
 また動けなくなったらどうしようと、それは苦しいし、怖いし、思い出せばやっぱり身体は竦むけど。
 だけど。
 今も引き摺るこの思いを、まだ十二歳の子に経験して欲しくない。
 この、気の弱そうな母親にそんな我が子を見せたくない。
 無謀だとは思うけど。でも。それでも。それを知って居る自分だから、ただ、ここで待つなんて出来ない。

「…よっしゃ。みずきはおいらが守るから、つやまのおっちゃんは自分で何とかしてくれな!」

「…ええぇ…」

 星のあんまりな言葉に、通信を終えた津山は肩を落として、本気で情けない声を上げた。
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