190 / 234
入国編
433
しおりを挟むそれ以来シミエールは魔法に魅了される。
自分にはその才能がないと知り残念にも思ったが、「自分には到底使えない特別な物」という魔法の存在がさらに彼を虜にした。
魔法に関する記述が少しでもある書物を見つけては読み漁り、時には旅の商人を王宮に招いて他国の魔法使いの話をせがんだりした。
シミエールの父親である当時の国王や兄であるアドルフはシミエールのこの行いを特に咎めたりしなかった。
内心ではよく思っていなかったのかもしれないが、次代の国王を継ぐ権利を持つアドルフにとって政治に関心を示さず、魔法にうつつを抜かすシミエールの存在は都合が良かったのだ。
当時の国王も兄弟が権力を争うよりはこのままアドルフに継がせた方が面倒でなくていいと思っていた。
そんなわけでシミエールは「使えない魔法」に心を躍らせ、それでもいつの日か魔法をもっと身近に感じたいと思いを馳せながら幼少期を過ごしたのである。
雲行きが怪しくなったのはシミエールが成人を迎えた頃である。
その当時、既に年齢を重ね体が思うように動かなくなっていた当時の国王に代わりアドルフが国の政治に口を出すことが多くなっていた。
事実上、次の国王として動いていたのである。
そんなアドルフを支えるべく、有力な貴族達は全員アドルフの背中を押しその後ろについた。
それに比べてシミエールを支持する者はほとんどいない。
日がな一日を魔道書を読み耽って過ごす日々。
時折お抱えの魔法使いを呼びつけては何やら訳のわからぬ実験をする。
王宮に出入りする貴族達にとってシミエールは国のことなど何も考えていない遊び人のようにしか見えなかった。
シミエール自身もそれでいいと思っていた。
政治には興味を持てなかったし、気になるのは国の情勢よりも魔法のことばかり。
自分が君主になる必要もなく、そんなことは自ら国王の座を望んでいる兄に任せておけばいい、と。
ただ、唯一気がかりな点があるとすればそれは兄の言動だった。
「魔法使いなどただの道具だ。適当な金を与えておけばあとは便利に使うだけよ」
口癖のようにそういう兄のことをシミエールはよくは思っていなかった。
シミエールと同じように魔法の才能には恵まれなかったアドルフ。
そんなアドルフにとって魔法とは「自分に使えないのだから大した物ではない」という認識だったのだ。
魔法を軽んじる兄と魔法に魅入られた弟。
この二人の魔法に対する価値観こそが国の命運を大きく分けてしまったのである。
アドルフが歳を重ねていくとその分年老いた当時の国王の力も衰えていく。
それを好機と見たアドルフはさらに国の内政に手を伸ばし、自分のやりたいようにしていった。
その結果として、アドルフの「平民は平民らしく、貴族はより貴族らしく」という偏った考えが国中に蔓延していく。
アドルフは王宮に出入りする貴族連中を優遇し、逆に仮にどれだけ素晴らしい力を持った魔法使いであっても身分が平民であれば冷遇した。
その事実にシミエールが気づいた時にはもはやシミエールにできることは何も残っていなかったのである。
「我ながら恥ずかしい。兄の愚行に気づいた時には私に逆らえる力は残っていなかった。それでもなんとか兄を止められないかと苦言を呈した結果、私は他国に島流しにされてしまったというわけだよ」
船の上、夕食の席でレオン達を前にシミエールは悲しそうにそう呟いた。
その表情の裏には何もしなかった自分を恥じる思いが確かにあった。
シミエールが他国……イリジュエル帝国へと強制的に送られたのはアドルフが国王になってから数年後のことである。
国を自分の肥やしにするアドルフに対してシミエールにできることなど何もなかったのだが、それでも毎日顔を合わせては
「今のままでは国は終わる! もっと平民にも魔法使いにも住みやすい環境を作るべきだ」
と説くシミエールの存在をアドルフは疎ましく思っていたのだ。
「そんなに魔法が好きならばお前の好きな魔法が多く集まる国へ行くが良い……ただし、我の目の黒いうちはこの国の敷居を跨ぐ事は許さんぞ」
とアドルフはシミエールを送り出したのである。
自らの弟ですら冷徹に突き放すアドルフ。
シミエールはその命令に従うしかなかった。
そんなわけで何年もの間、シミエールは国を離れなくてはならなかった。
ようやく戻ってこれたのはヒースクリフが王位を継いだからにほかならない。
43
あなたにおすすめの小説
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。
樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。
ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。
国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。
「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?
水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」
「はぁ?」
静かな食堂の間。
主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。
同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。
いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。
「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」
「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」
父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。
「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」
アリスは家から一度出る決心をする。
それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。
アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。
彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。
「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」
アリスはため息をつく。
「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」
後悔したところでもう遅い。
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。