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入国編
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しおりを挟むクエンティン・ウォルス。
魔法具店の店主達が本業も放っておいて必死に調べ上げたところ、エレオノアールの商人だと言うその男の名前が浮かび上がってきた。
クエンティンはクライオリスを始めとする聖レイテリア神聖国を含む周辺諸国にまで手を伸ばし、有望な魔法具師達を雇っていたのである。
それも、その魔法具師達が自分たちの故郷の店からの発注を拒むほどに高額な値段で。
「クエンティン先輩が……」
レオンはその話を店主から聞いて少し申し訳ない気持ちを持った。
クエンティンはレオンから見てもずば抜けた商才を持つ魔法使いである。
その彼が他国にまで手を伸ばしていると聞いても驚きはしないが、そのせいで他国の魔法具店の店主達に恨まれているというのは悲しい気持ちになる。
クエンティンの人柄を見ても無闇にそんなことをするとは思えなかったからこそ意外だった。
目の前にいる店主は当然レオンとクエンティンが同じ学院に通っていた先輩後輩どうしであることなど知る由もなかったが、レオンのその微妙な感情の変化を繊細に読み取った。
「おっと、勘違いしないでくれ。娘はまだ子供だからエレオノアールの人間を毛嫌いしているが、俺たちは違う。そのクエンティンっていう商人に対しても恨んでるっていうわけじゃないんだ」
慌ててそう弁解する店主はレオンが気を悪くしたのではないかと思ったようだ。
国柄、敬語という文化が浸透していないこの漁師町では町人達の粗暴さもあってかあってか貴族に媚びへつらうことは少ない。
それでもわざわざ他国から来たみなりのいい貴族風の男の機嫌を損ねたらどんな面倒ごとがあるかわからないと店主は焦ったのだった。
ただ、「クエンティンを恨んではいない」というその言葉は、決して誤魔化すためにでた嘘ではなく、彼の本心であった。
そして、それはこの町やクライオリスの他の魔法具店の店主達の多くにも当てはまる感情である。
クエンティンがもたらした「優秀な魔法具師達といい関係が築けない」という他国の魔法具店の悩みは彼らにとある事実を突きつけたのである。
それは、魔法具師達の待遇の悪さであった。
魔法具師は魔法使いに比べて立場を軽く見られやすい。
一般的な魔法使いであれば、魔法を魔力を持たない人間にも使えるようにする魔法具という代物は便利である反面、自分達の立場を危ぶめる存在にもなる。
そして、これは決して今の魔法界に当てはまることではないのだが多くの魔法具師達が「魔法の才能はあまりないが、それでも魔法関係の仕事に就くために魔法具を作成している」と思われているのである。
長い歴史の中、確かにそういう時代もあった。
しかし、今の世の中ではそんなこともない。純粋に魔法具に何らかの可能性を見出して、魅了された魔法使いも多いのだから。
しかし、それでも長く続く歴史の中で生み出された偏見というのは簡単に払拭されるものではなかったのだ。
そのせいか、今までのクライオリスでは国中を通して魔法具師達に支払われる給金というのは決して高くなかった。
せいぜい平民の一般家庭よりも少し上程度の収入。
魔法具が売れてもその売り上げのほとんどは魔法具店が回収し、魔法具師に支払われるのはわずかな賃金のみ。
名声を得られるわけでもなく、魔法具の作成に費やした労力は報われない。
働くものからすれば劣悪と言ってもいい程の環境だったのだ。
それを一変させたのがクエンティンであった。
「正直俺たちも最初は腹が立ったさ。だが、そのうち気づいたんだ。自分達が今までどれほど驕った商売をしていて、どれほどの才能を潰してきたのか」
店主はそう言うと悲しそうに、そしてまるでかつての自分を嘲笑うかのようにフッと息を吐いて遠い目をするのだった。
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