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新たな時代編
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しおりを挟む食事を終え、夜が更けると一日中通してはしゃぎ続きたマルクスは早々に寝てしまった。
二階の空いている部屋でマルクスを寝かしつけたレオンが一階に戻るとマークがカップでお茶を飲んでいる所だった。
「寝たか?」
入ってきたレオンに気づいたマークが聞き、レオンは頷いてマークの前の椅子に腰掛ける。
マークはポットに入ったお茶をもう一つのカップに注ぐとレオンの前に差し出した。
「今日はありがとうマーク。マルクスを連れてきてくれて」
「いいさ。親友の頼みだし、お前がどんな街を作るのか見てみたかったしな」
二人の間には不思議な空気が流れていた。
ここ最近ずっと忙しかったレオンにとってそのゆったりとした時間の流れはとても懐かしいものだった。
「早いよな。マルクスがもう魔法学院に入学するなんて」
「そうだね、入学年齢の引き下げで学院の方は大変みたいだけど」
レオンは少し前に学院に行った時の様子を思い出していた。
教員であるグラントは門の前でとても忙しそうにしていた。
マークの持つカップがカタリと音を立てた。
レオンが顔を上げると、マークと目があった。
マークは何かを言いかけて、言葉を呑む。
そしてまた言いかけて、また躊躇する。
マークが何を言おうとしているのかレオンにはわからなかったが、レオンはマークが言葉にするのを待った。
やがて、マークはようやく心を決めたようで、一言だけレオンに質問した。
「親父さんたち、どうだった?」
マークから飛び出たその言葉にレオンは少し目を見開いて、それからお茶を一口飲んでカップをテーブルの上に置いた。
そしてその後、マークの優しい気遣いに対して少しの笑みを溢した。
マークは性根の優しい人間であり、それは相手が誰であっても変わらない。
相手の気持ちを尊重する人間である。
そんなマークがたった一言のその質問をレオンにしていいものか迷ったのは、その質問が今、レオンにとってあまり触れられたくない問題かもしれないと思ったからだった。
レオンの両親。
ドミニクとレンネの二人はクルザナシュには来ていない。
二人はレオンの生まれ育ったあの山小屋にまだ住んでいて、変わらない生活を送っている。
レオンは貴族になった。
それは誰のためか。他ならぬ家族のためである。
学院に通い出した理由も、魔法を極めようとした理由も全ては「家族に楽をさせてあげるため」だった。
だからレオンはヒースクリフから貴族の位を与えられた時、真っ先に両親に「一緒に暮らそう」と話したのだ。
そして、その答えは二人が今この場所にいないことが表している。
ドミニクもレンネもレオンを優しく抱きしめて、帰ってきた息子に「よくやった。お帰り」と投げ掛けた。
それなのに、一緒に住もうと言うレオンの言葉に対してだけは「それはできない」と断ったのである。
レオンは何度も問いかけた。
「どうしてダメなの? ようやく二人に恩返しができるんだ……だから……」
レオンは必死になっていた。そう聞くたびにドミニクは悲しそうに笑い、レンネは戸惑っていた。
「いいかい、レオン。父さん達はもう貴族ではないんだ。お前が貴族になったことは嬉しい。でも、そのお前に甘えてしまうわけにはいかないんだよ」
ドミニクはそう言ってレオンを諭したが、レオンは納得しなかった。
納得しなかったが、ドミニク達も折れることはなかった。
結局話は平行線のままで、レオンはクルザナシュに向かい、二人は残ることになったのだ。
レオンはその話をマークにした。
マークは頷き、「そうか」と短く返事をした。
「何がダメなんだろう。なんで父さん達が断ったのか、今になってもよくわからないんだ……僕が本当の息子じゃないからなのかな」
レオンは投げやりに言った。
本当にそう思っているわけではなかったが、他に考えつく理由がなくて思わず口を出たのだ。
マークはそれを否定する。
「そんなわけないだろ。あの二人がお前をどれくらい愛してるかなんて、他人の俺でもわかる。……きっと、何か他に理由があるんだよ」
月は沈みはじめ、二人のカップは空になった。
レオンの夢は未だ叶っていない。
それでも、レオンは今自分にできることを一つずつ進めていくしかなかった。
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