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二国の使者編
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しおりを挟むすっかりと日が上り切る直前、国内では「荒れ果てた大地」と呼ばれ、旅の商人ですら避けて通るようなクルザナシュに、最も美しい光景が生まれる時間帯がある。
東の山の向こうから朝日が差し込み、その光を西の岩山が反射させ、さらには北と南の山もキラキラと光出す。
レオンはその時間帯のクルザナシュの光景が好きであった。
住み始めて発見したクルザナシュの魅力の一つでもある。
それと同時に、街は支度を終えた商店達の声で賑わい出すのだ。
その日もその光景は変わりなかった。
レオンと同じくソワソワとし出した住人たちはそれでも何とかいつも通りに仕事を始める。
行き交う人に声をかける商人たちの間を縫ってレオンは目的の建物を目指した。
「ハートフィリア様! おはようございます! 旅の商人からいい獣肉を仕入れましたよ」
「レオン様! 南の山にはまだ山菜が取れる場所がありました! 見てください」
レオンが通ると商売人たちはこぞってレオンに声をかけた。
出来て間もない街。急速な発展を遂げているとはいえ、まだまだ追いついていないところも多い。
商業はその内の一つでもある。
何しろ街の特産と呼べる物がまだないのだ。
商売をしようにも売れる物が少ない。
それでも街の人々は旅の商人達を通して何か新しい物を仕入れたり、街の近くの山で何かが採れた時には嬉しそうにレオンを呼ぶのだ。
レオンの知る限りではあるが、街の住人達が貴族にこうして話しかける姿は見たことがない。
大抵は貴族が通れば道を開け、頭を伏せて目につかないようにじっとしているのが普通である。
レオンは出来たばかりのこの街のこの普通とは違う住人たちの反応が好きだった。
何しろ、住人達のこの反応は短い期間ではあるが「レオンが他の貴族達とは違う」と住人達が気づき始めている証なのだから。
他の街の貴族であれば、買い出しや街の揉め事は使用人や衛兵に任せてしまう。
しかし、良くも悪くもレオンにはその者たちがいないのである。
夕飯に必要な食材がなければレオンは自ら市場に買い出しに出て、街のどこかで揉め事あれば進んで解決しに行く。
貴族としては普通ではないレオンのこの行動は街の人たちに「この貴族どこか変だ」と悟らせることに成功していた。
「獣肉か、後でまた買いに来るよ」
「南の山か、すごいや。でもあまり遠くまで行かないでね。まだ危険があるかもしれないから」
レオンは声をかけられる度に応対し、足を止める。
二国からの使者のことを街の人たちが聞かないのは、レオンへの信頼の証か……。
いや、流石にまだそこまでの信頼関係は築けていない。
住人達が使者の様子を直接聞かないのは聞くことで面倒ごとに巻き込まれる可能性が多少なりともあるからだった。
それでもやはり気になるのか、レオンを呼び止める住人達の声はいつもよりも多かった。
そのおかげで少し時間がかかったが、レオンは何とか目的の建物にたどり着く。
門を叩き、中にいる使用人に声をかける。
「ハートフィリア様、お早いお着きで、何よりでございます」
オードが貸し出してくれた使用人はキリッとした服装でペコリと頭を下げる。
その仕草から朝の早さを感じさせない辺り、やはり一流の使用人なのだとわかる。
「ライナス様とアルナードはもう起きてるかな?」
レオンがそう聞くと使用人の眉根がピクリと動いた。
「ええ、もうお目覚めになっております。既に朝食もお済みになられて、時間的にはピッタリかと……」
使用人の言葉を聞いて、レオンは「よかった」と返事をし、中に入ろうとする。
レオンの目の前にある建物はライナスとアルナードを迎えるために急遽建てられた来客用の館である。
王都の貴族の家を参考に、客人が泊まるのに申し分ない装飾を施してある。
レオンが建物中に入ろうとすると、使用人がレオンの胸に手を添えて止める。
「……?」
頭に疑問符を浮かべたままレオンが使用人を見ると、使用人は笑顔を浮かべたままに
「ハートフィリア様、学院時代のご友人であっても今は貴族と貴族、それも相手は一国の王子殿下。人目のある場所ではどうか『シウネ殿』とお呼びください」
と嗜められた。
どうやらレオンが「アルナード」と呼び捨てにしたことが気になったらしい。
オードの家の使用人達には事前にオードから「もしもレオンが貴族としての間違った行動をしたら、それとなく注意してあげてほしい」と言われている。
レオンもそのことは知っているので、素直に「気をつけます」と肩をすくめるのであった。
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