86 / 234
人魔都市編
329
しおりを挟むオードの屋敷を後にしようとレオンが玄関を出ると、庭先に女性が一人いるのに気がついた。
どうやら花に水をあげているようで、彼女の振る杖の先から水流がアーチを描いている。
「やぁ、ニーナ」
レオンが声をかけるとその女性……ニーナは振り向き、レオンの顔を見て微笑んだ。
「あら、レオン。来ていたの」
彼女、ニーナ・マグナガルもレオンの学院時代からの友である。
元々はレイン家という貴族家の長女として生まれたニーナは学院を卒業後、オードと結婚し今はそのお腹に新たな命を宿している。
「調子はどうだい?」
レオンがそう聞くと、ニーナは自身の膨らんだお腹を愛おしそうにさすりながら答える。
「最近はよく動くようになったの。話しかけるとお腹を蹴るのよ」
そう言って幸せそうに笑う彼女はレオンの知らない母親の顔をしていた。
「生まれたらお祝いをするんだって?」
「ええ、私達時期が時期だったから結婚した時も派手なお祝いはできなかったから……この子が生まれたら盛大にやろうと思って」
ニーナとオードが結婚したのはアーサー派とヒースクリフ派の間に亀裂が入り、いつ戦いが起こってもおかしくないといったそんな時期だった。
そのため二人は婚約したことを公にはせず、オードは妊娠したニーナを国外に逃していた。
「それはいいね。僕も必ず出席するよ」
「ええ、是非来てね! レオンがいないと私達には意味がないんだから」
二人がそんな話をしていると、玄関先からオードが顔を出す。
「ニーナ、水くらい僕があげるのに……あまり無理しちゃだめだよ」
「あら、このくらい平気よ。それに、この花達は私の宝物なんだから、楽しみを奪うのはやめてよね」
オードはニーナの体を気遣うが、ニーナは笑っている。
そういえば、学院時代に植物に最も詳しかったのはニーナだったなとレオンは思い出した。
オードも頭は良い方だったと記憶しているが、それは魔法全般に関してのこと。
一般植物や魔法植物に関してはニーナの方が詳しかった。
しかし、その関係はオードとニーナの仲が深まるにつれて変わっていく。
ニーナに惹かれていたオードは彼女の愛する植物学にも興味を持ち、徐々に知識を深めていき、次第にニーナと肩を並べるまでになったのだった。
とはいえ、オード家の庭先に植えてある花は全てニーナが管理しているらしい。
オードはニーナの体調面を考えその世話を申し出るのだが、それらはニーナの楽しみにもなっていてニーナはオードの申し出を断り続けるのだった。
レオンは二人が本当に幸せそうに話しているのを見て、前の戦いで勝てて良かったと思った。
仲間のこの笑顔を守れたのだと。
それは本心のようでもあったが、まるで自分自身にそう言い聞かせているようでもあった。
「あ、レオン。よければ学院に一度顔を出しておくといい。グラント先生や学院長も会いたがっていた」
帰り際、思い出したようにオードが告げる。
その言葉にレオンは笑みを浮かべて返す。
「わかった。この後寄ってみるよ」
オード家を後にしたレオンはその足で学院のある商店通りの方へと向かった。
行き交う人々は以前と変わらないように見える。
声を張り上げ、自分の店の品を売ろうとしている者。
速い時間から酔っ払い大通りを横に並んで歩く学院のローブを着た若者たち。
夕飯の食材を買いに来た親子。
平凡な日常のように見えるが、よく見るとそれは明らかに以前とは違った。
建物にはヒビ割れが目立ち、住人達の顔には時折不安の色が差す。
当事者であるレオンにはその意味がよくわかった。
新たな王を迎えて一見すると平和に落ち着いたように見える王国だが、実際はまだまだその途中なのだ。
住人達はまたいつ始まるかもわからない戦いに怯え、新たな国の体制に怯え、それらを隠しながら明るく振る舞っているようにレオンには見えたのだった。
55
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?
水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」
「はぁ?」
静かな食堂の間。
主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。
同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。
いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。
「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」
「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」
父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。
「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」
アリスは家から一度出る決心をする。
それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。
アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。
彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。
「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」
アリスはため息をつく。
「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」
後悔したところでもう遅い。
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。