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出国準備編
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その日の夜。
もうすっかりと月は昇り、人々は眠りに落ちる時刻だというのにハートフィリア邸の一室にはまだ明かりが灯っていた。
レオンの部屋ではない。
新しく使用人を雇うことになり、急遽レオンが用意した使用人用の部屋である。
その部屋の机の前に座りながらイリファは小さく欠伸をした。
「……いけません。まだ明日の準備と出国の手続きの見直しが」
眠気を覚ますためにわざと声に出してみても、眠気自体は無くならない。
油断するたびにうとうととして首をこくりと傾けながらイリファはなんとか堪えていた。
別に急ぎでやらなければならないわけではない。
レオンが聖レイテリア神聖国に向けて旅に出るのはまだ先のことだ。
それでも「その日に立てた仕事の計画はその日のうちに終わらせる」というのが彼女の仕事の流儀である。
「せっかくこんなに立派なお屋敷に勤めさせていただけることになったのだがら……もっとしっかり働かないと」
イリファがこの屋敷に来るときに聞かされた仕事はレオンの身の回りの世話と屋敷の管理、それから出国のための準備と多岐にわたる。
一人ですぐに捌ける仕事量ではなく、イリファを派遣したクエンティンからも
「近いうちに応援を寄越すから、それまではできる範囲で進めておいてほしい」
と言われている。
それでもイリファは一人で全てを終わらせるつもりでいた。
それが彼女の意地だったからだ。
「立派に仕事をこなしていけばレオン様にもクエンティン様にも認めて貰えるかもしれない」
もちろん、それだけで貴族に戻れると彼女は思ってはいない。しかし、それでも再び貴族に戻ることが彼女の目標だった。
「はあ……」
作業に一通りの区切りをつけたところでイリファは小さく溜め息をついた。
先ほどのレオンの話を思い出したのだ。
「魔法……か」
自分にはないその才能を彼女は素直に羨ましいと思った。
レオンの話を聞いて彼女の脳裏に浮かんだのは「私にも魔法の才能があれば」という気持ちだった。
刹那的に思い浮かんだその言葉をイリファは首を大きく振ることで拭い去ろうとした。
「もしも」なんてことを考えても意味はない。
余計に虚しくなるだけだとイリファはわかっていた。
今の自分にできることを進めていくしかない。
イリファが目指すのは没落した家系を再び貴族位に戻すことではない。
そんなことをしても魔法を使えないイリファにとっては意味がないからだ。
イリファの先先代……祖父の代までは貴族としてそこそこの地位を築いた良い暮らしをできていた。
しかし、家督を継いだイリファの父親に魔法の才能は宿らなかった。
その娘であるイリファも同じ。
魔法の力で他者から財産を搾取する立場だったイリファの家系は魔法を失うとたちまち搾取される側になった。
魔法使いの貴族達から次々と富を奪われていき、気づけば借金を抱える貧乏貴族。
イリファが物心着く頃には既に裕福な暮らしなど存在していなかった。
だから、イリファは貴族位を取り戻すことに執着していないのだ。
仮に取り戻せたとしても魔法の使えない自分の代では苦しい生活が待っているだけ。
まだ存在しない未来の子供に希望を持つことはできるが、それですらイリファにとっては意味のないことのように感じれた。
魔法の才能は決して遺伝はしない。
貴族だからといって魔法使いが生まれない可能性は十分にあるのだ。
また何代か魔法使いが自分の家系に生まれたとしても、いつの日かまた魔法を使えない当主が生まれてくるだろう。
その時、また不安定な生活に戻ってしまうのは嫌だった。
イリファが今唯一望むのは魔法など関係なしに十分安定した暮らしを送れる環境だけだった。
もうすっかりと月は昇り、人々は眠りに落ちる時刻だというのにハートフィリア邸の一室にはまだ明かりが灯っていた。
レオンの部屋ではない。
新しく使用人を雇うことになり、急遽レオンが用意した使用人用の部屋である。
その部屋の机の前に座りながらイリファは小さく欠伸をした。
「……いけません。まだ明日の準備と出国の手続きの見直しが」
眠気を覚ますためにわざと声に出してみても、眠気自体は無くならない。
油断するたびにうとうととして首をこくりと傾けながらイリファはなんとか堪えていた。
別に急ぎでやらなければならないわけではない。
レオンが聖レイテリア神聖国に向けて旅に出るのはまだ先のことだ。
それでも「その日に立てた仕事の計画はその日のうちに終わらせる」というのが彼女の仕事の流儀である。
「せっかくこんなに立派なお屋敷に勤めさせていただけることになったのだがら……もっとしっかり働かないと」
イリファがこの屋敷に来るときに聞かされた仕事はレオンの身の回りの世話と屋敷の管理、それから出国のための準備と多岐にわたる。
一人ですぐに捌ける仕事量ではなく、イリファを派遣したクエンティンからも
「近いうちに応援を寄越すから、それまではできる範囲で進めておいてほしい」
と言われている。
それでもイリファは一人で全てを終わらせるつもりでいた。
それが彼女の意地だったからだ。
「立派に仕事をこなしていけばレオン様にもクエンティン様にも認めて貰えるかもしれない」
もちろん、それだけで貴族に戻れると彼女は思ってはいない。しかし、それでも再び貴族に戻ることが彼女の目標だった。
「はあ……」
作業に一通りの区切りをつけたところでイリファは小さく溜め息をついた。
先ほどのレオンの話を思い出したのだ。
「魔法……か」
自分にはないその才能を彼女は素直に羨ましいと思った。
レオンの話を聞いて彼女の脳裏に浮かんだのは「私にも魔法の才能があれば」という気持ちだった。
刹那的に思い浮かんだその言葉をイリファは首を大きく振ることで拭い去ろうとした。
「もしも」なんてことを考えても意味はない。
余計に虚しくなるだけだとイリファはわかっていた。
今の自分にできることを進めていくしかない。
イリファが目指すのは没落した家系を再び貴族位に戻すことではない。
そんなことをしても魔法を使えないイリファにとっては意味がないからだ。
イリファの先先代……祖父の代までは貴族としてそこそこの地位を築いた良い暮らしをできていた。
しかし、家督を継いだイリファの父親に魔法の才能は宿らなかった。
その娘であるイリファも同じ。
魔法の力で他者から財産を搾取する立場だったイリファの家系は魔法を失うとたちまち搾取される側になった。
魔法使いの貴族達から次々と富を奪われていき、気づけば借金を抱える貧乏貴族。
イリファが物心着く頃には既に裕福な暮らしなど存在していなかった。
だから、イリファは貴族位を取り戻すことに執着していないのだ。
仮に取り戻せたとしても魔法の使えない自分の代では苦しい生活が待っているだけ。
まだ存在しない未来の子供に希望を持つことはできるが、それですらイリファにとっては意味のないことのように感じれた。
魔法の才能は決して遺伝はしない。
貴族だからといって魔法使いが生まれない可能性は十分にあるのだ。
また何代か魔法使いが自分の家系に生まれたとしても、いつの日かまた魔法を使えない当主が生まれてくるだろう。
その時、また不安定な生活に戻ってしまうのは嫌だった。
イリファが今唯一望むのは魔法など関係なしに十分安定した暮らしを送れる環境だけだった。
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